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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
198/201

97.嫌だ。一人になりたくない。

「また来たの?」



 ハッと顔を上げれば前に黒縄に殺されかけた時に出会った男性が立っていた。


 変わらず大きな白いローブと長い重力に反した杖だ。




「早く上がって。そっちに行かないで」



 気が付けば川のど真ん中に立っており、男は杖を落とすと躊躇いなく川に足を突っ込み、月火の腕を掴んだ。



 月火がそちらに足を向けた時、何か透明な壁のようなものにぶつかる。




「なんでここに来たの?」

「知りません…………早く帰らないと……!」



 月火が上を見上げた時、男が月火に何かを流した。



 背中に電気のような何かが走り、思わずしゃがみ込む。



「今行ったら死ぬよ」

「でも……」

「体が死んだらここにも来れなくなる。君が必要なんだよ。だから身勝手なことしないで」



 また強く引かれ、今度は壁がなくなり岸に上がれた。



「うん、行ってらっしゃい」



 急に優しくなった声でまた浮遊し、月火は飛び起きた。

 と同時にみぞおちを教えて血を吐く。



「月火さん! まだ動かないで!」

「怪異……は……」



 晦の声で顔を上げ、その光景に愕然とする。







 校舎は全壊、建物どころか周囲の山の木々もなぎ倒され、校庭には既に亡くなっているであろう妖輩者達が倒れていた。





 皆の姿を探せば、結月は炎夏に庇われるように倒れており、瑛斗と火音も同じような状況で火音が瑛斗を庇っている。



 水月は壁に叩き付けられ、火光は視界には見えないが妖力が徐々に薄まっていく。



 桃倉も洋樹も氷麗も戯画も凪担も水明も水虎も澪菜も海麗も皆倒れ、ほとんど瀕死の状態だ。

 既に妖力が感じられない者も数人いる。




「月火さん、火音先生が相手にしていた怪異が誰かと共鳴したんです。……その後に火音先生と月火さんを守ってた黒葉さんが喰べられて怪異の強さが格段に上がって……」

「な…………ん……」



 信じられない。


 妖心を取り込んだというのか。





 月火の妖心は月火が成長するにつれて強くなり、それと平行で自身も成長するので二種の成長を重ねていた。


 特に月火が作り出した黒葉はまさに成長中で、今まで食べていた怪異の妖力も少なからず残っていたはずだ。


 そんな黒葉を食べれば、三級以下でも特級以上になれる。




 それを、特級以上の化け物が、取り込んだ?






