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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
191/201

90.「刑務所行ってきます」

 御三家の会議は菊地(きくづち)を議題として幕を下ろし、終わった瞬間に月火はしゃがみこんだ。



「月火!」

「大丈夫?」


 月火と同じく袴姿の水月と火光も傍にしゃがみ、月火は深い息を吐く。




 背中は痛いし貧血で目眩がするし左半身は力が入らないし、究極の絶不調だ。



 帰って覚悟を決めよう。




「ふぅ……」

「だから部屋でやれって言ったのに」

「お説教は聞きたくないです」

「やる気ないけど」



 月火が背中を押え、火音が飲み物を買いに行っていると晦がやってきた。


「月火さん! 警察から電話があって……」

「分かりました」


 月火は立ち上がると晦から無線受話器を受け取った。




「お電話代わりました、妖神学園学園長です」

『もしもし、都立警察です。突然すみません』

「いえ、何かありましたか」

『実は……』



 火光が皇宮警察に行ったように、警備や護衛関係で妖神学園と警察は何かと顔馴染みだ。

 その中でも御三家、学園長はよく会っている。




『先日、一般人が車を跳ねたと通報がありまして』



 しかし跳ねたものは人でも猫でも烏でもない。

 強いて言えば、ネズミのような男だった。



 被害者の身元も分からず、血液が極端に薄かったためここへ連絡した、と。



「血液サンプルはありますか」

『一応、秘密裏に採取されています』

「明日、そちらに向かいますん」

『分かりました。準備しておきます。失礼します』



 電話を切り、受話器を晦に返すと手を振って見送った。



 先日から授業は始まり、月火達も昨日と一昨日は受けた。

 今日は三年も火音も火光も会議なので、一、三年生は休みだ。



 ちなみに結月と凪担もわけも分からず澪菜とともに立たされている。




「先生、明日の午前は休みます」

「理由は?」

「刑務所行ってきます」

















 ある日の朝。

 今日は授業も部活も休みで、訓練も午後からの予定なので朝は特に急ぐこともない。



 火音の意識が頭に戻ると、妙に温かかった。




 最近は自室で寝ることを覚え、今日も自室だ。





 クッションさえあればソファよりこちらの方がいいことに気付いた。


 月火が冬用に布団カバーとシーツカバーを、クッションと同じ生地で作ってくれたので最近は布団に引きこもりっぱなしになっている。




 だからだろうか。

 細く目を開け見下ろすと、月火が眠っていた。否、火音に背を向けてスマホをいじっている。



「……襲うぞ?」

「火音さんが一緒に寝ようって言ってきたんですよ」

「そうだっけ?」

「そうですよ」



 昨日の夜中、月火が一人で神通力を使うか使えるか葛藤していると火音が部屋にやってきた。

 寒いから一緒に寝よう、と。



 特に断る理由もなかったし、最近はくっ付けていなかったので普通に了承した。



「警戒心低すぎ」

「火音さんなら倒せるので」

「……そりゃ安心だわ」


 ここで信じている、などと言われても困るだけだが倒せる、と言われたら安心する。




「何見てるの」

「色々ですよ。それより火音さん」

「何?」

「離してくれません?」



 両手でスマホをいじっているが、腰には手が回り足は絡められ、身動き取れない状態になっている。



 明け方は完全に抱かれており、何とか寝返りはしたが次はこうなった。


 朝食も作れないし部屋に帰ろうにも帰れない。





「……火音さん」

「はいはい」


 火音が手を離すと月火が驚いたように振り返った。



 火音は寝返りを打つとスマホをいじり始める。



「……起きないんですか」

「朝食出来たら呼んで」

「……はぁい」


 月火は部屋を出ていき、火音はスマホから意識を逸らさぬよういじり続ける。




 最近、月火は朝から瑛斗と訓練、昼も夕方も訓練。夜になったら瑛斗と精神修行で、ずっと瑛斗に構っている。

 時間がないのは分かっているし、月火が忙しいのも重々承知だが、それでも寂しいものは寂しい。




 なので考えたのだ。

 月火が火音を放置するなら、やり返してやろう。

 それで破局する気はないし、月火が態度を改めないなら火音は月火に注意する。



 しかしそれはなるべくやりたくないので、手始めに冷たく接し、しばらく経って直らないならその時は注意、と言うか警告だ。




