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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
201/201

100.成人式

「おじゃましまーす!」




 玄智の大きな声が響き、月火ではなく火音が顔を出した。




「五月蝿い」

「歓迎の言葉をちょうだいよ」

「月火は?」

「中にいる」




 成人式後、玄智と炎夏は二人だけで神々本家に行く。




 結月は祖父母と、凪担は彼女と。






 月火は何故か成人式に出席しなかった。

 二人は火音の束縛だろうと踏んでいる。




「結月は水月と後から来るって。凪担は……まぁ来るんじゃない」

「来ないだろ。絶対来ない」

「あの二人仲良いよなぁ」

「あんたらに言われたくないだろ」







 玄智と炎夏は火音に頬をつままれながら中に向かう。





 凪担は氷麗と、本当に何もなかった二人かと思うほど仲睦まじい。


 元は氷麗の片想いだ、と。







「あー……僕結婚出来るかな……」



 袴のままちゃぶ台に突っ伏した玄智がそう言うと、炎夏は意外そうに見下ろした。




「結月寝取れよ」

「ねぇなんで険悪にさせようとするの?」

「水月も束縛強いもんな〜」

「神々ってだいたいそんなもんでしょ。月火は?」

「呼んでくる」




 火音は台所の方に移動していき、それとほぼ同時にインターホンが鳴った。




 炎夏のとびきり大きな声で勝手に入れと叫び、それから間髪入れず玄関が開く。



 インターホンがある門から玄関までは最低三分はかかるので、元々入ってくる気満々だったらしい。






「久しぶり水月」

「結月もー」

「月火は?」

「さっきぶり〜」





 結月の肩を抱いていた水月は一度台所の方に視線を向け、そのまま中に入ってきた。





「やっぱり二人は和服の方が似合うね」

「日本人だし。昔からの雰囲気かな」

「いや和服で動く躾されてたからだろ」




 変にカッコつける玄智に突っ込んでいると月火と火音がやってきた。






 月火と会うのは約半年ぶりだ。



 玄智の教職と

 炎夏の任務と

 凪担の帰国と

 結月の任務と

 最も多忙な月火の休みが重なった夏休みに一回だけ。



 年に二回以上は集まるようにしている。






 肴の準備を終えてやってきた月火は長い髪を緩く結んでおり、高校生の頃とは違う、まさに大人という雰囲気を放っていた。




 玄智と炎夏は即写真を撮る。






「ちょっと」

「おひさー」

「無視?」

「お前髪伸びたなぁ」

「あの」

「僕お酒強いかな」

「ねぇ」

「弱いに一票」




 全く反応しない二人に対し月火は眉を寄せ、火音は頭を撫でた。




「さてと、お酒入る前に行くよ」

「はーい」

「後で写真撮ろーねー!」




 各々花束を持ち、自身の晴れ着姿、まぁ神々は普通の着物だが、屋敷の裏にある墓に向かった。





 二年前より遥かに大きく、たぶん倍は広くなった墓には歴代当主の他に神々に名を連ねた人々の墓。



 相変わらず目立つ桜の樹の下には初代当主である紫月と、火光の墓。



 その周囲には水哉、水明、水虎、澪菜、稜稀、暒夏、水神前当主夫妻の墓。



 最も多くを失った炎夏は最も花束が多く、皆、火光の墓参りをする前にそれぞれの墓参りを済ませる。



 その間に月火は稜稀の墓を、火音は火光の墓を掃除だ。






 水神皆の墓参りを済ませた炎夏は重い溜め息を吐き、その頭を玄智が撫でる。



「よしよし」

「髪乱れるんだけど」

「ぐちゃぐちゃにしてあげる」

「玄智のやるぞ」

「ごめんなさい」


 こいつ。





 炎夏は最近メイクが薄くなった玄智の頬をつまむと、月火に呼ばれて火光の墓の前に立った。




「先生、ちゃんと成人出来たよ」

「兄さんの自慢の生徒もちゃんと全員就職出来ましたし全員……まぁ私はあれですが」



 炎夏は特級に上がり、凪担は海外への任務が多くなった。

 水月は教職へ転職して火音と火光の穴埋めを晦と。

 火音は水月と交代して海外進出を果たした月火グループ専務へ。


 結月は神々への嫁入りが確約され、玄智は中高等部新米として働いている。



 瑛斗は特級として炎夏と無双し、桃倉と洋樹は高校生活を満喫中。




 火光が望んだ道かは分からないが、皆、己の納得いく道を進めている。


 きっと、火光なら皆の望んだ道を応援してくれるはず。










 皆は近状を報告し、火光の墓に手を合わせた。






