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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
173/201

72.勉強は頭で、戦いは体で。

「月火〜」

「レ……レヴィ……!?」



 勢いよく立ち上がった月火はよろめき、瑛斗に支えられながらも慌てる。



 妙に日本語が流暢なのは祖母が日本人で、幼い頃は日本語と英語の祖父母に囲まれて暮らしていたからだ。

 母は病気がちで父は単身赴任でいなかったそうだが、今は三人仲良く暮らしている。



「久しぶりね月火! 大怪我だって聞いて驚いた!」

「私は今驚いてます……。来てたんですか……?」

「そう! 実はね!」


 どうやら一昨日から来日していたそうで、クリスマス前には帰るらしい。


 今は十一月半ば。


 十一月の二十八日に現在は海外の有名バレエ団でプリンシパルとして活動しているレヴィの妹が日本で白鳥の湖を踊るらしい。



「前に言ったでしょ? 同じプリンシパルの、今回の王子様役の方とね。結婚して団を辞めるの。クリスマスの方に最後の舞台があるんだけどそれは向こうでやるらしくって」


 それで、プリンシパルとして日本で踊るのは今回が最後になるから月火にも見に来てほしいそうだ。



「チケットは取ってあるのよ。月火と水月と火光と月火のフィアンセの分ね。それと三枚はちょっと遅れたお見舞いよ。そう、あの折り紙凄かったね! デイヴィスも凄く喜んでたし!」

