96.そこら辺のシリアルキラーより殺意が強い。
月火は稜稀と一騎打ち、他の皆は特級を超えた特級を祓うどころか防ぐで精一杯だ。
月火も型を構える暇がないまま稜稀に負けじと食らいついているが、圧倒的に力が足りない。
既に共鳴で目は紫に染まり、白目は充血して真っ赤になっている。
酸素が足りない。
酸素も血も体力も足りない。
『妖心術 心響百々』
『妖心術 桜轟劉』
稜稀はほとんど妖心術を使わず、体術だけで戦ってある。
月火を舐め腐った故の行動か、本当に殺すつもりはないのか、ただ遊んでいるだけか。
月火は既に肋が二、三本は折れているので大きくは動けない。
たぶん下手したら刺さる。内側に。
『妖刀術 抜刀』
『妖心術 幻激の憂』
「クソっ……!」
幻激の憂は相手を煙で飲み込み、別の場所に吹き飛ばす技だ。
抗う方法がないので鬱陶しい。
『妖心術 雷漸』
『妖心術 導雷』
たまたま月火と火音の技が重なり、校庭に二度の落雷が起こる。
月火も火音の妖心術を使えるようになってきた。
いい調子だ。
『妖刀術 紅揚秘刀太』
稜稀の懐に潜り込み、もうすぐで刃が届くと言うところで手で防がれ、挙句吹き飛ばされた。
強風が吹き、身動きが取れずに飛ばされていると誰かにぶつかった。
「重」
見上げれば緋紗寧が立っており、鬱陶しそうに月火を見下ろすていた。
「無風に出来ますか」
「えぇ〜……」
「早く火音さんのところに行きたいんですよ」
「仕方ない」
『妖心術 風術』
これ、本当に独学だろうか。
低級妖輩よりよっぽど上手いが、何故だろう。
稜稀は風がなくなったことに驚き、緋紗寧を凝視した。
しかし息を吐く暇もなく、月火が鞘に収まった刀に手をかける。
「火音さんを手伝って下さい」
『妖刀術 抜刀』
火音は人間の特級を相手にしている。
人間と言うか、四肢と頭があるだけの赤紫の怪物だ。
凪担と瑛斗と火音の刀組が異型を一体、海麗と火音ともう数人が二体目の異型。
炎夏と水虎と結月は猫を相手にし、残りの特級と水明は鳥を、玄智が一、二年と低級を連れ戦っている。
『妖刀術 妖楼紫刀』
月火が突き掛けた時、その刀が蹴り飛ばされた。
側面から蹴られ、刀にヒビが入ると同時に月火の中で何かが切れた。
一度下がり、刀を拾うと欠けていないことを確認して鞘に収めた。
「月火、稜稀の気持ちも分かってあげてよ」
「気持ち……気持ちねぇ……。……あぁ、人の立場に嫉妬した気持ち? さぞお辛いだろうね。だから殺したいんだろ」
いつの間にか頭が切れていたらしい。
目を通って血が伝い、地面に落ちた。
白黒魅刀は元々、子に教える刀として受け継がれてきた。
実際、切れないし刺せないので紫月が嫌っていたほどだ。
しかし月火は無駄に人を傷付けず、怪異は祓えるこの刀が一番のお気に入りだった。
手に馴染み、人を殺すかもしれないという恐怖がないまま使えるのだ。
もうこの刀を打てる職人は世界中、どこを探しても存在しない。
そもそも、一度も日本刀と言うのは廃れ、本来の作り方は失われている。
それを戦国時代に入り、再度必要となったのでやりやすい打ち方で打ち始めたのだ。
月火の所有する妖刀は特に歴史が古かった。
それを素手で、ヒビを入れた。
切れたのは堪忍袋の緒か。
腹の底から怒りが湧き上がり、不思議そうな顔をする時空に殺意が向いた。
『妖神術 神託』
月火の妖力が跳ね上がり、二人は今までに感じたことがないほどの悪寒を感じる。
確実に殺される。
そこら辺のシリアルキラーより殺意が強い。
『妖神術 鑾鑾』
チリチリと言う鈴の音が鳴り、それと同時に校庭に幾つもの穴が空いた。
火音は凪担を掴むとそれを避ける。
避けてくれてよかった。月火は操れない。
「なんっ……なのこれ……!? 稜稀! 何これ!?」
「し、知らない……。見た事ないわ……!」
「はぁ!? それでも当主だったわけ!?」
かすった時空は肉のえぐれた右腕を押さえ、唖然とする稜稀に怒鳴った。
本当に何も知らない稜稀は混乱する。
