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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
4/201

4 呼び出し

「で、どうしろと?」


 今、月火げっかの目の前には火音ひおとと九尾に怯えている天狐がいる。


 先ほど火音が赤城あかぎとともに帰還して今は廊下と教室で開いた窓を通じて睨み合っている最中だ。


 二時間目でつごもりの授業の真っただ中なのでさっさと済ませたいのだがお互い引く気はないので同じような会話が繰り返されている。


「だからお前のとこで引き取れ」

「上層部に言えばいいでしょう」

「断られたんだよ」

「ご自分で飼えばよいのでは?」

「無理。だからお前に頼んでんだよ」

「私にどうしろと」


 九尾に怯えているのではお互いにストレスの存在になってしまう。


 九尾も見た目のわりには怖がりなので天狐と仲良くなれるか分からない。

 何故上層部は後片付けをやらないのだろうか。


 現場だけでなくモノの片付けもしてほしい。


 二人が睨み合っていると水月すいげつがやってきた。

 火音がいることに首を傾げながら赤城に軽く挨拶をして教室内に入る。


「晦、綾奈あやなが呼んでたよ」

「今ですか?」


 綾奈は火音のように授業を邪魔する人ではない。何か緊急だろうか。


 火音の刃物のように鋭い視線を無視して水月の方を見る。


「下級妖輩の怪我人が大量に出たから手伝ってって」

「え!? 火音先生後は頼みました!」

「無理」


 晦は教室を飛び出していき、生徒三人は呆然とする。

 水月も軽く手を振ってから教室を出ていき、呆気を取られた月火に火音は無理矢理天狐を押し付けて早足に去って行った。


「……どうするよ」


 炎夏えんかの小さな呟きには玄智げんちも月火も反応できず、とりあえず今やっていた部分のワークと予習を進めることにした。


 その時間が終われば後は体育三昧だ。

 三人ともジャージに着替えてから校庭に出る。


 この学園に体操服はなく、任務で着て行ける各自のジャージが入学時の条件になる。


 条件と言っても妖輩コースはジャージ必須、医学コースは白衣必須、補佐部はスーツ必須、教員コースは全学年教科書必須、情報コースはパソコン必須と色々と違うのだが全コースに体育はあるのでジャージは必須だ。


