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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
181/201

80.「また地獄絵図にならないことを願う……」

 視界の端に野外支援車が見え、少し安堵しながらも気は抜かない。



 力で言えば特級並の怪異を一体と、ちぎればちぎれるだけ分裂する怪異一体。


 特級並は象の顔に虎の体、分裂怪異は青と紫の横縞鴉。

 黒葉は喰う気満々だ。




『妖心術 心響百々(ひびきとと)』


 無数の火玉がピンポン玉のように宙で跳ね返り、加速し最速になった時に怪異の体や四肢を貫く。



 しかし胴に穴は開くが四肢はなくならない。

 開いた穴も瞬間的にふさがってしまう。



 実体化しかけて細胞が出来ている証だ。


 幸いにも二体とも生き物の怪異なので黒葉が食べてくれるだろう。



『妖心術 桜轟劉(おうごうろ)


 三日月形の刃が飛んでいくと同時に月火も飛び上がり、象の額に飛び蹴りをした。

 瞬間、右足を払われ落下する。



 受身を取ろうと左半身に力を入れた時、気付いた。


 力が入らない。




 とうに限界を迎えているのは気付いていたし無理をしていることも自覚していた。

 しかし力が入らないのは聞いていない。


 ヤバい。

 落下する。真っ逆さまだ。受身を取れない。黒葉も白葉も間に合わないし一度入ってから出ては月火の妖力が持たない。

 金色狐は外に出られないし下は瓦礫の山だ。出ると確実に怪我をしてしまう。


 金色狐は少し特殊なので怪我をすると月火では治せない。




 月火が一瞬にして思考を巡らせ、終わりを悟った瞬間に視界が大きく揺れた。



 目を瞑り、振動に耐える。


「重いな」


 目を開けると雷神が見下ろしており、水月の傍にいた白葉が飛んできた。


『触らないでこの年齢詐称詐欺神!』

「黙れ下衆狐! 恩神(おんじん)だぞ!?」

『セクハラよ!』


 白葉が暴論を振りかざし、人に変わってから月火を奪うように取ると雷神が半強制的に消された。



 刀を日本持った火音がやってくる。


「月火!」

「火音さん、助かりました」

「無理するなって言ったのに」

「多少無理しても問題ありません」

「あっただろ」



 白葉に下ろしてもらうと火音に支えられながら立ち上がる。


 いい加減激痛を覚悟して神通力を使った方がいいかもしれない。




「刀を」

「駄目」


 目を丸くし、刀を掴もうとすると左上に上げられた。


「遊んでる場合じゃ……」

「死にかけたなら休んでろ。妖力もまともに残ってないだろ。半身麻痺じゃ受け身も取れない」



 今年の初春、月火は氷麗と凪担に多大な妖力を貸した。


 それは完全に返ってきたわけではなく、あと三分の一ほど返してもらわなければならない。

 月火にとっての三分の一はかなり大きいものだ。



 それと水月を骨折を治した神通力、幾度もの妖心術により妖力は平均使用量を越えている。


 顔面蒼白で手足に力が入らず、息が浅いのはそのためだ。


「弟子に任せとけ」

「……せっかく……」





 月火は口を尖らせると白葉に支えられながらおとなしく車に戻った。


 入口に腰かけると後ろに寝転がる。


 たすきを解き、袖を直した。

 半身だけ痛い。



 月火が起き上がり、瑛斗の動きを眺めていると晦がやってきた。


「月火さん! 早く手当しないと!」

「そんな……」


 大きな傷はないと思い、両手両足を見ると左腕がざっくり割れていた。


 前腕が肘から手首の内側まで、ねじれるように切れている。



 左足もボロボロだし右足もたぶん小指が折れている。


「大丈夫ですよ」

「何が!?」



 晦によって無理矢理手当され、当分の間は肉体労働禁止令が出た。


「労働じゃなかったら……」

「ベッドに縛り付けて介護してもいいんですよ?」

「安静にします」


 屁理屈は通じなかった。



 月火は足を振りながら戦いが終わるのを待つ。

 瑛斗もよく成長したものだ。

 凪担に引けを取らず怪異を押え込めている。




 二人とも共に刀、長物使いで話が合うのか話しているところを多々見かける。


 凪担の師は火音で、月火も一時期火音に教わっていたので火音の影響を僅かに受けている月火から教わった瑛斗と、火音と瓜二つな戦い方をする凪担では少し似ているところがある。



 今度、二人を連れて任務に出てもいいかもしれない。





 鴉が火音によって打首で祓われ、瑛斗が象の脳天を突き刺し、凪担が大きく振りかぶった時。



 象と虎が膨れ四足歩行の足が人間の四肢になり、頭が顔面半分がただれた人へと変わった。



「降ろせ!」


 恐怖心を見せた凪担に火音が怒鳴り、月火は勢いよく立ち上がった。



「離して!」


 火音の声より数倍大きい声を張り上げた瞬間には凪担が怪異の首を落とし、瑛斗が長巻を離して凪担を抱え、建物から離れたところに飛び降りた。



 実体を失った怪異の妖力が凄まじいほどに膨れ上がり、禍々しく渦巻いたそれは自身の実体を祓った薙刀へと乗り移った。


『妖心術 主尊源朧(しゅそんげんおぼろ)

『妖心術 導雷(どうらい)

『妖心術 清酔景(しんすいけい)