 なるべく気付かれないように冷静になりながら、月火がモヤモヤしているのを感じ取る。


 月火はこういう恋愛の場においても非常に策士なのでやられたらやり返せ精神だ。










 月火が茫然と校庭を眺めていると、玄智に背を叩かれた。


 皆、一級にしごかれている最中だ。



「月火、どうしたの」

「……火音さんに嫌われたかもと思いまして」

「火音先生が? ないない。天地が逆転してワルツ踊っても有り得ないよ」

「でも冷たいんですもん」

「……月火が谷影後輩に構いすぎたせいで愛想つかされたとか? ほら、火音先生って寂しがりじゃん?」



 玄智は月火の隣に座り、膝を抱えて顔を埋める月火の背をさする。



 火光もそうだが、月火も結構愛されたい体質に近い気がする。

 月火から負のオーラが放たれていると、水月と火光がやってきた。



「どうしたの月火……」

「火音になんかされた?」

「珍しく先生が当たってる」

「よし締めてくるよ」



 殺意剥き出しで火音の所に向かおうとする火光を水月が止め、四人で緊急小会議を開く。




 意気消沈している月火の代わりに玄智が説明すると水月も火光も苦笑した。


「火音は寂しがりだからね。やり返されてるんじゃない?」

「もっと構ってあげないと。添い寝とか」

「やりましたよぅ……」

「……あそ」


 自分で言ってなんだが、妹が他の男と添い寝したと聞いて嬉しいものではないな。




 水月が急に冷めた声を出すと火光に背中をつままれねじられた。

 痛みに身をよじらせながら引きつる顔で無理やり笑う。




「まぁ……そのうち……」

「そのそのうちっていつですか。一ヶ月後? 一年後? 来週にはどっちか死んでるかもしれないんですよ」

「依存してきたね」

「先生と似てるよ」


 月火は適当な事を言う火光を睨むと眉をしかめ、口を尖らせた。



 確かに、最近は朝早くから出掛けて夜遅くに帰り、火音と話すのも何か作業しながらだった。


 自分でも接する時間が減ったとは思っていたが、まさかこんな事になるとは。





 過去の自分を恨み、いつの間にか口に出ていたらしい。

 三人は呆れてどこかへ行ってしまった。








 一人、十九時頃まで朝礼台で悶々としていると、いつも通り瑛斗がやってきた。



「神々先輩、どうしたんですか」

「瑛斗……」

「火音先生が死にそうな顔してましたけど。何かあったんですか」


 月火は顔を逸らすと瑛斗に色々と事情を説明した。




 すると手を引かれ、杖を付けられる。



「はい、行ってらっしゃい」

「え?」

「俺は一人でも出来ますし。反復練習は慣れているので。行ってらっしゃい」

「え、ちょ……」

「俺のせいで二人に亀裂が入ったら責任感で押し潰されます」



 瑛斗が睨むと、月火は少し戸惑いながらも歩き始めた。





 寮に帰ると既に玄関は開いており、月火は自室で着替えてからリビングに行く。

 しかし火音はソファにはおらず、自室に行くとまた布団で絵を描いていた。




「……火音さん」

「何」


 月火は何を言うか戸惑い、とりあえず近付いた。



 火音は顔を上げず、いつも通り絵を描いている。


「火音さん……」

「何」

「……ごめんなさい。火音さんと全然話せてなくて……」

「別にいいけど」




 火音がふと月火を見上げると、月火は顔をほんのり赤くして涙を浮かべながら戸惑うように俯いていた。

 そんな姿を見てしまったらもう無理だ。




 飛び起き、月火を抱き寄せると傷など気にせず抱き締める。


「あー可愛い。女神。天使。癒される……!」

「火音さん……?」

「月火、もっかい立って。立って赤くなって泣きながら俯いて。今の角度が最強だった」


 俯いていると認識がありながらも顔を覗ける。

 完璧な角度だ。




 火音が仏頂面の取れた、にやけて月火を愛おしそうに見つめると月火は目を瞬き、今度はムスッとした表情になった。



「いつも通りで安心しました。後悔した私が馬鹿みたい」

「どこ行くの」

「部屋に……」

「行かせない」



 火音は月火の腕を掴むとベッドに抱き寄せ、タブレットを適当に置くと月火をこちらに向かせた。




「可愛すぎる……!」

「最低ですよ」

「クズだもん。泣いてる顔が可愛すぎた。また泣いて」

「ちょっと……」



 その単語だけ聞くとだいぶん異常な人に聞こえる。

 と言うか前後を見ても異常だ。




 月火は逃げようと火音の体を押すが、首を撫でられ力が抜けた。








 そして仲直りをした翌日には、兄妹三人で談笑をした。

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