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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
2/201

2 暒夏

 その日の授業が終わり、月火(げっか)が寮に帰ろうとしているとどこからか聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえてきた。


 月火は家が遠いので寮の一室を借りているのだがそのすぐ近くからだ。


 またかと思って見に行けばいつもとは少しだけ光景が違った。


 火光かこうの叔母である智里(ちさと)は何かと火光に文句をつけ、その度に一族を裏切っただの親に捨てられた役立たずだの罵倒しているのだが今日は間に火音(ひおと)が立っていたのだ。


 今日は水月が帰って仕事をしているのでその隙を狙ったのだろうが火音が火光を庇っている。

 角から覗いているとふと目が合ってしまった。


退()きなさい火音。火光に用があるのです」

「帰れ。教師は暇じゃねぇんだ」

「貴方は仕事をしていればいいでしょう」


 時々こちらを見て何とかしろと訴えかけて来るが面倒臭いことには関わりたくない。


 月火が悩んでいると突然肩を掴まれた。


 驚いて見上げると半泣きの暒夏(せいか)が月火を見下ろしていた。

 壁に隠れて小声で話す。


「どうしたんですか」

「……うぅぅ……!」


 暒夏は月火の腕を掴むとしゃがみ込んだ。

 月火もしゃがんで涙を拭ってやる。


「……炎夏を当主にする代わりに来月中に婚約者を決めるって言われたよぅ……。月火ちゃんじゃなきゃ意味無いのにぃ……」


 月火は眉尻を下げるととりあえず自分の寮に入れて慰める。


 怪異に怯える子供以外でこんなに泣いている人は初めて見た。


「うぅ……どうしよう……」

「う~ん……。暒夏さんの中で最前の案は何ですか?」


 月火が背をさすりながら聞くと暒夏は少し顔を上げた。


「月火ちゃんに婿入り」

「それ以外なら?」

「僕が婿養子になる」

「同義語でしょう」


 暒夏は頬を膨らませると月火の膝に寝転がり、月火の手を自分の頬に当てた。

 もう六月だと言うのに少し冷たい。


「嫌だな……。せめて知ってる人が良かった……」

「知らない人なんですか?」

「うん。名前も顔も知らなかった」


 昨日、写真は見せてもらったが月火とは正反対の元気っ子でしかも自分より歳上らしい。


 暒夏の好みとは真逆でせめて月火に似た人をと懇願したがなら自分で見つけてこいと言われた。


 当然、暒夏が月火以外の女子を選ぶことはないので無理だ。


「はぁ……」

「私に出来ることがあればいいんですけどねぇ……」


 月火が暒夏の頬を撫でていると暒夏は寝返りをして月火を見上げた。


 月火は充血してまぶたが少し腫れた暒夏を見下ろす。


「なんで僕じゃ駄目なの?」

「駄目というわけではありませんが火音さんの方が立場的に近いですから……」

「僕だって御三家の長男だよ? 確かに水神(みずかみ)だけど力は十分でしょ?」


 御三家とは神々(みわ)、火神(ひがみ)、水神の三家を指す。


 妖輩者をまとめ、日本のトップに立つのが神々。

 それを支えるのが火神と水神だ。


 富も地位もある火神とは違い、水神は妖力の多さを神々に認められて這い上がった血筋なので多少の富と名声はあるもののそれはまだまだ不確かだ。


 暒夏は心から月火を望むが親は月火と繋がるなら喜んで賛成するだろう。後ろ盾を強くするために。


 別に許可されることに文句があるわけではないので喜ぶなら喜ぶで協力してほしい。


 だが月火と火音の間に亀裂を入れて見放されるのが怖いのもまた事実。運良く繋がれたらラッキー、無理ならさっさと諦めるのが今の状況だろう。


 暒夏が月火の頬を大きな手で包むと月火は少し目を伏せた。


「月火ちゃんが許してくれたらそれで済むんだけど」

「……それは……」



 月火は神々の当主だ。

 別に暒夏や火音や他の誰かを慕っているわけではないがそう簡単に決めれる立場ではない。



 今の力関係的には火音が婿入りして暒夏が当主になり、炎夏が火神の誰かと繋がればそれが最善になる。


 火神と水神がどう動くか分からない以上、月火が安易に決めていいことではない。




 月火が返事が出来ず躊躇っていると暒夏は苦笑して体を起こした。



「月火ちゃんは当主様だもんね。悩むのも分かるよ。でも……」


 暒夏はそう言うと月火の目の高さで切り揃えられた前髪を少し横に流した。


「自分を潰さないで」



 月火は額に付けられた唇で真っ赤になり、見上げれば既に暒夏は玄関に向かっていた。


「お邪魔しました〜」


 月火が真っ赤になっていると心配した九尾が近付いてきた。


「……大丈夫ですよ…………大丈夫……」


 月火は九尾を撫でるとソファから床に降りて一緒に眠り始めた。



 目が覚めたら両親に連絡して暒夏のことを聞いてみよう。

 月火が人の役に立てるというのなら進んでこの身を差し出そう。


 先の自殺の件のように。








 その翌日の放課後、授業の終わった教室で月火が両親に連絡すると母からは自由にしなさいと、父からは立場を考えろと返信が来た。



