20 嫌いな人
盗撮が明らかになったその日の放課後、月火は右手のギプスを外して包帯も外した。
もうどれだけ神通力を強請られても脅されてもいい。
白葉が回復したので危険はなくなった。
月火が職員室にお邪魔して火音と話し合っていると最近は聞いていなかった声が聞こえてきた。
「月火〜!」
「水月兄さん」
「言われてた資料持ってきたよ。ついでに本人の居場所とメルアドと電話番号と友人関係まとめたやつも」
「後半は頼んでないです」
確かに購入者リストの詳細を持ってきてほしいとは言ったが居場所から後半は頼んでいない。
月火が高く掲げられた資料を取ると水月の頭を叩いた。
「企業秘密。分かります?」
「ごめん」
「まぁいいです。助かりました。さようなら」
「冷たくなーい?」
月火が手を振ると水月は悲しそうに眉尻を下げて首を傾げた。
そばにいた火光が水月の手を引く。
「今朝、色々あったんだよ。水月にバレたら激怒するやつ」
「あぁ、あれ? 裏の関係と手を合わせたやつ」
「知ってるんですか」
「うん。流出させた本人たちに会ってきた所」
これは前回と同じ流れではないだろうか。
月火が横目で呆れながら資料に目を落としているといきなり水月がのしかかってきた。
いきなりの事だったので頭を、それも傷口をぶつける。
「痛……! ちょっと!?」
「重い……痛いんだけど……」
「お久しぶりですぅ!」
尻もちをついた月火が水月の方を見ると水月は倒れ、上にはまだ十九歳ほどの女子が座っていた。
ピースした手を額に当て、写真を撮るかのようにポーズを撮る。
「誰これ……」
「お久しぶりです火音様ぁ! 朝の新聞見ましたぁ? 舞鈴、びっくりしちゃってぇ!」
「離れろ神崎。邪魔だ」
椅子に座って犯人の素性を調べる火音は自己紹介されなくても分かった神崎の顔を押し返す。
「にゃ〜、冷たい〜」
「鬱陶しい。離れろ。気持ち悪い」
「む〜ん……」
膨れっ面の女子は水月に手を貸す月火を見下ろすと不躾にも鋭く指を指した。
「舞鈴、この子嫌い! 火音様に馴れ馴れしい!」
「奇遇ですね。私も貴方が嫌いです。関わりたくないので話かけないで下さい」
「月火、大丈夫だった? 傷口に当たったんじゃ……」
「直撃です」
火光と水月が月火を心配していると神崎はつまらなさそうに片頬を膨らませるとまた火音に後ろから抱き着いた。
本当に気持ち悪いのでやめてほしい。
「ねぇ火音様ぁ? いつになったら約束守ってくれるんですかぁ?」
「お前と約束なんかしてないって何度言ったら分かるんだよ。俺は火光と以外約束はしないって」
「弟思いですねぇ!」
「分かったら離れろ。気持ち悪いし暑い。邪魔だ」
こんな事なら自室でやればよかった。
神崎が一人でベラベラと話している間に月火は破顔する晦を見た。
やはり当たっていたらしい。
別に教師間の関係に首を突っ込む気はないので自由にしたらいいが嘘をつくならもう少し取り繕う練習をしなければ。
月火はそんなことを思いながら指折り数える。
「……火光先生、本当に二個でしたか?」
「うん。ありそうなところは全部確認した」
「じゃあ火音先生のところかもしれませんね。購入された個数と見付かった個数が合いません」
「まだあんの?」
火音が立ち上がろうとすると神崎が押しとどめた。
「どこ行くのぉ? 舞鈴も行く〜!」
「火光と月火以外は部屋に入れない」
「なんでこの子はいいのぅ? 舞鈴の方が可愛いのにぃ……」
涙声になるのはいいし泣くのもいいが火音の上で泣かないでほしい。
涙が落ちたら最悪だ。
「顔にも性格にも家柄にも興味ない」
「じゃあ何で選ぶの?」
「火光が気に入ってるかどうか」
あまりにも真顔で答えられたので神崎はポカンとする。
「な、なんで火光様……?」
「俺は死んでも火光から離れる気がない。だから火光が気に入らない奴は俺も無理」
「……そ、そっかぁ! 仲良くしてほしいってことですねぇ!」
自分は嫌でも火光に気に入られろ、という意味であって仲良くしろという気はない。
火光がまた会いたいと思えば火音も会うし嫌いと思えば火音も嫌いだ。
「なんかメンヘラみたいですね」
「せめてブラコンにしろ」
