93.殺されていないが殺し返しても閻魔はきっと許してくれる。
決戦二日前、二十三日。
学園周りに住んでいる人達はありのままを伝え、月火が貸し切ったホテルに避難させている。
と言っても周りは山だし学園自体が山の中にあるのでそう多くは避難していない。
後は山回りを警官が囲い、進入を防いでもらうだけだ。
一応、月火も注意喚起はしている。
双葉姉妹は離れたところにある火神の屋敷に避難させ、朱寧にも何かあったら逃げろと伝えてある。
火音と月火と戦えた悠羽を借りたかったが、本人は人を傷付けたことを酷く後悔しているそうなのでやめておいた。
後悔出来るということはここで死んでいい命ではない。
戦えない他コースの教師や生徒はほとんど避難させ、今学園にいるのは妖輩と最低限の補佐、情報、医療係だけだ。
事前に通告した結果、月火や火音と死ねるなら万々歳という人達が集まった。
ちなみに水月の戦い姿や火光の真剣な姿が見れるならこんな命、という人もいた。
世界は広いね。
月火は屋上の柵にあぐらをかき、神々の日記を書きながら校庭を見下ろす。
靴が下で揃えられているのでこのまま落ちたら自殺と思われるかもしれない。
火音は一年を仕上げ、海麗は離れても妖力を戻さず、動かせるように練習している。
そもそも「触れている間に自由に動かせる」という妖力のはずなのに、何故そんな型破りと言うか常軌を逸していることが出来るのか。
そんな事も日記に書き、軽く絵も描いた。
最後に、この日記を読んでいる人達が神々の正しい血であることを願う、と言う文で締め括る。
月火の子か、水月の子か。
火光は血筋的には神々の直径ではないし、蓮は傍系なので駄目だ。
月火は膝に出てきて擦り寄ってきた白葉と黒葉を撫でる。
『主様、死なないで』
『主様だけでも生き残ってね』
「無理ですよ。私が一番死んで尽くすべきなんです」
会社の引き継ぎも仕事の分散もされている。
神々の仕事は麗凪に、学園の仕事は麗蘭に、上層部の仕事は上層部副長に、会社の仕事は副社長と課長達に任せてある。
月火が一人死んで終わったら上々。
最悪でも死者、再起不能者は三分の一に抑えたい。
抑えれたらいいな。
まぁ全滅しない限りは大丈夫だ。
月火が泣く白葉とムスッとした黒葉を落ち着かせていると屋上の扉が開いた。
「兄さん」
「やほー」
「久しぶりに兄妹だけで話そう」
「いいですよ」
火光は小さく手を振り、水月は少し微笑む。
九尾達を消し、柵に肘を突いた火光と水月とともに話す。
「ここの屋上からはよく見えるね」
「毎年、火音さんが文化祭の時にサボっていた場所です」
「こんなところにいたんだ……。……一年が経つのは早いね」
「忙しかったですからねぇ」
月火の高等部入学時、既に高等部教師だった火光が誰よりも喜んでいた。
麗蘭に直談判して担任になると言っていたらしい。
妖輩コースはクラス替えと言うほど人数がいないので卒業するどころか卒業しても同じメンツのままだ。
高等部の間は担任も変わらない。
「このクラスも思ったより賑やかになったねぇ」
火音が天狐を連れてきてから、結月がやってきた。
月火が二日間で連れてきてその一週間か、二週間後に転入したはずだ。
「持ってるクラスの転校生って何気に初めてだったからさ。僕が一番興奮してたのかも」
「大喜びしてたもんね」
「大喜びしてたんですか」
「大喜びしてたよ」
相変わらずこの兄妹はノリがいい。
三人でケラケラと笑い、また思い出を思い出す。
「その後だね、悠羽が襲ったの」
「共鳴が始まったのもその時だね」
「刀の印象が強いんです」
「そっか、悠羽が現れたのが刀を受け取った直後だもんね」
あの時、水哉から刀を貰っていなければ確実に負けていた気がする。
「上手いこと出来てるもんだねぇ」
「そういや火光、夢和との関係はどうなったの?」
「普通だよ。赤の他人って認識で接してる」
