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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
172/201

71.この後輩、挑発しても冷静すぎて乗ってこないところがかなり傷だ。

「走れ〜」


 いつも通りの体育中。


 校庭に火光の声が響く。



 四人は体力作りに勤しんでおり、月火は長時間走れるように訓練中だ。

 よく転けるので一人だけ砂まみれの傷だらけになっている。


 受身を取るのも右が基本になってしまい、毎回同じ方で取らざるを得なくなったので肩や背中が痛い。




 月火がぐるぐると歩き回ってまた転ぶと火光が向かいにしゃがみこんできた。


「大丈夫? 無理しないでよ」

「痛いです……」


 月火が顔を上げると火光が頬の砂を払う。



「ちゃんと休んだ方がいいよ。疲れるでしょ?」

「体力はあるんです」


 月火が立ち上がろうと力を入れると、力を入れたつもりが入っておらずまた顔面から突っ込んだ。


 火光に手を借りて立ち上がる。



「一旦休んで。怪我してるでしょ」

「はぁ……」



 月火は顔や髪の砂を払うと木の側まで歩き出した。


 時々つまずくのを火光に支えられながら木の根に座る。




 ジャージを脱いで砂を叩いていると三時間目が終わった。

 四人が休憩で戻ってくる。


「月火、大丈夫?」

「大丈夫のはずなんですけどね」

「月火さん、血出てるよ……」


 凪担が月火の鎖骨辺りを指さすと僅かに血が滲んでいた。



「……まぁこれぐらいなら大丈夫ですよ」

「本当?」


 左なので気付かなかった。

 転んだ時に石でもあったのだろうか。



 月火が笑ってジャージを羽織っていると火音と一年生三人が出てきた。


 退院してから一年生と会うのは初めてだ。

 瑛斗(あきと)はよく見舞いに来ていたが二人は本当に久しぶりな気がする。




「あ、先輩達! 久しぶり〜!」

「相変わらず元気ですねぇ」

「あれは火光タイプだろ」

「案外炎夏タイプかもよ」


 火光に頬をつままれた炎夏が玄智を睨むと、玄智はすぐに凪担の後ろに隠れた。


「炎夏さんと水月兄さんはほとんど同類ですからね」

「褒め言葉?」



 普段は明るく面白いが、必要な時には冷静な判断と迅速な立ち回りで対応してくれる。

 炎夏は後者が欠けているがそれでも平均以上には役に立つ。


「褒めてんのかすら分からん」

「褒めてるんですよ。素直に受け取っといて下さい」

「じゃあ受け取っとく」




 そんな二人のなんとも単純な会話が終わるとほぼ同時に桃倉と洋樹が瑛斗に牽制されながら飛びついてきた。

 瑛斗で牽制しきれなかったものを火音が掴み抑える。


「前みたいに飛び付くな。危ない」

「あそっか……」

「別に大丈夫ですよ? 優秀な守り神がいますから」

「僕?」


 月火が火光を軽く叩くと、火光は呆れた目で月火を見下ろした。



「あっちがいるでしょ」

「先生も頼りです」

「水月に自慢しとこ」


 火光は嬉しそうに笑うと結月と凪担を掴んで校庭の方に歩いて行った。




 結月の血筋も調べなければ。


 前の水月の詐欺事件で中断されて以降、全くと言っていいほど調べられていない。

 週末にでも本家に戻って見てみよう。


 確か、結月をスカウトした当時に火神の遠い末裔の可能性が出ていたはずだ。




「先輩、見てもらえますか」

「久しぶりですねぇ。どれだけサボってたかチェックしましょう」

「サボってない……はず……です……。……たぶん」

「ネガティブすぎますよ」


 月火は長巻を持った瑛斗を下から上まで見ると自分も木刀を持った。


「やるんですか……!?」

「半身不随相手なら勝てますよね? 私は殺す気でやりますよ」

「えぇ……」



 情けない声を出した瑛斗はいつも通り長巻を持って月火について行く。




 途中で火音の方を見ると心配そうな表情をしていた。

 火音が心配そうな表情をするなど、いったいどれだけの無茶をしようとしているのか。



「神々先輩、無理しないで下さい……」

「五月蝿いですね。しつこい男は嫌われますよ」

「嫌われてもいいので無理しないで下さい」

「何事にも慣れが特効薬ですから」


 月火はそう言うと足を止め、九十度曲がってトラックのほぼ中心に立った。



 瑛斗もいつもの距離感で最近、スランプ気味な構えをした。


 何かの時にどこかを変えたらどうも違和感が残り、おかしなことになってしまった。

 後で月火に見てもらおう。



「どこからでもどうぞ」



 本当に殺気混じりの圧を放つ月火に煽られた瑛斗は覚悟を決めて歯を食いしばると静かに足を引いた。



『長刀術 冬魔(とうま)