水月に取っかえ引っ変え資料をもらう月火を睨むと神崎を見上げて、溜め息を吐いた。
そろそろ本気で気分が悪くなってきた。
気分が悪くなるというのは嘔吐とか吐き気とかそういう意味ではなく、気分的に鬱になってくるのだ。
もしかしたらまた躁鬱二型になるかもしれない。
再発だけは避けたい。
「……難儀ですねぇ」
「助けろよ」
「嫌ですよ。嫌いですし。私、鬱陶しい人とか構ってちゃんって大っ嫌いなんですよね。それも猫なで声で歳上、目上に関わらず本人が嫌がっているのに触り続けて自分のいい方にしか解釈しない頭お花畑の能天気馬鹿。関わるだけ無駄です」
月火の散々な罵倒を聞いてプライドの高い神崎が黙っているはずもなく、火音から離れて腕を組んだ。
火音はその隙に資料と寮の鍵を持って反対の扉から出る。
「ちょっと、酷くないですかぁ? それが歳上に対する言い方なんですかぁ?」
「え、違いますよ? 私は貴方ではなく火音先生に言ったんです。勝手に話に入れている気になられても困ります」
本気で頭が心配になってきた。
月火は頬に手を当てて少し首を傾げる。
玄智とともに見ていた映画のシーンの中で平凡な顔の子がやっていたシーンをやらされたのだ。
美人がやったらお姫様になるから、と。
「なっ……! ひどぉい! 意味分かんない!」
「あれ、難しい日本語は特に使ってなかったと思うんですが……理解出来ませんでしたか? 知り合いに帰国子女がいるので一緒に日本語勉強します?」
月火が煽りに煽るがまだ火音の前だと思っているのか、仮面を外さない。
こう言うのには本性があるがかなり演技派らしい。
いつかは絶対ボロが出るタイプだ。
「舞鈴、そんなに馬鹿じゃないもん!」
「でも……」
「月火、煽りすぎ。呼び出されるの僕だから」
「大変ですね。後でお菓子持っていきます」
火光が輝いた目で月火を見上げ、上からも鋭い視線が降ってきたので今日の夜に作って明日渡すと約束した。
すると資料を丸めた筒で頭を叩かれた。
「早くしろ」
「一人で行けばいいでしょう」
「え、無理。気持ち悪いし」
「先生、行きますよ」
月火は嫌がる火光と手を繋ぐと火音について行く。
水月は入れないことが分かっているのでここで待って資料をまとめておくらしい。
「……ねぇ水月様ぁ?」
「そういう子嫌いだから話しかけないで。月火と仲の悪い子は嫌いなんだよ」
用件を言う前に断られた神崎は不貞腐れた顔をすると火音の椅子に手を突いて待ち始めた。
少しすると火音と火光に頬をつねられている月火が戻ってきた。
「おかえり〜。何があったの」
「月火が僕より水月がいいって言うから」
「本当!?」
「あくまでも世界で二人きりになるとしたらですよ。水月兄さんの方が頭の柔軟性的には上ですし。行く世界が日本のパラレルワールドか海外なのか人がいるのかいないのかにもよりますけど」
心理テストにそんな詳細を求める人初めて見た。
水月は苦笑するとまた神崎に絡まれている火音を見下ろした。
「火音は何してたの?」
「聞かれたから火光って即答したら面白味がないって言われた」
「月火、失礼だよ」
「私、そんな言い方してません」
月火はだと思った、ここで水虎とか言われた方が面白かった、と言っただけだ。
月火が両頬を抑えて火音を睨むと睨み返された。
「聞き手側にそう聞こえたなら言い手側の問題だろ」
「聞き手側がひねくれている証拠でしょう」
「ひねくれてるの知ってるくせにそう言ったお前が悪い」
時には自覚も大切だ。
火音に言い伏せられた月火が黙ると神崎が腹の立つ顔で見てきた。
今すぐ殴りたい。
そんなことを思っていると白葉が出てきたのと同時に火音に真剣に頷かれた。
火音の方は無視して白葉の頭を撫でる。
『中がとても寒いわ』
月火が苛立っていたせいだろうか。
自分でも心の温度は何で変わるのか分からないので白葉や黒葉が教えてくれるのを待つしかない。
神崎が白葉に驚いていると白葉に睨まれた気がした。
「その狐、なぁに?」
「なんでしょうね〜」
月火がはぐらかした時、園内に放送がかかった。
『神々三兄妹! と兄! 今すぐ園長室に来い。私直々のお呼び出しだ』