37 イラスト
「頭痛い……」
「飲み過ぎです」
月火は机に突っ伏している四人にお粥を出すと火音にはおせちの端材で作った煮物を出した。
この男は二日酔いを体験したことがない。
「火音君は大丈夫なの……?」
「はい。度が低かったので」
「……怖いわ」
「喋ってないで食べて寝て下さい」
月火は呆れると稜稀の代わりに家事をし始めた。
後で買い出しに行かなければならない。
稜稀は二日酔いどころか三日酔いまでいくのでしばらくはお粥生活だ。お粥というかほとんど重湯に近いが。
七草粥か味噌雑炊なら食べられるだろうか。
「火音さん、買い物に行ってくるので四人を見といて下さい。面倒臭くなったら部屋に戻ってもいいので」
「じゃあ戻る」
タブレットを持って部屋を出て行ったので水だけ用意して買い物に行った。
今日は洋服なので目立ちはしないだろう。
この辺りは呉服店が多く、和服の人も多いので和装でも目立ちはしないのだがそれでも若者が着物だと目立つものだ。
電子マネーでさっさと会計を済ませると屋敷に帰った。
「ただいまって……寝てるし」
見事に全員寝ていたのでブランケットをかけて夕食の準備を始めた。
翌日には稜稀以外回復したので火光が飲みたいと言っているが睨んだら黙った。
この歳の兄を介護する妹になどなりたくない。
火音は手がかからなくてよかった。
「そう言えば最近九尾出してないな」
「確かに」
「今は……楽しそうですよ」
月火が課題にペンを走らせていると九尾が出てきた。
「噂をすれば」
『呼ばれた気がしたの』
「……九尾って聞こえてるのか」
「さぁ」
月火は肩を竦め、白葉が消えたのを横目に丸付けを済ませると火光に渡した。
火光は受け取ると確認して日付けを書いてから返す。
「早いね」
「やれる時にちょっとずつやった方がいいですから」
数学は終わったので次は妖輩だ。
国語は貰った翌日に提出した。
理科と生物は後丸付けだけだが物理が終わっていない。地理と歴史は終わった。
「……はい」
「休みにまで仕事させんな」
「妖輩者が何を言うか」
火音は面倒臭そうに受け取ると中を確認して返した。
「どいつもこいつも……」
暒夏も休みの期間中に提出しに来たのだ。
適当に確認して返した。
火音が課題表に書き込んでいるといつもよりずいぶん早くに回復した稜稀が居間にやってきた。
「治ったわ」
「予防策を張りましたから。介護で時間は取られたくないので」
おつまみのしじみの味噌和え。
しじみの味噌汁がアルコール分解を促進させると医療コースでやったので試してみたのだ。
思ったよりも食べたので効果が出たのだろう。
皆に褒められたので笑っておく。
「スケブ貸して」
「新しいやつしかありませんよ」
「何枚かは描いてるだろ」
月火は立ち上がると部屋に戻ってスケッチブックを持ってきた。
火音は先日描いていた絵の写真を撮る。
「未完成なんですけど」
「適当に描き足す」
月火は半目になるとタブレットを消してその絵を完成させ始めた。
「いきなり描き込むんだね。構図とかやらないんだ」
「頭の中に浮かんでますからね。これは慣れですよ」
「これを描くのにアタリなしは相当の技術だぞ」
今描いているものはブロック塀の上から中のゴミ処理場を見下ろし、その角で誰かが何かに追いかけられていると言うものなのだが後ろのゴミの山の描き込みが異常なほど細かい。
段々雑になってきそうだ。
火音と月火の手元を四人は興味深そうに覗き込む。
「……ここどうってんの……」
「……これが奥の建物の角で手前のゴミ山と左の奥から伸びてきた木の枝です」
「分かりにくいなぁ」
火音が顔をしかめるので色付けをして返した。
色と影があるだけでずいぶんやりやすくなるものだ。
「そう言えば火音さん」
「何」
月火が顔を上げないので火音も手を進めながら返事をする。
「一昨日の絵はどうなりましたか?」
「……なんの事やら」