 薙刀は妖力が持った一瞬の自我にして浮き上がると刀に染み付いていたその術で辺り一体を切り刻んだ。



 月火、火音、火光の妖心術により人的被害は最小限に抑えられたが、周囲の建物はほぼ全壊。


 月火の指示により失神した火音と火光は黒葉と白葉に守られたため致命傷はなし。



 脊髄反射で付近の補佐と医者達を守った月火は失血死の恐れがあるほどの重症のち失神。

 援護していた妖輩を守った水月、玄智、自身と凪担の場所を入れ替え凪担を結界内に、自身を犠牲にした瑛斗らは重傷、内二人は失神。




 妖刀と化し暴走して二度目の術を放ちかけた時、全身で術を受けたもののその集中力で無痛の炎夏の弓術により刀の一部が破壊されその事件は幕を閉じた。




 一般人死者三名、妖輩死者零名。

 一般人重軽傷者三十名、学園関係者重軽傷者は四十八名。



 被害にあった範囲と死傷者の数を比較するとトップスリーに入る被害抑制の一件として、神々の歴録に名を連ねた。










「おはよう」

「おはようございます」


 覗き込んできた火音に微笑めば、傷の出来た顔でにこりと笑い返してくれた。




 明日の昼まで入院になってしまい、また火音には我慢を強いてしまっている。


 水月、玄智は既に復帰し、瑛斗と炎夏は同じ病室で治療中だ。



 ボツリヌス菌患者が皆退院したため、病院はいつも通りの人数に戻っている。

 相変わらず知衣は忙しそうだ。




 月火より先に起きていた瑛斗は起き上がってあくびをする月火の横顔眺め、七時になると炎夏も起きた。

 アラームなしで七時ピッタリに起きるのは神業だ。



「いった……」

「おはようございます」

「おはよう。……手が痛い」


 切り傷や貫通よりも、マメが潰れて擦れて膿む方が痛い気がする。

 慣れだろうか。



「……弓矢買いに行かないと……」

「先に治せよ」


 弓は斬撃でボロボロだし矢は怪異との戦いでは消耗品なので常に補充必須、弓に張られた弦も切れてしまったので一式買いに行かなければならない。



 火音の言葉に溜め息を吐くと月火は苦笑した。


「こちら側から渡しましょうか?」

「いや、練習でも使うし自分で買う」



 今度、弓具店に行こう。




 炎夏が寝転がってスマホをいじっていると病室が開いた。


「お邪魔します……」


 少し気まずそうな凪担が三人分のお見舞いを持って顔を出し、一瞬火音に助けを求めてからおずおずと入ってきた。



「おはようございます。朝早くからありがとうございます」

「いや……迷惑かけっぱなしだったし……」

「かかってませんけどねぇ」


 月火はお見舞いを受け取るとそれを見てから火音に開けてもらう。

 未だに左半身は動かない。




「月火さんの薙刀も壊しちゃったし谷影君にも怪我させちゃって……」

「俺にはかかってない」

「僕が……」

「あれは私のミスですよ」


 火音からミニバウムを受け取った月火はそのままかじりつく。




 あの場にいた中で指揮を執るべきは月火であり、状況把握と指示を怠ったのも月火だ。


 妖心を使い、被害を抑えることにばかり集中してしまい怪異本体が疎かになっていたのだ。



 月火が人間の怪異だと気付いていれば被害はさらに抑えられたし凪担にトラウマのような光景を見せることもなかった。



 火音が鴉を祓ったところから今の今まで、全ては月火に責任がある。



「凪担さんが責任感じることはありませんよ。それにあの妖刀も壊れた原因は()()()()にありますから」



 日本刀は基本、縦からの衝撃には強いものの側面からの衝撃には弱い。



 今回はその側面に一点集中で衝撃が当たったことでヒビが入ったのだ。





「……ありがとうございます」


 深く頭を下げた凪担は瑛斗にも謝罪とお礼を言い、炎夏にも礼を伝えた。



「炎夏君もありがとうございました」

「礼言うぐらいならうじうじ謝るな。正直ちょっとうざい」

「誠心誠意思いを伝える人に対して寝転がりながらスマホいじってる人が言える言葉じゃありませんよ」

「真面目な言葉をバームクーヘン食べながら言う先輩も先輩ですよ……」



 月火に突っ込みを入れた瑛斗は呆れると凪担からのお見舞いを開ける。



 瑛斗は一口煎餅だ。




「凪担さん、薙刀ってどうなってます?」

「警察の人が見張って誰も触ってないって」



 妖刀になったばかりの刀は妖力が非常に不安定で危険だ。



 一般人が触れて妖力が体内に流れ込むと暒夏達が実験している事と同じようなことになってしまう。


 あれは月火が回収に行かなければならない。



「外出できたらいいんですけど……」

「火音先生でいいんじゃ?」

「妖力が逆流したらどうなるか分からないんです」



 半血怪異の火音に怪異の妖力や血が混ざった場合、怪異の完全体になる可能性が非常に高い。



「病みたくありません」

「それはごめん」

「いいですけど。困りましたね」



 早く回収して不安をとっぱらって起きたいが、何せ左が動かない。


「月火が回収する時に逆流する可能性は?」

「ありますけど押し返せます。九尾が半ギレなので」

「おぉん……」


 月火を傷付けた薙刀に腹を立てている。



 白葉は自分の力に怯え切っているのであれだが、黒葉は喰えなかった事と傷付けられたこと、金色狐が月火を守らなかった事に対し酷くご立腹だ。


 もし妖力が入ってこようものなら出てきた瞬間それを弾き飛ばすと思う。




「また地獄絵図にならないことを願う……」

「本当に」


 少し脅えた様子の炎夏は月火に頼むと突っ立っている凪担を見上げた。



「一応柄の……接続部分って言うの。あそこを狙ったんだが……」

「お前の動体視力はどうなってんだよ……」


 火音の突っ込みに肩を竦めた炎夏は茫然と窓を見ている瑛斗に話しかけた。



「谷影、どうした」

「え、いや、別に……」

「不思議っ子なので仕方ありませんよ」

「月火さんが言うんだ……」

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