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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
180/201

79.人生を感覚で生きてきた火音に複雑怪奇な思考などいらない。

 公演が終わったあと、社長組は食事に行き、水月もセレナとともに強制連行されて行った。




 火光は三人を連れて朝飛(あさと)と交代した沙紗(ささ)の車に乗り込む。



「お願い」

「はい」


 月火がいないと知ってあからさまに落胆している沙紗はすっかり慣れた手つきで運転を始めた。




「月火さん、英語ペラペラだったね」

「先生も英語凄かったね」

「日本にいる限り出来なくて困ることはないよ。前に玄智と炎夏が神々の教育について話したでしょ」



 火光が神々になったのは五歳の頃なので、水月よりも詰め込まれていたが、それでも水月にやる気がなかったせいで並べる程度には成長した。




「あの二人は神々以外に教育受けた事ないからあれだけど、覚えるためなら体罰でも説教でもなんでもあるからね」

「そ、そんな環境なの……?」

「神々だからねぇ」


 水月はよく逃げ出し、火光を庇っていたので特に問題はなかった。



 問題があったのは月火の方で、稜稀からは説教、湖彗(こすい )からは体罰、長兄からは物を奪われ次兄からは邪魔されるという劣悪な環境だった。



 だからこそあの集中力や性格を含む月火が作られたのだと思う。


 月火は生まれた頃から一人で過ごしていることが多かったので、本来の月火がどう言った性格をしているのか火光も知らない。




「物心ついた時にはほぼ無敵だったから……」

「神々の人達って温厚なイメージあるけど……」

「水月さんとか先生ものほほんとしてるし……」



 確かに温かく朗らかだ。

 実際、本当に優しく温かい人が多い。



 それを環境によって本来一面だった性格に二面性を付け、普段は優しく穏やかに、仕事は冷たく残酷な仕事でも有無を言わずこなせるよう躾ていた。



 妖輩界を担う神々だからこそ、人を殺すとしても犠牲にするとしても何とも思わない論理的思考が必要になってくる。


 仕事でいちいち私的欲求や昂った感情を出していては周囲に迷惑、仕事に邪魔になるだけだ。



 月火はそれが行き過ぎただけ。



「たぶん仕事がなくなって自由になったら性格も戻るんじゃないかなぁ。婚約者の前では歳相応だし」

「あの二人って仲良いよね」

「火音先生が愛妻家ですからね」

「月火さんも満更でもなさそうだけど」




 皆で二人の仲を騙り、色々と妄想を膨らませているとあっという間に学園に着いた。



「助かったよ娘天(こてん)。月火達の送迎もお願い出来る?」

「お任せ下さい」

「ありがとう」



 火光は車を下りるとあくびをする。


 お腹空いた。早く学食で夕食を食べたい。





 寮で着替えた火光はいつも通りジャージを着ると学食に向かった。


 その途中で桃倉と洋樹と玄智にも出会った。



「あ、先生! おかえり〜」

「ただいま。玄智は夕食サボり?」

「朝から炎夏と永遠にやらされたんだよ? 作る気力残ってる方がおかしいし」

「炎夏は作るんでしょ?」

「炎夏も後で来るみたい」


 相当疲れたらしい。




 火光と結月は今日の薄っぺらい授業内容を聞き、瑛斗は桃倉と話す。




 七人が歩いて学食に向かっている時、とても見覚えのある顔とすれ違った。


 火光とすれ違う間際で目が合い、二人とも無意識に舌打ちをする。



「あれ、先生……」

「行くよ」



 話し掛けようとする桃倉を遮り、ようやく学食に着いた時、皆が知る本物が見えた。


「火光、帰ってきてたんだ」

「僕らだけ先にね。婚約者ちゃんはまだだよ」


 火音から殴られた火光は頭を抱える。



「なぁ火音先生、さっきそっくりな人が通り過ぎたんだけど……」

「え?」

「お兄さんが来てたんじゃないの」



 火音は学食の外を見ると火光達に別れを告げ、颯爽と去っていった。




 これが嫌なのだ。


 ずっと自分だけを見ていて自分にしか興味がなかった人が自分以外を優先し、自分は他人と同等に成り下がる。


 水月にも月火にも極度の愛されたい性格だと言うが、そんなものよりただのメンヘラと言うかプライドの塊というか、普通にこじらせて怠惰を貫いた結果だと思う。





 皆で学食を買い、座敷席で食べていると桃倉が話しかけてきた。


「先生、さっきの火音先生とそっくりな人って誰?」

「桃倉、失礼だぞ」

「だって気になるじゃん」


 瑛斗の注意を突っぱね、桃倉は火光を見た。



 この様子を見ているとうちの三年はよく育ってくれた。

 月火に感化され炎夏と玄智、結月、凪担と広がっていく。


 気遣いもそうだし礼儀や作法も上級レベルまで見様見真似で育った。



 贔屓目抜きとか言いながらガッツリ贔屓目だが、本当に贔屓目抜きに優秀だ。




 火光が口を開きかけると同時に誰かが暖簾を開けた。

 見ると火音が立っている。



「火光、行くぞ」

「月火?」

「全員」


