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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
31/201

31 体育祭中編

「お疲れ様月火! 火音君も! かっこよかった〜!」

「母様」

「お久しぶりです稜稀さん」


 火音は画面を消すと稜稀の方に体を向けた。

 月火も向きを変える。


「まさか演舞をアレンジするなんて……!」

「水月に聞いていた通り人数を活かしてたね。四人だからこそ出来たんだろう」


 月火と火音は頭に手を置いてくる水哉を見上げると笑顔でお礼を言いながら手を払った。


「炎夏君は水虎(すいこ)君のところにいるし火光は水月といるから感想伝えれなくて。二人から伝えといてくれる?」

「はい」


 月火が頷くと後ろから火音の姉である火里(ひさと)とその夫、現火神当主でありながら火神の血を一滴も引かない隆宗(たかむね)が顔を出した。


「お疲れ火音。あんたも柄にないことするじゃない」

「絶対顔で出たんだろ」


 火音が十五歳の時、当主になる話が出た。

 その時は既に結婚していた二人はいつかね、と言っていたのだがその年に父が倒れ、火音が当主になりかけていたのだ。


 その時に突然、長子は自分で長男は夫だからとわけの分からないことを言い、父に「まだ学生の火音が卒業するまで」と言って仮の当主として隆宗が当主になった。


 しかし火音が卒業しても降りる話からのらりくらりとかわし続け、火音が教師になれば「火音が望んだ道だから」と言って当主に立ち続ける。

 火音が教師になったのはこいつらが当主を降りないと分かったからだと言うのに。


 嘲笑いを含んだ顔で笑う二人を黙って眺めていると月火が口を開いた。


「お二人は火音さんと同じ肉親なのに顔は平均ですよね」

「母親似だからだろ。あの人は顔が中の下ぐらいだから」

「へぇ」


 月火が当主として前に出た時には既に当主がこの二人だったので火音の両親は見たことがない。

 たぶん会ったことはあるのだろうが興味がなさすぎて覚えていないのだ。


 二歳の頃、火音に初めて会った時のことはよく覚えていると言うのに。


「才能もないのに弟を気遣って大変ですね。見下すぐらいなら当主ごと仕事を押し付ければいいのに」

「やめろ。今のままでいい。仕事がなくなったらもっといいが」

「そうですか?」


 今、背中には冷や汗が吹き出している。

 後で稜稀に正座をさせられるかもしれないと思いながら火里達を罵倒していると火光と水月が入ってきた。


「あれ母さん。来てたの」

「おじい様も」


 二人は目を丸くすると月火と火音に近寄った。


「明日って暇?」

「予約あり」

「私もです」


 本当は予約などないがこれ以上振り回されたくないので黙っておく。

 二人とも、この一ヶ月間は見知らぬ人から大量に声を掛けられたのだ。

 最近は下駄箱を開けるのも怖い。


「ちぇ、看板になってもらおうと思ったのに」

「やっぱり無理だったでしょ?」

「炎夏と結月に頼むしかないかなぁ。玄智は自分で開くって言ってたし」


 火光は溜め息を吐くと水月の肩を揺さぶった。


「水月がやったら楽なのに〜」

「火光がやったらいいじゃん……母さんヘルプ」


 舌を噛みそうなので手を止めてもらい、真顔で嫌がる火光を見た。


 今年も教室であやとりをするのに変わりはないのだ。

 ただ、友人から二人に声を掛けるよう頼まれただけ。


「まぁいいや。……で、二人は何してんの?」

「ひ、火音に会いに来たのよ」

「へぇ。神々が集まるところによく入れたね。お飾り当主だからいいのか」


 火光は二人を馬鹿にすると大笑いしながら水月を引きずって出て行った。


 その場が静まり返っていると今度は玄智が顔を出した。


「先生……はいないか。火音先生でいいや」

「なんだ」

「救護班が熱中症対策に悩んでるんだけど」


 それに関しては火光や火音より医療コースも取っている月火に聞いた方が早い。


 火音が月火を見下ろすと眠たそうにあくびをしていた。


