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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
199/201

98.掴み所がなさすぎる。

 静かな病室で一人日記を記す。




 死者百五十六名、負傷者百三十六名。


 妖神学園の校舎、寮、上層部、病院、周囲の民家は壊滅で、今は順に弔いの準備を進めている。



 神々火光のその身を持った尽力により史上最悪の裏切り事件は終結。

 御三家史上最悪の事件として、十二月二十六日、午前十時二十三分。ここに記す。





 ノートを閉じ、ペンを置いてから顔を上げた。



「……で、何か御用ですか」

「うーん、ちょっと相談にねぇ?」



 絶対に背丈の二倍はあるローブを引きずり、今日は杖なしで窓の外を眺めている。



 月火が川を越えそうになった時、何度も助けてくれた男性が今、そこの、目の前に、いる。




 夢かと思うが夢ではない。ちゃんと水月もいる。



「ねぇ月火……」

「私も誰かは知らないです」

「……はぁ」



 それから五分ほどの沈黙が流れ、男はようやく口を開いた。



「大変だったみたいだねぇ。君らは大丈夫なのぉ?」

「まぁ……」

「用がないなら帰ってくれませんか」

「用はあるよ。命よりも大事な用」


 重い。




 月火が眉を下げるとその男性はフードに手をかけた。




 するりとそれを脱げば、見えたのは深緑の髪と絵に描いたような狐目。と言うかわざと伏せている気がする。



「こっちの方が怪しくないよねぇ」




 中国人か。

 流暢な日本語を使うので日本人かと思っていたが違ったらしい。



「中国語の方がいいですか」

「いや日本語でいいよ。中国語は苦手」

「……中国人ですよね?」

「五歳でイギリスに渡った。で、六歳で出会うの」

「妹さんに」



 月火は一人納得し、水月は疑問に首を傾げている。




「まぁそんなことはどうでも良くて。頼み事聞いてくれない?」

「こちらに利益があるなら」

「ないね。逆に損するんじゃない? 詳しいことは知らないけど」

「よくそれではいいいですよって言ってもらえると思いましたね」



 月火が心底不思議そうな顔で首を傾げると、男はケラケラと笑った。



「商売たくましくなかったら通りそうじゃなぁい?」

「損するって聞いたらどんな人でも無理でしょう」

「……あそっか。うっかりうっかり」





 男は一度口を押さえると、不意に真面目な顔になった。



「で、お願いなんだけど。……君の妖力って言うの〜? の、源がほ……」

「断ります。内臓の一部くれって言ってるのと一緒ですよ」

「あっそう。別にどうってことなくない?」

「言葉を変えます。心臓くれって言ってるのと同義です」

「……死ぬ?」

「え、どうでしょう……」



 なんだろうかこの男。掴み所がなさすぎる。




 月火が少し眉を寄せると男は天井を見上げ、ローブの袖に包まれた手を口元に当てる。




「取引……僕が出来ることねぇ。……占い、(まじな)い、錬金術と死者蘇生……医学もある程度は分かるしでも言葉は十二だけだし……」

「なんですかその詐欺師みたいな種類は」

「……まぁこの世界じゃ仕方ないよね。でも実際出来るよ。言ったでしょ、妹が死にそうなんだって」

「……それで死者蘇生ですか」

「ま、これとあれとじゃちょーっち違うんだけど。そんな変わらないでしょぉ」



 ヘラヘラと笑う男は椅子に膝を抱え、二人を眺める。





 本当に血が繋がっていたら、こんな風に微笑ましくいつまでも続いたのだろうか。


 ヴァイオレット、早く起きてくれないかな。





「ねぇ決まったぁ?」

「死者蘇生ってなん……」

「君が死ななかったから使えるだけだよ。使えるのは一回だけ。適当な魂を体に吹き込むことは簡単だけど本来の魂を本来の肉体に戻すのは疲れるし面倒臭いし時間が掛かる。僕も使える力は制限されてるんだよぅ」



