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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
189/201

88.戦うために生きろ。

「何の用?」



 目の前で唐揚げを頬張る姉とたこ焼きを冷ます兄を前に、瑛斗は静かに問い掛けた。





「ここの学食美味しいね。園長さんの自作なんでしょ?」

「食いに来たなら持ち帰れよ」

透冶(とおや)はいいね。いつでも食べれるんでしょ」

「姉さんも食べれるようになっただろ」

「うん。毎日来ていい?」

「止めろ。俺の金だ」


 月火による設備改革で、QRコードを持つ者の保護者や家族なら学食で食べられるようになった。



 払うのはQRコードを持っている本人だが、学食への立ち入りに許可されたため最近は前以上に賑わうことが増えた。

 特に食事時間はそうだ。




 そして、この姉の代金は瑛斗が払っている。

 透冶は収入源が定かではないし姉も弟に貢がせる気満々で来ているのでされるがままだ。


 我が姉弟の絶対君主は姉となっている。




「兄貴は早く食べろよ……」

「猫舌なんよ」

「お前こそ持ち帰れよ」


 姉の鋭い突っ込みに透冶がへらへらと笑っていると、姉が不意に真剣な顔になった。




「二人とも、母さん達から聞いた?」

「あーうん、あれの話な」

「聞いたけど」



 座敷席の襖タイプの完全個室。

 四部屋しかないこの部屋を確保出来たのは奇跡だ。



「おしどり夫婦とは思ってたけどまさか瑛斗がこの歳になって……!」

「別に歳は関係無いだろ」

「でも五十よ? 体力的に無理でしょ」

「でも今やったら違法になるだろ」



 先日、母から一枚の写真が送られてきた。



 可愛い女の子です、と。




 まぁ妊娠ということだ。

 誰も実家に帰っていなかったので知らなかったが、していたらしい。


 二十三週目で中絶も不可能なので産むしかない。



「……まぁ、私帰る気ないし」

「おい考えんのやめんなよ」

「だって今から家族増えたって家族って思えないもん」

「それには一理ある。どうせしばらく会わないわけだし」



 瑛斗は二十五日に死ぬ可能性もある。


 月火が言っているロマンチックな、ファンタジーなことばで言えば、「瑛斗の代わりに産まれてくる子」と思えば何となく分からないだろうか。


 分からないか。瑛斗も分からない。




「……ねぇ瑛斗、あと一ヶ月もないんでしょ。大丈夫なの?」

「何が」

「特級との……。……だって瑛斗はまだ十六歳じゃない。なんでそんな……。……戦いは強制じゃないんでしょ? 今からでも家に……」

「姉さん」



 瑛斗は妖輩者だ。


 妖輩者は怪異と戦うために生きている。

 その正念場を、怖くて死にたくないので逃げました。では妖輩の恥晒しになってしまう。



 それにせっかく月火から色々と教えてもらえるのだ。


 この命をかけて月火の教育を受けられるなら、瑛斗は今すぐにでも死ぬと思う。



 戦うために生きろ。守るために強くなれと言われてきた瑛斗にはそうするしか生き方はない。




「高等部に上がったら全員が死と隣り合わせだ。俺は逃げないし先輩にもクラスメイトにも迷惑はかけない。俺が任務に行った時、全部理解して死んでも許すって約束しただろ」


 瑛斗が姉を睨むと、慌てた透冶が膝立ちになった。




「で、でも瑛斗に教えてるのは月火様なんだろ? それならきっと大丈夫だ。月火様は弟子を見殺しにするような冷たい人じゃない」

「まぁ死んでも守られると思うけど」

「だから、きっと大丈夫」



 透冶が薄く微笑めば、瑛斗は小さく頷いて姉も静かに同意した。



 瑛斗の姉がやっていると聞いて、お店に友人とともに食べに来たほどだ。

 きっと、月火に任せておけば大丈夫。





「あ、俺この後予定が……」



 瑛斗がスマホで時間を確認し、そう言いかけた時、瑛斗は顔をはね上げた。



「一級……」

「どうしたの?」

「怪異が来た。二人は避難しといて」



 瑛斗は襖を開けると混乱する二人を置いて校庭が見える窓まで走った。



 やはりだ。

 人型怪異。




 瑛斗は走って寮に戻ると長巻を持ち、校庭まで飛び降りた。


「遅くなりました」

「連絡する前に来たなら十分です」



 朝礼台には袴姿の月火が刀を肩に乗せ座っており、下には火音が立っている。


 白黒魅刀と妖楼紫刀だ。




 校庭には大人子供合わせて四十人ほどがいた。



「一級だな」

「……残念ですけど瑛斗。今日は引っ込んでなさい」

「何故」

「精神が弱い貴方が相手に出来るほど単純な相手ではないからです」


 月火は立ち上がると刀を腰に差す。




『妖刀術 抜刀』



 風が横切り、瞬きをするよりも短い間で月火は怪異の向こうに浮いていた。



 怪異の首が落ち、その首はそのまま真っ赤な血を吹き出す。

 そう、赤い、鮮明な。





 血なまぐさい匂いが風に乗って皆の鼻につき、月火は静かに木に降り立った。



 実体化もしていない怪異は基本的に血を出さない。

 実体化が始まれば、水のような透明な液体を出すが、この怪異は妖力的には実体化していない。


 そもそも実体化出来るほどの妖力と質がないのに、何故。





 答えは簡単。元人間だから。




 暒夏達の差し金か。



 月火が木を降り、目を潰した瞬間。

 首を跳ねられ本来なら死ぬはずの怪異はどろりと解けて形を変えた。




 怪異に最も近かった月火が目を切り潰すと同時に本物のバケモノに変わった怪異は月火の背中を切り裂き叩き飛ばした。




「月火! っ……!」


 火音は瑛斗を掴んで上空に逃げ、鞘を歯で噛むと吐きそうなほど濃く気持ち悪い妖力が空気と同時に胃に直接入ってきた。

 が、そんなことは気にせず刀を抜くと木の上に瑛斗を下ろす。



「怪我ないな?」

「はい」

「お前は月火の言われた通り下がってろ。ここで怪我したら本末転倒だ」

「じゃあ先輩の元に……」

「触んなよ」



 瑛斗は小さく頷くと長巻を抜き、火音と別れた。





『妖刀術 生狐麗琉(せいこれいるん)