「火音さんと似たところありますよね。やっぱり兄弟ですよ」
「僕の弟だよ」
月火は火光の頭を撫で、水月は嫌がる火光を抱き寄せた。
すぐに拒否される。
「この歳になってその距離感は治した方がいい」
「人前ではちゃんとするんだけどね」
「僕も人だよ」
「言葉の綾」
この二人の会話は聞いていて飽きない。
二人ともコミュニケーション能力高めの明るい性格なので、話がどう転がろうが上手く繋がるのだ。
「兄さんここで遊ばないで下さい」
「ごめんごめん」
「水月のせいだよ」
火光は眉を寄せ、水月はヘラヘラと笑った。
火音から興味が伝わり、ふと見下ろすと誰かが瑛斗に話し掛けていた。
近くにいる火音から声が伝わってくる。
「面白くなりそうです」
「行こ」
「いいねぇ青春だ」
三人は屋上の柵を飛び越えると木を使って屋上から飛び降りた。
屋上にも体育館裏にも呼び出さず、まさか校庭のど真ん中で高等部に見られた中言うとは。相当な鋼のメンタルではなかろうか。
月火は近付く途中でふと足を止める。
「う〜わ……」
「あれ、神崎じゃん」
「火音に付きまとってたのに」
水月と火光は意外そうな顔をし、顔をしかめた火音は月火の方に寄ってくる。
「熟考の欠如」
「わざわざその言葉を選ぶんですか」
月火は踵を踏んでいた靴を履き、声が聞こえるまで近付く。
瑛斗は興味がないそうで、どちらかと言えば隣の同級生と先輩の方が興味津々だ。
これならメンタルが強いのもよく分かる。
「大事そうなところ失礼しますよ〜」
「あ、先輩」
瑛斗は顔を上げ、軽く会釈をした。
月火は瑛斗の隣に並ぶと肩に手を置く。
「熱心に追い掛けてた割にはずいぶんと心変わりが早いんですね」
「私、自分の気持ちに気付いたのよ」
「はぁ」
「貴方が大切なものを大事そうに囲うのが嫌なのよ。貴方から取りたいの」
「あっそ」
月火が一度気に入ったものを手放すのは壊れた時か自分のせいで悪影響を与える時のみだ。
後者はある程度解決出来るので、ほぼ壊れた時だけ。
壊れないように大事に扱うし、そもそも飽きそうなものには見向きもしないので手放す気はない。
「取れるものなら取ってみなさい」
「貴方が関わるせいでストーカーに遭うのよ」
「警察に通報します」
「いいけど明後日までに解放されたらいいわね」
月火は真顔になるとスマホを瑛斗に渡す。
勝ち誇った顔の神崎の足を払い、転ばせると上に膝を突いた。
「私は最高権力者ですよ。警察でなくとも封をするなり出禁にするなりこの世界から追放するなりなんでも策はあるんです」
こう見ると、月火もかなり独占欲が強い。
火音ほどではないか。
最近自覚し始めた火音がしゃがんで眺めていると月火が火音の方を向いた。
「ようやく自覚したんですね」
「自重はしない」
「……ですよね」
月火は抵抗して起きようとする神崎の上に座ると頭に足を乗せた。
「痛い……!」
「謝罪と二度と近付かないと明言して下さい。録音してますから」
「吐く吐く……!」
「どうぞ、処理は自分でして下さい」
月火が足に力を入れると火音に抱き上げられた。
「月火が汚れる」
「汚れませんよ。上ですし」
「それに触った時点で汚れてるからな」
「もう潔癖の域超えてますよ」
月火は砂を払うと瑛斗を見上げた。
「付きまとわれたら迷わず通報しなさい」
「あ、はい」
「……ちょっと待って下さい」
やっぱり一回締めないと気が済まない。
月火が足を向け、火音が抑えていると炎夏と玄智が近付いてきた。
「お兄さんがドン引きしてますよ」
「担任が顔引きつらせてるぞ」
「担任じゃなくても引きつるわ」
「あいつ一回殺す」
月火も一度、体育祭の時に「絶対殺す」と言われているのだ。
殺されていないが殺し返しても閻魔はきっと許してくれる。
だんだんムキになってきた月火が抑えられていると、起き上がった神崎は月火を煽るように満面の笑みを浮かべた後、瑛斗を引き寄せて頬にキスをしてから逃げて行った。