 数分間その場に沈黙が走っていると、門の方から車の音が聞こえてきた。




「あ、来たじゃん」

「予想外れたし」

「なんの予想してんのさ……」





 月火は呆れると玄智と炎夏とともに門を開けた。



「間に合った!?」

「合ってないよ」

「ちょうど途中。早く早く」

「ごめん……」




 どうやらデートではなく、面接だったらしい。


 成人式の日に面接を行う会社などやめろ。絶対ブラックだ。




「普通に就職するならうちが空いてますよ」

「なーんか……贔屓って思われそう」

「低給料にしてくれだって」

「そこまで言ってないよぅ!」



 炎夏は凪担をからかい、凪担の墓参りを終えると屋敷に帰った。










 月火が酒と肴、それと同時に一つのダンボールも持ってきた。




「何それ?」

「兄さんからです」



 皆が水月に注目し、水月は慌てて首を横に振る。



「担任からですよ」

「先生から!?」

「予約配達?」

「泣かないで下さいね」


 ちなみに月火は火音が見守る中で大号泣した後だ。






 月火が静かに開けると、中には五つのフレームが入っていた。

 ガラスだろうか。


 そして、その中には一種類の写真。




 火光が生前撮った、最後の一枚の写真。


 わざわざ白葉を人間化させ、晦も綾奈も知衣も、双葉姉妹も水月も皆を巻き込んで撮った、集合写真。



 皆がぐちゃぐちゃに並び、火光は水月と晦に腕をかけ、何故か中心をぶんどってピースをし、周りには生徒と、その弟子たちが集まった写真。



 雪の降る中で寒い寒いと嫌がりながら、皆致し方なく撮った日の。







 結月と凪担は口を押えて一瞬で泣き、炎夏と玄智は自身の目の色をしたフレームに入った写真を取った。



 月火のものは白と紫が混ざっている。





「……先生ってロマンチストだよね」

「妹がそうだからだろ」

「兄がそうだからですよ」

「いや麻智(まち)の影響だと思う」



 水月の言葉に皆が頷き、結局玄智も泣いて炎夏も涙を堪える。



 月火はひとしきり泣いた後なのでもう泣き疲れた。

 しばらく泣く気はない。






「で、水月兄さんと火音にはこっち」



 そう言って月火は火音も見た事がない箱を取り出した。





 ピザの箱のようなダンボールが二つ。月火はそれを二つとも開ける。




「あ、火光の……」

「ねぇ先生って死ぬ気なかったんだよね?」

「これを見たあとにそれを信じれますか」

「確認したかっただけ」



 玄智はボロボロになった目を擦り、それを覗き込んだ。





 それは火光が成人式で着た着物と羽織り。

 火音の方には火音の成人式に着ていった着物が入っていた。




 それと、封筒にも入れられず雑に書かれた紙が一枚。








 忘れないでね。









「泣いた」

「どんだけ大人ぶってても所詮水月だし。……あぁ火音も!」

「うわぁ火音様が泣いてる!」





 玄智と炎夏が騒ぎ、火音から拳骨を落とされると同時に水月が結月の膝に頭を乗せた。



 号泣夫婦は放置し、月火は二人の箱を閉じると騒がしい部屋からそれを持って出た。











 正直、あの日、火光が死ぬ気満々だった事を痛感している。



 それほど月火が頼りなかったのか、変わった体が嫌だったのか。






 ごめんなさい兄さん。






 もう遅い。

 謝っても遅いことは重々承知だ。


 でも、謝らせてほしい。



 弱い妹で、不甲斐ない当主で、出来の悪い生徒で、馬鹿な月火でごめんなさい。




 月火はきっと、火光と水月に甘えすぎたのだ。


 甘すぎて、結局火光を殺してしまった。




 これでは月火が殺したようなものではないか。




 何が一人になりたくないだ。何が当主などいらないだ。






 火光にばかり謝らせて、自分はただ我儘で駄々を捏ねただけ。


 本当に愚図で、馬鹿で出来損ないで、つくづく救いようのないクズ。





 こんな自分が嫌になってくる。




 ごめんなさい、火光兄さん。











 気分が悪くなり、薄い箱を腕に抱えてしゃがみこむと壁に寄り添った。



 気持ち悪い。






 早く二人の部屋に着物を置いてトイレに行こう。




 月火が片手を床に付いて、ゆっくり立ち上がろうとしていると肩を支えられた。




「月火、無理しないで」

「火音……」

「代わるから。部屋で休もう?」

「大丈夫。今日ぐらい皆といたいもん」

「……ゆっくりでいいから」





 月火の肩を支え、月火の首筋にキスを落としてからまた歩き始めた。







 十五分ほどかかって戻ると、皆が心配そうにこちらを見た。




