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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
177/201

76.とうに人間は辞めていると、なるほど。

 平日の朝、一時間目が体育なら先に行って練習していてもいいと火音に許可を得た。


 今日は体育館で体育だが校庭に出て練習している。



 月火に、鞘を付けたまま練習するとその重さで慣れてしまうからいつ何時でも刀身剥き出しでやれと言われている。

 本来なら付けてやるはずの自主練で抜くのは、手合せよりも自主練の方が圧倒的に多い瑛斗ならではの理由らしい。



 鞘なしでやるのはいいが、室内でやると壁や床を傷付ける可能性があるので外でやっている。

 まだ日が出ていないので寒い。







 瑛斗が練習していると朝練に陸上とサッカー部が出てきた。


 いつも木刀でやっていた瑛斗が本物になり驚いているのだろう。

 皆が寄ってくる。



 明らか自殺行為だ。

 刃物を振り回している人には近付くな。



 瑛斗が刀を鞘に収めると木刀と荷物を持つ。



 着物は明日届く予定で、届いた日の放課後からは着物に慣れるらしい。

 瑛斗も鞘は腰に差したまま戦う。

 今度からは薙刀が得意になった凪担も一緒に訓練するそうだ。



 凪担には水月の袴と振袖を一式貸すらしい。

 凪担は初めから真剣を使い、神々のものに慣れているので買う必要はなかった。





 瑛斗が時間を見てどうしようかととりあえず体育館に向かおうと足を向けた時、誰かが肩を叩いてきた。


「なぁ、それ本物?」

「え、はい……」



 誰だこれは。

 見たところ二、三年か大学部生だが見た事も聞いたこともない。


 たとえ歳下だろうが初対面でため口の人は嫌いだ。



「見せて見せて。俺本物見た事ないし」

「えぇ……」

「早く早く」


 瑛斗が戸惑っていると陸上部顧問の火音とサッカー部顧問の芥子(げし)が出てきた。



「サッカー部! ゴール運べ!」

「陸上は走れ〜」


 芥子の張り詰めた声と火音のよく通る気だるそうな声が聞こえ、部員がそちらに顔を移した。



「先生! 本物の日本刀! めっちゃかっけぇの!」

「もうちょっと見たい!」


 二人の生徒の抗議に皆が賛同し、日本刀コールが始まった。




 明日からは五時に降りてきて朝練が始まる前にやめよう。

 基本、人と話さない瑛斗には辛い現場だ。




 朝礼台前で足止めされた瑛斗が困っていると、いきなり朝礼台に月火が降ってきた。

 薄い鉄板特有の音が鳴り響く。


 おかしい。この人は半身不随のはずだ。



 皆がそちらを見ると左に重心をかけず、右足と右手だけで着地していた。

 とうに人間は辞めていると、なるほど。



「人気者ですねぇ瑛斗」


 袴姿の月火が瑛斗を見ると瑛斗は微妙な顔をした。

 お気に召さないらしい。



「そんな顔しなくても」

「なりますよ……」

「鬱陶しいですよねぇ、初対面のくせに強請ってくる人」



 黒い足袋と白い草履の月火は音もなく朝礼台から降りると瑛斗の肩に手を置いた。


「これも青春ですよ!」

「味をしめましたね?」


 瑛斗が青春してるかという質問にそんな事聞くなと答えた日。

 あれ以来何かといじってくるようになった。



 別に嫌とも面倒臭いとも思わないが段々青春が嫌いになりそうだ。

 瑛斗は青春を謳歌したいのではなく自分らしい青春を味わいたいだけ。


 人に囲まれ見知らぬ人に話し掛けるのは遠慮したいしたとえ青春でも嫌だ。




 瑛斗が月火を睨むとにこりと笑われた。


「別にいいんじゃないですか。試合とか大会で結果を出せず予選敗退するのは本人達であって学園の評判は噂と妖輩が保ってますから」


 月火が()()煽ると皆が顔を見合わせて散っていった。



 最後まで後ろ髪を引かれていた子には手招きすると仲間が引きずって練習を始めた。




 火音と芥子もそれぞれの部活を見始めた。


「助かります」

