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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
3/201

3 奇妙な生き物

「本当にいいんですか?」

「大丈夫ですよ。一人、二人増えたぐらいで変わりませんし」


 月火(げっか)は不安なまま炎夏(えんか)に引っ張られてついてくる水虎(すいこ)に微笑んだ。




 前を歩いている火光(かこう)水月(すいげつ)は黙り込み、火音(ひおと)は静かに視線を逸らした。


 水虎が来た目的は暒夏(せいか)だったのだが珍しく姿が見えなかったので帰ろうとしていたところ、炎夏が引っ張ってきたのだ。

 火光とよく似た馬鹿力は水虎にも通用するらしい。



 ちなみに玄智は補習の課題が終わらず、今は部屋で奮闘しているそうだ。

 いつも国語は嫌いだと嘆いている。


「ありがとうございます」


 皆で夕食を済ませた後、火音は火光によって月火の寮のソファで眠らされた。




 夜の火光は完全に酔ったテンションなので手が付けられなくなる事が多い。

 後は火音が火光に極度に弱いのもあるだろう。

 火光も水月も月火には弱い。


 賑やかな声の中で眠りに落ち、目が覚めると部屋は真っ暗だった。

 アラームを止めて起きるとカウンターの奥にあるキッチンにだけ灯りがつき、入口に座っていた九尾がこちらに歩いてくる。


 頭を撫でてやると嬉しそうに尾を振って火音の腕の下に潜り込む。



 頭を軽く振って目を覚まし、跳ねている髪を押さえながらカウンターからキッチンを覗けば月火が弁当と朝食、火音の昼食を作っていた。


「あ、おはようございます」

「お前早いなぁ」

「量が少し多いですからね。朝ごはんいらないなら低血糖にならないようにして下さいよ」



 火音は頷くとずっと擦り寄ってくる九尾に視線を向けた。


「朝から嬉しそうですねぇ」

「元々人懐っこいもんな」


 九尾は部屋の中を歩き回り、皆の寝顔を覗き込む。



 月火は一瞬火音の方を見ると鼻で笑ってからまた人参の飾り切りを始めた。


「なんだよ……」

「別に。準備したらどうですか」

「……ん」



 月火の部屋はいつ掃除しているのか分からないが常に綺麗だ。



 潔癖の火音の部屋には敵わないが普通よりは綺麗な部類に入るだろう。


 昼間に学校、たまに任務だが夜に皆で騒ぎ、眠りにつくので本当にいつ家事をしているのか知らないが本当によく出来た子供だ。




「子供らしさがないな……」


 顔を洗い終わり、ダイニングの椅子に座ってそう言えば小さく聞こえた月火が顔を上げた。



 九尾は首を傾げ、不思議そうな顔で可愛いのに何故飼い主は睨んでくるのか。

 過去に妖心は飼い主の心の表れだと聞いたが絶対に嘘だとこれらを見ていたら分かる。



 火音は時間を見ると立ち上がって伸びをした。


「行ってくる」

「帰ってきたら昼食食べて下さいね」

「ん」


 一応、火音と水月にはスペアキーを渡している。


 火音は任務や仕事で入れ違いになり、食事を取れなかったら困るので渡している。

 惣菜やインスタントも食べれないのだ。ちなみに白湯なら飲める。



 水月は月火に何かあった時に入れるように渡してある。

 火光は絶対に入り浸るので渡していない。

 兄のことをよく分かっているね、と水月から褒められたのは未だに謎だ。


 月火は九尾を撫でてから玄関に向かう火音を見送った。





 火音は寮を出ると電車で千葉の山付近まで向かう。


 車の免許も持っているがほとんど身分証明書になっている。

 行きは電車で帰りは誰かが車で迎えに来たりほとんど怪我がなかったら電車で帰ることが多いので車移動は滅多にない。



 中学三年生の時に大学部の卒業試験を突破して高等部の期間で教員免許や妖輩学、それと妖輩者の実力によって付けられる級位を一級まで上げていたので高校卒業時は暇だった。



 級は上から順に特級、一級、二級、三級、無級になる。


 火光は特級、水月や月火、火音は一級、炎夏と玄智は二級、級上げをサボっている暒夏や当主の手伝いが忙しい水虎は三級になっている。


 無級はまだ任務には出られない見習いの級だ。



 ちなみに火光は妖輩の中でも最強とされており、そのため実力に見合う仕事がないため任務自体が少ない。教職に力を入れるために磨き上げた賜物とでも言っておこう。


 水月は月火の補佐で事務面が忙しいのと月火にストレスばかりかける父親を苦しめるために一級で踏みとどまっている。


 月火は学生で忙しいのが嫌らしい。後は自己評価が低すぎるためまだ特級の実力になっていないとも思っている。


 火音は周囲の評判によれば火光の実力は優に超えるらしいが自分はそうは思わない。

 それにもしそうだとしても特級に上がれば自分が暇になり、その分の仕事が火光に流れてしまうので火音が自ら特級に上がることはないだろう。


 何よりこれ以上多忙になって火光といる時間を減らしたくない。

 今で最低限だと言うのに自分が暇している間に火光が怪我をするなど最悪だ。吐き気がする。



 火音は溜め息を吐くと辺りを見回した。

 山の中に奇妙な生き物がいると子供が言うので調査してほしいと言われたのだ。


 下級妖輩には見えず、大人も数人は聞こえたり見えたりするそうだ。


 何人か既に来て調査したようだが全員が確かな情報を掴めなかったらしい。


 わざわざ火音を使わなくても炎夏でも玄智でもいいだろう。