 ちなみに補佐コースは任務について行くことが多いのでスーツで体育することがあるらしい。

 コースが分かれるのは小学校一年生からだと言うのに難題を押し付けるものだ。


「先生いないし……。先に準備運動始めとこうか」

「だな」


 三人は軽く体操をすると手始めに十分間三百メートルのトラックを走り始めた。

 月火の最高記録は十分間で十八週なので準備運動の今は十二週走ればいいだろう。


 準備運動の段階から気合を入れすぎるとこの後の一日が持たない。


 二時間座学で四時間体育など当たり前だ。

 長期休み前の一、二週間は丸一日体育になることもある。


 これは妖輩コースだけだが他のコースもそれぞれの分野に特化して普通とはかけ離れた時間割だ。


 一般がこれと麻痺している人も半数ほどいるらしい。


「先生来ないね」


 十分間の走りを終えて三人は集まって汗を拭く。

 地面がびちゃびちゃで走りにくい。


「任務とかじゃないよな?」

「何も言ってなかったよ?」

「緊急かもしれませんね。下級妖輩が大量にやられたみたいですし」


 二人は月火の言葉にハッとして顔を見合わせた。

 ただの憶測なのであまり当てにしないでほしい。


 月火が納得する二人に釘を刺していると九尾が頭に天狐を乗せて駆け寄ってきた。

 いつの間にか仲良くなったらしい。


「……二人とも、教師に通達を。一級が来ます」


 その瞬間、轟音とともに土埃が舞い、校庭に一級怪異が入ってきた。

 ジャージ姿の水月と火音は怪異を妖力の縄で拘束し、中級妖輩が火光を連れてくる。


「あ、綾奈さんのところに……。下級を庇って妖力が当たったんです」

「僕呼んで……」

「月火! 火光治して全員守らせろ!」


 火音の叫び声に月火は九尾の力を使って火光を半強制的に回復させる。

 九尾の神通力だ。


「うっ……」

「火光! 校舎守れ!」

「はいはい!」


 火光はほぼ根性で立ち上がると炎夏と玄智を通達に向かわせ、自分は校舎の守りに入った。


 火光の妖心は座敷童だ。

 座敷童の家を守る力を使って建物を守ることが多い。


 髪をまとめた月火は校舎の保護が終わったことを確認すると九尾を取り込んで地面に手を突いた。


妖心術ようしんじゅつ 狐鬼封縛こんきふうばく


 校庭に九つの狐火が現れ、青い炎の鎖が怪異を縛り付けた。

 大きなヘドロの塊のような見た目をした怪異だ。


 水月と火音はその場を離れると水月は火光を支えに入り、火音は己の妖心を出す。


 火音の真横に上げられた右腕に青黒い稲妻が巻き付き、火音の妖心の雷神が姿を現した。


 全身にまとった雷雲からは雷が見え隠れして雷雲が空に広がり、月火の狐火がある九ヶ所に雷が落ちた。

 狐火の青い炎が燃え上がり、怪異が呻き叫ぶ。


『妖心術 雷漸らいせん


 青黒い稲妻が弧を描き、怪異の体が斜めに切り裂かれ、青い炎に焼かれ祓われた。


「相変わらず化け物ですね」

「お前に言われたくねぇよ」


 一級相当の怪異を一人で封じ込め、おまけに雷神の雷にも負けず劣らずで終わってピンピンしているなど普通はあり得ない。


 自分とは違う妖心の力にぶつかれば普通は失神する。

 それが火音のものとなれば命の危機になってもおかしくない。


 もう何度もやっていることなので何もないとは分かっているが月火の場合、問題はここからだ。



 視界が真っ白になり、浮遊感とともに視界が暗転して抵抗する間もなく意識を手放した。


 悪夢から目が覚めると九尾が心配そうに覗き込んできた。

 天狐も九尾の頭の上に乗って覗き込んでくる。


「月火!」

「顔色悪いね」

「気絶したからだろ」


 水月と火光も覗き込んできて少し離れたところから火音の声も聞こえてきた。


 茫然としていると九尾が声をかけてくれる。

 ようやく我に返った月火は飛び起きて時計を探す。枕元にスマホがあるというのに。


「何時ですか!?」

「スマホ見ろ」


 火音に言われてハッとした月火はスマホを見た。

 二十時三十分。


 月火が絶望していると心配した水月が背をさすってくれた。


「何かあったの?」

「大学部の試験……。やっと申請通ったのにぃ!」


 月火がうずくまると火音に鼻で笑われた。

 涙目で睨めば面倒臭そうに顔を逸らされた。


「そっか今日だったね」

「はぁ……。夕食作ろ……」


 試験官は理不尽教師で有名な犬鳴いぬなりだ。

 気絶したからと言って遅れて受けさせてもらえるはずがない。


 月火は落胆しながら何を思ったのか無心で南蛮チキンならぬ南蛮ポークを作り始めた。



 その日の翌日、案の定犬鳴に呼び出された。


 全生徒同じ校舎だが渡り廊下で繋がっているので大学部の校舎に行くことは滅多にない。


 九尾は消して、吸引具を付けているが少し奇妙な目で見られながら職員室に行った。


「失礼します。犬鳴先生に用があって来ました」

「あら神々(みわ)さん。倒れたそうだけど大丈夫?」

「はい。いつもの事なので」


 月火は近付いてくる犬鳴を横目に知らない先生と話す。

 たまに水月が話しているが誰だろうか。


「無駄口叩くな」

「はい」


 月火がおとなしくついて行くと小さな準備室に入れられた。

 準備室だが椅子と机があり、本棚で区切られて奥にも対面用のスペースがある。


 窓もないし扉からも見えない。

 奥の椅子に座らされ、いつも通り苛立っている犬鳴も座った。


「何故昨日、試験に来なかった?」

「昨日の一級との戦いの直後に気絶しました」

「自分が気絶することは分かっていただろう。昨日試験があることも分かっていた。たかが学生の一級なんだから水神(みすがみ)にでも任せて自分は離脱しようとは思わなかったのか?」


 そう言うが火音と水月、火光の三人がかりでも手こずっていた相手だ。

 月火と炎夏が入れ替わったら火音の本領発揮ができない。


 そう言うと鼻で笑われた。



「お前、自分を過大評価しすぎじゃないか? どれだけ神々の血を引いていようとたかが高等部一年の餓鬼の力なんだよ。火光や水月でも代わりは出来るに決まってる」

「ですが……」

「口答えするな! お前はただの餓鬼でしかないんだよ! ご当主様だからって威張るな! お前はただのお飾りで神々が成り立ってんのは水月と火光がいるからだ! お前は! 見た目がいいから使われてるにすぎないんだよ!」

