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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
179/201

78.ありませんから、じゃない。なかったら駄目なのだ。

「うーん……違和感」

「袴の時も言ってましたよ」

「似合わないわけじゃないんですけどね……」


 ブラックスーツを着た瑛斗を眺め、月火は眉を寄せた。




 今日は二十八日、バラレイアバレエ団の日本公演を見に行く日だ。


 メンバーは月火、水月、火光、結月、凪担、瑛斗。



 火音は他人が座った椅子に座るのを拒否した。

 元々仕事が忙しく、行けるかどうかは分からないと伝えてあったので問題はないだろう。




 凪担、結月、瑛斗は教育急務組なので連れて行き、体の動きや体幹を吸収させる。

 特に見て学ぶ凪担にはいい教育材料だ。



 男はブラックスーツ、女子は着物。

 この日のために本家から新しいものを持ってきた。



 結月は去年のパーティーのものでいいと言い張ったが、せっかく海外のバレエを見に行くのだから着物を着ようと押し通した。




 結月は白に金の刺繍が入り、月火は淡藤色というか藍白色と言うか、薄青系統の振袖に黒の袴だ。

 最近は物騒なので袴にした。


 月火が化粧とヘアメイクを行ったので納得はいく。




「制服も似合いませんもんね」

「酷くないですか……」

「制服は似合ってる気がするよ?」

「たぶん赤よりモスグリーンとか白黒の方が似合うんでしょうね。どうでもいいです、行きましょう」


 言い出しっぺの月火は興味が尽きたので体の向きを返すと歩き出した。




 ホールまでは朝飛(あさと)が乗せていってくれるらしい。


 沙紗(ささ)が十人乗りを持っているので嬉々として挙手していたが、兄によってバッサリ切られていた。



 今は学校で勉強を頑張っている頃だろう。

 ちなみに今日は月曜日となっている。



 今日は六人とも休みだ。

 三年と一年は火音がまとめて見ている。




 いつもは一本の杖を二本突いている月火は人と変わらぬ早さで歩き出した。

 顔色も悪くないしいつも通り毒混じりの饒舌なので、遠出する時の予防のようなものだろうか。


 もしかすると火音が念押ししたのかもしれない。





 瑛斗が一歩後ろを歩きながら皆について行っていると凪担が寄ってきた。


「谷影君はバレエって見た事ある? 僕初めてなんだよね」

「俺は姉が昔習ってたので……中学生でやめましたけどね」

「そうなの? すご……」

「今は知識だけ残ってます」



 叔父も父も瑛斗だけに英才教育を詰め込んだが、父は兄姉には自由に好きな事をやらせていた。

 それが絶対君主である祖父との約束で、絶対君主を制する祖母の意向だったからだ。



 母は嫁入りだったが嫁姑問題も特になく、母の傍で昼寝と言うかガチ寝をしている時によく祖母が遊びに来ては静かに去って行ったのを知っている。

 そのついでに瑛斗の写真を撮っていたのも。




「英才教育の賜物ですよ」

「そっ……か……」





 車に乗り込んだ六人は各々で雑談を始める。


 助手席に水月、二列目に火光と月火、三列目に残りの三人。



 色々と狭そうだが沙紗が十人乗りを貸すなら自分が行くと兄からの願いを断固として断ったのでこういう形になった。

 楽しければなんでもいいようだ。




 月火は仕事をしながら皆の雑談に巻き込まれ、火光に貰った飴を噛み砕きながら昔話をする。



「神々家の絶対君主は水月兄さんですよ」

「そうなの? 月火ちゃんかと思ってた」

「私は君主には向かない性格ですからね」



 雑用から仕事まで一人でこなす月火は君主には向かない。

