27 体型
九月も中盤。
皆が文化祭の準備をする中、妖輩コースだけは体育祭の準備をする。
妖輩コースは一クラスが少なすぎるので毎回どこかの店を手伝うことが多いのだ。
そして月火は今、学園のど真ん中でその誘いを受けている。
十何人という男子生徒から。
「お願いです月火さん! 是非うちのクレープ屋に!」
「神々月火様! 大学部のメイドカフェの手伝いを!」
「月火様! 俺達のたこ焼き屋に!」
高等部と大学部の間の渡り廊下の中心。
別に毎年の事なのでいいが一人が話しかけてきたら十人が話しかけてきたので場所を移動できず他の主に女子からは迷惑そうな目で見られる。
そんな目で見るなら注意してほしい。
月火が見知らぬ大学生たちの言葉を聞き流していると火音と火光が歩いてきた。
火音は珍しくイヤホンを付け、火光はスマホをいじっている。
「大人気だね月火……」
「助けて下さい」
月火が火光に手を伸ばしもう少しというところでいきなり誰かが抱きついてきた。
もう少しで届きそうだった手が宙を舞い、後ろに倒れる。
「痛い……」
「ご、ごめん月火ちゃん。逃げてる最中に見つけたものだから……」
何から、と聞く前に本人が現れてくれた。
「あ、火音様ぁ!」
懐かしいこの声、神崎が後ろから火音に抱きつこうとするとイヤホンで全く聞こえていない振りをしている火音は月火と暒夏を立たせた。
「廊下のど真ん中で倒れるな」
「ごめんなさい。月火ちゃん、どこも打ってない?」
「大丈夫です」
これでも妖輩者だ。
受け身の取り方は身に染み付いている。
月火がスカートを払っていると神崎が火音に抱き着いた。
火音の嫌悪感と忌避感が月火にまで流れ込んで来た。
火光の掘り出し写真の準備をしておく。
「ねぇ火音様ぁ? もっと会って下さいよぅ。舞鈴、とぉ〜っても寂しかったんですからねぇ?」
「離れろ暑い気持ち悪い。邪魔」
「なんの音楽聞いてるんですかぁ?」
火音はワイヤレスイヤホンを取り返すとしゃがんで神崎の腕の中から逃げた。
腕をさすりながら火光の後ろに逃げる。
「はぁ気持ち悪い」
「大丈夫?」
「火光が心配してくれる限りは」
とんでもない発言をする火音だが火光は日常茶飯事だと思っているので気にしない。
月火も暒夏を後ろに立たせる。
「むぅ、また逃げたぁ!」
「当たり前だろ」
「男の子って皆奥手なんですねぇ」
この歳の火音を男の子と呼ぶならお前は何歳だという話になるが馬鹿なので気にしない。
「火音様とお近付きになるにはぁ、火光先生とお近付きになればいいんですよねぇ?」
「先に月火となってね。月火の友達なら僕も話すから」
月火は本当に一緒にしても不快ではない人としか友人にはならないので任せておけば大丈夫だ。
月火は勢いよく火光を見上げたが目の光を消した神崎は月火にベタベタと触る。
「ねぇ月火ちゃん? 何か好きな物ってあるぅ?」
「清楚系の美人」
「……自分が好きってこと?」
「私は清楚系でも美人でも男ウケを狙っているわけでもありません。生まれた時からこれです」
月火は肩に置かれる手を何度も払うがその度に腕や肩を触ってくる。
「でもでもぉ……」
「私言いませんでしたっけ? 貴方が嫌いなので関わらないで下さい。それとそのベタベタ触る手。私は同性の女であって、そこらの男のようにボディタッチして猫なで声出しとけばお近付きになれるような安っぽい性格はしてないんですよ。あとその膨れっ面。自分の価値を高く見すぎです。平々凡々の貴方がやって可愛いものじゃありません」
これが結月や玄智なら月火も折れたかもしれないがたいして可愛くもない勘違い女とは付き合いたくない。
「顔が平均的なんですからスタイルぐらいは保った方がいいですよ。貴方、最近太ったらしいですね」