 二人は小さく溜め息を吐くと、また相談を始めた。


 スマホを見つめ、また喋り始める。



 月火に関しては読唇術で会話しているので頭を振って忙しなさそうだ。






 その数分後、水月は月火の頭を撫でると小さく頷いた。



「決まりました」

「だれぇ?」

「私の婚約者を」

「死体の状態は?」

「傷がなかったらいいんですか?」

「致命傷がなかったらねぇ」



 月火は点滴の管を雑に抜くと立ち上がった。




「案内します」




 妖輩者は死んでから丸一日、妖力が抜け切るまで遺体を殺すことは出来ない。

 魂に持っていかれず、体に残った妖力が暴走する可能性があるからだ。





 男は立ち上がると小さくあくびをした。

 この体は眠気も食欲もないはずなのにあくびが出てしまう。

 癖か。





 三人が注目を集めながら歩いていると、向かいから玄智と炎夏がやって来た。


 二人とも傷だらけで満身創痍だ。



 玄智も炎夏も手を骨折している。



「月火! さっきの話……!」

「……宗教勧誘?」

「そんな馬鹿らしいものじゃないよぉ」

「二人はいいの? 水明も水虎も澪菜ちゃんも……」



 水月が不安そうに見下ろすと炎夏と玄智は顔を見合わせ、仕方なさそうに笑った。



「火音先生に怪異化されたら月火が大変な事になりますから」

「それに水明様も水虎様も、一人だけ生き返っても嬉しくないだろうし」



 水月は二人の頭を撫でるとまた歩き出した。





 階段を降り、知衣から渡されている鍵を使って中に入る。

 緋紗寧も亡くなってしまい、実母とは関係が薄いからと月火に渡された。



 ちなみに後で晦姉妹も来るらしい。

 これは興味本位だ。




「ふーん……? 肋が折れて内臓に刺さってるねぇ。肝臓かな? 右肺も潰れてる」

「分かるんですか」

「こんなん医学かじってたら誰でも分かるでしょ」

「……そうですか」


 月火は火音の体に手をかざすと神通力で体を治した。




 本当に分かるのか、男は眉を上げる。



「うわぁ何それぇ」

「神通力です」

「……妖怪とかの?」

「私は九尾なので」

「へぇ。妲己?」

「そんな下衆狐と一緒にしないで下さい」



 酷い言い様だ。




 さして興味もないので特に反応することなく、月火の婚約者に顔を近付ける。



「……あぁ、なるほど。へぇ?」


 一体この男には何が見えているのか。




 月火が眉を寄せていると、男は体を起こしてローブの袖から手を出した。


 緩く振った瞬間、いつもより少し短い杖が現れる。




 玄智は炎夏に隠れ、炎夏も水月に近寄る。




「成功すること祈っといて。絶対約束守ってね」

「分かってます」



 男は杖を床に突くと小さく息を吸った。



『我、神の使者。失われし界で行う契、ここに命ずる。互いの契により死者蘇生を行う。我が力を使い、死者を蘇らせよ』




 なんて、ファンタチックなことを唱えた。



 月火が腕を組んで傍観していると、突然杖が淡く光り、室内に重い妖力が充満する。


 男は口を押え、よろめいたので月火が慌てて支えた。





 やがてその妖力は消え、男は小さく息を吐く。



「……何今のおっもい気配は」

「貴方が望んでる妖力です」

「……あんなんなの?」

「案外ファンタジーな世界なんですね」

「君が言うんだ……」



 月火は火音の手に触れ、目を瞬いた。





 体温が戻ってきている。

 指先は冷たいままだが、腕は微かに温かい。



 月火が呆気に取られ、膝から崩れ落ちると霊安室の扉が開いた。




「……どうなった?」

「……生き返った……」

「……マ?」



 ガッツリ煙草を吸っている知衣は火音の口元に手をかざし、息をしていることを確認した。


 脈も体温も戻りつつある。




「わぁお……」

