34 文化祭後編
文化祭の午後の部。
玄智に歌わされた月火が屋上で火音の絵を描く手元を眺めていると妖輩コースのグループから電話がかかってきた。
昨日の体育祭のために新しく作ったのだ。
しかし電話はすぐに切られ、同時に校庭に集合と連絡が来た。
狐が出た、と。
月火と火音は寮に戻るとジャージに着替えて月火は妖楼紫刀を火音に渡すと自分は白黒魅刀を持って校庭に降りた。
先程校内放送が流れ、一般人は校庭から離れた体育館やプール、寮の中庭などに避難されたらしい。
連絡が来てから二分足らずで校庭に行くと既に水月と火光が封じていた。
朝から水月が行っていた任務はこれで、ここに連れてきたのも水月らしい。
その気配だけで自分では敵わないと判断し、麗蘭に校庭を整えてもらっている間、ずっと押し止めていたようだ。
物理的には弱いが妖力化け物だ、と情報係から耳打ちされた。
「別に殺してもいいよな」
「手足を切り落とす程度ですよ」
「チッ」
火音は刀を振り、月火は九尾を出す。
「抑えなさい」
月火の言葉で二体が真の姿へ変わり、校庭に無数の狐火が浮かんだ。
狐火から黒い縄が飛び出し、子供の体と手足を縛り、最後の二本は左右から首に巻き付いた。
それと同時に水月と火光は糸が切れたように気を失う。
月火と火音が飛び出した瞬間、その縄が焼き切られ、狐面の子供はその場を飛び退くと両腕を上から下に大きく振り下ろした。
晴天の空から二本の稲妻が落ち、月火と火音に直撃した。
黒葉と白葉が駆け寄り掛けたが踏み止まり、水月と火光を他人に預ける。
「あれ、なんで無傷なの……」
「俺の妖心は雷神なんでなぁ。雷は自由自在なんだよ」
「九尾は神通力を使いますよ」
子供は小さく震えると鬼の形相で足を狙ってくる二人から逃げ回り、何度も雷や火柱を使うが全く効かない。
泣くな、泣くなと言い聞かせながら徐々に強くし、大きく手を振りかざして全力の雷を落としたがそれも無傷だった。
「ふぇ……」
「だから武術も嗜みなさいとあれほど」
振り返ると黒い狐の面をつけた月火と同い歳の姉が太刀を肩に乗せながらこちらを見た。
「ふぇぇぇぇ……!」
「泣くな喚くな。帰って稽古でもしてなさい」
「はぁい……」
「なんか増えた」
「的が大きくなった」
月火が刀で娘を指すと火音は小さく頷いた。
また躁状態で苛立ってきた。
今はちょうどいい。
「餓鬼をやりたかった。逃げてばっか」
「落ち着け。外面貼り付けろ」
「……失礼しました」
月火は一度大きく深呼吸をすると同じような背丈の女を睨んだ。
今までとは違う黒い面だ。
趣味で変えられるのか、級的な何かがあるのか。
一番最初は白に紫だった。
先程のは白に何も描かれていなかった気がする。
今は黒に金で模様が描かれている。
「……これは殺す気でいってもいいかもしれません」
「よし殺そう。手足切り落として失血死がいい」
「楽しそうですねぇ」
二人は狂気の笑みで刀を女に向けると同時に素早く構えた。
『妖刀術 白黒魅刀』
『妖刀術 生狐麗琉』
刀の名がついた妖刀術はその刀に最も適した技だと言われている。
紅揚秘刀太ならその長さと重さを利用して斜め上から手前に弧を描くように振り下ろす。
白黒魅刀なら切れない形を利用して相手の急所を狙って斜め下から振り上げる。
妖楼紫刀なら鋭い刀の先を利用して横から突くように動かす。
どれも難しい技だが慣れたら使いやすくなる。
その他の技は前述した三つの技の派生だ。
生狐麗琉は白黒魅刀から派生したもので斜め上に振り上げながら押し切る。
貮舞刀狐は紅揚秘刀太の派生で振り下ろす際に自分もしゃがむ。
前に妖楼紫刀で紅揚秘刀太を行った時、刀身が伸びたように感じたが、あれは刀自体の妖力が妖心と同じ要領で刀の先に妖力で出来た刀を付け足したのだ。
たぶん刀に想いを込めろというのは刀の妖力を操れというものなのだろう。
そう考えると色々と繋がった気がする。
月火は刀に妖力を込めると太刀を扱う右腕目掛けて白黒魅刀を振り下ろした。
それは防がれたが火音が隙の出来た右の横腹を突き刺す。
「げふっ……!」
月火は刀を投げ捨てると地面に手を突いて前方ブリッジと同じように足を振り上げ、かかとで女の顎を蹴り上げた。
ブリッジから立ち上がると今まで感じていた高揚感と気分の良さが消え、体が鉛のように重くなった。
