30 体育祭前編
「只今より、日本国立妖神学園の文化体育祭一日目、体育祭を開催致します」
普通の校庭より四倍ほど大きいその校庭には一般人が溢れ返り、皆が朝礼台に注目する。
本来なら園長の麗蘭がやるべき挨拶を緊張して話せなくなったのでいつも通り火音が代役を務める。
今日、演舞出演者は白の小振袖に黒い袴だ。
玄智の発案で演舞を見せることになったのだがその時にこちらの方が映えるから、と月火に直談判していた。
顔で火音と月火、実力で炎夏と火光がやる。
火音は人前に出る気はなかったのだが火光に負けた。
「生徒代表の挨拶です」
一応役目終わりの火音は朝礼台を降りると月火にマイクを渡した。
昨日だけは睡眠導入剤を使って眠ったようだ。
今回の発案者ということもあり麗蘭の推薦があったのだが半泣きであの園長いつか絶対に引きずり下ろすと言っていた。
見本のようなテンプレの挨拶を済ませた月火は進行役の中等部に後を任せ、髪を元結でまとめた。
今日は稜稀と水哉、御三家の当主夫妻が全員来ているので失敗は許されない。
「なんで全員来てんだよ……」
「先生目当てじゃないですか。受験希望者のほとんどに赤髪の男性と書かれていたそうですよ」
「この髪嫌いなんだよな。目立つし」
唯一いいのは火光と同じということぐらいだろうか。
「いいじゃありませんか。助けられた時に覚えやすいです」
「ん〜……別に覚えてもらわなくてもいい」
火音は前髪を軽く整えながら体を伸ばす月火を見下ろした。
火音の足の怪我は空狐の神通力の暴走で九尾が治癒に慌てて変えさせたのでそれで治っている。
火光と水月の怪我もだ。
「せっかくいいこと言ったのに事実を言わないで下さい」
「自分で言うか」
月火は腹の立つ顔で笑うと白黒魅刀を腰に挿した。
火音も妖楼紫刀を挿す。
あの時、刀を使っていたので自己主張のため刀を持つかせめてでも挿せと言われたのだ。
出来ることなら裏方に徹したかった二人は拒否し続けたが、誰か分からなかったと叩かれたらお前らのせいにするぞと言われて渋々だ。
本当にあの園長を制御できる人材を見付けたい。
「なんでこの顔に生まれたんだろ」
「火光先生と似るためです」
「もうちょい下でも良かっただろ」
「それは同感」
二人は素朴な疑問を浮かべながら狐の面を付けた。
顔がいいと言う理由で出されたのだから顔の上か下かどちからは隠させろと暴論を振りかざしたのだ。
隠れていた方がミステリアスだからウケがいい、と。一瞬で了承された。
刀を持っているのだからすぐに分かるだろう。
「皮肉だな」
「何がです」
「あのクソ狐と同じ狐の面で顔を隠すこと」
「私の妖心が狐ということをお忘れなく」
火音は口元に面を、常に笑っていられる月火は目元に面を被せる。
「あの餓鬼がいなかったらこんな事にはならなかっただろ」
「ですねぇ。まぁ済んだことはいいんですよ。これからあのクソ餓鬼よりも盛り上がるので」
月火は紐を後ろで縛ると紅の引かれたその口でいつもの弧を描いた。
「早く帰りたい……」
入場口に行くと炎夏が待っていた。
火光は退場口からの入場となるので反対側だ。
正確には二人はここから入場するのではなく、二人が中心に立ってから音楽が流れるのでそれぞれ違う。
「厨二感が……」
「もういいんですよ。怪異だなんだと騒いでいる時点で頭の中はファンタジーなんですから」
月火は鼻で笑うと火音を見上げた。
「ぶつかったら適当に流して下さいね。これほとんど見えないので」
「ぶつかる前に避ける」
月火は刀に触れると気合を入れた。
二人が出ると観客が盛り上がり、静かになったところで三味線と琴の音楽が流れ出した。
今回の演舞はオリジナルではなく、御三家に代々伝わる演舞を人数で魅せられるように変えたものだ。
火音と水月が完璧に覚えていたのでとても助かった。
横笛の残響が消え、観客が大きく盛り上がる。拍手と歓声の中、四人はそれぞれの方向を向いてお辞儀をすると近くの木の上に飛び上がり、観客に見つからないよう控えのテントに降りる。
