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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
29/201

29 日常

 月火が課題のレポートをパソコンで作っていると椅子に座っている火光がじっとこちらを見てきた。


 今は一人用ソファに座って課題をしており、右手のソファには火音がいる。

 水月は仕事でいない。


 今日は土曜なので特に用事もなく、皆のんびりと過ごしているのだ。


「……兄さん、言いたいことがあるなら言ってください」

「……言いたいことはないんだけど……なんかあるなぁと思って」

「何が?」

「ん〜……分かんない」


 火光の曖昧な言葉に呆れると月火はまたレポートを描き始めた。

 火音は上機嫌でイラストを描いている。


 他人の寮には寝転がるどころか入ることすら拒絶するのに月火の寮では堂々とくつろぐのだ。

 これも共鳴の影響だろうか。


「文化体育祭も来週だね」

「ようやく準備が整ってきた頃だろ。安心は出来ない」

「まぁ晦が鬼になって準備してるから問題ないでしょ」

「鬼って……」


 本当に、ふざける生徒や不真面目な生徒は鬼の形相で迫るらしい。

 火光は極力避けるようにしている。


 レポートが終わった月火は電源の切れたパソコンを机に置き、昼食の準備を始めた。

 水月は外で食べると連絡が来たので三人分だ。


「お昼何?」

「カルボナーラです」

「やったね」


 今朝、火光がブログを眺めていたのでこれにしたのだ。


「あ、出来た」

「朝から何描いてんの?」


 今日の朝、起きたら二人は机で眠っていたのだ。

 月火は腕の下にスケッチブックを敷き、火音は腕に顔を埋めて丸まって眠っていた。


 月火はベッドで、火音はソファで寝ていたはずなのに水月と二人で混乱していると夜中に起きてイラストを描きあっていたらしい。


 火光は言われたらやるし賞も取れと言われたら取るが自ら進んでやることはないので火音の新しい一面に少し驚いている。


 火音は起き上がると火光と月火にタブレットを見せた。

 タブレットに指描きなのでだいぶん精度は落ちたが厚塗りなのでそう気にならない。


「わぁ月火!?」

「嫌味ですか」

「売れるかなと思って」

「人の顔を売るな!」


 人の顔と言ってもちゃんと厚塗りだ。

 スマホで前に送られてきた集合写真の時の顔をそのまま描いただけ。


 火光は目を輝かせ、月火はウザそうに顔をしかめた。


「いるか?」

「いる! 待ち受けにする」

「え、私の人権は?」


 著作権は火音にあるので月火を黙らせ、タブレットから火音のスマホに、火音のスマホから火光に送った。


「帰って描いたらいいのに」

「そこまで本気じゃないから指描きがいい。指つりそうになるけど」

「タッチペンありますよ?」


 二人が話していると白葉が火光を引っ張り、ソファで遊び始めた。


「液タブで慣れてると画面が小さいから描きにくいんだよな」

「だから帰って描いて下さいよ!」


 月火が突っ込むと火音は面倒臭いと言って月火のスマホにも送っておいた。


 転載されないようサインは書いてあるのでたぶん大丈夫だ。


 そこまで価値のある絵でもないのでかなり適当だ。


 火音が液タブで描く構図を描いていると寮の扉が開いて水月が帰ってきた。

 月火は破顔する。


「帰らないんじゃ……」

「すぐ出るよ。火音に資料の場所聞こうと思って」


 水月は火音に資料の場所と色々な確認をした後、盛大な溜め息を吐きながらまた出かけて行った。


 午後からは火光も仕事をする。

 文化祭の試験の準備だ。


 火音は火神の本来なら当主がやるべき仕事をこなし、月火は社長の仕事をしている。


「……この学園ってインターンってありませんよね」

「妖輩はないね。他のコースも専門だけ。たまに卒業したら無関係の仕事する子はいるけど」


 学園のインターンがないのに月火の会社に学園のインターン生受け入れを強請(ねだ)られても困る。

 多分インターン生受け入れをやらせるための他の大学の嘘だろう。

 後で水月に報告しなければ。


 それから月火と火音は御三家間の相談を、月火と火光は各コースの試験内容の相談を、火音と火光は教師間の相談をしながら一人二役のような感じで仕事をこなした。


 火光も火音も全コースを卒業しているわけではないのでこういう時、月火がいると助かる。


 既にどのコースの大学卒業試験もクリア出来るほどには勉強しているらしいので問題の間違いを指摘してもらえるのだ。


「……よし、出来たかな」

