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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
28/201

28 密談

「またなんか描いてんの」


 夜中にまた目の覚めた火音が上に乗っていた空狐を撫でながら月火に声をかけると月火は眼鏡を掛けた顔を上げた。


「絵に起こすと落ち着きますよ」

「知ってるけど……」


 最近、火音は薬の副作用で眠れないことが多い。

 逆に月火は極度の眠気があるが寝たら悪夢を見るの悪循環らしい。


 少し申し訳なく思っていると気持ち悪いと言われたので手刀を落とした。


「何時?」

「二時前です」


 定位置のソファで眠っている水月と火光、黒葉白葉は目を覚ます気配がない。


 二人とも寝息を立てて丸まりながら寝ている。

 火音は空狐を黒葉の傍に下ろすと月火の向かいに座った。


「前に症状出たのは?」

「特級事件の時です。皆から心配され続けて毎日人が来るのが鬱陶しくって。お前ら誰だよって思ってました」

「怖いなぁ……」


 だがその気持ちは分かる。


 任務でミスをして検査入院をすることになっただけでも五分おきに全く知らない赤の他人が花束や何かを持って見舞いに来る。


 看護師に火光以外入れるなと言ったら入れなかった友人が電話をしてくるのだ。

 こちらの事情も知らないで電話をしてくるぐらいなら友達などやめてしまえと思うがそれも言えず、ただ手違いがあったやら不審者がどうのこうのと誤魔化し続けるのだ。


 火音はお見舞いには行かなかったので全く同じ状況かは知らないがどこか似たものはあると思う。


「顔と体と家が目当てで擦り寄ってくるクズばっか。そんなに金が欲しいなら女なんかより働いて稼げよって思います。まぁそれが嫌だから擦り寄ってくるんでしょうけど。なんでこの学園に入ったんだか」


 別に擦り寄ってくるのが嫌というわけでもないし顔や家が嫌というわけでもない。


 ただ、御三家の女なんて腐るほどいるのだから中身も好きな人物を選べばいいと思っているだけだ。

 一部のものは顔面が全てでどれだけ太ってても痣だらけでも別にいいと言う人もいるしなんならその体型すら神の与えし印だと言う人もいる。


 その人はその人で自分の好きな愛を語ってどれだけ我儘でも残酷でも貢いでいればいいのだ。


 しかし男の大半が月火の外側しか見ていない。

 素の表情も普段の生活も全てを外聞のために作られた嘘を信じるものばかり。


 月火の躊躇いのない性格が好きだとか兄思いが好きだと言う人もいたがだいたいは裏で月火を馬鹿にしているクズだ。


 月火の内面に引かれたという人など片手の指で数えられるほどしかいない。


 それでもこの薄く微笑んだ能面を利用して相手を馬鹿にするのが好きな自分にも吐き気がするのだ。

 本当に、一生恋愛とは疎遠で生きていきたい。


 月火は鉛筆の芯をおるほど力を入れると溜め息を吐いた。

 左頬を机に付けて脱力する。


「なんで火音さんに話してんだろ……」

「俺しか起きてないからだろ」

「黒葉も白葉も声を掛けたらすぐに起きますよ。妖心に睡眠なんていらないんですから」

「それもそうか」


 たぶん月火はかなり病みやすいと言うかメンタルが弱い性格なのだろう。

 だからこそ見た目との差を埋め、若き社長として上に立てるように必死に隠してきたのだと思う。


 火音は月火の内面を知っているわけじゃないし立場も状況も全く違うので何も言えないがそれでも本人にとって、自分らしくいれない苦しみと言うのはよく分かる。


 百人の意見を寄せて作った仮面を貼り付け、家族にすらその下を見せることは出来ない。


 最近、月火がキレたら毒舌になる時がある。

 火光も水月もそれを相手への牽制だと言っているが果たしてそれはあっているのだろうか。


 火音には精神が弱って取り繕えなくなった素の月火が見えているように感じる。


 たぶん、月火は生まれた頃から仮面を貼り付けていたのだろう。

 火音は自分の環境が異常だと気付き、全てを否定したくなった時に自分を守ることを始めたが月火はそんなことは関係ないのだろう。


 顔を殴られても精神をえぐられても目の前で人が殺されようと怪異に襲われようと常に完璧な自分でいなければならない。


 笑みを絶やさず、周囲に批判されないよう、お飾りにならないよう死ぬ気で仮面を貼り付け、周囲にはやし立てられる仮面に置いていかれないよう自身を奮い立たせる。


 まだ十六歳にもなっていない少女には酷な事だ。


 二十二の火音でも一年も持たずに逃げ出すと思う。


「……火音さんが神々だったら私は当主の座を譲ると思います。……押し付けるに近いですけど」

「全力で拒否するだろうな」


 もしも、その言葉をどれほど望んだことか。


 火光だけではなく自分も助けてほしかった。

 あの牢獄から早く抜け出したかった。


 月火なら叶えてくれたのだろうか。


 どうせ姉がいるのだから。夫が出来るのだから。妹のように養子を取れば。


 火音が火神から抜けても火神は成り立っていただろう。

 それを稜稀は分かっていたと言った。


 月火が大怪我をして火音も後遺症で左腕が動かなくなるかもしれないと言われた。

 傷もほとんど治りかけだったが感覚がなかったのは事実だ。もう絵も描けない。妖輩として生きることも出来ない。


 いっそ切断して義手をつけた方がいいのではと言われたこともあった。

 それを助けたのが月火だ。


 ほとんど意識がない状態ながらその意思で神通力を使い、生死をさまよいながらも他人を助けた。


 唯一、火音を救った人。


 あの時、月火が一年でも早く生まれてくれていたら火音も神々に入れたかもしれない。

 神々の誰かが孤児院に入れてくれたかもしれない。


 妖輩者になりたくなかったわけではないのだ。ただ、あの家から抜け出したかった。


 今となっては裏から火神を操れるのでどうでもいいがあの頃の望みを月火は知らないながら叶えてくれたのだ。


 火音が一番感謝するべきは月火かもしれない。


 火音は月火のおかげで動くその左手で静かに涙を流す月火の頭を撫でた。


 水月より小さな、ヒヤリと冷たい手だがそれでも温かい。


「……九尾でも水月でもいいけど素を明かしてみろ。多少は楽になるかもしれないし」

「……また……」


 月火はほとんど声になっていない声で小さく何かを言った。

 火音はそれが聞き取れず首を傾げる。


「何?」

「なんでもないです」


 月火は小さな手を火音の手に重ねると嬉しそうに微笑んだ。


「そっちの方がずっといい」

「兄さんにバレたら嫌だなぁ」

「その時は全部さらけ出せ」


 月火は小さく笑うと手を下ろして静かに眠り始めた。


 その後は特に夢も見ることなく、久しぶりの安眠で朝を迎えられた。

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