表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
32/201

32 体育祭後編

「只今より、妖神学園体育祭午後の部を開催致します。午後のスタートを切るのは妖輩コース生による水泳四百メートルリレーです」


 それを聞いて火音はテントに戻り、イラストを描く。

 先日の休日に寮内をほっつき歩いていたら友人に今年の新入生説明会に使うイラストを描いてほしいと頼まれたのだ。

 たぶん、火音がまた描き始めたのを聞いたのだろう。


 単価を釣り上げて了承した。


 こう思えば、今までよく隠し通せたものだ。

 何故今まで隠していたのかは自分でもよく分からないが原因の一つとしては言ったときの周りの反応かもしれない。


 今まで、他人の料理は食べれないからと言うとマザコンだの最低だの気遣いがないだの、別に頼んでもない弁当を渡された挙句罵倒されてきた。

 なので他人から何も貰わないよう、色々と断ってきた。


 趣味を隠してきたのも同じ理由かもしれない。

 イラストを描くと言えば意外だと驚かれ、デジタル派だと言えばオタクだと嗤われる。

 オタクではないがオタクの何が悪いのか。


 顔が良くて擦り寄ってきたのはそちらなのだからオタクでも善良で清潔感があれば馬鹿にすることは何一つないだろう。

 迷惑なのは事故や遅延を引き起こす鉄オタぐらいだろうに。


 それにデジタル用の機械をオタクだと言うならスマホの最新機種がなんだと笑う奴らもオタクだ。

 自分のことを棚に上げ、他人を見下すのは馬鹿のやること。


 それが鬱陶しくて嫌いで無意識に趣味はないと言っていたのだろう。

 今度月火に愚痴ろう。



 それから数十分経ち、そろそろ水泳が終わる頃、プールの方が騒がしくなってきた。


 ここからそう遠くないため悲鳴や泣き声がよく聞こえる。


 事故ったな、と思いながら気分転換に他人のイラストを眺めているとジャージ姿でずぶ濡れの月火と水月が帰ってきた。


 火音は思わず目を見開く。


「何があった?」

「子供がプールに落ちたから私が助けたんです。そしたらシャチの記事を知っていた人が悪ふざけで水月兄さんも突き落として。それを見て子供が飛び込んで溺れて大惨事でした」