 月火が寝ている間に予想もしていなかった最悪な事態になっていた。


 もう無理だ。

 月火では祓えない。



 妖心を複数作ることで妖心術を底上げしていた。

 その底上げした妖心術でも無理なのに、グレードの下がった妖心術など痛くも痒くもないだろう。





 これ以上妖神術を使うと体がもたない。

 もう全身痛くて発狂しそうなのだ。


 妖力がないせいで胸が痛いし、それと同時にずっと借り続けているせいで喉の奥が焼けるように痛い。



 もう体の感覚も鈍く、平衡感覚が保てない。






 目から涙が溢れ、掠れた嗚咽が漏れる。


 喉が裂けるように痛く、声にならない声を出しながら蹲る。



 晦に背を撫でられ、自分の不甲斐なさに打ちのめされ、もう何をどうしていいのか分からない。





 いつも助けてくれた皆も、ずっと傍にいた黒葉も、もう誰もいないし感じられない。





 痛みと悔しさと絶望と寂しさで涙が溢れ、目に映った怪異が歪む。



 より人間らしくなった怪異は土や砂を蹴って遊び、その場をぐるぐると歩いている。



 月火の内側から白葉の泣き声が聞こえ、さらに涙が溢れた。






 どうしたらいいのだ。

 もう何も分からない。


 助けて。

 誰か、何かを教えて。


 何をすべきなのだ。

 もう誰もいない中で、何が出来る。




 月火が胸を抑え、必死に考えているとほぼ平地のようになった瓦礫の上から誰かが顔を覗かせた。




 見ると半透明な座敷童子が火光を支えながら歩いていた。



 晦は慌てて飛び出すと綾奈と生き残れた医療生とともに火光を支える。





「にい……さ、ん……!」

「なんでそんなに泣いてるの。せっかくの顔が台無しだよ?」

「だって……!」

「ほーらー、大丈夫だから」



 火光に頬を包まれ、溢れて止まない涙を拭われた。




「月火、一年と三年は生きてるよ。氷麗も大丈夫なんじゃないかな」

「う、ん……」



 また涙が溢れ、火光に抱き着いた。


 火光はそれを抱き留めると優しく背をさする。




「僕ならたぶん、どうにかなるからさ。泣かないで。月火が悲しむのは嫌だよ」

「え……?…………ま……待って……ダメ…………駄目駄目駄目! やめて! 兄さんが死んじゃう!」

「皆の仇だよ」



 月火は火光を行かせないよう両手で腕を掴み、何度も首を横に振る。



「止めてよぅ……! 一人にしないで……! 嫌だ……」


 稜稀の妖力はもうどこにもない。

 火音の妖力もだ。


 水月も弱まりつつある。

 火光が回復出来たのだって奇跡で、このままでいれば二人だけでも生き残れるのに、何故離れていくの。




 嫌だ。一人になりたくない。

 一人になってまで生き残るぐらいなら皆と一緒に死ぬ。

 もう二度と、一人にはなりたくない。



「兄さん…………行か、ないで……」

「……ごめんね。辛い思いばっかりさせて。全部一人で背負わせて。ごめんね」


 兄達が頼りないせいで、月火はいつも一人で頑張っていた。



 火光も手伝おうとしたが、その度に空回りして逆に気を使わせてしまう。

 自分の生まれてきた環境を聞き、育ってきた環境を振り返り、何故自分が存在しているのか分からなくなった。



 それでも、四年前の特級事件で()()という存在意義が見出され、あぁ、自分は今日ここで死ぬために生まれ、神々になったのだと分かった。



 ここで本音を零してしまえば二度と行けなくなる。

 一生離れたくなくなる。




 神々の血を残せるのは神々の血を引いた水月か月火だけだ。

 火光がいてもいなくてもきっと変わらない。



 少し寂しくはなってほしいが、きっと兄妹二人で本当の家族として生きていくだろう。




「水月を治してあげて。僕は……」

「火光、月火、仲間外れにしないでよ」


 上から振ってきた声に二人が見上げる前に頭を抱えられ、大きな温かい手が頭を包む。



「兄妹はいつも一緒って言ってるでしょ」

「水月……?……怪我は……」

「痛いよもう。死にそう」

「治す……」

「いいよ。月火の妖力が無駄になる」

「兄さん……!」



 一瞬言葉の言い回しが理解出来なかった火光は目を瞬くと水月を突き飛ばし、月火にしっかり掴ませた。


「離しちゃ駄目だよ」

「一生離しません」




 水月と火光の腕を掴み、涙で真っ赤に腫れた目で二人を睨んだ。


 次第にまた涙が溢れ、二人も涙目になる。




「月火、離して。いい子でしょ」

「嫌! なんで兄さんが行くの!? 私でも出来るよ!?」

「月火は当主でしょ」

「いらない! 当主なんか嫌!」



