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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
23/201

23 早朝

 麗蘭りらに呼び出された翌日、火音は目を覚ますと半分死にかけのような雰囲気を纏う。

 何故今日に限って抑鬱の症状が出るのだろうか。

 やはり一度、知衣ちいに相談した方がよさそうだ。


 何もやる気が起きず、茫然と天井を見上げていると月火が覗き込んできた。

 本当にこれはいつ寝ているのか。


「大丈夫ですか?」


 大丈夫ではないが体の不調があるわけではないので何とも言い難い。

 ただ、それを伝える気力すらないので黙って寝返りを打つと勝手に解釈してくれた。


「大丈夫そうですね。今度、病院行ってくださいよ」


 月火の言葉を聞き流していると月火が顔とソファの背もたれの間にスマホを差し込んできた。

 火光が大量に映った写真のフォルダだ。

 火音は黙りながらも嬉々として受け取る。


「中三の時の卒業旅行です。しばらく眺めててください」


 月火は弁当やら洗濯、掃除を終わらせると火音の顔を覗き込んだ。


「顔色が良くなりましたね」

「助かった」

「喋った……」

「気分が上がったら喋る」


 気分が上がった状態はいつもの火音だ。

 何も問題はない。


「……なんかいつもと違う」

「前髪切りました」

「あぁ、お前っていつ寝てんの?」


 少なくとも火音が寝たのが二時、月火はそれより遅かった。

 そして今が五時半。火音も多少寝不足だがこの程度なら問題ない。


 火音が聞くと月火は不思議そうに首を傾げた。


「普通に寝てますけど」

「睡眠が足りてないから背が伸びないんだろ」

「水月さんと足して割ったらちょうどいいんですけど」

「何センチ?」


 水月は百九十二、月火は百五十六。


「百七十四……高いだろ」

「女子が求める身長と男子が求める身長は違うんですよ」


 女子は高くスラリとしたモデル体型を望むが男子は小さな小動物のような女の子を好む。


 黒髪ロングで華奢な体系の色白。

 身長は低くて手は小さめ、ぱっちり二重で高い鼻と淡い赤の唇。


「まともに理想も抱けない男子の可哀想な原点ですよ」

「純粋に好きと言う全男子に謝れ」


 月火がメイクをしながら話していると九尾が水月の方に寄った。


「あれ、起きてるんですか」

「バレちゃった。二人の会話が面白いから聞いてたんだけど」

「普通に聞けばいいものを」

「二人とも秘密が多いからいいこと聞けそうでしょ?」


 水月はいたずらっぽく笑うと火光の背を叩いた。


「火光、バレてる」

「ちょっと」

「僕がバレたから面白い話は聞けないでしょ」


 火光はつまらなそうな顔をすると髪を押さえた。

 絶対に跳ねている気がする。


「水月は癖付かないよね」

「基本動かないからね」

「寝返りしないと体痛いじゃん」

「痛みに慣れがあるからねぇ」

「それは慣れたら駄目な痛みでは」


 月火と火光の声が重なり、水月がけらけらと笑った。

 月火は肩を竦める。


「で、どこから聞いてたんですか?」

「どこだと思う?」

「私が袋詰めしているとき」

「なんだバレてるじゃん」


 水月は口を尖らせたが火光は袋詰めと聞いて目を輝かせた。

 獲物を狙う獣の目だ。


「朝食の後ですよ」

「早く食べよー!」


 火光は大の甘党だ。

 珈琲も紅茶もブラック、ストレートで飲むがお菓子に関しては甘いものしか食べない。

 ちなみに抹茶は飲めない。


 朝食が終わり、三人がのんびりしている間に月火は洗い物と夕飯の準備を済ませる。


「忙しいね」

「本当に学生かな」

「学生だからこそだろ」


 三人が少しずつ準備を始めていると月火が部屋から戻ってきた。

 髪が結い上げられ、雰囲気がかなり変わる。


「今日は一日体育ですよね」

「だね。……はぁ、やだな」

「がんばれ教師」


 月火は火音からスマホを取り返すと少しの間だけ充電をする。

 ジャージに着替えた火光と水月は髪を整え、すでに髪が整っている火音を覗き込んだ。


「何時起き?」

「四時半か五時」

「早くない?」

「月火の方が早かった」


 火音がそう言うと水月は目を丸くした。


「月火!? 昨日寝たの三時過ぎてたよね!?」

「ちゃんと寝ましたよ。睡眠は大事ですから」

「お前が言うことか」

「私だからこそです」


 月火は一時期不眠症になっていた。

 不眠症と言うか、悪夢障害と言うもので寝ても悪夢を視て起きてしまうのだ。

 それを経験した月火だからこそ言っている。


 月火は三人に弁当を持たせると自分の荷物も用意した。