風の噂で聞いた話だが月火が大きな声で言うと神崎は顔を真っ赤にして月火の口を塞いだ。
「同じ女なのになんてこと言うの!? 人目があるのに!」
月火は気持ち悪いその手を払い除けると口周りをハンカチで押さえた。
月火は基本ノーファンデなのでメイク崩れすることはない。
「男に貢がせて散々スイーツだのジュースだの飲んで食べたんでしょう。補佐の貴方がまともに動くとも思えませんし。残酷ですよねぇ。食べさせて太ったら捨てるなんて。まぁそれに引っかかる貴方も馬鹿ですけど」
月火が嘲笑うと神崎は眉を吊り上げた。
ようやく仮面が剥がれるかと思ったが周囲の視線を見てハッとする。
「た、確かにぃ、ちょびっと太ったかもぉ……?」
「身長高いですし結構ありそうですよね。せめて火音様よりは軽い方がいいですよ」
「えぇ……?」
月火がねぇ? と、火音を見ると火音は首を傾げて火光を見た。
「いくら?」
「平均値以内」
「暒夏もだろ」
「はい」
やはりどうやっても普通の人間にはなれないらしい。
昔から他人が作ったものに対する過度の拒食で美味しいと感じることがなかったのでほとんど食べなかったら太れなくなったのだ。
筋力はつきやすかったのでもうどうにでもなれと思っているがこうもハッキリと言われると流石に落ち込む。
「……月火は痩せすぎだろ」
「シンデレラ体重と言って下さい」
「同義語だろ」
二人が睨み合っていると神崎が少し首を傾げた。
「え、い、いくつ……?」
「五十四」
「なっ……!?」
「軽すぎない!?」
火光に肩を揺さぶられなるがままにされていると月火がケラケラと笑った。
神崎は月火の肩を鷲掴みにする。
「げ、月火ちゃんは!?」
「最近また減ったんですよねぇ。四十二です〜」
神崎は膝から崩れ落ち、これは流石の火音も驚いた。
月火の正確な身長を知らないので大まかだがシンデレラ体重どころの話ではない気がする。
本当に大丈夫だろうか。
暒夏が今度スイーツバイキングに連れていくといったが火光と行ってと断られた。
月火は満面の笑みで魂の抜けた神崎に手を振ると高等部側に小走りで去っていった。
「神々の人って皆痩せ型なのかな……」
「俺は火神だし俺が神々ってんなら火光も神々だからな」
「そうだけど……はぁ、凹む〜」
別に火光も暒夏も太ってるわけではないし逆に細マッチョに分類される方なのでそう気にする事はないと思うが気になるものなのだろうか。
そんな事を夕飯時に話したら水月は驚いたように月火と火音を見た。
「ちゃんと食べてる!?」
「目の前で食べてます」
「心配になるんだけど……。別に火光ぐらいが普通だよ。運動やってたら平均より重いなんて当たり前だし。筋肉って脂肪の二点五倍重いらしいよ」
水月が火光を慰めていると月火と火音はほぼ同時に食べ終わった。
太らない理由がよく分かる。
この二人には欲というものがない。
特に月火は言われたらなんでもこなすせいで自分がやる意味を感じていないのだ。
そんな二人に食い意地があるわけもなく、栄養が取れたらそれで終わりの作業なのだろう。
「二人って好きな食べ物ないの?」
「酒」
「……私は特に……あ、でもナッツ類は食べますよ」
火音に至っては食べ物ですらないし月火も望んでいた答えと違うものが来た。
でも確かに月火の寮にはナッツの小袋が常備されている気がする。
「いつ食べるの?」
「夜中の課題中に糖分補給としてです。キャラメリゼされてるんですよ」
月火は皆の食べ終わった食器を片付けながらカウンター越しに水月を見た。
水月もかなりの痩せ型ではないだろうか。
手の甲の骨は普通に浮いているし肋も見えそうだ。
流石に手足は筋肉があるがそれでも細い。
「何でだろうねぇ……」
「やっぱ血筋なんだよ。今度、玄智に言っといてあげよう」
「前に言ったら首を絞められたんですけど」
