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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
187/201

86.「同類の皮を剥ぐのは得意です」

 総力底上げ訓練第一週間の三日目。


 瑛斗はおにぎりをかじりながら図書室で文献を読む。

 今は束の間の昼休みで、あと五分後には戻らなければならない。



 弁当を食べ終わり、足りなかったのでおにぎりを食べている最中だ。





 調べている事は四年前の特級事件について。

 瑛斗は避難組だったのでよく知らない。




 この本の内容的には、実体化した妖心が怪異となり学園を襲撃。

 妖輩の約四分の一が死亡、または再起不可能の大怪我を負ったらしい。



 ここに死傷者一覧とその容態が書かれている。



 五十音順で知らない名前が並ぶ中、火神と神々と水神を見つけた。



 火神玄智、心臓破裂後、植物状態。

 火神隆宗、右腕粉砕骨折。

 火神智里、目立った怪我なし。

 火神火音、左腕麻痺、複数の内臓破裂、右大腿骨複雑粉砕骨折、脳震盪。

 火神火里、左足骨折、肋骨折、腹部に大きな傷。

 火神澪菜、内臓破裂、頬骨にひび。


 水神炎夏、右目失明、背中に二箇所の傷、肋複雑骨折、左肩脱臼。

 水神水虎、右鎖骨骨折、右肋骨折、胸椎にヒビ、右上腕粉砕骨折。

 水神水明、腹部のえぐれ、生死不明。追記、生還後、合併症を起こす。

 水神暒夏、右膝粉砕骨折、右骨盤にヒビ。

 水神水樹、目立った怪我なし。


 神々稜稀、左血胸、右気胸、右手首骨折、左手母指複雑骨折、腰椎にヒビ、右足首骨折。

 神々火光、下半身粉砕骨折、後頭部骨折、左肩脱臼後に粉砕骨折、妖力枯渇。

 神々月火、妖力枯渇、妖心暴走、全身骨折、内臓破裂、脳死状態。

 神々湖彗、目立った怪我なし。

 神々水月、左腕粉砕骨折、右肩脱臼、腰椎ヒビ。追記、合併症発症。

 神々水哉、目立った怪我なし。




 何人か知らない人がいる。と言うか半数は知らない。

 たぶん家族なのだろうが兄か姉か父か母か妹が弟か。



 瑛斗が考えながらページを捲った時、電話がかかってきた。














「出ない……」



 月火は耳からスマホを下ろすと瑛斗に何度も連絡をする。

 しかし既読も折り返しもなし。いつもなら遅くても五分以内には返事が来る。


 折り返しも、何故今出なかったと言うほど早くに来るのに、こんなに遅いのは初めてだ。




 月火があぐらをかき、スマホを見つめていると炎夏と内心不機嫌な火音がやってきた。



「月火、準備運動終わったけど。……谷影後輩か」

「ほっといてもいいだろ」

「火音先生冷たいです」



 月火は立ち上がるとかかとを踏んでいた靴を履く。


「終わっても来ないなら探しに行きます。どっかで遊んでるなら多分罪悪感で押し潰されてるので」

「そんな真面目かね。猫かぶってたらどうするよ」

「同類の皮を剥ぐのは得意です」





 結局、三時になっても瑛斗は現れず、月火は心配を通り越して少し苛立ち始めていた。



「火音先生、少し抜けましょう」

「うん」


 ここまで姿が見えないと火音も担任として心配になってくる。

 一応担任としての自覚は持っている、つもり。つもり。





 月火は水明に声をかけると踵を返し、火音と二人で学園長室に行く。



 月火が監視カメラのチェック中、火音は校内探しだ。


 定期的に連絡をしては瑛斗の最後の姿を探す。




 寮にはおらず、食堂にも教室付近にも体育館にも道場にもプールにもいない。


 残るは図書室や特別教室だけだ。

 何故そんなところにいるかは知らないが、とりあえず確認しておく。




 月火が動画を見つめていると、図書室で瑛斗を見付けた。

 十二時十分。訓練再開五分前だ。