『妖心術 狼雷(ろうらい)



 火音一人でどこにでもいる怪獣のような怪異を切り刻み、怪異は祓われた。はずなのに。





 倒れた怪異の体の上空で暴風が巻き起こり、それと同時に火音は危機管理能力により妖心を盾にした。







 目を覚ますと辺りは悲惨な状況になっていた。


 抜刀術最速の技で片付けるつもりだったので本気でやりすぎた。半身が動かない。



 痛む背中を我慢して起き上がると、手が濡れた。



 見下ろせば、背面に大怪我を負った瑛斗が倒れ、止血もされず失神している。



 体温が上がり脈が跳ね、高温の耳鳴りがしたかと思えば膜がかかり、瑛斗の血が流れ、弱くなっていく鼓動の音が聞こえてくる。



 神通力で瑛斗を治した瞬間、校庭に散らばっていた肉片が集まり、トカゲのような怪異が出来上がった。

 尾を地面に叩き付ければ地面がえぐれ地鳴りが起こり、舌を出せば風が頬を撫でる。




「しつこい……」


 立ち上がり、邪魔な鞘を捨てると木の傍で倒れている火音の刀を抜いた。




 白黒魅刀の刃を返し、大地を踏み締める。



『妖刀術 妖刀双狐(ようとうそうこ)

『妖心術 雷漸(らいせん)





 その轟音で瑛斗と火音は目を覚まし、瑛斗は自身の傷が治っていることに気が付いた。



 怪異の血肉が校庭にへばりつき、刀を二本、手に持った月火は振り返る。



『妖心術 心響百々(ひびきとと)』


 妖力の球が何十回か怪異の体と肉片、その頭も潰し、校庭内に蔓延っていたらしい妖力が消える。



 それと同時に月火は意識を失った。








「本当に大丈夫?」

「気絶しただけだって」

「でも失血死……」

「物騒なこと言わないでよ」



 一年生の桃倉と洋樹のいがみ合いが聞こえ、瑛斗が止める。


 小さく笑いが込み上げ、ゆっくりと目を覚ました。




 背中に痛みが走る。



 何かおかしいと思えばうつ伏せで寝ており、喉が圧迫されて死にそうだった。




「げほっ……!」


 咳き込むと激痛が走るが、喉が突っ変えて上手く呼吸出来ない。

 それなのに動くと痛い。





 月火が手を突いて力の入らない背中で咳き込んでいると火音が助けてくれた。


 正座して息を整える。



「大丈夫か」

「……し、死ぬかと思った……!」

「死んでないから大丈夫」


 肩をさすられ、少し落ち着く。




「……何時ですか?」

「一晩経った今は十……」

「会議!」


 今日は御三家全員で会議がある日だ。

 十時半からなのにこんなところで寝ている暇はない。



「今は動かない方がいい。ここに呼べばいいだろ」

「せめて着替えます」



 よく見れば自室だった。

 保健室か病室かと思ったが違ったらしい。



 そんなことはどうでもいいので、火音の手を借りて立ち上がる。




 着物と袴だけ出してもらい、全員部屋から追い出した。




 火音は月火の部屋の扉を見つめ、自身の背中を触る。


「火音先生って痛みも分かるの?」

「いや……。普通は分からないけど今は脳が痛がってる」

「怖いこと言うわね……」


 桃倉はよく分からないのか首を傾げ、洋樹は顔を引き攣らせた。



「火音先生、会議って何かあるんですか」

「御三家総出の会議。二十五日の対策考えて戦力確認と現状確認とか相手の情報とか」



 御三家当主が集まり、御三家に名を連ねるものは全員来る。

 そこに神々当主がいないのは確かにまずいだろう。




 月火の頭脳には水月、火光、火音、水明、水虎が集まっても敵わない。

 三人寄れば文殊の知恵と言うが月火の場合は、一人いれば百人力なのでほぼ足しにもならないのだ。






 四人が自室前で待っていると、火音に水月から電話がかかってきた。


『もしもし火音? 月火起きた? 会議どうするの?』

「月火は起きてる。いちお……」

「もしもし兄さん? 第二会議室に集まって下さい。……大丈夫ですよ、骨に問題もありませんし。……はい、お願いします」



 後ろからスマホを奪われた火音は月火見下ろし、月火は早口に水月に告げると電話を切った。


「ありがとうございました」

「月火! まだ……!」

「火音さんも着替えて下さい。三人も行きますよ」

「私達も?」

「御三家の弟子でしょう」








 火音はファイルを抱え、月火と後ろに三人を連れて早足で向かう。


 仕事直前にまで怪我がどうのこうの言っても鬱陶しがられるだけなので、今は月火が無理をしないよう、必要以上に動かなくていいようサポートするだけだ。




 月火の傷は縫ってあるし再出血することはない。






 そうして、御三家総出の会議が始まった。

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