 そんな要所どころか述語もない会話に首を傾げたが、火光は半分以上余っていたそれを食べ終わると席を立った。



 同じくいつの間にか食べ終わっていた玄智も立ち上がる。


「炎夏に声掛けてくる」

「ついでに弓矢持たせてきて」

「りょ」



 玄智は走って学食を出ると炎夏の寮に向かった。



「炎夏ー、入るよー」


 鍵の開いた寮に声を掛けると無断で入る。


 自室の明かりが点いていたので扉を開けると呆れた目の炎夏が椅子に座り振り返った。


「インターホンぐらい鳴らせよ」

「緊急だよ。弓矢持って来いって」

「了解」



 炎夏はシャーペンを置くと弓具用品を一式持ってさっさと寮を出る。



 その途中で友人と話している氷麗と会った。


「氷麗! 実践行くぞ」

「え、あ、はい!」

「従順だね」

「言い方変えろ」


 玄智と炎夏は慌てる氷麗とともに学食に戻る。





 玄智に言われた場所に行くと既に一年全員と結月と凪担も来ていた。

 どうやら元から一緒に食べており、食べ終わった状態らしい。


 全員、戦闘態勢が整った状態だ。

 やはり長巻と薙刀は目立つ。



「状況は?」

「国立ホール付近で一級上位が二体自然発生。暒夏達が来る前に片付けるって。今は…………水月が死に物狂いで止めてる」



 目を瞑りながら歩く火音は少し眉を寄せ、数十秒してから目を開けた。



「水月がもう無理かも」

「水月が?」


 炎夏が驚いた声を出すと火光が静かに振り返った。



「死んだ?」

「瀕死。月火が危ない……」



 今日は不調で杖一本では歩けなかったはずだ。


 杖二本で行くと言うので車椅子で行けと押しに押し、結局火音が折れたせいで杖で行ってしまった。



 あの状況下では怪我をしても手当出来ない。

 火音と戦う気なので多少避けてはいるが、それでも一般人優先で守っているので既に軽傷だらけだ。





 火音が心配しながら状況把握をしていると下駄箱前で海麗と合流した。


「火音、状況教えて」

「水月が抑えてましたが五分も持たないと思います。月火は不調によりまともに動けていません。妖輩は二人だけ、一般人は……六十人ほどだそうです。補佐もいないので月火が全て回している、と」

「便利だねそれ」

「便利ですよ」



 学園前に到着していた野外支援車には既に補佐、情報、医療の優秀者が乗っており、晦姉妹の下二人も乗っていた。



 火音が状況を伝え、全員の質問を全無視して目を瞑る。



 この五感共有はどうしても意識しないと出来ない。


 月火の無意識の共鳴が始まり、自覚して完全に共鳴した。



『火音、主様が……!』


 分かっている。

 火音も今すぐ行きたいのを法律遵守で守っているのだ。

 急かすな。



 火音は白葉にさらに詳しい情報を聞く。


 大雑把で適当な月火から直接聞くのと、細やかで丁寧な白葉から黒葉を通じて聞くのでは得られる情報が違う。



 火音に求められるのは自身の研ぎ澄まされた五感と思考、白葉から伝えられる状況、月火から伝わってくる五感と火音の数段上を行く複雑な思考を処理する能力だ。



 月火の思考を聞いていたらもう自分の思考などいらないのではないかと思うが、そんな事を思うのは月火が許さないのでおとなしく作戦を練り続ける。




『水月が起きたわ。右足が複雑骨折しかけてる。筋肉が切れて……動いたら骨が突き出るわ』

「治せるか?」

『でも主様の妖力は……』

「俺のでいい。底なし妖力が何人かいるし」

『分かった』



 白葉は姿を消すと水月の方に向かった。



 月火が黒葉に支えられながら妖心術と体術で状況を保っている。

 脳裏に何度も妖神術という言葉が浮かんでは火音が否定しているので二人の繋がった思考の中では、作戦と状況と押し問答が平行線で繰り広げられている。



 キャパオーバーを越しそうで怖いが、その場合は無心で戦える。


 人生を感覚で生きてきた火音に複雑怪奇な思考などいらない。




 外のサイレンが聞こえる車内に沈黙が流れていると、窓から見える景色でもう少しで着くと悟った炎夏は弓矢の準備を始めた。



「火音先生、高いところある?」

「ほぼ全壊。……国立ホールと怪異が居座ってる建物」

「ホールの距離は?」

「……一キロ圏内まで連れて行くって」



 炎夏は昔、水虎に連れて行ってもらって頭に叩き込んだ地図を思い出す。



「……いや、そのままでいい。矢で仕留めろって言うんじゃないだろ」

「動きの固定程度」

「なら低いところからでも出来る」



 それから数十秒後、火音と海麗と火光が立ち上がった。


「二十時二十六分」

「一級二体でしょ。火音、九時までに出来る?」

「月火を休ませるので……まぁ出来たら上出来じゃないですか」

「過ぎたら僕がやるから」


 最初から海麗がやれば月火を無理させることなく終わるのだが。


「火音が弱らせてくれないと」

「どうせ勝つでしょう」

「まぁね」


 相変わらず余裕の笑みだ。





 睨み睨まれ呆れられ、車が止まる前に火音は飛び降りた。

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