倒れる直前に滑り込んだ白葉が支えてくれる。
『誰か……』
「大丈夫ですよ」
月火は座り込むと背中側に座り込んだ白葉にもたれかかった。
火音が目の前にしゃがんでじっと目を見てくる。
「なんですか」
「さっき、色々と考えてたろ」
「まぁ……」
「目が一瞬だけ紫になった」
本当に上のまつ毛ギリギリのところで薄くだったが紫になりかけていたのだ。
火音は戦いの最中、何も考えないことが多いのだが月火の技に対する考えとその結果が流れ込んできた。
「それは失礼」
「別に気持ち悪いってわけじゃなかったが……後で話す」
火音は皆が駆け寄ってきたのを見ると立ち上がって月火が放り投げた白黒魅刀を拾い上げ、校舎に続く道の手前に落ちている鞘を拾い上げると間違えないように白黒魅刀をしまった。
血の付いた妖楼紫刀は月火にどうするか聞かなければならない。
女は綾奈によって止血され、知衣が麻酔を打っている。
晦は水月を手当しているようだ。
火光は比較的軽傷、と言うか水月が重症を全て庇ったのだろう。
同じ戦場にいたとは思えない悲惨さだ。
「火音も手当するから座れ」
「自分でやるからいい」
火音は知衣から包帯とガーゼを受け取ると月火の斜め向かいに座った。
暇をしていた黒葉が白葉と同じように火音の後ろに座ったので遠慮なくもたれ掛かる。
『凄く楽しそうだったわ』
『二人の本来の姿が見えた気がする』
白葉がそう言うと月火は少し首を傾げた。
眠たそうだ。
「……まぁどうでもいいです。先生、刀を」
「どっち」
「妖楼紫刀」
火音が刃先を持って月火に渡すと月火は刀身の血を眺めた。
普通の血と比べてかなり鮮やかというか薄い。
貧血でまともに酸素が運ばれていない証拠だ。
「……あ、口の中切れてる」
いつの時かに噛んだのだろうか。
血の味がすると思ったら頬の内側が切れて血が出ていた。
「まずい」
「すすいでこい」
月火は刀を持ったまま立ち上がると手洗い場に走って行った。
ついでに刀もすすいで袖で拭う。
血液の付着したまま放置しておくと絶対に錆びるのだ。
食塩水に包丁をつけたら錆びるのと一緒。
月火が戻ると火音と火光が話していた。
どうやら先に気付いた火光は負い目を感じているようだ。
火音に弟子入りを願っている。
「熱心ですね」
「月火。そりゃこんなことになったらね」
「先生は問題ないと思いますよ。問題は全てを庇おうとする兄さん」
白葉を火光の後ろに行かせ、自分は火音と並んで黒葉にもたれ掛かる。
最近、また成長した気がする。
「私達の実力を知っているくせに……」
「月火落ち着け」
「……私達の実力を褒めているのに自分で全て庇おうとするのは昔からの癖だと思います。どうやったら直るかは分かりませんが……」
二人が悩んでいると月火が火音を見た。
「火音先生はなんで先生をかば……」
「死なないように。火光が拗ねやすいのも知ってるから致命傷になる傷以外は仕方なく見過ごしてる。仕方なく」
最近、火光公認のファンクラブがあると耳にしたので入会しようか迷っているところだ。
「水月は無傷にしようとするからなぁ……。やっぱり実力の問題? 月火みたいに強かったら……」
「個人では私より強いと思います。勝てませんし」
「何人でもだよ」
火光が唸っていると頬に暖かい手が当てられた。
見上げると額に包帯、頬にガーゼを貼った水月が笑って立っている。
「火光大丈夫?」
「自分に言ってよ。なんでいっつも庇うの? 自分は死んでもいいわけ?」
「うん」
駄目だこの兄は。
火光は眉を寄せると水月を睨んだ。
「言わせてもらうけどさ」
「何?」
少し不安そうに首を傾げた水月は弟の言葉に耳を塞ぎたくなった。
火光は死んでもいいと思っているし水月や月火の怪我をした姿を見る度に死にたくなる。
何故自分ではなかったのか、と。
水月は弟の精神を追い詰めて楽しいのか。自分が怪我をしたら二人が楽になると思っているのか。
他人の心配する気持ちや家族の気持ちは考えないのか。
それとも気持ちだけで声に出さないならどうでもいいのか。
水月は眉を寄せると顔をしかめた。
しかし顔は逸らさない。
「……やっぱり自分の身も守らないと駄目なのかな」
「当然」