「いえいえ。行きましょう」

「はい」


 月火は軽く動いてから制服に着替え授業を受けるらしい。

 一時間目は座学なので少し慌ただしいが瑛斗に変な癖がつく前に見てくれるそうだ。



「あ、そうそう。瑛斗、二十八日は夕方の四時に集合ですよ」

「何があるんですか?」

「バラレイアバレエ団の公演」

「……世界最高峰のバレエ団ですよね。なんでですか」


 月火がレヴィの来た日の会話から経緯を説明すると瑛斗は意外とあっさり頷いた。



「驚かないんですね」

「レッヒェルン社の社長の妹がいるのは知ってましたし先輩が知り合いでもおかしくありませんし」


 この後輩、本当に冷静すぎる。

 段々火音に似てきたのではなかろうか。



 そんな事を考えながら瑛斗を見ていると、瑛斗と火音から思考で、どちらかと言えば月火に似ていると言われた。


 どうやら顔に書いてあったらしい。



「……似てる」


 能天気な海麗と月火、冷静な火音と瑛斗。

 馬鹿っぽい師匠と苦労人の弟子。

 暴れる師匠と師匠の手網を引く弟子。




 月火は真顔になると静かに瑛斗の頭に手を置いた。


「自重します」

「お願いします」







 瑛斗が月火と手合わせをしていると一年の二人がやってきた。

 月火は瑛斗をかわして刀を鞘に収めると時間を見た。

 八時十分。


 朝礼は十五分から。


 ヤバい。



「終わり! お疲れ様でした!」

「あ、ありがとうございました」



 月火は荷物を持つと入れ替わりで入ってきた火音の横を通り過ぎて慌てて帰って行った。




 火音は軽く眉を上げる。


「まだいたのか」


 思考が伝わってこなかったのでてっきり教室で寝ているのかと思ったが集中しすぎていただけか。



「あんたいいわね。神々先輩とマンツーマンで教えてもらってるの? 最高じゃない」

「いいなー。俺も教えてもらいたい!」

「洋樹は火神先輩だし桃倉は水月さんだろ」


 瑛斗は刀を収めると壁に立て掛けた。




 日曜のうちに刀の手入れや研ぎ方は教えてもらったので帰って早速やってみよう。



「そうだけど神々先輩みたいにいつでも見てくれるわけじゃないし」

「そうそう。武器とか買ってくれねぇもん」

「お前素手だろ……」


 桃倉は体術、洋樹は妖心術メインの戦い方のはずだ。




 桃倉に武器は必要ないし洋樹の妖心術は自分との戦いなので他人が口出すことではない。


 桃倉も水月とはよく訓練しているだろう。

 自分も恵まれているくせに他人を羨ましがるな。



「て言うか欲しいなら自分で言えよ。神々先輩は怒らないだろ」

「怒りはしないだろうけど……先輩に強請るのはなぁ?」

「ねぇ?」

「靴も服もゲーセンも強請ってただろ!」


 瑛斗が噛み付くように突っ込むと火音に止められた。



 もう二十五分だ。

 月火は間に合っただろうか。


「……やりたい事あるし十五週でいい。二週は本気な」

「はーい」

「うす!」

「はい」


 三人はそれぞれの返事をした後に走り出した。



 一番に終わったのは桃倉で、次に瑛斗と洋樹が続いて終わる。



「じゃあ逆立ちで往復……まずは十回でいい」

「逆立ち!? 出来るかそんなもん!」

「はい」

「歩けるかな!?」


 洋樹はキレ、桃倉は逆立ちは出来るものの恐怖で歩き出せないらしい。



 これは筋力トレーニングになるのだろうか。

 もしなるならいつものやつを減らしてこれをやった方が効率はいい気がする。


 今度月火に聞いておこう。




 瑛斗がスタスタと進んでいると桃倉と洋樹に睨まれた。


「あんた何!? それも神々先輩の教え!?」

「それどーやってんの!? えぇ!?」

「うるさ……。これは初等部で教えられるんだよ!」


 一年の頃に体幹付けでやらされる。

 ちなみに幼稚部にいた人は幼稚部でやるらしい。



「谷影、膝と腰伸ばせ。頭下げろ。直立のまま歩け」


 火音の声に瑛斗は膝と腰を伸ばした。



 頭を下に入れるのも出来る。

 これは普通の倒立状態なので問題はない。


