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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
170/201

69.「これだよ、完璧超人の元ブラコン」

「タワマンでも買おうかなぁ……」


 そんな呟きをしたのはある日の昼休み。




 教室の窓辺に腕を突き、小さく呟く。


 今日は結月と玄智が任務でおらず、水月のテンションも低い。



 ちなみに火光はもっと低い。



「いいと思いますけど」



 先日、無事三倍の慰謝料を請求出来て一括で払ってもらった。

 インフルエンサーは大炎上、それを記事で取り上げた例の迷惑記者を水月が訴え、こちらからも慰謝料を頂いた。


 ちなみに記者は燃え盛ったまま引退し、逃げや謝罪と言った言葉で大火事になっている。




 世の中厳しい意見が多い。



「タワマン買うぐらいなら新オフィスでも買ったら?」

「それでもいいけど」

「買うより建てないとありませんよ、あの辺りは」


 そろそろ新ビル建設を検討しなければ。

 また人が増えてきたので皆にストレスがかかる前に一つは建てておきたい。



 水月は窓辺にスマホをいじり、火光は教卓でタブレットをいじり、月火は机でパソコンを叩く。



 常人とはかけ離れた金銭感覚の持ち主トップスリーだ。



「てか新支店建設に回したらいいのか」

「おとなしく貯金しといたら?」

「私欲で会社を巻き込まないでください」



 やけに静かな日は必ず何かがあると決まっている。




 今日はそれをそのまま表したような日だった。




 昼休みとは思えないほどの静かさの中で誰かが叫んだ。

 続いて黄色い悲鳴が上がり、水月は教室に入ると扉を閉めた。



 空いている玄智の席を拝借し、仕事中の月火の横顔を撮ると火音に送った。

 既読の瞬間消すと鬼電が掛かってくるが拒否する。



 火音からの思考が伝わってきたのか月火が顔を上げ、静かに水月を睨んだ。



「何やってるんですか。そのアホ面をパソコンに向けて下さい」

「いつにも増して毒舌だね」

「仕事が終わらないんです」



 社内で色々と不備が見つかり、今はそれの対応を最優先にしている。

 商売など水月に任せておけば何とかなる。



 月火の言葉に反応した火光も水月ともに仕事を始め、暇な炎夏は凪担に勉強を教え始めた。

 炎夏が教えるのは一つ、妖輩だけ。


 理由、それしか分からないから。





 ムードメーカーの結月も玄智もいない教室に静かな雰囲気が流れていると教室の扉が開いた。


「火光先生、お客様です……」

「僕?」



 晦の言葉に顔を上げた火光がそちらを見ると、晦の後ろから火光と同い歳の男性が顔を出した。



 黒縁メガネにラフな格好をした男性は躊躇った様子のまま小さく手を振った。


西海土(さいかち)!? なん……」


 火光が顔を跳ね上げた途端、凪担の向かいにいた炎夏が勢いよく立ち上がった。



 輝いていた目はしだいに落ち着き、やがて座り直すとまた凪担に勉強を教え始めた。


「……いきなり珍しい人が来ましたね。知り合いですか」

「そ〜。巡り巡ってね」


 西海土(さいかち)秀次(ひでつぐ)