「……はい」


 火音は月火の食事に感情がないと言うが月火にだって人の心というものはある。

 心があるからこそ妖心が出来るのだ。


 何かが崩れた気がした。


 幼い頃から厳しい父に怒られながら努力し、皆に褒められ、誰からも文句を言われないように必死に這い上がっていたのに何故こうも否定されなければいけないのか。


 これが全員に向けられる煽りや否定だと言うのは分かっている。

 それでも小心者の月火には嫌という程刺さるのだ。


 月火が黙って聞いているといつの間にか小一時間が経っていたようで二時間目始まりのチャイムが鳴った。


「チッ……。時間が味方したと思え。今年一年、大学卒業試験は受けさせん」

「はい」


 先に医療コースの高校卒業を済ませよう。

それが終わったあとに教員免許を取って妖輩科目の試験も終わらせればいい。

 目指すは史上初の全コースの大学部卒業試験突破だ。


 しかしどれだけ先のことを考えても気分は沈む一方だ。


 月火が落ち込みながら歩いていると誰かとぶつかりかけた。

 反射神経で止まり、そのまま過ぎ去ろうとすると手を掴まれる。


 振り返ると見知らぬ人が立っていた。


「月火さんだよね。えっと……大丈夫……?」

「はい。大丈夫です」

「そう? 良かったら話聞くけど……」

「いえ、知らない人に迷惑はかけられないので」


 月火は手を強く振り払うと教室に帰った。


 中に入ると火音が授業をしており、炎夏(えんか)玄智(げんち)が心配そうな視線を向けてきたがそのまま席について教科書を開く。


 それから授業が終わったら玄智と炎夏が寄ってきた。


「月火、どうしたの?」

「犬鳴が原因だろ」

「……はぁ〜……」


 月火は詰まっていた息を吐くと机に突っ伏して二人に説明した。


 大学部に乗り込もうとする二人を制止してまた大きな溜め息を吐いた。


「月火は凄く努力して十歳で一級まで上がったじゃん! 最年少なんでしょ!?」

「でも今まで一級ですし……」

「特級相当の実力はあるって評価されてるだろ」

「過大評価しすぎなんですよぅ……うぅ……」


 月火が弱音を吐いて溜め息を吐くと二人は困ったように視線を合わせた。


 これ程弱った月火は久しぶりなので上手く対処できない。


 二人が戸惑っていると理科担当の火光が入ってきた。


「どうしたの月火!?」

「せんせぇー……」


 玄智が縋る思いで火光に説明すると火光は薄く笑った。


「へぇ? 犬鳴が? へぇ」


 玄智にプリントとノートを押し付けた火光は早足に教室を出て行く。


 慰めるよりも先に犬鳴への怒りを晴らしに行ったらしい。


 玄智が月火の頭を撫でていると上から大きな手が覆い被さった。

 見上げると水月が立っている。


「大丈夫?」

「大丈夫です……」


 月火が溜め息を吐くと突然九尾が出てきた。

 吸収具を付けたままでは出てこれないはずだが何故か出てこれているし気分も悪くない。


 月火も無意識のうちに出てきたので驚いた。


「器具付けてなかったの?」

「付けてます」


 月火が見せると水月は驚いて誰かに連絡し始めた。


 九尾は月火を心配してすり寄ってくる。


「なんか尻尾増えたね」

「増えたなぁ……」


 前までは二本だったはずだが六本になっている。

 天狐が四本なので見栄でも張っているのだろうか。


「……あぁ、そうなんですね」


 月火がそう呟くと九尾は頷く素振りをして大きく尾を振った。


「何故か妖力が増えていたそうです。尻尾が多いのは負荷をかけないため……」


 その瞬間、月火は気を失い九尾も姿を消した。


 目が覚めたらどこか懐かしい場所にいた。

 何故かいる暒夏せいかと水月が覗き込んでくる。九尾はカーテンの向こうで誰かと遊んでいる。


「目、覚めた?」

「大丈夫? いきなり気絶したんだよ」


 水月に手を借りながら状態を起こすと勢いよくカーテンが開いた。

 デスクには綾奈あやなによく似た人物が座っており、煙草を吸っている。

 カーテンを開けたのは開発課長の赤城だ。昨日、火音とともにやってきた赤城の兄にあたる。


「起きた?」


 目の下に黒い隈を浮かべた猫背の赤城は妹とは血の繋がりが信じられないほど負のオーラを放っている。

 ちなみに月火の吸収具は成長に合わせて五回ほど変えているが全て赤城兄作だ。


「今回倒れたのは吸収具が原因ね」

「吸収具が壊れてて妖力を吸えてなかったんだ。今、神々の体の中では妖力のダムが壊れて洪水が出来てる」

「でも交換期は来年の春か夏あたりですよね……?」


 月火が聞くと赤城兄は深く頷いた。

 自作の電子煙草を咥える。


「そこが問題。今回壊れた原因は妖力が流れすぎてキャパオーバーしたんだけどそれが一時的なものか妖力の成長期に入ったか調べなくちゃならない」

「検査ですか?」


 月火はあからさまに顔をしかめた。

 妖力の検査は器具を作る度に行ってきたが何せ時間がかかる。

 今の時期に二週間も入院などしていられるはずがない。


 それなら昼夜問わず九尾を二体出しておく方が楽だ。


 月火が嫌悪感を示すと綾奈によく似た女性、晦姉妹の長女であり妖輩専属病院の院長である知衣ちいは残りわずかとなった煙草を吸い皿に押し付け、また新しく吸い始めた。立派な煙草依存だ。


「毎回そう嫌な顔をされてるからね。こいつに頼んで作ってもらったんだよ」


 月火が首を傾げると知衣はデスクに置いてあった指輪を見せた。


「妖力測る指輪ちゃん一号」

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