「当たり前。稜稀と花蓮様には才能がなかったから紫水様が教えなかったんですよ。二代目神々当主が編み出した妖心術の本来の姿です」
先程の素早い動きとは掛け離れた、ゆっくりとした歩みで月火は近寄る。
紫の目は徐々に黒に侵食されており、白目は赤く染まり、口が切れているのか、弧を書く唇の間から見える歯は血で染っている。
「お前と私じゃ根の出来が違うんだよ。ダッサイ妬み振りまくぐらいならおとなしく神々に使い潰されとけよ」
明らかに雰囲気の変わった月火はそう言うとまた妖力を跳ね上げた。
『妖神術 毀毀』
ガラスにヒビが入るような音が三人を多い、いきなり時空は腹部を抑えた。
咳き込むと同時に吐血し、鼻血を出しながらうずくまった。
「一生そうしてろ」
稜稀は時空の背をさすり、時空とともに一度暒夏の元へ戻って行った。
ここでどうこうしても意味がないので先に火音と海麗がほぼ二人だけで相手をしている怪異に目を向けた。
既に一時を回っており、低級妖輩はほぼ全員やられた。
残りは二級上位と一級、特級のみだ。
『妖神術 鼕鼕』
鼓膜が破れた気がする。
もう何も聞こえない。
何度聞いても慣れない太鼓の音が鳴り響き、全員が耳を塞いだ。
月火は飛び上がると瑛斗を掴んで後ろに下がった。
怪異の爪が月火の足を切り裂く。
「せんぱっ……!」
「耳が聞こえなくなりました。私は死んでも問題ないので集中しなさい。拒否権はありません」
月火はそれだけ言うと瑛斗を離し、自分は海麗が死ぬ気で抑えている怪異の頭上まで飛ぶ。
これは妖力を中に薄く張り、それを蹴って飛んでいるだけだ。
非常に筋力と体幹が必要になってくる。
『妖神術 漑漑』
雫が水面に落ちるように、月火は怪異の頭の上に降りた。
降りると同時に右の踵を頭に乗せると、怪異の頭とともに校庭の地面が凹んだ。
怪異の足首、約一メートル程だろうか。
校庭がえぐれ、怪異の頭上から血が吹き出したのですぐに逃げる。
袴の後ろが汚れてしまった。
『妖神術 毀毀』
またヒビが入り、怪異の手足がバラバラに切断された。
「うっわぁ……」
「……十五歳以下が少なくてよかった」
海麗は顔を引き攣らせ、月火は右足をさする。
踵の骨が折れた。
アキレス腱もギリギリ繋がっている感じだ。
「うん、大丈夫」
「本当に大丈夫そう?」
「歩けます」
「おかしいよ?」
明らかに腫れて変色している。
月火は読唇術で会話する海麗の言葉に肩をすくめると再生しかけている怪異の方に視線を移す。
人の体に入り、実体を持ったことで実体化する過程がすっ飛ばされ、再生が異常に早くなっている。
早くしなければ負け確定か。
『妖神術 鼕鼕』
立ち上がろうとしていた怪異が上から押し潰され、三箇所が凹み祓えていないものの力尽きた。
所詮、外が人間なら内も人間か。
海麗は耳から手を離し、月火は頭を手に押し付け、耳の血を抜く。
海麗の鼓膜も破れている可能性が高いので神通力で治しておいた。
もう自分の言葉も聞こえない。
月火は白葉に処理を頼むと海麗とともに次へ向かった。
意識が朦朧とする。
妖力を使い過ぎたのだろうか。
いや、違う。神託を使っている間、妖力が切れることは有り得ない。
それにこの感覚的に、妖力がなくなったと言うよりも、貧血に近い気がする。
走っている途中で膝の力がフッと抜け、すぐに海麗に支えられた。
海麗は自身の手を見ると目を見開く。
「月火止血は!?」
海麗が怒鳴れど本人には全く伝わっておらず、とりあえず戦場のど真ん中から抜け出し木の傍に行った。
そうだ。
操れないのに自身だけが喰らわないなど都合が良すぎる。
刀を握らず手を使っていなかったので気付けなかった。
左手首に骨までの傷が二箇所放置されており、内ももや二の腕といった太い血管のある部分が切れている。
「もうっ……!」
海麗が月火の手首を縛っていると、いきなり月火の力が抜けた。
ハッと見上げれば月火が気絶し、木にもたれかかっている。
これは海麗の仕事ではない。
海麗は月火を医療係に任せると玄智の代わりに特級を抑え始めた。