 他人に頼める程度ならやる意味がないし、本当に必要になったなら自分でやった方が効率的だし食い違いも起こらない。



「その点、水月兄さんは癇癪起こしますから」

「水月が癇癪起こしたら気が済むまで尽くさないと終わらないからね」

「昔から欲の塊だったんですよ」


 水月はドアポケットに頬杖を突いて不快そうに外を眺め、皆は意外そうな顔をする。




 水月は、今でこそ月火や火光が一番だが昔は自分の欲で二人の物が奪われようと自分の宝物を取られようと見向きもしなかった。


 嫌がった火光が水月の宝物と取り引きしろと言えばすぐにそれを投げつけ欲しいものを貰い、興味が尽きたら返せと言いまた取引させる。



 兄妹内では圧倒的強さを誇っていたし口車に乗せられ酷く苦労したものだ。

 月火の飴と鞭や商売精神はたぶん水月に培われたものだと思う。




「月火は早々に防衛に入ったよね……」

「奪われるなら奪わないと」

「あれは奪ってないんだよ……」


 月火は欲しいと言われたらあげる代わりに実験台になれと言い、水月に色々と施した。色々と。



「何やったの?」


 わざわざ濁したのに興味津々に聞いてくる凪担を見つめ、悪気なしと確認してからそっぽ向いて答える。



「化学薬品飲ませたり誰かさんの料理食べさせたりレシピが安定してない激辛料理を食べさせただけです」

「化学薬品……誰かの料理……」

「化学薬品って何ですか」


 車に乗って初めて言葉を発した瑛斗の言葉に水月は肩を震わせた。




 月火は薄気味悪く笑う。


「え、デナトニウムとか」



 一瞬耳を疑った。


 デナトニウムは世界一苦い物質だったはず。

 小さじ十分の一以下を風呂に溶かし、その風呂を舐めたら味覚が馬鹿になるような、そんな物質だったはずだ。



「怖い……」

「嘘に決まってますよ。ねぇ水月兄さん」

「……う……うん……」

「食べたのは火光兄さんの()()()ぐらいですよね?」

「…………うん」



 負のオーラをまとった水月が肯定すると月火は満足そうに頷いた。

 それでいいのか。



「先生って料理下手なの?」

「化学実験の方が好きかな。マウスの解剖とか」

「それ実験じゃないです」


 マウスの解剖は医療コースのものだ。




 月火が一式揃えて自室に籠って練習しているところを見られ、兄妹二人で一人は解剖練習、一人は見学をしていた。

 数回見たあとには火光も何度かやっている。




 初耳の水月が勢いよく振り返ると、弟妹は澄まし顔で外を眺めていた。



「先生って何が出来ないの?」

「料理」

「勉強とかは?」

「うーん……道徳は嫌いだったかな。国語は好きだよ。社会は得意、暗記出来るから」



 道徳は心情描写から読み取れず苦戦していた。


 友人に聞くにしても家族に聞くにしても個性的な人が多すぎて意見がまとまらず、テストもなかったので放棄していた覚えがある。



「道徳心の欠如ですよ」

「それを言う月火の方が欠如してる」

「私は生まれつきありませんから」


 ありませんから、じゃない。なかったら駄目なのだ。





 皆が小さく笑い、月火は肩をすくめると止まっていた仕事の手を動かす。




「まぁ水月兄さんも火光兄さんも昔から人として重要なものが欠けてましたよ。生きる途中で欠けて治らなかったんですね。だからこんな性格なんです」

「月火が言う……?」

「私は治せますから」


 月火は自分が煽る癖があるということもどういう言動が煽りと取られるのかも知っている。

 それを排除すればただの人間だ。



 潜入のために身に付けたこの手腕をなめないでほしい。



「ねぇ先生、妖輩の潜入って何やるの? スカウトだけじゃないの?」

「色々やるよ。スカウトもだけど、目撃情報があった店とか気配が濃い学校とかお墓を見張るために近場の公共施設に入ることもあるし。たまに護衛とか警備とかで駆り出されることもね」