火音は一瞬手を止めたがすぐにはぐらかした。
皆は首を傾げる。
「とぼけないで下さい。描いていたでしょう。私の後ろ姿」
「消さないからな。まだ完成してないし」
あの細さを厚塗りするには液タブが必要なので線画を描いたのだ。
まだ背景が塗れていない。
「完成してから消すよりは傷が浅いのでは?」
「完成しても消さない」
「火光兄さんの絵を描けばいいでしょう」
「仕事絵だからな」
月火が顔を上げて目を瞬くと火音はしてやったりと口角を上げた。
「お前のファンクラブのパンフ」
「そんなもの公認した記憶はないですが」
「非公式だろ。火光以外公認してないし」
水月も火音もファンクラブあるが問題を起こさない限りは関与しないのだ。
だが今回は単価が平均よりもかなり高く、一枚四万と言われたので正月中の月火を二枚描くと取引をした。
ちなみに写真でもいいと言われたが確実にバレるのでイラストにしてもらったのだ。
「学園内で一番大きいらしいぞ」
「僕も入ろうかな」
「やめて下さい。非公式のファンクラブなんて……」
蘇る月火部屋を振り払うため首を横に振った。
「トラウマが蘇る」
「分かるならやめてくださいよ」
「金欠なんだよ」
火音が内心、誰かさんのせいでと言いながら半目で見ると睨み返された。
「自分の好奇心を抑えられなかった自分のせいです」
「お前が欲張るからだろ」
「仕返しですよ」
「何の話?」
火光が首を傾げたので月火は火光を睨んだ。
しかし何も言わずにまた無表情で絵を描き始める。
「文化祭の時に火光が音響頼んできただろ。それがボーカルだったから嫌がったんだよ。で、俺が誕生日に好きな物買うって言ったら折れた」
「え、玄智に音響って言われたんだけど……」
火光が混乱しながらこめかみを押さえていると月火は内心舌打ちをした。
どうせ玄智の悪巧みだろう。火神の血筋がやりそうな事だ。
「月火歌ったの!? 聞きたかったなぁ!」
「録音あるぞ」
「はぁ!?」
火音がタブレットで月火の歌を流そうとすると月火は顔を真っ赤にして電源を落とした。
「描いてるだけかと思って信用したのに!」
「勝手に思い込まれても」
月火は火音を睨むと溜め息を吐いておとなしくイヤホンを付けた。
「仕返ししてやる」
奮発して高遮音性イヤホンを買ったのだ。
いつもは片耳しか付けないが今日は両耳を付けて音楽を聞く。
と言っても歌詞ありだと段々頭が痛くなってくるのでクラシックだが。
そして大晦日当日。
水月のわがままで初日の出を見に行くことになったので皆が仮眠を取る中、月火は悪夢とは別の不思議な夢を見た。
真っ白な世界に一人だけで音も温度も何もない。
目の前に壁があるようで永遠に続いているのだ。
自分が誰かも分からないままただ進み続けている。
こちらに来いと、何かに引き寄せられるように歩いてい夢だった。
何故かいる火音に起こされ、目を覚ます。
共鳴の感覚だ。
体温が異様に高く、耳に膜が張られて五感が研ぎ澄まされている。
すると突然写真を撮られた。
飛び起きるとその感覚はなくなった。
「ちょっと。寝起きを撮らないでください」
「この目」
火音が拡大して見せてきた月火の白い眼は半分ほど紫に染っていた。
火光よりも濃い、火音と同じ色だ。
「……気持ち悪い」
「一言目がそれか」
「火音さんは大丈夫なんですか」
火音は寝ている間に共鳴したと自覚して起きたのだ。
鏡を見たが何もなっていたかった。
月火が変わり始めたのがいつか分からないので本当に火音に影響がないのかは分からないが前よりも確実に紫になっていたのだ。
「……知衣さんに連絡しておきます」
「月火、大丈夫か」
「何が」
月火が火音を見るとまた冷たい手が伸びてきて頬を撫でられた。
冷たいが体温が上がった体には心地いい。
「九尾が心配してる」
「分かるんですか」
「分かる」
共鳴の直後だからだろう。
九尾や月火の思考が流れ込んでくる。
『主様……』
「白葉、何か違和感は?」
