21 文化体育祭 相談編
『神々三兄妹! と兄! 今すぐ園長室に来い。私直々のお呼び出しだ』
そんな馬鹿げた放送が終わると皆が職員室の一角に注目した。
三兄妹は面倒臭そうに半目になり、兄は額に青筋を浮かべてせっかく作った資料を握る。
「……俺、実兄なんだが」
「戸籍上では水月兄さんが実兄ですよ」
「あーやだやだ。また面倒に巻き込まれる」
「せめて音量下げてくれないかな。鼓膜破れそう」
火音と火光は棚から大量のファイルを引っ張り出し、月火は水月がどこからか出したファイル内の内容を確認して必要な書類だけ抜き取る。
ファイルを丸ごと出すとのちのち困るのだ。
「じゃ、離れろ神崎」
「待ってますぅ……」
「あっそ」
園長室に行って本題と盗撮の事を話すと二十二時か遅くて二十四時は回るだろう。
もう二十時なのでそれくらいはかかる。
そんな時間に職員室に帰る馬鹿はいないので明日の朝までいることになるだろう。
火音はあくびをしながら静かについてくる白葉を見上げた。
「目立つなぁ」
「そう言えば最近、妖力の調子はどう?」
「妖力は増え続けてますけど体の方が慣れてきたので大丈夫ですよ。気絶もなくなりましたし」
「よかった〜」
水月は月火を撫で、火光は月火に飛び付く。
園長室は五階なので怪我人がいるということでエレベーターを待ちながらそれを眺めていると頭の上に何かが置かれた。
見ると白葉が頭に前足を乗せている。
『寂しいの?』
白葉がそう聞くと後ろから吹き出す声が聞こえ、火音はこめかみを引きつらせた。
白葉の足を頭から下ろすと軽く髪を整えた。
いきなり吹き出した月火を火光と水月は不思議そうに眺める。
火音に九尾の言葉が聞こえるのは月火と九尾以外には誰にも言っていないので不自然がないようにしなければならないのだ。
『笑ってる……』
「月火、悪目立ちするぞ」
「だって……! あは、あははは!」
月火は腹を抱え、エレベーターに乗り込むとしゃがみ込んだ。
あまりに笑うので笑って見下ろした。
「なんて言ってた?」
「……なんでもないです」
「月火があそこまで笑うことないよね」
「初めて見たかも」
園長室に入るとソファに寝転がった麗蘭がいた。
だらしなく腕を頭の方に上げ、足を肘置きから放り出し、顔にはアイマスクの代わりに書類が乗っている。
「邪魔だなぁ」
「寝てないんだ……許せ……」
「さっきの気迫はどうしたのさ」
「録音」
まさか呼ばれる度にあれが流れるのだろうか。
四人が眉をひそめると麗蘭は資料を落としながら起き上がった。
月火は机とその下に散乱した資料を拾い上げる。
しかし水月がそれを代わり、内容で素早く別けてくれた。有能だ。
「はい、話は?」
「……先に寝かせて……」
麗蘭が背もたれに仰け反ると火光が額を手で覆った。
「なに?」
「さっさと済ませて自分の部屋で寝ろ。人を呼び出しといて自分の欲に負けるな」
火光の厳しい言葉に麗蘭は涙を溜めると俯いた。
「分かったよぅ……」
火光と火音が向かいに座り、月火が麗蘭の隣に座り、麗蘭は月火の膝に寝転がる。
水月はいつも通り月火の後ろに立つ。
補佐の仕事的に全体が見える方がやりやすいのだ。
「あのな、マスコミが変に神々の妹と火音の事をおだてたでたせいで学園編入の希望が殺到して……しかも妖輩コース……」
それを上層部に丸投げして先に優先事項の高い仕事をこなしていると上層部でも捌ききれなくなり、押し付け返してきたらしい。
しかも済ませた分とまだの分をぐちゃぐちゃにして。
「お前らが妖輩者ならとっくの昔にスカウトに行ってんだよ……もう無理……」
「ならいっそ越えられない壁というのを見せてあげましょう」
麗蘭は突然の月火の言葉に眠たそうな目で月火を見上げた。
「九月末に文化体育祭があるでしょう。そこで編入試験をやります。で、全員落とす」
「それが楽だな」
「じゃあ試験内容は僕の方でやっとくよ。準備は月火と炎夏中心になんとかなるでしょ?」