 母に疎まれ、父に利用され、兄が犠牲になるなら当主なんてなりたくなかった。

 こんな未来があったなら、ずっと反抗し続けて稜稀を当主に押し止めておけば良かった。




「月火、そんな事言わないでよ。せっかく立派になれたのに……」

「兄さんがいたからだよ……!? 一人じゃなんにも出来ないじゃん……! 三人揃ってないと…………なんにも出来ないもん……」




 月火はまた泣き崩れ、火光は傍にしゃがむと頭を撫でた。



 水月も涙を拭い、月火の傍にしゃがむ。




「よしよし」

「水月、月火頼んだよ」

「え、僕も行く気満々……」

「遠慮します」

「一人では行かせないよ?」

「月火が一人になっちゃうじゃん」



 水月に耳を引っ張られ、その手を押し返した。



 月火は二人の腕を意地でも離さないようで、震えた手で爪が食い込むほど握っている。




「三人で行こうよぅ…………。なんで二人だけ……!」

「月火、神々の血が絶えるって分かってるでしょ」

「いいじゃん別に! 御三家なんかなんでいんの!? ただの金持ちで他人見下すクズの集まりじゃん……!」



 神々の前当主が裏切りを犯した。

 火神は零落し、水神も大きな汚点が出来た。



 御三家など、祖先の栄誉に縋って生きているだけのどこにでもいる妖輩者だ。

 もう御三家などいらないだろう。





「駄目だよ。月火が一番分かってるでしょ?」



 神の名を絶やさぬよう、今まで紡いできた糸をここの代で絶やしてはならない。




 月火は肯定も否定もしないまま俯き、膝に涙を落とす。



「なんで……兄さんが……」

「僕の役目だからだよ。月火を守る大事な役目」

「っ…………!……だい……じょ、ぶ…………」

「良かった。偉いね」



 月火の手の力が緩み、火光は月火のを撫でた。



 水月が頭を雑に撫で回し、火光はいつも通り嫌がる。



「ごめんね火光。代わってあげられなくて」

「いいよ別に……。謝るぐらいならお礼でも言っといてよ」



 火光は立ち上がり、水月も月火が立つのを手伝う。




「ありがとうね」

「それでいい。僕が望んで行くんだからさ」

「……うぅぅ……!」


 涙を堪えていた月火は結局泣き出し、二人は苦笑すると月火の涙を拭った。





「……ありが……とう……火光に、いさん」

「いいよ。元気でね。仕事頑張って」

「火光、ありがとう」

「月火を頼んだよ、兄さん」

「うん……任せて」



 水月が火光の頭を撫でると、月火は火光に抱き着いた。




 怪異は砂遊びに飽きてきたのか、ずっと砂を掴んでは山の方に投げている。



「水哉様に伝えて下さいね」

「メルヘンだねぇ」

「本当に、たぶん此岸ってあるので」


 月火が少し真面目な声で言うと火光は目を瞬いた後、はにかむように笑った。



「うん、二人の頑張った事伝えとくよ」




 月火は渋々火光から離れると、水月の服にしがみついた。





 火光は微笑みながら一歩下がると晦の方を見る。



「仕事の穴埋め頼んだ」

「……仕方ありませんねっ…………? 学園に入った瞬間から問題起こしてたのに……真面目な姿があったんですね」

「僕はいっつも真面目だけど」

「そ、れは不真面目ですっ」



 火光はケラケラと笑うと、ずっと端で待っていた座敷童子の頭を撫でた。


「行こうか」

「う…………うん……」




 四年前の特級事件、怪異は祓いきれていない。



 三体いたうちの一体を白葉が怒り狂って噛み殺し、一体は月火へ、一体は火光へ封印された。



 月火に封印された一体は妖心の狐となり中に住み着き、火光の方は火光の体と同化した。




 その妖力は火光のものと合わせると莫大なもので、だから火神の火光が神々の二人と見劣りせずに戦えているのだ。



 その妖力を一気にぶつければ確実に祓える。と、同時に火光の体は堪えきれず、生きたまま中から死んでしまうだろう。


 よく分からない表現だがそれが一番強いらしい。





 火光は震える座敷童子と手を繋ぎ、妖力を座敷童子に移した。


 途端、それを感じ取った怪異が振り返りニンマリと気持ち悪い笑みを浮かべる。





「……っ兄さん……!」

「月火、危ない」


 泣き叫んで飛び出そうとする月火を拘束する勢いで止め、自身も静かに涙を流す。


 火光は座敷童子と手を繋いだまま静かに振り返り、にこりと笑った。








「幸せだったよ。ありがとう、三人とも」


『封解・脱魂』

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