18 障害
その日の夕方、火音の寮に行くと死人顔の火音が出てきた。
月火の顔を見て溜め息を吐かれる。
「失礼なんですけど」
「人の精神を蝕むお前が言うな」
「自分の精神の弱さが原因でしょう。なんで火光先生にそんなに弱いんですか」
月火が半目で見上げると真顔で答えられた。
「可愛いじゃん」
「可愛いもの好きなんですか」
「別に。火光が好きなだけ」
可愛いものが好きではないのに可愛い火光が好きなのだろうか。
よく分からない。
「共鳴したら火光先生好きになるんですかね」
「取るなよ」
「取りませんよ」
少しの抵抗感とかなりの残念感を持ちながら中に入ると先に夕食を作り始めた。
この吊るされた右腕、実は治っているのだ。
生活に影響があるので白葉に治してもらった。
綾奈には伝えたが皆にバレると神通力を強請られたり脅されたりする可能性も出てくるので人前では隠していなさいと言われた。
綾奈以外、晦にも火光にも言っていない。
生活上、火音にはバレているしたぶん綾奈が知衣には報告しているので知っているのはほんの数人だけだ。
火光も水月も夕食は作れないのでしばらく部屋に来ないよう言ってある。
料理が出来ないなら火音の所に行かないでと火光に言われたが火音は本人が自覚している以上に重症なので手伝いがいる。
足の二箇所にはかなり深い傷があり、松葉杖なしで歩くことは出来ない。
本人も驚いていたが右手首と左の肘が捻挫しており、骨折こそないものの一人で生きることは困難な状態だ。
火光は潔癖の火音の部屋に入りたがらないし火音は月火と火光以外の入寮を拒否しているので実質、月火しか入れないようになっている。
潔癖を嫌う火光に、綺麗で何が悪いのかと聞いたら人の生活感がないので気持ち悪いと答えられた。
正確には生活感がないのが気持ち悪いのではなく、生活感がない違和感が気持ち悪いようだ。
水月が通訳してくれた。
月火は夕食を作り終えると火音が食べる前で課題をする。
たぶん、いくら月火でも食器を使ったら火音は二度と使わないので食事は部屋で行っているのだ。
二人とも朝食は抜きにして昼食は機械で作られた冷凍食品だと言って弁当を持たせている。
「……終わり。火音さんって精神弱いですよね」
「元々鬱病持ちだからな」
「えっ!?」
月火が素っ頓狂な声を出して目を丸くすると火音に鼻で笑われた。
「鬱って言っても双極性だけど。初等部五年の時に一応は治ってる」
「へぇ」
「あとは上手く誤魔化してる。元々病弱体質だし」
幼少期から教育と称した体罰や精神的負担が大きく、一時期は大鬱だったのだが火光が入学し、火光の身が安全になってからは躁鬱二型で初等部を過ごし、中等部からは普通に過ごすようになった。
それでも今日のように息をする意味すら分からなくなる事があるのだ。
月火がベラベラ喋る性格じゃなくて良かった。
「知られたくないならなんで玄智さんに連絡したんですか」
「お前の連絡先探すのが面倒くさかった」
玄智が一番上にあったのは深夜の二時頃に課題が終わらないと愚痴が来たからだ。
炎夏に送ったら既読無視されたので火音になったらしい。
何故火音になるのか。
「難儀ですねぇ」
月火は洗い物を済ませるとふと今朝あったことを火音に話した。
「そう言えば火光先生が晦先生の名前聞いてたんですけど理由知ってますか?」
「知るわけねぇだろ。俺のスマホ勝手に見てたからそれ関係だろ」
晦も三姉妹で全員と繋いでいるので苗字だとややこしいのだ。
なので全員名前で登録しているのだが知らない名前があったので女っ気のない火音に変な妄想を膨らましていたのか。
別に怒る気はないがからかわれないことを願う。
「全員名前登録ですか」
「うん。兄姉弟妹が多いし特に御三家は全員同じ苗字だから分かりにくい」
月火は火音のスマホを後ろから覗き込む。
ご丁寧に火光だけ固定して後は放置状態だ。
一番上に火光、その下に晦、玄智、水虎、麗蘭、麗凪と並んでいる。
玄智以外は仕事の話らしい。
「そう言えば……やっぱいいです」
「何?」
「なんでもないです」
月火が黙ると火音はもどかしそうな顔をした。
月火は荷物をまとめる。
「じゃ、明日は来てくださいね。火光先生が待ってますよ」
「はいはーい」
火音は椅子に座ったまま月火を見送ると扉が閉まり、鍵が閉まる音を聞いた。
月火には鍵を借りているのでお互いの牽制だと言って、鍵を交換している。
用もなく入ったら入られるし何かやらかせば何かやらかすぞと言う脅しだ。
そんなことをやる二人ではないが外聞的にもこっちの方がいいのだ。
月火が帰った後、火音はソファに座って足の包帯を巻き直す。
いつもは帰る時に保健室で綾奈に頼むのだが今日は自分でやる。
そもそも他人にやってもらわずとも自分で出来るので行く必要がないのだがガーゼの替えもあるし傷の経過も見たいので、と言われてしぶしぶ通っているのだ。
今日は休んだので行かない。
傷が治るまでは風呂も風呂に浸かるのは禁止、傷周りも拭くだけ、入る時はラップかビニール袋を巻けと言われている。
頭も何ヶ所か縫ったが既に抜糸済みなので問題はないと言われている。
ただ、酒は飲むなと言われた。
加減を知らない馬鹿だから血が回りすぎるから、と罵倒されたのだ。
確かに酒の量を知っている人全員からおかしい、酒呑童子、化け物と言われるが一口で潰れて二日酔いになる水月よりはマシだと思う。
火光は途中がおかしいだけで普通の量らしい。
九十幾らかの酒を一本飲み干すのは馬鹿の所業だと言われたので最近は飲んでいない。
傷が完治したらまた月火を付き合わせよう。
あれはいい喋り相手になる。
それから火音がベッドの中で本を読んでいると誰かから連絡が来た。
誰かと思えば中等部の櫓からだ。
「覚悟しておけ……? 奇襲でもする気か?」
意味が分からないので無視をすると明日の朝一に渡り廊下に来いと言われた。
本当に奇襲でもする気なのだろうか。
周りの迷惑にならない程度でやってほしい。
櫓は火音の一つ上の先輩だが常に火音に勝負を挑んではことごとく負けてきたのだ。
火音が中一の頃からテスト、任務、級、試験、部活。
本当に色々な勝負をしてきたがその中で櫓が勝ったのは一つだけ、どちらが先に一級に上がれるかというもの。
櫓は一ヶ月で上がったが既に火音は一級だったのでまだ上がれないのかと馬鹿にされてきた。
櫓が知ったのは高校の時に火音が飛び級で大学卒業を果たしたので高校でここを辞めると知った時だ。
あの顔の写真は未だに裏の取引で出回っている。
火音はパソコンにも入っているのだ。
そんな思い出を思い出しながら寝落ちした翌日。
火音が言われた通り、朝一に中等部と高等部の渡り廊下に行くと既に多くの生徒が集まっていた。
皆が火音に気付くと女子生徒からは軽蔑が含まれた目を、男子生徒からは主に嫉妬の目を向けられた。
理由も分からず渡り廊下の黒板を見るとそこには写真部の今週の特集が乗っていた。
その中心部には大きく貼られた写真と文字。
号外! 高嶺の花の二人の裏の関系