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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
33/201

33 文化祭前編

 体育祭の翌日は文化祭だ。

 月火は屋上のベンチに腰掛け、まだ少し低い朝日を眺める。


 今が午前七時。起きたのは午前三時。

 疲れて二十時に眠り、十二時起き、まだ起きていた火音と一時間ほど話してから眠った。

 バラバラな睡眠だがその分深かったので眠気はない。



 月火が寝転がり徐々に高くなる朝日をデッサンしていると屋上の扉が開いた。

 飛び起きると屋上に入ってきた火音と目が合う。

 一瞬火光かと思って焦った。


「なんでいるんだよ……」

「人がいなかったので。邪魔なら降りますよ」

「いやいい。他にいないだろ」


 月火が頷くと火音は息を吐いて今年は月火の隣に座った。


「予約済みって言ってたろ」

「嘘に決まっているでしょう。全部断りましたよ」

「だよなぁ」


 月火はふと火音を見上げた。


「おかしくありません?」

「躁状態」

「あぁ……」


 双極性障害は厳格には鬱病とは別の病気だが抑うつ状態が大鬱と似ているので躁うつ病と呼ばれている。


 抑うつ状態は息をする意味も分からないまま意気消沈するが躁状態になると自己肯定感が極度に高まり、散財したり友人に迷惑をかけたりするのだ。


 火音の場合、その躁状態の後に自己嫌悪感が倍増するため、なにかやる気がある日は躁状態だと思っている。


 知衣と綾奈に滅多に自覚出来ないと言われたが火音の自己制御精神と自己肯定感の低さから出来るようになったことだ。


「躁状態の火音先生って違和感しかありませんね」

「そうか?」

「自覚はないでしょう。真逆の感情が伝わってきます……から……」


 月火は話しながら火音を見上げると静かに顔を逸らした。


 朝からこの笑顔を見たら流石の月火も耐えられない。

 写真を撮ってばらまいたら女子が、男子も殺到することだろう。


 月火は俯くと一呼吸おいて火音の方を見た。しかしすぐに戻す。


「やっぱり無理!」

「何が?」

「顔」


 今日が文化祭でよかった。

 もし体育祭をこの笑顔で出たなら編入希望者が爆増しそうだ。


 親に入学を強制される子供まで出てくるかもしれない。


 月火があからさまに距離を取ると火音が不可解そうに見てきた。

 いつもの暗い落ち着いた雰囲気でないと接せられない。


 火音の躁状態は比較的落ち着いているものだと知衣は言っていたがこの顔で落ち着かれても困る。

 絶対に誰かを近付けてはならない。


 月火が知衣に連絡すると精神安定剤は飲んでいるのでじき落ち着くと連絡が来た。


 昨日の夜は普通だったので、また変わったのだろう。


 火音は数時間から数日単位で変わることが多いようなのでこれこそ真の問題児と言っていた。

 問題になるだけまだマシ。一時期は誰にも言わず塞ぎ込んでいた、とも。


 自分の恐怖感と火音の高揚感で内心悶々としていると段々火音の躁状態が落ち着いてきた気がした。

 振り返ると無表情で絵を描いている。


「……戻りました?」

「うん」

「よかった……」


 月火が安堵していると火音は大きな溜め息を吐いた。


「薬飲みすぎたかな……」

「抑うつ状態の時だけ飲むんですよね?」

「自分でもどっちかよく分かってない時が多いからな」


 毎日チェックシートを使って誰かにバレるわけにもいかないし自己判断で間違っても嫌だ。

 どうしろと言うのか。


 火音が意気消沈していると月火がイラストを覗き込もうとしてきた。

 反射的に画面を消す。


「何描いてたんですか」

「なんか」

「……私の絵完成しました?」

「えーと……」


 そう言えば見せていなかったので火音が画面を点けた瞬間、月火が覗き込んだ。


「あっ……」

「私の寝顔ですか」

「昨日寝てたから……」

「今すぐやめてください」


 少し顔を赤くした月火が火音を揺さぶり、火音は揺れる視界のまま月火のイラストを開くと顔と顔の間に挟み込んだ。


 先日の美人大将で一位に選ばれたこの顔が耳と頬を赤くして接近してきては心臓に悪い。


「あ、夢の中だ」

「お前の夢だろ」

「思ったよりも記憶通りでした」


 火音は厚塗りやギャルゲー塗りと言った、どちらかと言うと現実に近いような絵を透明感満載で描くことが多かったので月火の描き込みの多いファンタジー世界のイラストは見たことがなかったのだ。

