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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
174/201

73.ここにいるとまずい。生存本能が逃げろと言っている。

 質向上訓練は五日間続き、今日は土曜日。




 いつも通り五時に目が覚めた瑛斗は体を起こす。


 朝は強い。

 夜は一日の疲れに襲われ倒れたまま眠ることもしばしばあるが、一日の疲れを癒せた眠りから覚めた朝は強い。



 いつも通り体を伸ばし、柔軟をしながら歯を磨いてタンパク質を意識した朝食を作ってニュースを見ながら食べる。


 小さな机と一つのソファとテレビと棚。


 必要最低限の物しかないシンプルな寮だ。



 今日は確か、月火が神々の本家に用事に行くらしいので自主練になる。

 今、技の精度が上がってテンションは最高潮、やる気満々なのでジャージに着替えてからいつも通りの荷物を持って寮を出る。



 もう十一月なので日の出が遅くなってきた。

 人気のない薄暗い廊下をスマホを見ながら歩く。



 持ち物としては月火から借りている長巻型の木刀とリュックに詰め込まれた水筒やタオル、それとカイロ。


 この時期は休憩中に汗で筋肉が冷え、怪我が起こりやすいそうなので月火の教えで十月頃からカイロを常備している。



 火音も言っていたので本当に怪我が多いのだろう。


 イヤホンを付けながら凪担に撮ってもらった自身の動画を眺める。



 月火の注意する声が入っているのでそれを聞き、巻き戻して注意の声と実際の動きがどれほど違うかを見て聞き比べる。




 いつも職員室に行き、人がいたら体育館か道場で、いなかったら校庭でやっているが今日は珍しい火光がいた。


 だいたいいるのは晦なのだが、珍しい。

 晦でも滅多にいないと言うのに。


「失礼します」

「あれ、谷影(たにかげ)後輩」

「道場か体育館の鍵を借りたいんですが……」

「はいはーい」


 目の下に薄いくまを浮かべた火光は組んでいた足を解くと予定を見てから体育館の鍵があるはずのところに手を伸ばした。



「あっ、貸してるんだった。……そんなに場所使わないなら体育館が空いてるよ」


 どうやら先客がいたらしい。



 瑛斗が頷いて一歩引いた時、火光に話し掛けられた。


「谷影後輩、教えてもらうのは楽しい?」

「はい。先輩も分かりやすいですし自分でも上達してる気がします」

「傍から見ても入学時とは比にならないくらい強くなってると思うよ。近いうちに月火に任務をお願いしてみな。たぶん二級か……一級にはなれるだろうからね」


 火光に頭を撫でられた瑛斗は小さく頷くとお礼を言ってから職員室を後にした。




 瑛斗は現在三級だ。

 今、学生の妖輩は成長を最優先にされているので任務にはほとんど卒業している妖輩が行っている。


 こんな状況下で任務に行って負傷し、再起不能にでもなったら大変な事は分かっているがそれでも怪異相手に自分の成長を実感してみたい。



 今度月火にお願いしてみよう。






 体育館に着いた瑛斗が少し扉を開けた時、十一月とは思えないほどの熱気が放たれた。




 中では炎夏と二年の氷麗(つらら)が体術タイマンでやりやっており、炎夏も氷麗も半袖半ズボンだ。

 この空間にいたら暑くなるのも分かる。



 炎夏に至っては月火と同様年中長袖タイプかと思ったが違ったらしい。

 月火と火音は長袖の下に長袖のインナーすら着ているのに炎夏は普通の半袖だ。



 今まで少し首の立ったジャージだったので気付かなかった。


 右の鎖骨辺りから右の手首まで長い古傷があり、汗で透けた白いTシャツから見える胴体も傷だらけだ。


 その中でも前述の傷ともう一つ。


 左の腰から右足にかけても長く荒い古傷が伸びている。

 深さにもよるが、たぶん普通の人が食らえば即死か瀕死になるほど大きな傷だ。




 瑛斗が体育館の外から二人を呆然と見つめていると炎夏が氷麗を蹴り飛ばした。

 早すぎてほとんど目で追えなかった。




 瑛斗が軽く目を見張っていると炎夏がこちらを向く。


「寒い。入るなら入れ」

「あ、すみません」


 そうだ。

 これだけの熱気と外の冷気では差があり過ぎる。


 瑛斗は急いで中に入ると準備をしながら休憩に入った炎夏と話す。



「……水神先輩、その傷……」

「これ? 同じ時の傷」

「大丈夫だったんですか」

「そんなん言ってられない状態だったからな。それに」



 それに、炎夏のこんな傷はまだ軽傷だ。


 月火と火光の方が重傷だった。

 火音と水月も大変な事になっていたが二人は大きな傷が一箇所二箇所だったのでまだマシな方。


 月火など炎夏と同い歳で当時唯一の特級だった火光よりも長く戦い、本当に瀕死状態で戦い生死をさ迷っていたのだ。



「まぁ結局は月火の九尾が怒り狂って収まったけど」

「それって四年前の……」

「うん。特級事件の時」


 当時特級だった火光と妖輩界最強と謳われていた火音、次期神々当主として期待されていた月火が最前線に立たされ、多くの妖輩が逃げ出す中、水月含む四人が瀕死で丸二日間戦っていた事件だ。




 教師二年目だった火光と多くの人から特級への推薦を貰っていた火音、次期神々当主として才能に期待され無理難題を押し付けられていた月火、既に補佐として才能を開花させ上層部や学園からスカウトされていた水月。