「子供達が折ってくれたんですよ」


 チケットのお礼を言う暇もないまま次の話題に進み、折り紙の次は着物へと。着物の次は簪の話へと転がった。




 相変わらずハイテンションなレヴィに月火が苦笑していると休憩を挟んだ火光がやってきた。



「レヴィ久しぶり! 来るなら行ってくれたら良かったのに」

「久しぶり火光ー! サプライズよサプライズ! でも三人とも忙しいんでしょ?」

「最近は月火が復活したから潤滑だよ。水月も死ぬ気でやってるみたいだし」

「海外には負けてられないからね」


 四人が賑やかに話し、いつの間にか英語へと変わり会話が聞き取れなくなった頃から玄智と凪担は小声で話す。




「こう見ると火光先生も結構凄い人なんだよね……」

「まぁ神々の苗字持ってたらね。……あの三人は才能の塊だからさ」

「こんな人達と一緒にいれるってなんか凄い!」

「純粋だね」





 二十分ほど話した後、会話が急に日本語に戻った。


「今度はいつ英国に来るの? 今日だって本当はデイヴィスと来る予定だったのをデイヴィスは忙しすぎて無理だから私一人で来たのよ? たまには遊びに来てちょうだい」

「今は立て込んでますからね。行かないといけないくらい大ヒット商品を作ったら現地に買いに行きますよ」

「本当!? それじゃあ気合い入れなくちゃ!」



 二人の何とも社長らしい会話が始まり、水月と火音は一旦離席した。



「ふぅ……英語で話すのは疲れるや……」

「水月さんも疲れるんですね」


 水月は凪担の言葉に苦笑しながら火光を見る。

 もうしばらくかかりそうだ。



「じゃあやるよ!」

「月火のところにいなくていいの?」

「火光がいるからね。僕はお役御免」



 火光の管轄は火光の得意分野だ。

 ガサツな水月が適当な管理をして月火の予定を狂わせたら嫌なので火光にバトンタッチした。



 過去にそれで三件の商談を駄目にして月火の怒りを買い、減給を食らったことがある。



「水月って眼鏡かけるっけ」

「今日は寝不足でピントが合ってないから……」

「仕事忙しいの?」

「うーん……忙しいけど……量より内容的に難しいのが多いからさ。これ以上言ったら怒られるかな」


 また企業秘密の意味を調べろと言われてしまう。



 水月は自分の口とともに炎夏も黙らせると火光の代わりに体育を始めた。






 体育が一段落した昼休み、月火が三年とともに朝礼台付近で弁当を食べていると一年生がやってきた。


 朝礼台に座っていた月火と結月が先に気付く。



「先輩! 一緒に食べよ〜!」

「元気ですね。疲れてませんか」

「こんなんで疲れる体力してないから!」


 洋樹の頼もしい言葉を聞いた瑛斗は破顔し、月火は卵焼きを頬張りながらにこりと笑った。



「では午後からはもう少し厳しくても大丈夫ですね」

「う……うん!」

「月火、弟子と後輩の区別付けろよ」


 呆れ顔の炎夏に釘を刺された月火は小さく頷くと食べ終わった弁当の蓋を閉じる。

 皆、まだ半分も食べ終わっていない。



「あ、食べ終わっちゃった!」

「先輩は私だけではないでしょう。炎夏さんと凪担さんに体術を聞いておきなさい。瑛斗、終わったらもう一本やりますよ」

「あ、はい!」


 瑛斗は急いで食べ始め、月火は少し離れたところに三本の線を引くと反復横跳びを始めた。




 鈍った反射神経と麻痺した感覚を取り戻すのはこれが一番早い気がする。

 踏ん張りと膝のバネの感覚が掴みやすい。



 一度掴んでもすぐに忘れるので体ではなく頭に覚えさせなければならない。


 頭で覚える事は短時間で出来るがすぐに忘れてしまう。

 体で覚えるには長い年月が必要だがその分、忘れにくく無意識でも動くほど鮮明に覚えている。



 勉強は頭で、戦いは体で。




 当たり前のことを言っているように聞こえるが実際そうだ。


 卓球やバドミントンは考える前に体が動く。


 英単語や数式は頭で考えてから指を動かす。



 前者は反射神経、後者は判断力が必要だ。


 これを球を見て角度と回転と速さを全て計算して打ち返すならその人は人間を卒業している。

 逆に英単語を書けと言う問題に対してこれだと考える暇なく反射神経で書いている人はそれこそ天才だ。



 月火はそのどちらでもない。


 動きは体で覚えるしかないし学は頭で覚えるしかない。

 それを貫き極め続けた結果、両者が逆転して動きの途中で考えられるし学ぶ途中に脊髄反射で答えられる。



 天性の才能がない月火は凡人として極め抜くことしか出来ないのだ。




「神々先輩、食べ終わりました」

「……早いですね」

「いや、十分……」

「もうそんなに経ってましたか」


 月火は足を止めると瑛斗から長巻を奪うように取った。



「そっち……」

「妖刀術を教えてあげましょう。貴方が先ほど使った白黒魅刀の本来の使い道です」

「あっ……」


 違う。瑛斗は打刀を使いたかったわけではない。

 ただ、あの時月火のあの姿が脳裏を過り、それを真似したかっただけだ。


 打刀を使うと月火との力差に絶望してしまう。



「先輩……」

「私の妖刀は三本あるんです。近いうちに慣れて打刀でも戦えるようにしなさい。現代日本で妖刀を作るのは難しいですからね」



 妖刀とは妖力をその身に秘めた刀だ。

 最も単純かつ簡単な作り方として、死にたくない相手を苦しめながら殺すと相手の怨念や憎悪が篭もり妖刀になりやすくなる。


 後は自身の妖力を込めるとか妖心を乗り移らせるだとかそう言ったものがあるが、相当な技術と妖力が必要だ。



 後者の二つは瑛斗には出来ないので手っ取り早く作れる前者をやりたいが、なんせ法律が許してくれないので既存の妖刀を使わせるしかない。



 今度水明に他に掘り出し物がないか聞いてみよう。





 やる気になった瑛斗にまずは刀を構えさせた。


 白黒魅刀が出来たので構えも分かると思ったが違ったらしい。

 首を傾げられた。



「……一からですね」

「お願いします……」


 月火は軽く腕を組むと瑛斗に両手を広げさせ、つま先から頭の先まで調べる。


「次、手。両手」

「はい」



 瑛斗が木刀を脇に挟んで手のひらを見せると月火は手を添えてじっと見た。


 次に指のしなりや手首の柔らかさを調べる。



 長巻の時にはなかったことをされて疑問に思っていると月火に半周しろと指を動かされたので後ろを向く。



「先輩、なんですかこれ」

「筋力量チェックです。型が変わっていたので」

「今ですか……」


 型が変わったということは二つの可能性がある。



 一つ、練習して更に高みへ上がった。


 二つ、質を放置したせいで退化した。



 たぶん瑛斗の場合は一つ目の方だ。

 しかし本人が違和感と感じるならそれを調べなければならない。


 自分にピッタリと合う型になった故の違和感なのか、別の事を真似しすぎて道を踏み外した違和感なのか。


 踏み外していてもその動きが出来ているということは新しい道が増えたということだ。

 たとえ下手くそでも徐々に上手くなっていくのだから問題ない。



 なので問題は踏み外した事よりも、何故違和感が起きたのか。


 違和感の理由を探らぬまま突き進んでいると再度の違和感の末、自分の型が分からなくなる可能性が高い。



 新しい刀を手にする今、その違和感の理由を突き止めて迷走を無くさなければ。


 違和感が残るままありとあらゆるものに手を付けて()を忘れてしまっては将来、取り返しのつかないことになる。




「瑛斗は自炊ですか」

「はい」

「栄養面は?」

「ある程度は……」

「ここ数ヶ月で変えましたか」

「いえ」

「筋トレ量も時間も体調も変わりありませんか」

「はい」



 月火は瑛斗から木刀を受け取ると長巻を渡した。


「違和感のある動作の前後を」

「はい」



 瑛斗は長巻を構えると斜め上から突き落とした。


『長刀術 刺突水(しとっすい)


「違和感はどこですか?」

「どこ……うーん……」

「まぁ分かったら苦労せずに直せますよね」



 月火に各方向から見てもらい、月火も何度か同じ動きをした後、後方の下から見た時に原因が分かった。



「もう一度」


『長刀術 刺突……』

「ストップ!」


 状態を倒して突き刺そうとした時、月火から静止の声が掛かり、全身の筋力を固めて止まる。


「触りますよ」



 月火は一言断りを入れると瑛斗の胸と腰の後ろに手を添え、それを立てるように中心に寄せた。


「前屈みすぎるんです。それぐらい突き出すなら……」



 なんとなくの納得の後、月火のアドバイスによってさらに納得出来た。



 体を支え、足で踏ん張るための骨盤が動かぬよう固定。

 胸の後ろ、肩甲骨の間を曲げぬよう反らぬよう手で支えられながら股関節を折って全身で乗り出す。



 その時、頭部だけ取り残されると勢いが付く際に危険なので首の後ろも伸ばす。



 伸ばそうとして肩に力が入り、前にのめり込んだり逆に後ろに引き寄せたりしないように。




「対物の大きさにもよりますけど小さい場合は膝を……」



 伸び切っている後ろ足のふくらはぎを押され、そのまま内股のような方向に膝を突いて前足を伸ばす。

 その時には状態を起こして背中と首を伸ばし肩を意識。



「曲げた足のつま先は立てないと次に動けませんよ」



 次に動く時は曲げた足で飛ぶように立ち上がるか重心を前足に変えて移動しながら立ち上がるか。


「……こんな感じです」

「なるほど……!」

「……打刀の稽古は後です。今日は質の向上を目指しましょうか」





 瑛斗は頷くと月火に技の一つ一つを見てもらい、その日は思った以上に充実した一日で終わった。

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