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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
38/201

38 お正月

 正月の午前五時。

 いつもの四人は和装で車に乗って初日の出を見に行く。


 運転は水月の専属補佐官だ。


「正月まで働くんだね」

「水月様の呼び出しとあらば」

「信者だね〜」


 水月と火光と同い年の好青年で小三の時、その補佐力を見初められて火音がスカウトしに行ったのだ。

 前代未聞の補佐で学費免除と言う奇妙な例だったが麗蘭の目に狂いはなく、激務の水月の補佐を見事こなしている。


「火音様と月火様の噂も聞いています。火光先生も最少年教師ですし……やっぱり御三家なんですね」

「楽しそうだねぇ」

「そりぁもう! 注目の的の四人と同じ車内にいるんですから」


 これは鬱陶しいタイプだ。

 月火は寝たフリをして火音は黙って本を読む。


 最近は人の話の入り方で性格を見分けられるようになってきたのだ。


 七人乗りの車に運転席に補佐の娘天(こてん)、その後ろの二列目に水月と火光、一番後ろの端に月火と火音だ。


 月火はドアポケットに頬杖を突いて眠り、火音は本を読んでいる。

 本当は他人の車も乗りたくないのだが黙って乗っている。

 せめてもの救いは隣が月火というところだろうか。


 これは火光でも確実に気分が悪くなる。


 月火の右腕にはいつも通り吸収具のブレスレットがはまっている。


 和装には一切似合わないのだがこれを付けていないと頭が痛くなったり気分が悪くなることが多い。

 最近、少し落ち着いてきているらしいが妖心術を使った後はいきなり回復するのでオーバーしないように念の為だ。


 袴にしたのも最近は物騒なのでもしもの時動きやすいようにしてある。


 特注の袴用着物は元々の裾丈が膝ほどで端折ったら太ももほどになる。

 それに袴なのだが冬場は寒いのでタイツにブーツを履いた。


 これである程度動けるだろう。


 それから少しすると日の出スポットに着いた。


 かなりの人混みなので火音はいつも通り黒マスクを付ける。


「白じゃないんですか」

「白は目が痛くなる」


 月火が白い家具を嫌うのと同じ理由だ。


 引っ越す際、引越し業者に頼んでいたが自室から出てきた家具がすべて黒だったので驚いた。

 言い方は月火の受け売りだが理由は昔から同じだ。


「人が多すぎる……」

「絡まれないといいですね」


 月火は時間を調べてから辺りを見回す。

 昔来たことがあるような気がする。


 正月任務の帰りに眺めていた場所だ。


「めっちゃ見られてるんですけど」

「こっち来んな」


 今、ネットでもテレビでもニュースでも新聞でも話題は妖輩者や妖神学園で持ち切りだ。

 それのきっかけがこの二人なので仕方がない。


 月火が朝日が見えるまで車で待とうとしたら火音に引き留められた。


「離れたら絶対囲まれる」

「……あ、雪だ」


 見上げると白い雲から雪が降ってきた。

 月火は寒さには慣れているので息が白くなるなと思いながら見上げる。


「そろそろだな」


 月火が車の方を見ると水月と火光も降りてきた。

 雪が降っていることに少し驚きながら車の傍でスマホを構える。


 月火はスマホを構えると写真の準備をする。


「こういうのって動画派か写真派で別れますよね」

「タイムラプス派」


 まさに動画と写真の中間だ。


「……眩しい……」


 木々の生い茂る山の頂上から現れた炎の如く燃える太陽は目眩がするのほどの眩さを放ち、やがてその全体を現す。

 紫色の空に浮かぶその太陽は年の切り替わりを感じさせた。




「で、話とは」


 稜稀を前にして月火と火音は正座をする。

 水月と火光は帰ってきてからまた眠り、水哉は自室にいる。


 もう九時頃なのでそろそろおせちを食べたいが稜稀に話があると呼び出されたのだ。


「そのね……火音君の立場のことなんだけど……」

「俺ですか」


 火音は月火の付属で呼ばれたと思っていたので少々驚く。


「私も火神の現状は知ってるのよ。当主夫妻はこう言ってはなんだけど……」

「お飾りの当主を退けて俺を当主にするという事ですか」

「そういう事。察しが良すぎるわ」


 これは火音ではなく月火の思考が流れてきたのだ。

 驚いた様子もないので本人も分かっていたのだろうか。


「その場合、教職は辞めることになりますよね」

「そうね。でも教職は……」

「今の仕事を辞める気はありません。当主になるか教師を続けるかの選択なら教師を続けます。どうしても俺を当主に押し上げると言うなら火神と縁を切ります。要は当主が仕事をしたらいいのでしょう」