洗い物をし終わった月火は珍しくリビングに掛けられているセーラー服を洗濯し始めた。
学園のセーラー服は黒色で襟に赤い二本のライン、赤いリボンは結び方自由だ。
膝上スカートの裾にも赤いラインが二本入っている。
男子は教師含めて黒ワイシャツに指定のネクタイ、冬場はブレザーとなる。
冬場は濃いワインレッド色のブレザーだ。
玄智がとにかく似合う。
「セーラーってどのくらいの頻度で洗うの?」
「私は月一で洗ってます。前に洗いましたけど今日は気分で」
絶対に神崎に触られたからだろう。
皆が苦笑を零していると突然白葉と黒葉が出てきた。
二体とも顔を見合わせると月火の部屋の方に行こうとする。
「向こうに行くのは珍しいね」
「なんかあるの?」
火光の問いに月火は指を口元に当てて考えた。
確実に描いて売ったら高値で飛ぶ。
「……もしかしたら空狐が……」
そう言っていると黒葉が尻尾のなくなった天狐改め空狐を咥えて連れてきた。
スヤスヤと眠っている。
「久しぶりだね〜」
「ずっと苦労していましたからね。良かった」
月火が空狐を受け取ると空狐は目を覚まし、月火の手から飛び降りた。
尻尾のない自分に戸惑い、鏡を見て耳が大きくなり、赤い隈取が二本浮かんだ自分を見て驚き、パニックを起こすが黒葉と白葉が何とか収めた。
「やっぱり戸惑うもんなんだな」
「そりゃ生まれ変わりみたいなものだろうからね」
「しっぽがなくなるんだね。これから一本ずつ増えていくのかな」
「一本増える頃には僕らは生きてないよ」
火光は月火の作ったチーズケーキを頬張る。
昨日の夜中に作ってくれたらしい。
「にしても妖狐がこんなにいるって……」
「滅多にないねぇ」
「妖狐自体、人生で一度見られたらいい程度の確率だもん」
火音が拾ってきたこの空狐。
調べた結果、妖力がかなり強く、神通力を自分で抑え切れていなかったらしい。
なので神通力を九尾に教えてもらってからは姿を消すことはなくなっている。
たまにかくれんぼで月火の足元に巻き付いて消えるらしいが妖力の分かる九尾はお見通しらしい。
「いつか動物園にでもなりそうだな」
「妖心園」
「売れそ〜」
月火は三人を呆れた目で見ると天狐を下ろして手を洗ってからバターを切り始めた。
「次は何作るの?」
「明日は休みですしパンでも作ろうかと。夜はシチューで」
「こだわるね」
「暇ですから」
麗蘭に特級の話を頼まれてから今まで、任務がパタリと止んでいる。
聞けばこれ以上入学希望者を出さないために今は控えているらしい。
文化体育祭まで任務はないと思えと言われた。
「火音って市販のパンは食べれるの?」
「機械で作られたやつなら」
よく、手間暇かけて人の手で作りましたとか謳っている広告があれば火音からすれば食べられるものが一つ減ったという認識だ。
そもそもインスタントやレトルトに頼ることが滅多にないのであまり関係ないが月火はどこからが無理なのかが曖昧なので悩むと言っていた。
「食材を刻むことを人間がやった時点で無理なのか食材に人が触れただけで無理なのか……でもこう言う野菜は普通に食べるんですよね」
「気持ちの問題じゃない? 感じるそれがどこまで不快かどうかみたいな」
「ですかねぇ」
月火と火光が話している間、水月は九尾と空狐と遊び、火音は棚に並んでいる月火のスケッチブックを拝見する。
かなり幼い頃から描いているのか、六冊ほどあるが成長が感じられるスケッチブックだ。
火音がそれを見ていると戻って来た月火が机の向こうから取り上げた。
「ちょっと!?」
「イラストって黒歴史になるよな」
「分かるなら見ないで下さいよ!」
月火は見たがる水月と火光を睨むとスケッチブックを全て自室に移動させた。
それから月火の仕返しで火音がイラストを描くと言うのが広まったのはそう遠い話ではなかった。