 それに一級の上位組が瀕死で戦い、校舎が半壊、上層部が全壊した事件。



「瑛斗は……」

「十二の時です」

「避難してたから知らないか。まぁ……見なくて正解だったな」


 あれは子供に見せていいものでは無い。




 ふと下を見れば人の血が溜まり、気を抜けば激痛で失神し、それでも勝てない圧倒的な壁にぶつからなければならない。



「……氷麗は見た?」

「私はまだいなくて……でもニュースで見て吐いた覚えはあります……」

「……耐性がなかったらな」


 あれをモザイクなしにニュースで放送するテレビ局もどうかと思う。

 生放送なので付けられなかっのも仕方がないがそれでもそういう人は大勢いるだろうに、配慮はすべきだ。



「まぁいいや。続きやるぞ」

「は、はい!」

「俺もやらないと……」


 ずいぶんと長話をしてしまった。



 瑛斗は革のケースから長巻を出すと再度動画を確認し、月火に教わった事を一つ一つ思い出しながら体に染み付け始めた。







 昼食は弁当をサボったので学食まで食べに行く。


 学食と言っても人が多いところは嫌いなので購買で弁当を買って適当な場所、今日はプール裏で食べるだけだ。



 購買の弁当も昔とは変わり、月火が一から栄養バランスを考えて作ったメニューとなっているのでこの弁当で生活しても栄養バランスが偏ることはない。




 食べ終わった瑛斗がスマホをいじっていると誰かの足音が聞こえた。


 それと同時にすすり泣く声が聞こえ、思わず身構えてそちらを見ると傷だらけで泣いている中等部女子が瑛斗を見るや顔を真っ青にする。




「あ、火神さん……」

「うっ……うぅ……!」


 澪菜は更に涙を零すと泣きながら瑛斗の前を通って去って行き、最後まで聞こえてきたのは足音ではなくすすり泣く声だった。



 さすがに心配なので兄の玄智に連絡すると半ギレのような返事が返ってきた。




 ここにいるとまずい。生存本能が逃げろと言っている。



 瑛斗は弁当を片付けるとゴミ箱に突っ込み、慌てて体育館に逃げた。






 夕方、と言ってもまだ四時半すぎ、五時にもなっていない。

 日が落ちた体育館で瑛斗が一人反復練習をしていると体育館の扉が開いた。




 怒り狂った玄智が血塗れた笑顔で入ってくる。



「谷影、武器庫の鍵貸して?」

「え、あの……」

「月火には許可取ったから。大丈夫、壊さないよ。武器は」

「え……」


 瑛斗が困惑したまま固まっていると次第に玄智の視線が冷たくなっていた。




 怖い。怖い怖い怖い怖い。



 本当にいつもの穏やかな玄智か。

 こんな殺気を放つタイプとは。



 瑛斗が鞄を漁っているとまた体育館が開いた。


「火神玄智〜。下級生瀕死にさせたらしいですね」


 見るからに上等な袴姿の月火は体育館の中に入ると玄智と瑛斗を見てある程度状況を察した。


「後輩脅さないでくれます? しかも私の弟子を」

「澪菜殺そうとしたんだよ?」