 火音が溜め息を吐くと後ろで何かが通り過ぎる気配がした。


 振り返っても何もいないが気配がする。


 火音は警戒しながらまた歩き始めた。

 後ろから付いてくる気配がするが攻撃してくる様子はなさそうだ。


 何か動物の怪異だろうか。

 子供を残して死んだ親や親とはぐれて死んだ子供の動物は怪異となって現れることが多い。


 火音の妖心は動物関係ではないのでなんの動物かは分からないが情報の中にも害があったわけではなくただ人間側が怯えているだけなので動物と仮定していいだろう。


 気になるのは何故下級妖輩には見えないか、だ。

 かなり妖力の弱い怪異なら見えない事も多々あるがほぼ全員が見えないとなると自ら姿を隠している可能性が出てくる。


 月火が動物に詳しいが九尾がいたらたぶん出てこないだろう。

 水月の方がいいだろうか。

 水月の妖心は管狐(くだきつね)なので何か分かるかもしれない。


 ただ、火音が水月を呼び寄せるのは立場的に出来ないので一度上層部を通す必要がある。

 水月は気にしないからどんどん呼んでと言うが火音が気にするのだ。

 もし家にバレたら絶対に半殺しにされるのでいつも上層部を通している。


 本来なら月火にも敬語を使って立場をわきまえるべきなのだが何せ月火が敬語のせいでこちらの調子が狂うのだ。

 月火に言わせれば「教師と生徒の立場なのだから当然」らしい。


 火音が上層部に連絡しようとしていると足首に何かが当たった。

 少し暖かいが何もいない。


「……まさか」


 火音はその場にしゃがむと静かに足首の方に手を伸ばした。

 何かに手が当たるがやはりだ。

 月火に何故か教えられたやり方で抱き上げると姿を現した。


 黒い毛並みに四本ある尻尾の先は白く、犬歯の尖った口を大きく開けてあくびをする。

 あの九尾以上に呑気なギンギツネ、それも天狐(てんこ)の狐。



 天狐は善狐が千年生きると化けるとされている神の狐だ。

 要するに九尾の成りかけ。


 とりあえず上層部に連絡し、月火に助けを求めた。


 と言っても授業中なのでしばらく返信は来ないと思っていたが一瞬で返信が来た。

 自分でどうにかしろ、と。

 どうにもできないから助けを求めていると言うのに的外れな返答を。


 火音は眉を寄せると先に自習はどうしたと聞く。

 すると終わったと返ってきた。

 確かにあの頭なら既に終わっていてもおかしくない気がする。少なすぎただろうか。


 追加ページをやれと言えばノーと帰ってきたので英語で返せば英語で返ってきた。


 兄妹揃ってノリがいい。




 それから英語のやり取りの後、やらなかった分を課題に出すと言えば返信が途絶えたので狐を連れて山を降りた。

 電車で帰ろうにもこれがいる状態では無理なのでどうしようかと迷っていると駐車場に車が入ってくる。


 補佐部所属の赤城(あかぎ)だ。


「お待たせしました火神さん」

「お前か」

「私です」



 小さな背に黒のスーツを着た女性だ。たぶん百五十センチほどだと思う。絶対に百六十はない。



「狐……天狐ですか……?」

「拾った」

「拾った!?」


 火音は車に乗り込むと狐を隣の席に降ろした。

 たぶん幼少期の傷だろうが左耳が一部欠けている。

 それを除けば綺麗な狐だ。



「……なるほど、つまり奇妙な生き物はその子だったんですね」

「お前は見えるか」

「え? えぇ……」


 補佐部は妖輩にもなれなかった者が行くところだ。

 それでも一般人からすれば立派な仕事だが何故下級妖輩には見えなくて赤城には見えるのか。


 よく分からないがそれは上層部が調べる事なので火音は気にしない。




 火音が寄ってきた天狐の背を撫でていると赤城が不思議そうな声で話しかけてきた。


「野良の動物は触れるんですね」

「人間みたいにややこしい感情ないし」

「感情が駄目なんですか?」


 普通は他人が触ったものや汚れやら埃やらを気にすると思うが人の感情を気にするのは聞いたことがない。


 赤城が首を傾げると火音も少し目を伏せて首を傾げた。


「どうだろうな。汚れも無理だし人の気持ち悪い感情も無理。人間味がない奴も嫌いだけど……」


 月火の料理が食べられるのも人の感情がないからだ。

 感情による味の揺れがないので食べられる。


 ただ、全て他人任せで自暴自棄のような奴は生理的に受け付けない。


 赤城のような恨みも妬みも知らないポジティブ馬鹿もあまり好きではない。

 反対のネガティブ人間も一緒にいて鬱陶しくなる。




 火音が悩んでいると天狐が小さく鳴いた。


 狐の鳴き声と言うのは案外人に近いものだ。月火が高等部に上がり、九尾が身近になってから知った。


 喧嘩や威嚇中の声の方がよっぽど動物らしい。



「どうしたんでしょうか」

「さぁな」

「天狐って餌食べるんですか?」

「知るか」


 だから月火に助けを求めたのに自分でどうにかしろと突っぱねられたのだ。帰ったら押し付けよう。



「狐と言えば神々の当主様が高等部に上がりましたね。火光様のクラスなんですよね? 話したりするんですか? 九尾様がまた可愛いんですよね。そう言えば先日屋上から飛び降りたって。退学処分を喰らった加害者側の親御さんが大激怒で……」

「よく喋るなぁ」



 そんな火音の呟きは赤城には届かず、学園に帰るまで延々と月火の称賛を聞かされた。

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