瑛斗は無表情のまま頬をこする。
いつかの月火を思い出した。
「あ、殺そ」
「落ち着け」
「私は至って冷静です」
「冷静じゃない」
火音が月火を必死に抑えていると、瑛斗が月火を呼んだ。
「先輩、時間があるなら体術見てほしいんですが。火音先生は見てくれなくて」
「見る必要ないし」
「いいですよ。本気でやりましょう」
腹の底から絞り出したような返事をした瑛斗はおとなしくついて行く。
火音が安心して息を吐くと炎夏に話し掛けられた。
「神崎庇うのは珍しいですね」
「庇ってない。月火が傷害罪で訴えられないようにしただけ」
「あ……」
「あわよくば今回で……うん」
これ以上言うと殺人関係で罪に問われるので黙っておく。
炎夏と玄智は呆れた様子で溜め息を吐くとそれぞれの弟子を連れて訓練を始めた。
水月も桃倉を連れ、手合わせを始める。
火音と火光は邪魔にならないよう、端に避けてしゃがみながら見学だ。
「皆焦ってるね〜」
「後継者を育てないと途切れるからな」
「御三家の血が途切れないといいんだけど」
御三家の技は、御三家の体質や妖力に合ったように作られている。
妖力が莫大な神々は妖心術に重きを置き、知的に戦う火神は細かく複雑な動きが多く、武術で這い上がった水神は筋力と妖力を合わせて使う。
たぶん月火は自分が死ぬことや炎夏と玄智が戦えなくなると予想しているだろう。
それ故に自身に最も体質の近い瑛斗に全てを詰め込み、炎夏と玄智にも後継を作らせた。
この戦いが終わった後に生き残るのが誰であれ、終わった後に完璧な手本を見せるのは難しいと理解しているからこそ、三人だけの秘密として赤裸々に全てを説明し教えているのだと思う。
水月も紫水同様、独自の型を確立させているので、継がせると言うよりかは弟子の戦う術を増やす、と言った目的が多いだろう。
そんな布教したがるような性格を水月はしていない。
「……月火とはどこまで進んだ?」
「またそれ?」
「キスした?」
「してない」
「え?」
火光が素っ頓狂な声を出すと頬杖を突いていた火音は静かに顔を逸らした。
「死ぬよ? 二人とも死ぬよ?」
「別にいい」
「月火だけ死んだらどうするの?」
「自殺する」
「月火だけ生き残ったら? 寂しがるよ? うさぎだもん」
「うん……? まぁ月火だけでも生きれてよかったで終わる」
あんだけイチャつくし仲睦まじいくせにキスの一回もないのか。
火光は内心驚きながら火音に色々と質問をする。
この際、羞恥心など邪魔なだけだ。丸めてゴミ箱に捨ててしまえ。
「子供は欲しい?」
「うん」
「プロポーズは?」
「やりたいけど」
「結婚式はやるの?」
「月火がやりたいなら」
「火音は?」
「月火のウエディングドレス姿が見たい……!」
いいなぁ。
火光も二人の結婚式はみたい。
水月と独身貴族を謳歌すると約束したので自分は結婚する気はないが、兄妹のホワイトタキシードとウエディングドレスは見たいものだ。
「あぁでも紋付羽織袴もいいよねぇ。月火は白無垢……色打掛の方が似合うかなぁ」
「なんで火光が選ぶんだよ」
「ただの希望だよ。参考までに」
「絶対ウエディングドレス着せる」
何故ウエディングドレスに拘るのか。
火光が口を尖らせていると上機嫌になった火音は地面に絵を描き始めた。
「指輪はどんなのにするの」
「どうしようかな。月火は指が細くて長くて白いから銀の細めか二重がいい。飾りは……タンザナイト……ダイヤ……ルビー……ブルームーン……サファイア……」
「出てくるねぇ……」
「ダイヤは……似合わないしタンザナイトかブルームーンかサファイアかな。ルビーは前のピアスであげたし」
「高いよー?」
「知るか」
千万もあればある程度は買えるだろう。
火音は月火が指輪を見て笑う姿を想像しながら地面に描いた下手くそな絵を消した。