「え、姉さん本当に生き返ってるの……?」

「本当に生き返ってる……」



 さすが医者姉妹。

 大興奮のまま火音の移動準備を始めた。





 月火の病室に戻ると、男は疲れたように椅子に座り、壁にもたれた。



「あーづがれだ」

「そんなにですか」

「帰りたい……」

「さようなら」

「早くちょうだいよ」

「チッ」



 上手く帰ってはくれなかった。



 月火が舌打ちすると男が近寄り、ベッドに座った。


「あの男の人と君、似たものなんだね」

「……私の妖力が無くなったとして、火音さんは食べれるんですか?」

「は、何が?」

「食事。……あぁそこまでは知らないんですね」

「一から説明して」




 月火は男に妖力の色と形、それと共鳴とその影響についても説明した。

 途中、亡くなった有栖姉妹の事を教えると微かに眉を動かす。




「……その何とか姉妹の妹か姉かは婚約者君みたいな症状ないんでしょ」

「はい」

「じゃあ治せばいいじゃん」

「どうやって? 何が違うのかも分からないんですよ?」

「あー……うーん……」



 男は立ち上がるとぐるぐると回り始めた。



 普通の速度で歩くだけでローブの裾が浮き、ほとんど引きずっていない。

 不思議な生地だ。




「……ルーメルウスなら分かるかな。いや無理か。アーネスト……無理だな。えぇと……」


 ぶつぶつと独り言を言い、四人は顔を見合わせて首を傾げる。




「ウィリアム……微妙か……。グレイズなら分かるのに……」



 約束外のことまで考えてくれる辺り、悪い人ではなさそうだ。





「……僕は妖力が分からないからなんとも言えないんだよねぇ……。知識がありそうな奴はいるんだけど……なんせ嫌われてるからなぁ……」

「どんな人ですか」

「んっとねぇ」



 妹の事大好きで一緒に行くと聞かなかったが、帰ってくるまで守っておけと言えばすぐに了解した犬のような十五歳。



「僕らより歳下じゃん」

「そもそも時間軸が違うからね。連れてきたいけど……ミシェルに怒られるなぁ……」


 別の世界の時間軸を混ぜてしまうと、混ざった油と水並に分けるのが大変らしい。




「連れてこれるってことは手紙とかでも代用出来そうですけど……」

「あ、nice!」


 突然の英語に皆は目を丸くし、男は「ちょっと行ってくる〜」と言うと姿を消した。




「……嵐みたいな人」

「そもそも人か?」

「人……だといいね」

「前話した時に妹とは種族が違うって言ってましたよ」

「会ったことあるの?」

「死にかけた時に……」




 月火が川のことを説明しようとした時、また男が現れた。

 もう一人連れて。



「離せクズ。手紙でいいだろ。手のひら返すな鬱陶しい」

「はいはい。ヴァイオレットのためだよ」

「もっと有利な条件で取れよアホ」

「すっごい毒舌……」




 玄智が顔を引き攣らせ、三人が同意すると男、名前を知らないのでややこしい。


「お二人とも、名前は?」

「好きに呼んでいいよ〜」

「この子ネーミングセンス皆無だけど大丈夫そう?」

「……じゃあレッ……」



 緑髪の方が何かを言いかけた時、新しく来た方が強く殴った。


 頭を抱え、しゃがみ込むのに見向きもせず、新しく来た方は丁寧な仕草で右手を胸に当て、浅くお辞儀をした。



「初めまして、ウィリアムと申します。これは浩然(ハオラン)とお呼びください」

「……ウィリアムさんは妖力関係が分かるんですか」

「ある程度は、ですよ。現地の方には敵いません」




 そもそも現地住民すら知らないことなので、少し不安だ。が、ウィリアムと名乗ったその青年は、月火達よりも遥かに妖力について詳しかった。

海麗さんは生きてます。

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