 ようやくまともに食べれる炊事係と安心して眠れる寝床を見付けたのだ。

 易々と手放すわけにはいかない。


 それにもし教師を辞めてしまったら火光とも会えなくなるだろう。それは避けたい。


「……そう……それじゃあどうしようかしら……」

「仕事は俺がやっていますが何か問題でもありますか」

「それこそが問題でしょう。火音さんがやっているからこそ当主しか出来ない仕事が滞り、その仕事の滞りのせいで神々や水神にも迷惑がかかります。それと当主の判が必要だと分かっていないでしょうから色々と問題が起きているのです」


 月火がそう言うと稜稀は深く頷いた。

 火音は頭を抱え、深く溜め息を吐く。


「そこまで馬鹿だったか……」

「妖輩の常識を知らない方ですからね」


 妖輩は基本、級が高い者に敬意を示すのが基本なのだがあの当主は三級で当時一級だった火音を馬鹿にしていた。

 どうぞ舌を切り落として下さいと言っているようなものだ。


「……どうしたものか……」

「月火、何か案はある?」

「当主を叩き直す。火音さんがここまで育ったんですから同じ教育法でやったら直るでしょう」


 月火がそう言うと火音は楽しそうな表情で月火を見上げた。

 この笑顔はもう慣れた。


「やるか?」

「毒はやりませんよ。捕まるので」


 火音は幼少期に盛られていたせいで報告が上がらず、野放しにされているのだ。それも死なない毒を少量だった。


 だが大人に毒を盛れば確実にお縄になるのでそれは出来ない。

 そもそも毒に耐性を付けなければいけないほど日本は危険ではない。


「……まぁいい。て言うか玄智を上げたらいい話なのでは」

「それも聞いてみたんだけどね。まだ学生だからって火音君に投げたのよ」

「貴方の娘も同い歳ですよ」

「月火はほら……特殊じゃない?」


 月火が当主を継いだのは中等部二年の頃だ。

 当主の中では最も歴が浅いがそれでも完璧に仕事をこなしているので生まれつきの天才肌なのだろう。


「じゃ、いつからやりますか? 期間は?」

「楽しんでますね。誰がやるんですか」

「……俺かなぁ」


 火音は腕を床に突く。


 火音にこれを課した張本人である叔母の智里(ちさと)は今の当主夫婦に媚びへつらっているので当てには出来ない。

 既に回復した両親も火音が何をされたのか知らないので頼めない。

 養子の妹である智明(ちあき)に頼んだら絶対にサボるのでこれも無理だ。


 となれば火音しか出来る人はいない。


「大丈夫なんですか」

「……どうだろ」


 精神がやられる気がする。

 知衣にこれ以上ストレスがかかったら双極性の一型になるぞと脅されているのだ。

 一型は抑うつと躁状態が長期間で続くので色々と面倒が多い。


「期間によっては大変な事になりますよ」

「だよなぁ……!」


 正月明けは来年の準備がさらに多忙になるので適当な期間で適当なことは出来ない。

 やるとしたら長期休みか有給を取らなければ。


「新入生の準備で忙しいのでしょう」

「……無理な気がしてきた」

「ふぁーいと」


 月火に背中を叩かれ、少しやる気が出たがそれでも期間は迷う。


「そもそも当主が俺の言うこと聞くはずありませんし」

「あら、横に妖輩の中で一番偉い女の子がいるわよ?」

「だから呼ばれたんですか」


 どうせ火音の返答が分かっていたので呼んだのだろう。

 火音と月火の目が合うと盛大な溜め息を吐かれた。


 だいぶんショックだ。


「そもそも……」


 そもそも火音が当主になる予定だったのにあの二人が奪ったのだ。

 火音は被害者側なのに何故手助けをしなければならないのだろうか。

 と言うか親が元気になったのだから親が教えればいいのだ。

 厳格そうな見た目をして内心はサボり魔なのがよく分かる。