「明日は水泳かな」

「泳げるの二人だけなんですけど」

「水月にもお願いする」

「僕!?」


 水月の傷も神通力でほとんど治している。

 生活に支障がない傷は放置でいいと言われたので骨や内臓関連だけだ。


 ただ、神通力に慣れない体で何度も無理矢理治すと反動が来るので気を付けなければならない。

 玄智はそれで藻掻いていた。

 三人と火音に関しては幼い頃から乱用していたので問題ない。


 多少の負荷なら耐えられるのだ。


「そういえば天狐見てないけど……」

「今は空狐になるために頑張っています」

「あいつ何千歳だよ」


 これで麗蘭の三倍は生きていることが分かった。


「妖狐って何千年だっけ」

「おい狐使い! しっかりしろ!」


 火光に怒鳴られた水月は身を縮め、眉尻を下げた。


「千年で天狐、三千年で空狐、仙孤から頑張って生き延びて九尾になります。ちなみに野良狐は憑き物になることもあります」

「仙孤になったのが月火の九尾、憑き物になったのが水月の管狐だろ」

「そうそう」


 水月が思い出して納得していると角から暒夏せいかが飛び出してきた。

 全員が反射神経で止まる。


「あ、月火ちゃん! おはよう」

「おはようございます。朝からいるのは珍しいですね」

「ちょっと炎夏にね。そう言えば掲示板にまたガセが書かれてたよ。やぐらが大笑いして晦先生に殴られてた」

「そうなんですね、ありがとうございます」


 月火は暒夏を見送ると火光に荷物を押し付けて走って掲示板の方に行った。


「あとで櫓君に連絡しとこーっと」

「犬鳴に次ぐ被害者」

「犬鳴の辞職は子供のせいでしょ。親と同じ目に合わせる」


 火光は闘志に燃えるがあまり派手なことはしないでほしい。

 後処理を任せられるのは火音だ。


 それから三人がゆっくりと教室に行くと教室は不思議なことになっていた。


 黒葉が教室の宙を飛び回る何かを掴もうと躍起になり、白葉は呆れた目で見ている。


 月火はお手上げ状態で炎夏はおらず、玄智と結月は窓辺に座って傍観しながら喋っている。


「な、どういうこと? え?」

「管狐! なんでここにいる」


 水月の鋭い声に宙を飛び回っていた管狐は換気のために開けられた細い隙間を通って火光の元に逃げた。

 水月は火光の首から管狐を掴み取り、冷たく睨む。


「なんで来た」

「兄さん、せめて掴み方を変えましょう」

「水月って管狐に対しては厳しいよね」

「前に僕を殴ったやつに呪術をかけたんだよ。今は謹慎中のはずなんだ、け、ど」


 水月が管狐を睨むと管狐は白葉の首元に逃げたが驚いた白葉はパニックになり、黒葉が素早く咥え取った。白葉は逃げるように姿を消したので月火が一瞬よろめいた。


 水月の管狐は水月の煙管に憑く憑き物で、何かに憑いている間は姿を消せないのでいつもは屋敷にほぼ監禁の状態のはずだ。

 稜稀いづき水哉すいやが出したとは考えにくいので勝手に出てきたのだろう。

 こうなっても自業自得だ。


「待って、水月殴ったのって誰?」

「呪われても当然だと思うんですが」

「いや訓練だったし。それなのにこの馬鹿は……」


 水月が管狐を疎むのにも理由がある。


 自分のように落ち着かず、のろのろしている管狐を見ていると無性に腹が立つ。

 それに過去にこの管狐のせいで火光は死にかけたのだ。

 それ以来、管狐を完全に毛嫌いするようになった。


「まぁいいや。月火の寮に置いといたら天狐の邪魔になるよね……火光の寮も資料があるし火音の寮も無理だし……」

「別に教室に置いといてもいいよ。体育だし」

「そう? 助かる」


 管狐は未来や過去が見えるのだがそれを水月に伝える語彙力がないため、本当に役に立たない。

一応、神通力も使えるが下手なので月火や九尾とは比べ物にならないのだ。

おまけに憑き物なのに対象物を守れず、火光の座敷童にまで劣る。

 本当にどうして神々の妖心がこれになったのだろうか。


 せめて天狐や空狐、この際白狐や玄狐、金狐でも銀狐でも中国の狐でも何なら狐でなくてもよかったのでこれ以外が良かった。

 それとも水月の妖心は全員こうなるのだろうか。


 水月があからさまに溜め息を吐くと管狐は申し訳なさそうな顔をした。

 その弱々しい姿が嫌いなのだ。


「なんでこれだったんだろ。神の嫌がらせかな」

「いいじゃないですか、管狐」

「可愛いじゃん」


 月火は廊下側の窓に座ると管狐を腕に巻き付けた。


 金色に輝く毛並みは手首ほどの太さの長い胴を包み、小さな耳は細かく動く。

 愛嬌のある姿だ。


 火光が管狐を指に巻き付けているといきなり火音に肩を掴まれた。

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