「次は答え作りだろ」

「間に合うかな〜!?」


 最悪、全コースの教師に頼んで採点してもらえばいい。

 これは気楽だ。


 翌日、月火が火光の要望でチョコレートケーキを作っていると疲れ果てた水月がカウンターから顔を出した。


「ケーキと言えばさ。月火、今年の誕生日ケーキはどうする?」

「もう高校生ですしいいんですけど……」

「二十歳になるまでは祝う!」


 火光の声に水月は深く頷いた。


 月火は溶かしバターと牛乳を回し入れると手早く混ぜて型に流し込む。


「毎年、クリスマスケーキと誕生日ケーキが合わさった二段ケーキを用意されても気が引けるんですよ。太りますし」

「今年は三段にしようか」


 話を聞いていたのだろうか。

 月火が眉を寄せるとパソコンと板タブで絵を描いていた火音が顔を上げた。


 液タブは画面に絵が映る、言わばイラスト専用のタブレットだ。

 板タブは画面がなく、ただの黒い板なのだがパソコンと繋ぐことで板の上にペンを滑らせるだけでパソコンの画面に線が描ける。


 液タブはテレビサイズのものもあるが板タブは大きくてもタブレットサイズのものが多い。

 画面の解像度の問題だろうか。


「月火の誕生日っていつ?」

「十二月二十五日だよ」

「は!? じゃあお前……」

「ただ首を動かしていただけですよ」


 火音はエプロンを脱ぐ月火の笑顔にこめかみを引きつらせる。


「何、どうしたの?」

「誕生日が同じなんです。私と火音さん」


 水月と火光の腹の底からの声に二人は耳を塞ぎ、空狐は逃げ出し、白葉は姿を消した。


 二人はハッとする。


「え、そうなの? 火光知ってたの?」

「知らないよ! 火音の誕生日なんて興味なかったもん!」

「あーえぐられる」


 火音は耳を塞ぎ、月火は苦笑した。


 火音の個人情報を見た時、月火も驚いたのだ。


「え、じゃあ四段ケーキ!?」

「その費用を経費に回してください」

「僕の貯金」

「余計気が引けるんですけど!?」


 そもそも火音も食べるなら月火が作らなければならないが月火に段ケーキを作る技術はない。


「驚いたな〜、まさか同じ誕生日だったなんて……。祝えなくてごめんね」

「いやべつに……」


 そもそもイベントに執着したことがないのでいつも無視していた。

 お盆と正月に神々の本家に行く以外は仕事に明け暮れる日々だったので興味がなかったのだ。


 火光の誕生日にだけ毎年、プレゼントを贈っている。


「母さんに頼んで屋敷を飾り付けよう」

「兄さん気が早いですし今年は平日ですよ。そんな暇ありません」

「もう休暇申請通ったから!」

「僕も〜」


 この二人は一生このままなのだろうか。

 せめて十八になる前にはやめさせなければ。


 月火が内心で意気込んでいると火音が大きく叫び、立ち上がった。


 火光は肩を震わせ、月火と水月は平然とする。


「え、何……?」


 火光が恐る恐る聞くと火音は椅子に座って仰け反った。


「データ飛んだ……」

「あーあ」

「下塗りまでいけたのに……」

「あーあ……」


 構図を描いて下描きし、ラフ、色決め、トリミング、線画。

 ここまでで約二時間ほどかかる。

 更に下塗りが終わったなら三時間は優に超えるだろう。


 火音は絶望し頭を抱える。


「……もういいや。やめやめ」

「火音って表情増えたよね」

「色々と吹っ切れた」


 火音はペンを置くとパソコンと板タブを片付けてタブレットをいじる。


「イラストってそんなに大変なの?」

「かかる人は一枚九時間十時間は普通に掛かりますからね。私は五、六時間で終わりますけど」

「どうせ三、四時間で描けるし。塗りは嫌い」


 塗りはセンスの問題なので何とも言えない。

 影の色やハイライトの大きさ、場所、配色センスも加工技術も全てセンスが命だ。


 火音は月火や火光の写真の構図をそのまま使ったり夢に出てきたものを描くことが多いのでその辺は適当に誤魔化している。


「火音にも趣味ってあるんだね」

「イラストとデッサンが無心で出来るからな。頭働かさなくても勝手に描ける」

「長年の技ですね」


 月火は湯が沸いたので皆の珈琲を淹れる。

 全員ブラックだ。


「そもそも頭使う事が嫌いだからこの二つに落ち着いてんだよな」

「なんで教師になったのさ」

「火光がいるから」

「だと思った」


 火光が呆れ、火音が凹んでいると水月が首を傾げた。


「月火も描くんでしょ? 月火のやつをデジタルで描いたら?」

「楽そう」

「別にいいですけど」


 月火は無断転載や自作発言をされても画力がない可哀想な人、と思うだけなので特に気にしない。


 叩かれるのは相手だけだ。