 それに火音だってもう無関係でいたい。

 火神と縁を切ったとしても火光との血縁関係が切れるわけではないしそれは容姿が物語っている。


 と言うか何故火光に執着するのだろうか。


「火音さん、落ち着いて」


 自問自答の末、自暴自棄になってきた時に月火に背を軽く叩かれた。


「……水月の誕生日は祝いたいから四日から行ってきます。これを借りてもいいですか」

「仕方ありませんねぇ」

「給料は払うさ」

「いいですよ別に。私の仕事の支障がなくなるなら」


 月火は火音を起こすと部屋を出ていく稜稀に皆を集めておくよう頼むと見送った。

 月火は火音を見下ろす。


「大丈夫ですか」

「もう無理……」


 月火は火音の背をさすり落ち着かせる。


「……まぁ命綱が出来たから何とか生き延びることは出来るだろ」

「出来ることは何でもしますから。荷物を寮に戻しておきましょう」

「うん……」


 火音は溜め息を吐きながら月火の手を借りて立ち上がった。


 火音を居間に行かせ、月火は台所からおせちを運ぶ。

 居間には既に皆が揃っていたが先にお屠蘇だ。


 おせちを並べてから水哉の向かいに月火が座る。

 今日のために昨日の夜にお屠蘇を作ったのだ。


 古くからの習わし通り、朱塗りの屠蘇器を使う。

 三つの盃で一回ずつ飲むのだ。


 月火は高校生なので口を触れて飲むふりをするだけ。

 水月と水哉も毎年そうだ。


 火音は軽く器を回して誰も口を付けていないところで飲む。


 それでも顔は祝い事をする顔ではない。


「さて、おせちを食べましょう」

「火音って食べれるの?」

「取り分けました」

「流石」


 いくら月火が作ったとて皆で取り分けていたら火音は食べれない。


 祝い箸も皆は繰り返し使える樹脂と竹で作られた箸だが火音は使い捨てだ。

 誰も使っていない箸があるのだが信用しないだろうなと思ってこれにした。


「美味しいね」

「月火って本当に何でも作れるね。僕のケーキも作って?」

「いいですよ。何がいいですか?」

「うーん……抹茶?」

「僕が無理じゃん!」


 水月が眉尻を下げ、火光がふくれっ面になっていると月火は何かを思いついたのか軽く頷いた。


「いいですよ。火光兄さんは抹茶以外ならいいんですね」

「うん」

「作ってみせましょう」


 一度寮に帰る必要があるかもしれないと思いながらおせちを頬張り、箸を置いた。


「ごちそうさまでした」

「早いわね」

「もっと食べないと太れないよ」

「太らないようにここでやめます」


 未だ、知衣や綾奈からは軽すぎると言われるが無視している。


 生活に支障がないなら関係ない。


「火音も少ないし」

「少食だからな」

「だからチビなんですよ」

「お前が言うな」


 火神は皆身長が高い。

 母親の血が濃い玄智は例外としても澪菜も姉も火光も親も身長が高いのに火音は平均だ。


「足して割ったらちょうどいいのに……」

「いいじゃない。個性よ個性」


 皆がおせちを食べ終わったので月火はお雑煮を準備した。


 おせち料理を食べ終わり、皆が部屋に戻ると月火の部屋に火音がやってきた。

 まだ死人顔だ。


「あれだけやる気になってたのに」

「助けて……」


 火音は襖を閉めると畳の上に寝転がった。

 火音よりもかなり広い部屋だ。


「先が思いやられます」


 月火が見下ろしているとふと黒葉と白葉が出て行く感覚がした。

 しかし辺りを見回せど姿は見えない。


「九尾どこ行った」

「分かりません。……屋敷の中に入るので大丈夫でしょう」


 月火がそんな事を言っていると突然火音の妖心である雷神が出てきた。

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