 元々父にはそう言われるだろうと予想はしていたので気落ちはしなかった。


 これは月火が出来ない仕事だっただけ。

 自分を完璧と思うなと言い聞かせ、暒夏に連絡を入れた。



 勢いに押されて交換した連絡先だが何かと役に立っている。


 月火が両親の反応を伝え、何人か気の合いそうな人なら紹介できると言えばすぐに食い付いた。


 とりあえず候補を絞って皆に聞いてみると皆、『イケメン』というだけで乗ってくれた。



 月火は暒夏に三人のプロフィールを送る。


 予想通り、選んだのは月火信者の友人だった。

 来週の日曜日に予定を設け、ひとまず完了だ。



 月火が椅子に座ったままのけ反っていると火音が顔を出した。

 一瞬火光かとも思ったが身長が少し低かった。


「月火、任務が入ったから明日の妖輩は自習な」

「分かりました。回しておきます」

「頼んだ」


 月火は頷いて三人しかいない妖輩コースの玄智げんち炎夏えんかに連絡する。



 連絡し終わってから顔を上げるとまだ火音がいた。



「なんですか」

「一匹狼だな」

「別にいいでしょう」


 月火が睨むと火音は教室の中に入ってきた。



「なんですか……」

「匿え」

「は?」


 月火が眉を寄せると火音は隣の席に座った。

 いつも炎夏が座っている席だ。



「ストーカーが一人と鬱陶しい奴が一人」

「ストーカー……」


 月火が顔を引きつらせたので一応注意しておく。



「お前のもいるぞ」

「え?」

「兄妹で仲良く同じ趣味持ってるんだよ」

「仲良しですねぇ」


 のんきなことを言う月火に火音が呆れるとずっと廊下側の通路に座っていた九尾が教室の後ろ側に視線を向けた。



 月火に何かを訴えるが月火が頭を撫でればすぐにおとなしくなった。


「その狐便利だな」

「たまに手に負えなくなりますけどね」

「それは自業自得だろ」



 妖心が暴走するときは大抵主が気を失い、妖心が怒っている時だ。

 月火の場合は戦いの最中に気絶し、妖心が体内に戻れなくなると主を攻撃したものを殺そうとする。



 その音で起きることが多いが過去に一度、月火が瀕死になった時に九尾が怒り狂い、その場が殺戮現場と化した。


 月火は一命を取り留めたものの九尾は自身に怯えるようになったのだ。



 しかしその負の感情からか、月火の成長によるものかは分からないが九尾の力は強くなり続けている。


 そのため九尾は月火の元を絶対に離れないのだ。

 本能的な面もあるが月火の絶対命令でなければそばを離れることない。



 その月火も九尾の内面を一番よく分かっているため九尾に無理強いすることはない。


 よく似た二体だ。





 火音が九尾の背を撫でる月火を眺めていると突然雨が降ってきた。


 今までの青天が考えられないほどの土砂降り。



「いきなり降ってきましたね」

「梅雨だからな。珍しくないだろ」

「湿度が上がりますねぇ」


 九尾は興味深そうに窓の方に行くと窓の外を眺め、大きな尾を振る。



 好奇心はあるようだ。



「任務っていつからなんですか」

「明日の朝。明け方前には出る」

「朝ご飯は?」

「いらない」



 火音は極度の潔癖症で他人の作ったものが食べられない。



 火光のものなら意地でも食べるが火光は面倒臭がるし自分の作ったものは美味しくないと言って食べない。


 しかし何故か月火の作ったものなら食べるのだ。

 聞けば「人の感情がない料理」らしい。


 皆の料理にはその人の悩みや隠し事、その時の不安などが混ざって不味いようだ。

 意味が分からない。



 そんな偏食家の火音なので毎回月火が朝から晩まで作っている。


 生真面目に食費は渡してくれるのだがそれを聞きつけた水月と火光が毎日入り浸っているので半分同居のような感じになっている。


 火音は食べるためだけに来るのだが二人はくつろいで長時間居座る。


 嫌と言うわけではないが自室の意味がなくなってしまう。



 そんなことを考えていると廊下から黄色い悲鳴が聞こえてきた。



 何かと思って窓から見てみればずぶ濡れの水月と炎夏の叔父である水虎すいこが生徒に囲まれていた。


 二人とも濡れたせいで更に色男さが引き立っている。



 あそこに火音が加われば教師陣も飛びつくだろう。



「水虎がいるのは珍しいな」


 学園は身分証明書か保護者証さえあれば入れる。

 炎夏の親は暒夏が幼い頃に育児放棄したので水虎が育てたらしい。



 リベンジとでも言うように産んだ炎夏だがそれも離乳期が始まった頃に母親のノイローゼと父親の鬱によって虐待のようになってしまったため水虎が激怒して取り上げ、兄弟揃って育てた。



「炎夏さんに用なのでは?」

「かもな」



 二人が眺めていると火音に気付いた女子生徒が叫んだ。


 火音は張り付けた完璧笑顔を張り付け、緩く手を振る。



 火光に生徒にはせめて愛想良くしろと言われたのだ。

 火光の言いつけは守らなければ。


「うわぁこっちに来た……」

「自業自得ですよ。私は知りません」




 月火は窓から顔を引っ込めると九尾を呼んで早足に教室を出て行った。

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