 ちなみにこの神々兄妹、三人とも十回以上の潜入調査を経験済みだ。



「十回……! 大ベテランだ!」

「一番少ないのは水月かな」

「潜入捜査が回される年齢になったら補佐の仕事やってたしね。それでも一般よりはやってるよ?」

「何やってるか知りたい!」



 結月の希望で各々自分が過去に行ってきた潜入先を思い出す。



 水月と火光に関しては二人で無双している時が多かったので半分は被っている。



「一人の時ねぇ……。……火光とは別でイルカの調教師とか? 潜水ダイバーになりながら水中調査したこともあるけど……」

「イルカ! 水関係が多いんだ」

「うん、火音に流される予定だったのが僕に来たからね」


 それは仕方がない。



 皆が納得すると、唸っている月火より先に火光が思い出したものを挙げていく。



「僕は……一番印象に残ってるのは警官だけど看護師とか……サーカスもやったよ。水月と二人でだけどシャチのトレーナーもやった事ある」

「警官!? 何歳!?」

「十八。高卒だったら誰でもなれるんだよ」


 火光は卒業直後に誕生日を迎え、その翌日に皇宮警察として皇室の護衛をしていた。



「瑛斗、四、五年前に皇太后に切りかかった犯人が捕まえられたのを知ってますか」

「警官が捕まえてニュースになってましたね」



 月火が親指で火光を指すと三人とも勢いよく火光の方を向いた。

 このヘラヘラとしたなんの締まりもケジメもないこれが皇太后を守ったと言うのか。



「先生凄い!」

「かっこいい! さすが〜!」


 凪担と結月が拍手し、便乗した月火が煽り顔で手を叩いていると睨まれた。



「昔の事だよ。過去の栄光に縋っててもいい事ないし」

「決めゼリフですか」

「その口裂くよ?」


 火光に睨まれた月火は口を塞ぐと小さく咳払いをした。




「先輩は何がありますか」

「私は基本一人ですからね。学生に扮したりヤクザに付け入ったりパティシエバイトをしたことぐらいですよ。そんな面白いものはないです」

「ヤクザ……!?」



 ヤクザが弱い怪異を見世物としてオークションに出品し、何人かの被害が出ていたのだ。



 怪異は妖輩者以外は祓えないので無差別殺人かと一時期混乱を巻き起こした。


 月火はその闇オークションを暴いてヤクザを瀕死にさせただけだ。




「私と出会ったのは転入生だったよね!」

「よくあることですよぅ。さすがにお嬢様学校は初めてでしたが……」

「僕と会った時は吟遊詩人みたいなことやってなかった?」

「あれは……」



 吟遊詩人などではない。



 さっさと見つけるために人を集めたかったのだ。


 赤の他人からヴァイオリンを借りて歌いながら弾き語りをしていると狙い通り集まり、勝手に金銭も集まり、目当てのこれもやってきた。




「本当になんでもやるね……」

「恥は捨てた」



 一刻も早く帰国したかったのだ。

 あの時は月火のメンタルもグズグズになりかけていた。




「まぁこうして無事に帰ってこれたことですし。二度とやりませんけど」

「今度ヴァイオリン買ってくるよ」

「いりません」

「ハープは?」

「間に合ってます」




 そんな会話の後、公演があるホールに着いた。


 中に入るとフロントのクロークに楽屋見舞い以外の荷物と杖とコートを預け、月火はショールだけ羽織る。

 座るだけだし杖なしでも問題ないだろう。



「外面捨てないで下さいね」

「努力するよ」

「恥かかせたら減給ですので」



 月火は兄達に忠告すると笑みを貼り付けた。


 水月と火光も静かに笑い、歩き出す。




 たとえ仕事と無関係の場所でも、見ている人達からすれば有名企業の社長と有名学園の教師なのだ。


 少し名前が売れた瞬間、プライベートはなくなると思え。




 月火は舞台ホールの裏口にまで回るとスマホを取り出して連絡をした。



 数十秒後勢いよく扉が開き、舞台メイクに髪飾りだけを付けた女性が飛び出してきた。


「月火!」

「久しぶりですねセレナ!」

「久しぶり〜! 来てくれてありがとね!」


 姉と同じく流暢な日本語で会話を弾ませ、濃いメイクでほとんど隠れていた顔色が戻る。



 緊張しているのだろう。手が月火並に冷たい。


「大丈夫ですか」

「うん! 姉さんもさっき来てね、デイヴィスさんも来たのよ。仕事抜け出してきたんだって」

「本当に? うわぁ……」


 仕事を抜け出して公園に散歩を行くわけでもあるまい。


 そんなちょっとそこまで程度の感覚で大企業の社長が遊びに来るな。




「月火、体は大丈夫なの? 皆、とっても心配してたのよ」

「大丈夫ですよ〜。もう普通に動けますし」



 そんな事より目前まで迫ったの公演に集中した方がいい。


「失敗したらどうしよう……」

「大丈夫ですよ! 今まで失敗なんてしてないですし!」



 そんな不安に揉まれながらバレエ界のトップに上がれたセレナならきっと大丈夫だ。

 セレナは本人が思っている以上に本番に強い。



「そう……だよね……!」

「そうですよぅ」

「ねぇ月火、僕らは挨拶なし?」

「あぁそうですね。なしでもいいなら」

「酷くない?」



 セレナが水月と火光と挨拶をしている間にレヴィとデイヴィスもやってきた。



 デイヴィスはペラペラ英語か必死なフランス語か拙いロシア語なので英語で話す。




 社長組が神々しい光を放ちがてらホール内に入るとデイヴィスが月火とレヴィをエスコートする。



「デイヴィスは両手に花ね!」

「花束にでもなりそうです」

「あはは!」


 デイヴィスは日本語の会話に首を傾げ、月火とレヴィはケラケラと笑う。



 レヴィがSS席のど真ん中取ってくれたので特等席だ。



 四階まで席があり、本当に日本最後の公演には相応しい。




 その三十分後、ダンサー達はコッペリアと言う世界を語り始めた。

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