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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
200/201

99.玄智に殺される。

「……と、こんな感じです」

「つまり色を定着させたらいいんですね」

「その通りです。と言ってもキャンバスなんて目に見えるものはありませんから、全て感覚ですよ。ですがある程度の期間、染めていたのなら色移り的な要領で移っていてもおかしくありませんね」




 ウィリアムと呼ばれたその青年、というか少年は、その説明を終わるとまだ頭を抱えている浩然(ハオラン)を見下ろした。



 堂々と背中を踏み、その上で踵を返して一礼すると、次の足を踏み出した時には既に消えていた。




「いやー嫌われてるねぇ。イタズラがすぎるよねぇ」

「もうイジメの域に達してますよ」

「弱者が強者をいじめてどうするよぅ。世界の均等が崩れるよぅ?」




 自分で強者と言っていいのだろうか。

 やはり掴めないというか掴むものすらないというか。



「まぁやり方は分かったよねぇ? 約束完了?」

「先に染めます」




 月火は立ち上がると火音の部屋を聞き、その病室に向かった。






 本当に点滴に繋がれており、ようやく生き返ったという実感が湧いてきた。





 傍にしゃがみ、手を握ると妖力で染める。



 白いキャンバスに色を乗せるのは慣れている。

 これで火音が苦労しなくなりますように。



 半泣きの月火が火音の手を握っていると、浩然が顔を覗かせた。




「あ、泣いてるぅ」

「五月蝿いですね」

「同じ顔だから新鮮なんだよぉ。よしよし」

「同じ顔なんですか……」

「まぁ妹の方が美人なんだけど」

「はぁ……」


 からかってきた挙句自慢だろうか。貶しているのか。




 月火が何が言いたいのか眉を寄せると、男は顔を上げた。


「付いたねぇ」

「色が?」

「もうちょっとやってねぇ」

「はい……」




 もう疑うことをやめた月火が言われるがままに流していると、少しして火音が目を覚ました。

 数回目を瞬いた後、また目を閉じる。



「……なーんかおかしい」

「おはようございます火音さん」

「……おかしくない?」

「おかしくない……おかしいです」



 火音は月火の手を借りて起き上がると髪を整える。



「……川の人」

「面識ありですか」

「月火から伝わって来たから……」

「あぁ……」



 月火がベッドに座ると火音は月火の髪を触りながらざっと説明を聞いた。





「……じゃあ月火の妖力がなくなるってこと?」

「火音さんは真っ白なキャンバスなんですって。そこに、私が色を乗せたら私生活にも影響がなくなるらしいです」



 今までは、言わば色で線を描いていた状態だった。

 それを塗り潰し、塗り替える事で私生活の影響をなくす。



「……月火はどうなる?」

「たぶん大丈夫だと思いますよ」



 ちなみに今は神託が畢されていないので妖力に問題はない。



 妖力が無くなるなら畢をせず、このままあげた方がこちら的にも得だろう。



「妖力そのものがなくなるんですから変な体調不良とかもない気がします」

「……こんなこと言いたくないけど」



 神々当主として、妖力が無くなるのは外聞的にも立場的にも大丈夫なのだろうか。




 火音が月火を抱き寄せ、膝に座らせると月火は少し苦笑いを零した。



「妖力が無くなったことを発表しない限り、一般人は何も考えませんよ」

「……そっ……か。…………それならいいけど……」

「何より火音さんが生き返ってくれた事が満足なので。妖力なんて安いものです」

「……ありがとう」




 月火は肩に顔を埋める火音の頭を撫でると浩然の方を見た。




「妖力の受け渡しはどうやって?」

「ひろーい場所が必要なんだけど」

「校庭でやってきたら? 今は誰もいないし」

「病院裏の方がいいけど」

「そっちの方が人目が少ないか」