『分からないけれど……何かが広くなった気がするの。何かは分からないけれど……』
「黒葉は?」
『同じよ』
月火に心配そうに近付いてきた二体を撫でてやる。
『大丈夫? すごく荒ぶっているけれど……』
「すぐに落ち着きますよ」
月火はずっと心配そうにしてくる白葉に大丈夫だと言い聞かせる。
「……眠気が飛びました」
「まだ十二時前だぞ」
月火は溜め息を吐くと布団を片付けて髪を触った。
「……お風呂に入ってきます」
「俺も後で入る」
月火は着物を漁る。
「……やっぱり袴にします」
「好きにしろ」
別にどう思うわけでもないが羞恥心はなさそうだなと思いながらスマホをいじる。
月火は着物と長襦袢や袴とその他の道具を引っ張り出すとそれぞれを畳んでから誕生日に稜稀に貰った簪を取り出した。
火音も風呂を上がり普段は滅多に着ない袴を着てから居間に行くと月火が髪を結い上げていた。
もう化粧は済んでいる。
「髪上げるのは珍しいな」
「邪魔ですからね。やる時はやるんですよ」
「やれる時にやるんじゃないのか」
「普段はやれないときです」
屁理屈だと思いながら向かいに座る。
鏡も見ずに左右対称に編むのは難しそうだがそれも慣れなのだろうか。
「袴姿は初めて見た気がします」
「……成人式の時に見ただろ」
「……記憶にありませんねぇ」
興味がなくて無視していたので仕方がない。
水月と火光の式でさえ行った直後に帰ったぐらいだ。
「二年前……火音さんって昔っから同じ顔ですよね」
「お前が言うな」
たまに、子供から大人になる時に別人のように変わる人はいるが火音は本当に全く同じ顔なのだ。
童顔なのではなく、写真を見返す限り昔から大人びた顔をしているのだ。
簡単に言ってしまえば生まれた頃から顔面国宝級だということ。
「でも確かに変わった気はしないな」
「変わってませんもん。部屋にあるアルバム……」
「なんでお前の部屋にあんだよ」
前に火光が仲がいいからと言ってくれたのだ。
たぶんいらないが捨てるのも勿体ないので押し付けたのだろう。
例のファンクラブとやらに記念品として贈呈してあげようと鞄に入っている。
二人が同じタブレットで好きなように絵を描いていると水月と火光が起きてきた。
二人とも既に起きていた二人を見て目を丸くする。
「早いね」
「先ほど起きたばかりですよ」
こうでも言っておかないとまた心配される気がするので適当に誤魔化しておく。
「袴?」
「洋服なら着替えますけど」
「ううん、袴で行こう。お正月にはピッタリだし」
水月は面倒臭がる火光の手を引くと着替えに戻った。
月火は先に色塗りに入る。
「変な描き順だな」
「そうですか?」
縁の線を描いてから色を塗り、上から描き込む。
昔から変わらない描き方だ。
「……失敗した」
「同じタブレットで描くからですよ。スケブならまだしもキャンバスが動くタブレットで描くとか」
前に同じ液タブで描いたのは画面が大きかったからだ。
それをこの小さな、しかもキャンバスを固定していないタブレットで描くなど馬鹿の所業だ。
「消しとけ」
「切り取っときます」
月火は火音の絵だけ切り取ると自分の絵を拡大して描き込む。
よく、他人に見せると頭がおかしい絵と言われる理由が分かった気がする。
「……なんか違う」
「色の塗り方だろ」
「あれどうやって塗ってるんですか?」
月火は火音から色塗り口座を受ける。
知らないテクニックやコツがかなり出てきたので頭に叩き込んでいると水月達が戻ってくる声がしたので朝食を作りに行った。
「あれ、月火は?」
「台所」
「なんか避けられてない?」
「偶然だろ」
火音は月火のタブレットに引き続き色を塗る。
一区切り着いたところで終わって三人で話していると月火が戻ってきた。
「いただきまーす」
卵焼き、味噌汁、漬物、大根の煮物というなんとも日本人らしい食事を終えた後、四人は車に乗って初日の出スポットに向かった。