「その処分を決めるのは私です」


 反論で玄智が口を開いた時、月火が重く押し潰されそうな圧を放った。




 玄智の正気が戻り、額に冷や汗が吹き出す。



「これ以上の手出しは反抗とみなし処罰の対象となります。妹のためと偽り自分の鬱憤を晴らさないで下さい」

「……苛立ってたんだよ」

「知っています。外で澪菜さんが待ってますよ。私も対応しますから」

「……ごめん。谷影君もごめんね」



 月火は体育館を出た玄智に手を振り、瑛斗の傍にしゃがみこんだ。


「調子はどうですか」

「大丈夫です。先輩、杖は……」

「短距離ならなしでも歩けるようになってきたんです。反復横跳びの成果ですよ」


 外で火音が待っており、車から体育館までは火音に手を借りながら歩いてきた。

 これも立派なリハビリ訓練だ。誰がなんと言おうと無理はしてない。



「明日の予定は?」

「自主練です」

「……青春してますか」

「聞かないでください」


 そんな悲しい答えを言わないでほしい。




 月火が眉尻を下げると瑛斗は話を切り替えた。


「それより予定は終わりましたか」

「あぁそうです。明日は外で訓練ですよ」

「本当ですか!」


 月火が指定すると言うことは稽古を付けてもらえるということだ。



 瑛斗が目を輝かせると月火は小さく頷いた。


「明後日の祝日は出掛けましょう」

「はい」








 翌日、瑛斗が朝から走っていると六時頃に月火がやって来た。


 今日も袴姿で腰に日本刀を差している。



「おはようございます。今日も袴なんですね」

「おはようございます。二十五日も袴ですよ」


 日本刀の鞘を持って戦うわけにもいかないしかと言って捨てると抜刀術が使えないので、袴で腰に差すらしい。



 瑛斗は納得すると月火が持っている長物に目をやった。


 身長より少し小さいぐらいの長さ、長巻だ。




 今まで何度か真剣は持っているが、やはり木刀とは迫力が違う。



「かっこいいでしょう。火神の屋敷を漁ってきました」



 火神の屋敷には神々や水神が予備として渡していた刀が眠っていることを思い出したのだ。


 もう数世紀前の話だが記録や日記を全て読んで記憶した月火なら思い出せた。



「これからはこれで訓練しなさい。(なまくら)での準備運動は終わりです」


 月火に渡された長巻はずしりと重く、木刀よりも手に馴染んだ。


 白と臙脂の柄に鞘は臙脂と黒で模様が取られ、それを抜くと白銀の刃が青く光った。




 瑛斗は目を輝かせ、それに見惚れる。



「綺麗ですね……」

「でしょう。平安の世に打たれた知る人ぞ知る名刀です。刃こぼれがしない打ち方になってますが……軽く億は超えますからね。そのつもりで」


 瑛斗は肩を震わせると小さく何度も頷いた。




 にこりと笑った月火に手招きされ、その日の真剣を使った稽古が始まった。

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