 そこから十五分ほど本と睨めっこしており、二十五分に電話を始めて図書室を飛び出す。

 廊下を歩き、向かったのは体育館裏倉庫。



 倉庫の横までは映っているが倉庫の前は映っておらず、ただ、その後のどこのカメラにも瑛斗は映っていないので倉庫にいる可能性が高いようだ。





 月火が部屋を出ると火音が既に待っていた。


「行こう」

「はい」



 二人が体育館側の廊下を歩いていた時、ちょうど水虎が走ってきた。



「月火様! 谷影さんが……!」





 三人で走って倉庫裏に行くと既に人が群がっており、桃倉と洋樹の瑛斗を呼ぶ声が聞こえる。



「何が……。……は……?」



 集団リンチか、刃物が刺さった状態等かと思っていた。




 しかしそれは予想を斜め上に超えたもので、瑛斗の切り傷や擦り傷から蔦のような痣というか、刺青が出ていた。


 既に皮膚はほとんど侵食され、傷口付近は黒く染まっていている。



「なんですかこれ……」

「怪異の一種みたい。知衣さんにも綾奈さんにも怪異は専門外だって言われて……」

「冷たい医者ですねぇ」




 月火は傍にしゃがむと手を伸ばした。


「直接触らない方がいいよ。伝染(うつ)るから」



 火光が刺青の伝染った手を見せると月火は呆れ、特に気にすることもなく腕に触れた。




「海麗さんなら何とかなりますかね」

「あの人は物体専門だから……」

「晦先生も無理ですよね。医者、医者……」



 月火は瑛斗の呼吸と脈と体温を確認しながら誰かいい人がいるかを探す。



 しかし、医者の、それも妖力関係の友人などそうそういるはずもなく。




 月火が考えながらも傷を消毒し、九尾たちと雷神と火音とともに相談していると突然背中に重い重心がかかった。



 しゃがんでいたバランスを崩し、瑛斗に怪我させまいと向こうに手を突きかけたら重心の代わりに支えられた。


「バランス悪いね〜」

「不法侵入で訴えますよ」

「呼んだのは君でしょ」

「来ないと思いましたよ。呼んだのは昨日ですし」



 月火は立ち上がると手の砂を払い、その人を見上げた。




 火音と瓜二つの顔に瓜二つの身長と火音より微かに高い声。



「何の用ですか緋紗寧(ひさね)さん」

「だからそっちが呼んだんでしょ、義妹(いもうと)

「いびりに来たなら帰って下さい。今忙しいんです」

「その子、義妹が気にかけてるの? 火緖(かつぐ)も?」




 緋紗寧が瑛斗を指さすと月火は顔をしかめた。


「火音さんが担任をしている子ですよ。何も知らないんですね。嫌われてるんじゃないですか」

「ほんっとムカつくー。可愛げがないって言うか女らしさがないって言うか」

「邪魔するなら帰れよ……」




 緋紗寧に頬を刺されている月火が小さく呟くと、ジャージ姿の緋紗寧はまた瑛斗を見下ろした。



「君のことはどうでもいいんだよ。……それ、早く治さないと皮膚が壊死して内臓機能低下に陥るよ」

「そんなこと言うなら解決策を教えてくださいよ」

「え、知らないの? あの天下の月火様が?」

「わたしぃ、馬鹿なんですぅ。貴方の可愛い弟は人を見下す前に解決策を出してくれるんですけどねぇ? 相変わらず似てるのは外だけと言うか中の質が悪いというかぁ」


 月火が煽り返すと緋紗寧は額に青筋を浮かべた。



 この男の逆鱗は火音という単語だ。

 火音との差別化を図り、ただ相手を落とすだけだとうちの弟自慢に発展するのでどれだけ似ていないか、を誇張せねばならない。




「僕より質の悪い義妹に言われたくないね。ここで俺が帰ったらこの子死ぬよ?」

「まぁ私の九尾が解決策知ってるのでー。どうぞ帰って頂いて」

「帰るわけないじゃん。こんな話してないで火緖と喋りたいんだけど。出しゃばりすぎじゃない? そんな自尊心高かったらウザがられるよ? もうウザイけど。女はあざとくてもいいけどウザイのは駄目なんだよ。知ってた?」