瞬間、月火と火音はその面を剥ぎ取った。
「あっつ! 地獄だろ……」
「暑い……倒れる……」
少し遅れて戻ってきた火光が水筒を渡してくれたので二人はそれを一気に飲み始めた。
相当喉が乾いていたのか、一口で半分ほど飲んでしまった。
後で買い足すかまた寮に戻って入れてこなければ。
二人が暑さでバテていると麗蘭と水月が入ってきた。
「お疲れ様! かっこよかったよ〜!」
「練習しただけあるな」
二人の言葉を聞き流し、タオルで汗を拭う。
校庭に出て直射日光の中、面を付けてやったのはこれが初めてだったので予想外の出来事だった。
「……帰りたい」
「まだ始まったばっかだよ」
火光と炎夏は面を額に付けていたので大丈夫なのだろう。
次は初等部と大学部のトライアスロン的なものになるので今のうちに休憩する。
「月火、この後大丈夫? 水泳とリレーがあるんでしょ?」
「体力は残ってるので大丈夫です」
「暑さ対策だな、分かった」
麗蘭は任せろと言って親指を立てるとテントを出て行った。
月火は外に出てタオルを冷水で濡らして絞る。
念の為三枚持ってきたのだ。
黒葉に持っていけと言われた。
月火が顔を拭いていると玄智がやって来た。
「お疲れ様。完璧だったね!」
「そう見えたらいいんですけど」
「納得いってない?」
そういうわけではないのだが月火は周りから見た事がないのでただ動いているこれが何が面白いのか分からないのだ。
皆がお世辞でも褒められる程度なら大丈夫だろう。
テントに戻ると麗蘭が扇風機を火音に当てていた。
火音はスマホで火光が写真を眺めている。
「大丈夫ですか」
「うん。暇だから眺めてるだけ」
「なら良かった」
最近は薬が効いてきているので安定しているのだ。
躁状態を抑える方が難しくなってきた。
「暑い。扇風機で熱風送って何がいいんだよ」
「駄目か?」
「駄目だ」
麗蘭は眉を寄せるとまたテントを出て行った。
月火は麗蘭が座っていた椅子に座る。
「この狐の面、酸欠になる。空気穴が必要」
「最後までに開けといた方がいいですよ」
最後に妖心術を使った模擬戦のような演舞をやるのでその時にまた使うのだ。ただし来年、もしやるとなったら仮病で休む。
月火は腰から刀を抜くと机の上にまとめた。
紅揚秘刀太も一応持ってきたが使うことはないだろう思って紐は解いていない。
「……着替えるか」
「ですね」
今のトライアスロンが終わり、情報部の計算大会が終わったら今度は妖輩のリレーの番だ。
月火と火音が別れ、それぞれアンカーとして走る。
負ける気しかしないのでこちらのチームに炎夏を貰った。
たぶん差は縮まる、気がする。あくまで気だけ。
「そもそも性別も年齢も違う私たちが勝てるわけがないでしょう」
「なんで教師の俺がやらなきゃ駄目なんだよ。火光だけ眺めていたかった」
「存分に眺めて下さい」
月火は赤のハチマキを巻くと紅を落として薄いピンクのリップを塗り、グロスを軽く乗せた。
自社製品の最新作だ。
ちなみにこの学園の文化体育祭には月火の会社からも投資しているので広告を貼ってもらっている。
水月がサーバーが仕事をしないと笑っていた。
「なんで白……」
「髪が赤いので」
「見た目重視か」
月火は軽く頷くとまた水分を取った。
このテントは御三家の出場者用テントなのだが月火と火音以外は裏方の仕事もしながら自分の見たい競技も見ながらなので基本二人しかいない。
たまに麗蘭と水月が遊びに来る程度だ。
玄智は初めての結月を任されているし炎夏は暒夏とともに裏方に奔放しているし玄智の妹に関しては親のテントで休んでいるらしいので本当に二人だけだ。
テントの入口は校庭の中心に背を向けているが背には窓がある。
と言っても一部が透明なビニールに変わり、内側に切り取ったであろうテントを貼り付けただけの簡易的なものだ。
「あ、計算大会が始まった」
「子供でも出来るようになってますね。せめて分母の異なる分数か累乗は出してほしいです」
「方程式でも出ないかなー……」
「あ、フラッシュ暗算ですか」