 月火はマグカップを置くと部屋から一番新しいスケッチブックを持ってきた。


 まだ半分も行っていないが一ページに一枚なのでその分時間がかかる。


「こういうスケッチブックって性格出るよな」

「そうなの?」

「一枚の紙にいくつもの絵を描くか大きく一つの絵を描くか……。別に心理テストとかそんなんじゃないんですけどそう言うので結構別れます」


 月火が説明すると水月と火光は納得したように頷いた。


 火音はペラペラとページをめくる。


「てか自分の絵描いたら早い話じゃないの」

「それは思います」

「絶対いいよね」


 三人が頷きあっていると火音は嫌そうに拒否した。


「見飽きる」

「よく先生の同じ写真ばっかり眺められますね」

「あれに飽きることはないだろ」


 月火なら十秒見ただけで飽きる。

 火音は電気の下で影が出来ないよう写真を撮るとそれをパソコンに取り込んだ。


「て言うか線画の写真ないんですか」

「忘れてた」

「馬鹿だ」

「今更か」


 月火は線画だけでなくラフの時点でいくつか保存することが多い。

 後から描きたくなることがあるのでその時用だ。


「……板タブ描きにくい……」

「帰れって何度言えば分かるんですか」

「タブレットでいいや」


 いつまで入り浸る気だろうか。

 水月も火光も当たり前のようなすまし顔で珈琲を飲むので苛立つ。


 別にいいがいるなら文句を言うな。


 月火は立ち上がると焼けたケーキを取り出して下から叩き、型から外した。

 三時には間に合いそうだ。


「お前の絵描き込み多いな」

「小さく描くのと同じ理由」

「分かるけど……」


 落書きはだいたい小さく描くか描き込みを増やしてバランスが取れていないのを誤魔化す。

 月火の場合はバランスが取れているのに描き込まれているので線画だけで一苦労だ。


 ちなみに火音の線画はよく女っぽいと言われるが自分では自覚はない。


 たぶん細い線で曲線が多いからだろう。

 後は適当に線を描くので囲ったところを全て塗り潰せるバケツツールは使えない。


「……あ、そうだ。月火、これ」

「なんですか?……あぁ、ありがとうございます」


 月火は水月から紙袋を受け取ると中の袋を取り出して梱包を解いた。


「やっぱりグレーの方がいいですよ。商品のイメージが弱くなります」

「はーい」


 また試供品が増えた。


 試供品はいつもお客様に渡す時と同じようにラッピングしてもらい、今のようにイメージが落ちないかを確認することが多い。


 後は商品の色で袋の色を変えるのでその手違いがないかも確認要項だ。


「そろそろ整理したいんですけど」

「火音に任せたら?」

「人を掃除婦扱いするな」

「他人を入れる気はないので自分でやります」


 あの部屋には誰にも入れられない。


 月火は部屋に戻るといくつかの試供品を持ってきて色味を比べ始めた。


 それからしばらくして月火がケーキをデコレーションしているとインターホンが鳴った。


 月火の代わりに火光が出てくれる。


「あれ、玄智」

「なんで先生がいるの?」

「日課だよ」


 水月が月火の伝言で上げろと言われたので扉を閉めて中に進めた。


 玄智は中を見て目を丸くする。


「火音先生がいる!」

「帰らないんです。試供品ですよね」

「う、うん……」


 あの誰の部屋にも入らないし誰も部屋に入れたくない火音がいるのか。

 しかも珈琲片手に普通に絵を描いている。


 やはりあの新聞は本当だったのだろうか。


「じゃ、よろしく頼みます」

「はーい」

「ケーキありますけど食べます?」


 月火が聞くと玄智は目を光らせた。

 しかし先日、大学部の人が誰かに太ったと言われて落ち込んでいるという噂を聞いたので甘いものに抵抗がある。


「糖分控えめですよ。甘いですけど」

「食べる」


 指でイラストを描いている火音を覗き込むとふと違和感を覚えた。


「なんか絵柄変わりましたね」

「月火の絵を写してるからな。さっきデータが飛んだ」

「ご愁傷様です……」


 月火は倉庫から余っていた椅子を引っ張り出す。

 机の左右に二個ずつと手前に一つ置いていたのだが邪魔なので片付けたのだ。


 埃は被らないように袋を被せていたのですぐに使えそうだ。


「月火って器用だね」

「母様に叩き込まれましたから」

「いいなぁ」

「玄智はもう女子力高いからいいじゃん」


 火光が玄智をからかい、その時間はいつもより賑やかな時間となって終わった。


Happy birthday 水月

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