玄智は少々夢を見すぎているし結月は初めての催しなのでこの二人に任せておけば何とかなるだろう。
毎年の夏休み明けに行われる文化体育祭。
一日目は体育祭で二日目は文化祭で疲れを癒そうが目標の催しだ。
あくまで目標であって二日目の方が疲れるのは常識になっている。
毎日の運動で鬼の体力を培った生徒は運動だけの体育祭よりも他校の生徒や一般人が来る文化祭の方がよっぽど疲れが溜まる。
火音は毎年、この日だけは開放される六階上の屋上で柵を乗り越えて崖っぷちに座り、火光を探していた。
その火光はと言うと教室で水月とともにあやとりをするのが恒例だった。
月火は毎回毎回、砂糖に群がる蟻のようにやってくるファンや噂を聞いた他校の大学生や高校生に絡まれ、バナナにチョコを付けただけのスイーツなのかも分からないものをただひたすらに笑顔を振りまいて売っていた。
おかげで毎年、妖輩コースの月火のクラスは売上総利益や人気投票は一位だったのだ。
そんな文化体育祭、今年は阿鼻叫喚の予感。
「なんなら参加したい奴を見世物にでもしろ」
「それいいかも。体育祭で走らせて勝ち残った何人が試験受ける権利があるとか」
「妖輩以外は何人いても困らないから別で試験受けたらいいしね」
四人で色んな意見を出し合い、内容を決めているうちに四徹目だった麗蘭は眠りに落ち、白葉は姿を消していた。
こんなに心地の良い眠りをしたのは幾年ぶりだろうか。
一生この暖かい膝枕で自分の仕事を勝手にやってくれる話し合いを子守唄にして眠っていたい。
しかしそんな希望も儚く散り、火音のデコピンによって起こされた。
「……おやすみ」
「寝るな阿呆! もう一時だぞ」
「……あ、十一時ね」
「違う。九月八日の午前一時だ」
麗蘭が飛び起きると同時に月火の後ろにいた水月が月火の上半身を背もたれに押し付けた。
「確実に頭ぶつけてたな」
「助かりました」
「大丈夫だよ〜」
月火は麗蘭に決まったことを説明する。
一日目の体育祭で妖輩コース希望者の体力測定をしる。
その日に妖輩にどれだけの実力を求められるかを知らしめるために教師陣と妖輩コース生で色々とやって見せる。これはコース全体で話し合えばいい。
二日目は各コースのアピールをしてもらい、妖輩コースの試験を受けられる人がいればその人と他のコースの受験者の試験を受けてもらう。
もしも西日本や北の方から来た人々の中に妖力持ちがいたなら秘密裏に即スカウト。
運動神経がなくても何とかはなるのでとりあえずスカウトだ。
「……分かった。今回はこれをやろう」
「やっと終わった……」
火光は脱力すると火音の肩にもたれかかった。
麗蘭は何度も目を通し、不備がないか確認する。
「助かった。それにしても中々に新しい案だな」
「これに関しては月火の手柄だな」
「さすが誰よりも考える若き社長だね」
水月が月火の肩に手を置くと月火は苦笑した。
アイデアや企画、他者とのタイアップ等は社員でも考えてもらうが主に月火が考え、それを社員がチームになって行ってもらうことが多い。
社会人として世に出て荒波に揉まれ、頭が固くなったベテランよりも幼い頃から仕事に携わり、滅多に出来ない体験をしながらも世間を知っている月火の方が頭は柔らかい。
これは水月でもカバーしきれない部分なのでやはり月火の才能から生まれたものだ。
「私の適当な案を先生達がまとめてくれたおかげですよ」
「まとめた案を水月がメモって進行してくれたおかげで滞りなく話し合い出来たからね」
「……うん」
しゃがんで顔を隠した水月を見下ろすと白い髪の隙間から赤い耳が見えた。
普段、滅多に褒められないせいかこういうものに弱いようだ。いいことを知った。
火光と麗蘭がいじり倒そうとしていると火音が一度大きく合掌した。
「俺にとってはこっちの方が本題だ」
「私的にもこちらの方が重要です」
「そうだね。何か起こる前に対処しないと」
「だね」
顔を切り替えた四人のうち、月火が麗蘭に説明を始めた。