 何種類、細かく分ければ何十種類とある塗り方を自在に操るのは才能だと思う。


 月火は基本、ギャルゲー塗りか水彩塗りなので絵に色を付ける気はなかった。が、火音のこのブラシ塗りのふわりとした塗り方なら色が合う。


 月火は感嘆の息を零すとどさくさに紛れて先程の絵を消そうとした。

 しかし探している時点で取り上げられる。


「人の絵を漁るな」

「勝手にスケッチブック見た貴方がいいますか」

「そん時キレたお前がやるな」


 二人が睨み合っていると誰かの声が聞こえてきた。


 誰かが来そうなので二人は片付けて月火がドアノブに手を伸ばした時、勝手に向こうから開いたので頭をぶつけた。


「いっ……!」

「うぇ!? 月火!?」

「何やってんだよ」


 月火は角が当たった額を押さえ、しゃがみ込んだ。

 今日は私服だ。


「不幸……」

「ご、ごめん……大丈夫……?」


 月火は額をさすって痛みを誤魔化すと扉を開けた本人、火光を見上げた。

 珍しくピアスを付けている。

 火音は興奮状態にならないよう自然に他のところを見る。


「なんですか」

「玄智からの伝言でステージの音響やってほしいって」

「出ないならいいですけど水月兄さんに頼んだ方がいいでしょう……」


 月火が手を借りながら立ち上がると火光はどこかに視線を飛ばした。


「それが朝から見当たらないんだよね。連絡もつかないし……」

「今日は任務もなかったと思いますが……」


 今朝、一緒に寮を出た時に電話がかかってきたので一度離れていったのだ。その後から連絡が付かなくなった。


 普段なら緊急でも月火か火光に任務と伝えるはずなのにこんなことは初めてだ。


「水月だし心配ないとは思うんだけど……」

「お昼前に戻ってくるかもしれませんね」

「上層部に確認入れとくよ」


 月火は頷くと完全に自分を抑えている火音を見上げた。


「……それじゃあ準備してからすぐ行きます」

「よろしくね」


 月火は火光を見送ると胸を撫で下ろした火音を半目で見た。


「精神安定剤飲んでるんじゃないんですか」

「火光見るとテンション上がるのは関係ないんだよ」

「あ、そ……」


 月火が屋上を出ると何故か火音も付いてきた。

 聞けば暇なのでついてくるらしい。

 体育館の底が抜けないか心配だ。


 月火が一度寮に戻ってスケッチブックの代わりにパソコンと、板タブを持ち、体育館に行くと玄智が大きく手を振った。

 火音がいるのも見て目を丸くする。


「火音先生が文化祭にいるの初めて見た……」

「毎年眺めてる」

「最近、月火と火音はよく一緒にいるな」


 聞こえてきたその声の方を見下ろせば腰に手を当てた麗蘭が立っていた。


「色々と都合がいいからな」

「人間関係でお互い防御壁が出来るんですよ」


 案の定、二人には贅沢な理由と呆れられた。

 こんな顔されるなら言わなければよかった。


 月火は内心苛立ちながらにこにこと笑ったまま玄智について行く。


「まさか月火が引き受けてくれるとは思わなかったけど当たってみる価値はあるね!」

「ただの音響でしょう。そこまで……」

「違うよ?」


 月火の言葉を遮り、玄智は振り返った。月火は丸い目を瞬く。


「月火は歌ね」

「は? 聞いてたのと違うのですが」

「え?……先生が間違えたのかな」

「あのクソ教師。降ります。結月に頼んで下さい」


 月火が踵を返すと火音に肩を掴まれた。


 火音が月火の耳元で何かを囁くと月火は破顔し、引きつった顔で火音を睨む。

 その火音と言えば滅多に見れない笑顔でこにこと笑い、少し首を傾げた。


 月火は膝から崩れ落ちると手を突いて大きな深い溜め息をついた後、しぶしぶ了承の返事をしてくれた。

 一体何を言われたのか。


「……目的は?」

「好奇心」

「そんなもの捨ててしまえ」


 月火は舌打ちをすると玄智から歌詞を貰い、音楽を聞いた。


 十分ほどしてから月火のいる個室を覗けば電気も点けず、真っ暗な中、音楽を聞いていた。


 歌うのは裏でいいのだが、椅子に座って腕を組み、顔を机に突っ伏している。

 傍には音楽が流れるスマホと床には歌詞の紙が落ちている。


「月火、大丈夫そう……?」

「いいえと答えて開放されるならいいえと言います」

「ごめん。歌えそう?」

「先程の回答と同じです」


 玄智が月火の向かいで月火のパソコンを使って絵を描いている火音を見ると深く頷かれた。


 その後、月火は見事に三曲を歌いこなし、体育館は昨日の演舞ほど盛り上がったのは当然の話

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