 あそこは妖輩コース用のプールだ。

 水泳が始まる初等部から深さ二メートルの競技用プールでどんな場面でも泳げるよう訓練する。

 それをただの一般人の、しかも子供が入ったら溺れるのは目に見えている。


「親は何してんだか」

「大絶叫して園長を問い詰めていたので煽ったら黙って帰りました」


 とても分かりやすい説明だ。その光景が目に浮かぶ。


 月火は白葉を出すと神通力を使って二人を乾かした。


 こればっかりは力を抑えていても根こそぎ取られるので慣れない。

 使ったそばから回復するので一応は大丈夫だが。


「助かったよ。それじゃあひと仕事してくる」

「頑張って下さい」


 月火は水月を手を振って見送るとまだ少し湿っている髪をかきあげて仰け反った。


「餓鬼って嫌い……」

「いちいち相手にしてるからだろ」

「誰も気付いてないので言ってませんけど。最初は助ける気なかったんですよ。それを誰かが突き落としたんです。なんでジャージにまでなって泳がないといけないんですか」

「妖輩だから」


 月火は呻き声を絞り出すと気分を変えるために落ちた化粧をやり直し始めた。


「次は?」

「えぇと……チアダンス部とバトン部のダンスだった気がします」

「そんなんあるんだ……」


 医療や教育コース生は明日が本番だ。

 今日は妖輩コースと運動部が本番。


「それが終わったらアレですよ」

「地獄絵図が始まるな」

「写真撮っとこーっと」


 月火は化粧が終わったので先程のことをネットに書き込んだ。

 先手を打っておかないと後から出たら言い訳のようになってしまう。


 妖輩者や神々の社長ということもあり、影響力は絶大だ。そしてネット上でも水月と火光とよく絡むため、二人もまた有名となっている。


「……面に穴開けとこ」

「何で開けるんですか?」

「カッターを火であぶって開ける」


 火音は鞄の中から筆箱を出すとデザインナイフを取り出した。

 普通のカッターは大きいのでキャップ式のデザインナイフだ。


 普通のカッターとは違い、刃の角度が急なので細かい作業をしやすいのだ。


「なんでデザインナイフ……」

「……護身用?」

「誰かを刺す気ですか?」


 そういうわけではない。

 単にこれの方が握りやすいし鋭いので殺傷能力が高いと言うだけだ。


 後は何かを切りやすいというのもある。


「……外でやって下さい」

「はいはい」


 ここでやったら火事になる可能性が高いのでおとなしく外に出る。


 人目につかないよう、プール裏の入口の階段で座ってカッターを炙りながら面の目立たないところに穴を開けていると神崎(かんざき)がやってきた。


「あ、火音さまぁ!」


 いつもより高く力の抜けた声で駆け寄ってくる。


「なにしてるんですかぁ?」

「なんだろうな」

「教えてくださいよぅ〜!」


 後ろに回ってのしかかってきたので月火に教えてもらった女子によく効く魔法の言葉を使う。


「離れろ重たい」

「……痩せたんですよぅ」

「月火より軽くなってから言え」

「あの女の悪知恵ですねぇ?」


 月火をあの女呼ばわりする時点で火音の眼中にはない。

 確実に火光の逆鱗に触れる。


「まりぃ、今日は火音様に言いたいことがあってぇ」

「俺はない」


 火音は地獄絵図開始の放送を聞くと面とナイフとライターを持って立ち上がった。

 神崎は少し耳を赤くして火音の前に来る。


 邪魔なので階段の横から手すりを飛び越えて降りた。


 テントに戻ると暒夏が月火の手を握って顔を覗き込んでいる。

 嫌なところに出会したと思えば月火が顔を上げて振り返った。


 暒夏は火音に気付くとお疲れ様と言いながら出て行った。


 その場に沈黙が走るがお互い、鬱陶しさや嫌悪感、不幸感などが胸で渦巻いているため会話はせずとも同じ感情だと言うのはよく伝わる。


「……なんて言われた?」

「あの人婚約者いますよ」

「浮気か」

「友達の婚約者を取るわけないでしょう」


 月火は鞄を漁ると飴をくわえた。

 しかし口に入れた瞬間噛み砕き、ゴミ箱に棒を捨てる。


「なんでこういう特別な日って告白が増えるんですか」

「気持ちが浮き立つから」

「ドス黒い感情しかないでしょう」

「他人の話だよ」


 苛立って飴を噛み砕く月火に神崎の事を話すと、話を聞く前に帰ってきたと言うところで大笑いした。


「私も次からそうします」

「どうせ断るんだから聞く時間が無駄だって」


 二人が今まで擦り寄ってきた人の事を罵詈雑言言っていると外で聞いていたであろう水月が苦笑しながら入ってきた。


「二人にしか分からない悩み事だね」

「分からない人に言っても贅沢な悩みだって思われるだけだからな」

「そもそも話しませんし」

「苛立ってるね」


 水月が少し心配しながら月火を見ると月火は首を傾げた後、首を振って否定した。


「いつも通りです」

「そう……? なんかあったら呼んでね」

「はい」


 月火は水月を見送ると火音に視線を移した。


「苛立ってますか」

「かなり。自覚なしか」

「あんまり……」


 やはりあちらが素なのだろう。

 火音は内心が分かるので感じ取れるし月火の話し方を聞いていても苛立っているのがよく分かる。


 だが本人は仮面が剥がれていることに気付かなければ自分の感情を読み取ることが難しい。

 月火が常に無表情で感情の起伏が著しく低い理由が分かった。


「楽になったらいいのになぁ」

「何がですか?」

「なんでも」


 月火は首を傾げたが火音は内心で何でも全てが、と呟く。



 火音が音楽の流れない外を眺めていると焦った顔の玄智がやって来た。


「先生! 月火でもいい! パソコン貸して!」


 どうやら担当教師のパソコンが壊れたらしい。


 火光も炎夏もパソコンは寮だと言われたようだ。


「持ってない。重たいし」

「汚さないで下さいよ。絶対に」


 月火はいつもの青と黒のパソコンを取り出すと玄智について行く。

 面白そうなので火音もついて行くとかなりの教師が溜まっていた。


 火光だけでなく、大学部や初等部の教師までいる。


「ごめんね月火。僕のパソコンは海外のだから……」

「だろうと思いました」


 絶対に砂埃で壊れるだろうなと思いながら玄智からUSBを借り、パソコンに差し込んだ。


 水月の機械類は一式海外製だ。

 パソコンに関しては海外製品を買ってから日本製品のパーツに付け替えたり改良という名の魔改造をしている。

 スマホも海外製品なのでいつも英語打ちで日本語に翻訳している。


 たまに面倒臭いのか天然が出たのか英語で連絡が来るので英語で返すとそこから英会話が始まるのだ。

 前の火音の時のように。


「絶対に汚さないで下さい。絶対に」

「うん。見張っとく」


 と言っても砂埃でファンが汚れるだろう。

 キーボードの間にも入る気がする。


 もう古いので別にいいが表面のデザインが気に入っているのだ。


 黒のパソコンに青と金のポスターカラーペンで描き込んである。


 月火はパソコンを玄智に任せるとテントに戻り、新しいパソコンを見繕い始めた。


「火音先生のパソコンってなんですか?」

RUNE(ルーン)の十二プラス。自社製品でいいだろ」

「うーん……」


 教師の仕事も火神の仕事も趣味もパソコンを使うことが多いのでなるべくこまめに買い替えるようにしているのだ。

 ケチってデータが飛んだら先日のイラストよりもショックを受ける。



 月火がスマホを眺めて唸り、火音が暇なので絵を描いていると数十分してから玄智が月火のパソコンを持って戻ってきた。


「ありがとう助かった!」


 月火が受け取っているとまた水月がやってきた。


「一応カバー付けといたから大丈夫だと思うよ。お礼なら推測した火光に言ってね」


 月火が目を輝かせると水月は手を振って出て行き、玄智も呼ばれて出て行った。


 月火はすぐさま火光にお礼の連絡をする。


 推測したのは火光だが知識とカバーは水月らしい。

 優しい兄達だ。


「て言うか機械類なら水月に聞けばいいだろ」

「今度聞いておきます」


 それから校庭は阿鼻地獄が続き、体育祭は月火と火音の妖心術を交えた模擬戦風演舞で幕を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