 炎夏の言葉に玄智は納得し、月火は火音の膝から立ち上がった。




「行ってきます」

「気を付けて」



 何かあった時のために水月を同行させ、三人は部屋を出て行った。






 突然、玄智がしゃがみ込み、炎夏が慌てる。



「……皆いなくなっちゃった……」

「……うん……」

「なんで先生が……」


 玄智の声が震え、炎夏も涙を堪え背をさする。




 火音が何となく申し訳なさで少し戸惑っていると、玄智が火音を睨んだ。


「月火泣かせたら殺す」

「……はい」

「澪菜の分も先生の分もちゃんと生きてよ。月火幸せにしてよ」

「うん」

「お前は保護者か」

「だってー!」


 炎夏は玄智をからかい、玄智は泣きながら精一杯反論する。







 それから二十分ほどした頃だろうか。


 水月が月火を抱えて戻ってきた。

 男はもういない。



「月火……!」

「寝てるだけだよ。問題ないってさ」


 火音は胸を撫で下ろすとベッドを空け、起きるまで火音のベッドで眠らせる。



 月火の妖力が無くなった時に空いていた空虚感がなくなり、水月に触れても嫌悪感や抵抗感というものがなくなっていた。



「火音、火光の代わりに月火を愛してあげてね。僕だけじゃ足りないだろうからさ」

「うん」

「でも月火が嫌がることしないでよ。本当に」

「端からするつもりはない」

「よし」



 水月に頭を撫でられ、それを押し返した。




 水月は薄く笑みを零すと部屋を出て行く。

 炎夏と玄智もついて行き、その数分後に月火は目を覚ました。





「頭がスッキリする……」

「おはよう」

「おはようございます」

「はい敬語」


 頬を挟むと目を瞬いた後、力のない笑みを浮かべた。



 手を貸して起き上がらせ、いつもより幾分か強く抱き締める。




 少しして腕の中にいる月火が震え、すすり泣く声が聞こえてきた。玄智に殺される。





「月火」


 火音は月火の頬を拭うと俯いた顔を上げさせる。




「兄さんが……!」

「うん……」

「なんで……兄さんが……!」

「…………俺じゃなくて火光の方が……」



 火音よりもフレンドリーで皆の懐に入り込んでいた火光の方が大切な気がする。

 月火は火音がいなくても困らないだろう。だが火光がいないと困ると思う。




 火音が小さく呟くと月火が火音の腕を掴んだ。





「兄さんは……もう疲れただろうからって…………!」


 あんな死に方をして、寿命が来てからまた死ねなど酷すぎる。

 それに妖輩をしていたら一寸先は闇だ。


 またあんな死に方をしろというのは、月火には出来ない。




「ごめんなさい……! 火音さんも苦しいのに…………私の我儘で……! 寂しくって……!」



 水明を生き返らせるのも、水虎も澪菜も可能だった。



 それでも火音を選んだのは、月火が寂しかったからだ。


 火光と同じだけ愛してくれるのは水月で、でもそれでは足りなかった。

 二人だけなら火光はもういないと現実を突き付けられているようで、月火は耐えられる気がしなかった。




「ごめんなさい! 私が……私のせいで……」



 また怖い思いをさせてしまう。

 いっそ、あのまま眠っていた方が辛さも痛さもなかっただろう。


 月火の我儘でまた迷惑を掛けてしまう。また、火音が辛い思いをしてしまう。






 月火が泣きじゃくり、必死に嗚咽を抑えていると火音が月火を抱き寄せた。

 いつもとは違い、火音の包容感と温かさが伝わってくる。



「一生離れないって言っただろ……。月火の我儘でもいいから……一緒にいよう?」

「…………う、ん…………うん…………」





 月火の涙が止まるまで背をさすり、泣き止んだ暁に額にキスを落とした。





「帰ろう」









 計百五十六名の死者、百三十六人の重軽傷者を出し、後の後世で『史上最悪の裏切り事件』と呼ばれる神々四十九代目当主による特級六体の襲撃事件は幕を下ろした。

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