「兄さんは元々兄弟の中では一番臆病でしょう。そんな大怪我を弟妹のために受けられる度胸はないはずです。火音先生みたいによっぽどの執着がない限り」
月火の言葉に火光は深く頷いた。
弱った水月にその言葉はガラスの破片より鋭い。
胸を押さえて火光の頭に手を置く。
「そうだよ。怖いもん」
「なんでやるのさ」
「……馬鹿だから」
「喧嘩売ってる?」
火光が冷たく睨むと水月は慌てて首を横に振った。
「違うよ。馬鹿なのは僕」
「なんで馬鹿なの?」
「それは……」
自分は兄だからと。
たった数ヶ月しか変わらない弟と自分よりも遥かに強い妹を守って兄と言う立場を守らなければと。
弟妹を守らないと兄でいられなくなると思っているのだ。
火音のように器用な愛情で守っていると示せたらいいのに。
自分は馬鹿で不器用で臆病だから無理だった。
だから何があっても殺させまいと躍起になっていたのだ。
「結局は自分の立場と思い込みのためだよ。ごめんね」
「なんで謝るの」
「嫌だったでしょ。ずっと庇われてまともに戦えないの」
図星を突かれた火光が黙ると大きく欠伸をする火音の隣で月火は小さく笑った。
「つまり自己暗示だったんですね」
「そうだね」
「自己暗示なんて必要ないでしょ。水月はどうなっても僕らの兄だよ」
「たとえ裏切られても唯一血の繋がった兄ですから。火光兄さんとは別に頼り甲斐がありますよ」
仕事の面もそうだが何よりその場の空気や雰囲気を鋭く読み取って行動してくれるのが一番助かる。
月火は裏表が激しい性格なので苛立っている時に他人がいると無理やり押し殺して笑顔を振りまくのだ。
そのせいであの怒りを忘れ、その感情に意味を見出すことにしばしば時間がかかる。
それを水月は苛立っている時は一人にしてくれるし楽しい時はその分倍可愛がってくれる。
鬱陶しい時はかなりあるがそれでもいい兄なのだ。
「……優しすぎるよ……」
水月がそう呟くと優しい笑みをしていた火光が仕方なさそうな顔をした。
「でも二度と死んでもいいなんて言わないで。水月が死んだら僕も死ぬから」
「それはやだな」
「本気だよ。今すぐ殺して死んでもいい」
水月のこめかみから冷や汗が流れていると火光は当然とでも言うように笑みを深めた。
「先生、メンヘラみたいになってます」
「メンヘラ気質なんだよ。あーやだやだ」
火光は立ち上がると白葉を撫でて寝ている火音を起こした。
「……眠い」
「今日は帰ろう。じゃ、晦頼んだ」
「えぇ!? 私、午後は休憩……」
「火音を無理させないためにもね!」
火光が満面の笑みで圧をかけると晦は黙り込んだ。
「……中間のテスト押し付けてやる」
「……いいさやってやる」
火光は拳を握って気合を入れると眠そうにあくびをする火音と九尾を消した月火を見た。
早くこの二人に無理のない環境を用意してあげたいのが火光の本音だ。
夜中に時々目が覚めるが二人で話していることが多い。
たぶん似た者同士でどこか繋がっている二人なら過ごしやすいのだろう。
早く寮に帰って水月と火光は火光の寮に戻ろう。
皆が安堵していると今日も来ていた稜稀と水哉が駆け寄ってきた。
水月と火光を無視して月火と火音に抱き着く。
「よかったぁ、強くなったわねぇ!」
「あの刀をあんな自在に操れるなんてやっぱり才能だ!」
稜稀に頭を撫でられる火音と水哉に抱き着かれた二人は固まり、水月と火光がすぐに引き剥がした。
「傷に触るからやめてあげて」
「思春期の女子だよ」
「二人は何を話してたのかしら?」
興味津々な稜稀は火光を問い詰め、水哉は水月の頭も撫でる。
「兄も大変だな」
「もういいよ。弟妹には負けっぱなし」
水哉に慰められながら校舎に向かっていると突然校庭に特級相当の怪異が現れた。
皆がハッとして振り返った瞬間、紫に光る雷が轟音と共に怪異に直撃し、何もなかったかのようにその場は静まり返る。
「これ五月蝿いから嫌いなんだよな」
「なんで鳴るんですか」
「なんだっけ、空気の温度がなんやらで圧がかかって振動で鳴る」
前に気になって調べた後に雷神に聞いたのだが忘れた。
「……雷が落ちる時に周りの温度が三万度に熱するらしいです。その時に空気が膨張して圧力がかかって音が鳴るらしいです」
月火が調べながらそう言うと火音は興味なさそうな返事をした。
やはりこの二人は異常だ。
そう再確認したのは水月だけではなかったはず。