「月火、顔色悪いよ」

「……泣きすぎた?」




 水月の心配に月火は口元に手を当て、少し考えた後に悟ったように答えた。





「今日ずっと泣いてるじゃん」

「そうなの?」

「朝の九時に届いたんだけど。十時まで泣いて……昼食作る時も泣いてたもんな? 今も泣いてたし」

「今日は涙腺が緩い」

「神々はいつでも緩いだろ」



 そんなことは無い。はず。





 月火が正座をすると火音の膝の上に座らされ、会話を盛り上げて馬鹿を言っていると、またインターホンが鳴った。




「出てくる」




 火音は月火を座らせると自ら出ていき、やはりおかしいと皆が月火を見る。







 いつもは月火が火音を待たせて出ていき、月火が出ていくと同時に火音がついて行くのに、火音が自ら月火の元を離れるのは有り得ない。




「月火、体調悪いなら休んでよ」

「成人式にも出てなかったし……顔色も戻ってないもん」

「大丈夫大丈夫」




 月火が緩く手を振ると、口元に手を当てて小さく首を傾げた炎夏が月火の方に寄ってきた。







 月火の耳元で口を隠して小さく囁く。

 と、月火は耳を押えて飛び退いた。





「えぇ!?」

「え?」

「……聞いた?」

「えウッソまじ当たり!? えぇいつ!? はよ言えよ!」

「まだ誰にも言ってないのに! なんで分かったの!?」

「直感!」




 月火が混乱し、炎夏が目を輝かせながら興奮していると、火音が襖を開け、入口側に背を向けていた炎夏の背に足を置いた。




「五月蝿い」

「火音バレてた! てかバレた!」

「……なんで?」

「直感だって……」

「お前水明に似てきたな」




 頭を雑に撫でられた炎夏は慌てて逃げ、火音に続いて入ってきた後輩達を見上げる。





 氷麗は凪担の傍に座り、瑛斗は端に、桃倉と洋樹は月火に近い場所に座った。





「先輩成人おめでとー!」

「成人式見てたわよ〜」

「三人からのお祝いです」



 瑛斗はそう言うと一人一人に、女子には宝石のピアスを、男子にはそれぞれのイメージに合った時計を渡した。






 皆大喜びし、それを嬉々として付け始める。






「……なぁ月火、いつ言う?」

「五月蝿いですね。調子に乗らないで下さい」

「だってさぁ!」

「五月蝿い」



 炎夏を黙らせ、月火は立ち上がると裾を払った。






「さて、皆も来たことですし写真を撮りましょうか。着替えてきます」

「じゃあ先に移動してる」

「はい」





 月火は壁に手を当てながら、体調を考慮した火音が比較的近い場所に移してくれた自室で、本来なら成人式で着る予定だった振袖に着替えた。









 月火が数分遅れて外に行くと、既に三脚が立ってカメラも設置されていた。





 上から白と深紅のグラデーションが掛かり、裾には純白に咲き誇るカサブランカと袖には小さく細々と可憐に咲くピンクのカーネーションが織られた、決して派手ではないが月火によく似合う振袖。



 銀と薄紫の輝く帯を大きな二重リボンに結び、まとめられた髪には綺麗な赤と紫と、アクセントに金が使われた簪が挿さっている。






「うっわモデルがいる……」

「そりゃこんだけ素材がいいんだから何合わせても似合うわな……」

「さ、当主組は真ん中ね」







 中心に月火、右に炎夏と左に玄智と言ういつの間にか定着したいつもの立ち位置で。



 後ろに袴姿の水月と火音が並び、両端に皆が寄る。





 タイマーを五秒で設定し、駆け足で戻ってきた水月はにこりと笑った。







「火光が幽霊で写ってくれたらいいけど」

「心霊写真!」



 玄智の叫びと同時に月火は玄智を無理やり前に向かせ、三人でピースを決めた。





 連写で十枚以上撮られ、皆が水月を睨む。




「さーてと……じゃあもう一枚!」

「一枚どころか十枚以上撮っただろうが! 消せよ!」

「やーだよ」





 水月は全てを丁寧に保存すると、自身の羽織りを月火に掛けている夫婦に視線を移した。





「じゃあ……当主夫婦。炎夏にだけじゃなくて僕らにも教えてよ」

「炎夏にも教えてないんだが」






 皆に見られた炎夏はふいっと顔を逸らし、何を思ったのかスマホの録画を回した。




「はい、どうぞ」

「えぇ……」




 戸惑った月火が火音を見上げると、火音は月火の肩を抱き寄せ、至極嬉しそうな、本当に入籍した日並に嬉しそうな笑みを浮かべた。











「えーと…………に、妊娠しました……?」

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