観客の中の男子グループが理系大学だったので参加し、フラッシュ暗算をこなす。
最初は簡単だったが徐々に累乗や分数、文字式などが出てきた。
「簡単すぎる」
「年齢層限られますねぇ」
二人が同時に答えを言っては正解を繰り返していると水月が入ってきた。
「……楽しんでるね」
「フラッシュ暗算が簡単すぎる」
「参加してきたら? 楽しそうだし」
「つまらないのでいいです」
ジャージ姿の月火は椅子から降りると柔軟を始めた。
火音も空いているスペースで柔軟をする。
水月は何をしに来たのかにこにこと笑って出て行った。
「そう言えばどっかの補佐官がアキレス腱切れたらしい」
「うぇ……怖いこと言わないでください」
「俺、前に切れてるから言えるけどマジで地獄だぞ」
火音の場合、切れる同時に折れてもいるのでそれも相まってか四六時中絶句していたのだ。
月火は顔をしかめると開脚で四方八方に体を倒す。
「柔らかいな」
「これは生まれつきですよ。前にやりすぎて伸びてつりましたけど」
かなり幼い頃だがあの痛みはよく覚えている。
幼さもあったのだろうが今までで一番痛かった気がしてならない。
「怖いなぁ……」
二人が念入りに柔軟をしていると炎夏が顔を出した。
「二人とも、そろそろ」
「はぁい」
二人は揃って返事をすると入場口から中心に向かった。今回は六体六の数少ない立候補者を集めたので火音以外は割と本気だ。
月火も勝負なら勝つ以外は嫌なので本気だ。
火音相手には本気を出しても敵うとは思っていない。
「四百メートルトラックを一人で走れってか」
「そのくらいの体力はあるでしょう。十分で最高何回ですか」
「……二十一か二十ぐらいだった気がする。火光に頼まれて全力でやった」
どうやら体力は同じぐらいらしい。
何歳の頃かにもよるがたぶん中等部か高等部だろう。
月火はトラックの外側に立つ晦を見た。
一番は赤が暒夏、白が波南だ。
このリレーもあくまで見世物に過ぎないので二人で相談し、なるべく同じような人を番号にしたのだ。
波南だけが反発したが火音が黙らせた。
炎夏と玄智の妹、澪菜の抜き抜かされの競争が終わり、月火と火音が走り出した。
当然、月火が身長や筋力で勝るはずもなく。
「勝者、白組」
「でしょうね」
「大人気ない」
月火がバトンを器用に回す火音を睨んだ。
火音は顔を逸らす。
「勝負だから仕方ない。文句なら推薦した麗蘭に言え」
「言いましたよ」
二人を全競技に推薦したのは麗蘭本人だ。
二人とも毎日抗議したが結局、出ることには変わらなかったのだ。
今回の大目玉だと高笑いしていたので火音が拳骨を落としたら園長室から追い出されたのでそれ以降抗議は出来ていない。
リレーが終わったら補佐の借り物競争なので妖輩は休みだ。
今は補佐コースの借り物競争をしている。
妖輩の次の出番は午後の水泳だ。それと最後の妖心演舞。
昼食時は出店や売り子が出るのだが火音は食べれないし月火は買うだけ無駄だと思っているのでおにぎりで済ませる。
火光と水月は玄智達に振り回されているようだ。
「食べた後に泳げって鬼畜すぎるだろ」
「吐かないといいんですけど」
月火はタブレットにペンを滑らせる火音を覗き込み、火音は月火のイラストに色を付ける。
あまりにも複雑すぎるので月火本人からどういう色だったか聞いているのだ。
「変な夢だなぁ」
「悪夢ですし」
「お前が怖いものの話逸らした理由はそれか」
普段、答えはしないものの問で返してくる月火があからさまに話を逸らしたのでおかしいと思ったのだ。
火音が見下ろすと月火はおにぎりの最後を口に詰め込んだ。
「……子供みたいでしょう」
「子供だろ」
「十五歳です」
「十八までは子供だって」
実際、月火は大人と刺し違えないほど大人びているが素はまだまだ子供だ。
それは自分でも分かっているが火音の前ではどうしても外面が緩くなる。
共鳴のせいだろうか。
二人が話しているとテントの外から誰かの声が聞こえた。
誰かと思えば稜稀と水哉、それと火神当主とその妻。つまり火音の姉と義兄だった。