 やはり違和感がある。


 とりあえず数をこなしたら治る精神でやり続けた結果、前の型を忘れてしまった。

 そのため、直そうにも直せない違和感の存在に納得し始めているという事は自覚している。


 何も思わず刀を振れるようになった時、その型は本当に正しいのか。

 前の型に戻れたのか、違和感がハマって崩れたまま癖になったのか。



 師がいなければ分かることも分からず、やりたい事も出来ないままただ我武者羅に刀を振る。


 しかし数を重ねれば重ねるほどその違和感が馴染み、不安になっていくのだ。



 月火は実践で通用する型を教えてくれた。

 その型を忘れ、自らの型に納得してしまった時、その型は本当に実践で使えるのか。


 殺しても死なない怪異に対して通用するのかという不安が襲いかかってきて、最近はまともに訓練出来ていない。




 月火にサボっていると言われた時、図星を突かれたので怖かった。




 また怒られる。また呆れられる。また離れていく。


 思い通りに動かない体を叱咤し、増えていく違和感を追求し、教えてくれない周りに苛立ちながら長巻、自分の腕となるそれを避けていた。


 これがなければ怪異を祓えない。

 妖力も筋力も頭も体の中の下の自分がこの世界で生きていく中で、長巻は頼みの綱だ。



 この命綱が切れてしまえば自分はただ落ちていくだけ。


 一度、落ちるところまで落ちた自分だからこそ分かる。

 今、あそこまで落ちたら次の一歩が踏み出せなくなる。


 もし、今の立場から一歩でも逃げてしまったら、長巻を手に取らず、月火と関わるのが怖くなってしまう。




 それだけは嫌だ。

 人生だとか、外聞だとか、そんなことはどうでもいい。


 ただ一つ、どん底にいた自分に光を差してくれた月火にここまで教えて貰えた。

 自分のために大切な時間を使ってもらえた。


 それなのに、自分は怖くて気持ち悪いから逃げます、ではあまりにも失礼で顔向けが出来ない。



 月火に怒られるのが、避けられるのが怖いから逃げていくなら、自らかじりつけ。


 かじりついて食い下がって、相手にしつこいと嫌われるほど粘り付いて踏ん張れ。




 たかが凡人が天才に教わり、出来損ないと言われた自分が神童と讃えられる師匠に教えてもらえている。



 ただその一つのことに感謝し、やるなら相手に愛想尽かされるまでやってやる。


 自分から逃げるな。

 やめていいのは相手が離れていった時だけだ。





『妖刀術 白黒魅刀』




 不意に脳裏に過った月火の戦いの姿。

 たぶん過去の狐戦の時のものだ。



 一般人を守りながら戦っていた瑛斗が、初めて見た月火の妖刀術。


 あれが人生初の感動というものだった気がする。

 今でも脳裏に焼き付いている。




 腰を低く落とし、長巻の峰を手のひらに当て、支える右手の中で滑らせ月火の空いた胴に向かって突き上げる。



 明らかに防げるスピードだった。

 慣れないことをしたせいで背中はがら空き、足でも腰でも頭でも、払って殴って叩けたはずだ。


 しかし月火はそれをせず、逆に瑛斗の攻撃をわざと受けるように体をひねった。




 殺気混じりに見下ろされたその笑みが写真のように脳裏に張り付き、恐怖で長巻を止めるのを忘れるほどに思考が停止した。


 無意識に動いていた体により月火はみぞおちを突かれ、一瞬の吐き気を催す。




「いっ……!」

「あっ……」



 月火は刀を離すとすぐに受身を取った。



 見事に手のひらがズル剥けになったが許容範囲内だ。

 大丈夫。



「すっ、すみません……!」

「いや、大丈夫ですよ。受けたのは私ですし」

「なんで……」

「今の感覚、忘れないように覚えておきなさい。実践で隠し球として使えます」


 意味を理解していなさそうな瑛斗を見上げて月火が笑っていると火音が駆け寄ってきた。



「月火、大丈夫?」

「大丈夫です。生徒が成長してますね」

「呑気だな」

「たいしたことありませんもん。たかが一年の木刀ですし?」



 火音に背中や腕の土を払われながらそう笑う。


 この後輩、挑発しても冷静すぎて乗ってこないところがかなり傷だ。




紫月(しづき)に似てきてないか?」

「……自重します」

「あ、そう」


 どうやら紫月と似るのは嫌らしい。





 月火が瑛斗に手の手当をされていると、珍しく眼鏡姿の水月がやってきた。



 そして水月ともう一人、とても見覚えのあるイギリス人が。

Happy birthday 湖彗

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