 こいつ、本気で帰ってくれないだろうか。




 白葉が、妖力が中に入り込むタイプなら妖力を吸い取れるらしいので、はったりではなく本当に解決策は分かったのだ。

 もうこれに用はない。



「てか貴方、なんで来たんですか」

「もしかして記憶力皆無なの? 呼ばれて来たって言って五分も経ってないけど。不釣り合いなんじゃなーい?」

「人の体ベタベタベタベタ触るセクハラが双子の兄なんて可哀想ですねぇ! 中身の質どころか外面も似てませんよ」



 頬を刺してくる手を握って爪を立て、二人は火花を散らす。





 その間に火音は白葉を使って瑛斗の怪異を吸い取った。



 白葉は口周りについた瑛斗の血液をぺろぺろと舐める。


『あ、この子美味しい』

「喰うな」

『一口だけ駄目?』

「駄目」



 白葉は凹むとすぐに月火の中へ帰った。




 月火がある程度消毒したし、見たところ浅い切り傷や擦り傷だけで特に問題もなさそうだ。


 それよりも今はこの睨み合っている二人の方が問題だが。




「人を他県から呼んどいてその態度は有り得なくない? 教育どうなってんのー?」

「人との約束をすっぽかして謝罪もなしに来る人に言われたくないんですけどぉ? 小学校で一から学び直してきた方がいいですよぅ?」

「歳上に対する礼儀がなってない餓鬼に言われたくない」

「目上にタメ口使うクズに言われたくない」



 この二人の会話、二人だけの会話に思えて周囲で聞いている人も結構えぐられている。

 既に一級何人かは瀕死だ。



「て言うか来てあげたんだから感謝しなよ。ありがとうございますの一言も言えないわけ?」

「ありがとうございますとても感謝しました。時間を使っていただくのも気が引けるのでどうぞお帰り下さい」

「時間の無駄かどうか決めるのは僕だし義妹と話してる時間が無駄なだけであって僕は火緖と話したいんだよね」



 気持ち悪い程のブラコンだと言いかけ、静かに口を閉じる。

 これは過去の火音に刺さってしまうので駄目だ。



「てか君、本当に可愛くないね。顔はいいんだろうけど……。チビで良くも悪くも凹凸がないというか」




 月火の中で何かが切れた。否、火音の中で切れたのが伝わってきた。



「ねぇ兄さん、義妹にかける言葉じゃないと思いますけど?」

「え、そう? 事実だけど」

「クズが」



 火音が緋紗寧を蹴り倒し、頭を踏み付けた。

 グリグリグリグリと、延々に踏みつける。



「火緖〜、また強くなったね〜」


 火音が無視して頭を踏んずけていると、海麗がやってくると同時に瑛斗が目を覚ました。



「あ、起きた」

「谷影!」

「あんたこんなところで寝てんじゃないわよ!」


 桃倉と洋樹が怒鳴っていると、瑛斗は飛び起きて月火を見た。



「す……」

「謝る前に状況説明」

「はい」



 どうやら月火の声真似でおびき出され、そのままリンチされたらしい。

 怪異はたぶん、倉庫に住み着いていた奴だ、と。



「前の一酸化炭素中毒よりやばかったです」

「それも詳しく聞きましょうか」



 一酸化炭素中毒は自殺方法トップ3に入るほどメジャーな毒だ。



 前回は練習途中で襲われ、倉庫に詰められて七輪を焚かれた、と。



「スラム街みたーい。上に立つ人がしっかりしなきゃっ……」

「黙れ」



 火音が緋紗寧を黙らせ、三人は思わず距離を取った。


「谷影、念の為保健室行ってこい。桃倉と洋樹も付き添ってやれ」

「大丈夫ですけど……」

「今までの暴行を全て綾奈さんに報告して下さい。相手のコースにもよりますが、なるべく即退学にします」


 今、妖輩を退学にするわけにはいかない。

 しかし妖輩なら減給や等級剥奪が出来る。




 月火はそう宣言すると瑛斗を送り出した。

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