「体育館を解放して日陰スポットにしたらいいんですよ。変な意地を張るなと園長に伝えて下さい」

「……最初の方だけ伝えとくよ!」

「後半の方が大事です」


 玄智はお礼を言うと端にいる火里と隆宗を見上げた。


澪菜(みおな)放ったらかして何やってんの? 親の自覚持った方がいいよ」


 玄智は二人を引っ張って出ていき、月火は恐る恐る稜稀を見上げた。

 遠い目をしている。


「私の子供は苦労しなさそうね」

「……ないと思います。水月兄さんは分かりませんけど」

「……お邪魔したわね。それじゃあ、午後も頑張って」

「応援してるからな」


 月火は出て行く二人に緩く手を振ると火音を見上げた。


「次、水泳リレーですよ」

「頑張れ」

「え?」


 火音は出ないのだろうか。

 月火が目を丸くして見上げると意地の悪そうに口角を上げた。


「俺、プール入れないから」


 プールに限らず温泉、人が浸かった湯船などは絶対に入れない。

 過去に突き落とされて吐いたので突き落とした犯人を溺死させようとしたことがある。担任に丸一日怒られたが。


「だからシャワーだけなんですねぇ」

「元々浸からないからな」


 一番風呂でさえ浸からないのはその分時間の無駄だと思っているからだ。


「疲れた時は浸かって絵描いてるけど」

「上がってから描けばいいでしょう……」


 どれだけ時間に執着しているのか。


 月火は溜め息を吐くと重い腰を上げた。

 火音に肩を叩かれ、腹の立つ顔をされたので足を踏み付けておく。



「リレーって誰が出る?」


 ジャージの火音はプールサイドに座り、全身ラッシュガードの月火を見下ろした。

 袖の指穴に指を通し、裾は土踏まずまで伸びているという徹底ぶりだ。


 奥で結月が泳いでいるが普通の競技用なので月火だけが異常なのだろう。


「私と結月と波南さんと澪菜さん。それと初等部の子も三人」

「奇数だな」

「結月の方を三人にして結月が二回泳ぎます」


 月火ではないのだろうか。

 珍しい。


「過去の大会で結月が一位、私が二位だと言ったら結月が取り合いになりました」

「負けたのか」

「人数調整ですよ。任務で左足捻挫して徹夜明けでした」


 それは泳いでよかったのだろうか。

 そんな状態でよく二位に慣れたものだ。しかも全国大会だと言う。


「上手く転がされたな」

「相手を有利にさせる気はありませんから」


 玄智の妹である澪菜。

 適当に褒めちぎって流してくれる火音が大好きな可愛い女の子だが運動神経はピカイチだ。


 特に水泳競技、その中でも水泳と水球、ウォーターバスケットボールの才能は結月も驚くほどいいらしい。


 水泳部所属なので結月の方へ行くか月火の方に行くか悩んでいたが結月が三人だと聞いた途端月火の方に飛び付いてきた。


 単純だがいい判断だ。

 玄智によれば運動と国語の才能は取られたと言っていた。


「寒い……」

「温水だろ。温度上げるか?」

「いや、泳いでたら大丈夫になると思います」


 月火がプールサイドに掴まって浮いていると出入り口が開いて波南と澪菜が入ってきた。


「あ、叔父様!」


 澪菜は大きく手を振るとラップタオルと水筒をタオル棚に押し込んで火音に飛び付いた。

 月火は真顔で眉を上げ、火音は作り笑顔を貼り付けた。


「叔父様は泳がないんでしょ? どうしてここにいるの?」

「澪菜は泳ぐらしいな。頑張れよ」

「うん! あ、結月せんぱーい!」


 火音は澪菜を見送ると水中に潜って何かをしている月火を見下ろした。


 一分ほど経っても上がってこないので声をかけるとようやく上がってきた。


「何やってんだよ」

「水面ってどう描くのかなと」

「溺れるなよ」


 月火はまた潜るとコースロープの下をくぐって結月の隣のレーンで泳ぎ始めた。


 火音は水がかからないよう二階の客席に行く。


 温水プールという事もあり、大会で貸し出す時が多いのだ。

 この客席はその時のためのもので、普段は鍵が掛かっているが今日は解放されている。



 それから少しすると月火は上がって黒のゴーグルと水泳帽を脱いだ。

 大会用のシリコン製なので髪は濡れないがかなり荒れるので櫛は必須だ。