 日本が誇るライトノベル作家の一人であり、ネット小説が主流となりつつある現代で緻密なストーリー構成を異常な執筆速度で書きあげる稀代の天才だ。


 その分野は転生物からミステリーまで幅広く扱っており、アニメ化、コミカライズ、専門店や映画化も数本あった気がする。



 炎夏が反応したのはアニメの原作者だからだろう。

 炎夏はその記憶力を勉強に使えと言いたいほど、アニメの事になると覚えが良くなる。



「初めまして、妹の月火です」

「あ、は、初めまして……! 火光さんからお話は聞いています」

「そうですか? 大層なことはしていませんよ」


 月火が軽く握手をしていると火音がやって来た。



 後ろの扉が開かないことを確認すると窓から入ってくる。


「月火〜……と?……へぇ、あの有名な」

「驚きですよねぇ」


 二人の要所要所が飛んだ会話に西海土は首を傾げたが、火光は西海土の肩を叩く。


「これだよ、完璧超人の元ブラコン」

「おい」

「あの……!」


 それで思い当たる辺り、まともな説明をされていないのか。




 火音が火光を睨むと火光は静かに目を逸らした。

 嘘は言っていない。



「説明が雑ですねぇ。彼は……」

「月火ストップ」


 今ここで絶賛されてもただ居心地が悪いだけだ。




 火音は月火の口を塞ぐと興味を示している西海土に目を向けた。



「現実で会うのは初めてですね。初めまして」

「あれ、知り合いですか」

「まぁ……分からないと思う」


 分からないように隠してきたのだ。

 分かられたら困る。




 火音は軽く会釈をすると月火から手を離した。


 西海土は混乱中だ。



「あ、あの、お名前……」

「火音……火緖(かつぐ)……どっちでもいいです。お好きにどうぞ」

「雑すぎます」



 月火の椅子に座った火音は足を組むと火光を見上げる。


「忙しい作家呼び出して何してんだ」

「呼んでないよ。暇な時に遊びにおいで〜って言っただけ。ほら、ネタはそこら中に転がってそうじゃん?」

「まぁ確かに……」



 普通の日常よりはネタだらけだ。




 火光はそう言って合掌すると、あとを火音に任せて水月と西海土を引っ張って教室を出て行った。


 炎夏は自席に戻って火音の方に足を向ける。




「火音先生はどういう関係?」

「何回か表紙と挿絵描いたことがあるだけ。まだ代表作から二、三本目だったし……」

「……何歳?」

「えぇと……」


 西海土のデビューが十四で十五の時に書籍化されていた。

 ので、火音が描いたのは十六か七の時だ。


 ガッツリ偽名だったしまさかそこで関わりがあるとは思っていないだろう。

 火音も思わなかった。



「代表作の三本目が十七の時だから……。え、もしかしてミステリーウォッチ……!?」

「どーだろ」



 ミステリーウォッチは代表作の次に売れた小説だ。

 書籍化、漫画化、電子書籍化、アニメ化、アニメ映画化、実写映画化、ドラマ化と社会現象にもなりかけた。


 それプラス、グッズやコラボカフェ等、無断使用が続出したというあのミステリーウォッチ。



 表紙が幻想的で吸い込まれそうなほど奥深いと言われていたあれが。




 火音は月火を膝に座らせると髪を編み始めた。




 もう月火に髪を編んで貰えないと思うと少し寂しい。



「……どう?」

「こんな編み方よく知ってますね」

瑛斗(あきと)が洋樹に教えてた」

「普通逆……逆もないか……」


 少し変わった編み方で編まれた髪を触っていると昼休み終わりのチャイムが鳴った。





 五時間目は火音なので授業の準備を進める。



 凪担は月火に西海土の事を教えてもらい、炎夏は火音の反応を見て真顔で準備を始めた。






 西海土がネタを暴走させかけて帰った放課後、火光は水月とともに廊下で話をする。


 校庭と反対側で、部活で忙しいこの時間なら誰も来ないだろう時間だ。

 水月は開いた窓に座り、火光は壁にもたれかかって本を読む。

 西海土の本ではない。




 水月が煙管を吸い始め、煙たくなってきた。


「学校なんだけど」

「隠してるわけじゃないから大丈夫だよ」

「水月の問題じゃなくて!」

「知ってる」


 火光がこめかみを引きつらせると水月は軽く笑いながら火光の頭に手を乗せた。


「嫌なことからは逃げたらいいよ」

「何急に……」

「いやぁね? ストレス多そうだと思って」



 たぶん、月火の猫かぶりは火光の表裏から来たものだと思う。


 水月も火光が元いた環境を知るわけではないし生まれた頃からあの性格だったのかは知らない。



 そんな脆く細い関係だが、お互い一番信用していると思っている。

 火光は月火にも火音にも見せない素を水月に見せ、水月も火光になら外聞を気にせず愚痴れる。


 月火が二人に一線を引く理由の一つとして、二人の仲に割り込みたくないと言うのもあると思う。

 水月と火光は月火に突っかかり、火音との関係にも割り込むが、月火はそれをしない私欲に飲まれないいい子だ。



 月火の性格は稜稀の異常なほど厳しい性格で後天的な、ねじ曲がった性格になってしまった。


 火光も同じで、生みの母親と引き離されて虐待されていたそうだ。

 たぶん水月にだけ見せる、口の悪い子供っぽい火光の方が真の性格な気がする。



 あくまでも憶測で本人すら分かっていないが、火光の性格が月火に影響していることは確かだ。




「そう言えば月火が近親相姦とDNAについてまとめてたね」

「え?」


 水月のそんな呟きに火光は唖然とした顔で水月を見上げた。



 先日、学食で仕事をしているのかと思って覗き込んだらそれについてまとめていたのだ。

 かなり念入りに調べられていたのでレポートか何かかと思ったが違ったのか。



 水月が首を傾げると火光は静かに顔を戻す。


「病院生活で病んだのかな……」

「課題じゃないの?」

「そんな課題出すか!」


 せめて生物のDNA関係だ。

 近親相姦など人的タブーを調べろなど言うはずがない。


 そもそも死ぬまで知らなくていい単語だ。

 可愛い生徒は穢したくない。



「どうしたんだろ……」

「まぁ……火音との会話に出てきたんじゃない? あの二人の会話おかしいし」

「あ、なるほど」



 二人が笑って納得する。




 数分の沈黙の後、二人は静かに月火の元へ向かい始めた。

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