 ただ問題は頭を下に入れたまま歩くことが出来ない。

 何度も試したことはあるがいつも横に倒れるか手の力が抜ける。



「無理なら一回立て。失神するぞ。桃倉は状態はいいからとりあえず歩け。洋樹はとにかく倒立練習。肋木使ってろ」


 瑛斗は一度立ち上がるとめまいを起こした。

 それが収まり、平衡感覚が戻ってから反対に向いてまた倒立をする。



 歩こうとしては倒れ、数歩歩けた時に肘が曲がって倒れ、何故出来ないのか考えながら顔を上げて歩く。


 顔を下に向けてさえいれば歩けるのだ。

 このまま少しずつ角度を変えてみればいいのではないか。



 月火も慣れは一番の特効薬と言っていた。

 徐々に慣らしていけばどうにかなるのかもしれない。




 瑛斗がそれを試そうとした時、ずっと興味無さそうにあくびをしていた火音が声を掛けた。


「終わり。集まれ」


 まだ時間はあるのに何故だろうか。



 洋樹が倒れ、桃倉と瑛斗が足を下ろして立ち上がり火音の傍に行くと柔軟が始まった。


 洋樹は柔軟が大嫌いだ。



「痛い痛い痛い! 裂ける! ちぎれる!」

「人間の体そんな脆くねぇよ?」



 人のことを言えないほどガチガチの桃倉がそう言うと火音が桃倉と洋樹を同時に押し始めた。


 体育館に絶叫が響き、瑛斗は耳を塞ぐ。



 火音を見上げればイヤホンを付けて涼しい表情をしていた。




 瑛斗は初等部の頃から寮で柔軟と筋トレはセットだったので痛くも痒くもない。



 ちなみに火音によると月火と火光は中国雑技団並に柔らかいらしい。

 水月は()()《・》内では少し固いそうで、開脚をして上体を前に倒しても付かないと言っていた。


 玄智と結月はふにゃふにゃ、炎夏はべろべろ、凪担はガチガチ。



 火音は教えてもらえなかったがかなり柔らかい気がする。





 一時間目の体育館が終わり、瑛斗が休憩、桃倉と洋樹がうずくまっていると三年がやってきた。


 月火は打刀を、凪担は薙刀を、二人とも本物を持っている。



「お疲れ様でーす」

「あ! 神々先輩お疲れ!」

「お疲れ様です」


 月火の声に桃倉と瑛斗は反応し、洋樹はすぐに玄智の方に行った。




 続いて二年の氷麗が晦とともに二人だけでやってくる。


「こんにちは〜」

「こんにちは」


 晦と氷麗は挨拶をしながら入ると端に荷物を置く。



 どうやら高等部三年が被っていたらしい。



 炎夏は弓矢を置くと氷麗の方に歩いて行った。




 基本的に被った時は師弟の時間にしている。


 基礎が固まり、己の得意を極め始める高等部だからこそ師弟の時間にした方が長所がさらに伸びる。

 教師がクソ真面目になって生徒の伸び代を止めるわけにはいかない。




「晦、他は?」

「一人は他コースの授業を受けに行って一人は風邪です」

「他コース……忙しそ」


 火光は授業を受けることなく教師の試験を全てパスしたので行ったり来たりをやったことがない。



 月火もそうだ。

 全て教材だけで受かっていた。



「炎夏、弓道はいいの?」

「あ、私は大丈夫ですよ……」

「いや弓道の方がいつでも出来るしどっちでもいい」

「若手の教育をやって下さい。弓道は週末に引きましょう」

「お前もやるのな……」


 やる気満々の月火が口を挟むと炎夏は小さく頷いた。




 月火は瑛斗と凪担と、炎夏は氷麗と、玄智は洋樹と、火光は結月と桃倉と訓練をする。


 残りの教師二人は放置だ。


 火音など座って仕事をしている。





「あ、そうだ凪担さん。二十八日にバレエの公演を見に行くんですが予定ってあります? ないならチケットが余ってるので」

「あ、行きたいです……! 有名なところなんですか?」

「バラレイアバレエ団ですよ。ヨーロッパにいたなら知っているでしょう」



 予定内容を伏せて日にちだけ伝えるのは瑛斗だけなのだろうか。

 月火に遊ばれている気がする。




 休憩に入った瑛斗はそんな会話を聞きながら休憩の素振りを始めた。

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