 髪を櫛で整えてからタオルを羽織り、準備室に入って行く。

 少しすると白のチェーンスタンドを持って出てきた。


 プールサイドにも観客を入れるのでいたずら防止や事故防止のために月火が水月に頼んでいたのだ。学園の経費で落とすので注文しておいて、と。


 月火はそれを順に並べると等間隔に銀の身長ほどあるスタンドを立てた。

 そこに水飛沫注意の看板をかける。


 どこまでも用意周到だ。


 火音が月火を見下ろしていると波南が観客席に上がってきた。


「火神火音!」

「黙れ五月蝿い」

「俺と勝負しろ」

「俺がプールに入って吐いたの知ってるだろ」


 火音と波南は同学年だった。火音の授業中の出来事は全て知っているはずだ。


七虹(ななこう)が突き落とした件だろう。体調が悪かったらしいな。トラウマか?」

「誰情報だよ」

「梅先生だ」


 火音の初等部の頃の担任だ。

 姉夫婦がいるのに次期当主として育てられていた火音を馬鹿にしていたので当主になったら家を破産させると宣言したのは若気の至り。

 今となっては笑い話だ。


「お前、俺が他人の料理食べられないの知ってるか?」

「マザコンか?」

「突き落とすぞ」


 こうも噂になっているのに何故知らないのか。

 毎日情報コース生から情報を聞いた方がいいと思う。


「潔癖症だ。他人の料理は無理。人が入ったプールとか風呂も無理。他人が触るのも無理。他人が使った箸とかを使うのも無理」

「我儘だな」

「お前が小麦粉食えないのと同類だ」

「俺はアレルギーだ」


 話が通じない。

 教師になってから暴力沙汰は起こさないと火光と約束したのでさっさと退散するとしよう。


 火音が立ち上がって降りようとすると手を掴まれた。

 この手が火光なら、と思いながら振り払う。


「触んな気持ち悪い」

「はぁ!? 洗ったぞ!」

「洗っただけでお前の性格は直らねぇよ」


 火音は階段を二段飛ばして降りるとプールサイドに行った。


 結月はプールサイドに座って月火を眺めており、月火はバタフライで百メートルを泳ごうとターンをした。


 しかし途中で沈没する。


 だんだん泡が浮かび、それと同時に月火は背泳ぎで泳ぎ始めた。


「やっぱり違和感があります」

「特におかしいところはないんだけどなぁ……左右のバランス?」

「気を付けてるんですけど」


 月火はスタート台に火音が座った事に気付くとそちらに泳いだ。


「お友達はいいんですか」

「潔癖に理解がない奴は話すだけ無駄だからな」

「あぁ……」


 こういうこともあって一匹狼と言われるのだ。

 月火も噂で孤高の一匹狼と言うなんとも馬鹿っぽいあだ名を聞いた事がある。


「月火ちゃん、火神先生に見てもらったら?」

「俺は泳げないからな。泳いだことがない」

「え!? 人生損してる!」


 泳いだことがないのでその楽しさとやらを知らない。なので損をしているとも思わないのだ。


「学園出身だって聞きましたけど……」

「全部休んでた」

「海は?」

「行ったことない」


 行く暇があるなら仕事かイラストか火光の写真漁りだったので任務だったとしても見向きもせずに帰ることが多い。


 結月は唖然とし、月火は納得したような声を出した。


「だから水族館の時、我関せずだったんですか」

「あれは水月とお前がいたからだろ」

「押し付け精神」

「水族館?」


 結月に夏休み中のシャチ事件を話すと手を打った。


「知ってる! お客さんの中にいたカップルが飛び込んだって……」

「兄妹ですけどね」


 たぶん、カップルと書いた記者や会社には水月が連絡を入れているだろう。月火の嘘を書くな、と。


 水月は仕事の合間に月火に関する噂や記事を探しては嘘か誠かを判断しているので月火の変な噂が立つことは滅多にない。


 先日の火音と月火の裏の関係とやらが久々だったのだ。


「かっこいいなーと思いながら読んでたんだけど……月火ちゃんなら納得!」


 二人が話していると放送が流れた。


「只今より、妖神学園体育祭午後の部を開催致します」

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