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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
167/201

66.「棚にネズミの死骸があったらしい」

 痛い。


 そんな事を思いながら自分の左足を動かす。否、動かしている。



 関節が固まったら嫌なので定期的に動かしているのだが、なんせ地獄だ。

 骨が治りきっていないのに動かせなど拷問か何かだろうか。




 月火が激痛に耐えながら関節を動かし終え、右側のストレッチをしていると炎夏がお見舞いにやってきた。



「月火、調子どう?」

「上々です」


 月火が手を振ると炎夏は少し安心したように肩の力を抜いた。


 お見舞いにカステラをくれたので棚に置いといてもらう。



 月火は知衣の意向で六人部屋に移動した。

 そちらの方が看護師の出入りが多いため異変にもすぐに気付けるし、もし何かが起こっても他の患者がナースコール出来るから、と。


 そのために仲良くなっておけと言われたが今まで一度も話したことはない。話す気はない。





「水月と火光が仕事から解放されたって大喜びしてた。朝から体育館でずっと訓練してる」

「元気ですねぇ」


 炎夏が最近の近況を伝え、月火も色々と伝える。



 先日、水月が火神の屋敷の子供達が折ってくれた折り紙を持ってきてくれたのだが、それが千羽鶴三つだったのだ。

 一つはデイヴィスに、一つはレヴィに、そしてもう一つは月火に。


 今もベッドに吊るしてある。




 他にも手裏剣や四羽鶴、バラ、すみれ等。

 中にはハリネズミや雀を折ってくれた子もいた。




「そう言えば玄智さんは?」

「出掛けてった。どうせ彼女とかだろ」

「まだ女友達じゃないですか」


 他人に聞かせる話ではないことを自重し、雰囲気を変えた。



「玄智の周りも女子多いもんなぁ」

「本人が女子ですからね」

「そっか」


 二人があははと笑っているとムスッとした表情の玄智が入ってきた。

 普段は二重(ふたえ)ほどまでかかっている前髪を珍しくセットで変えている。


 右分け目で少しかきあげて流している。

 玄智がやるには珍しい。




「女遊び酷いみたいな言い方しないでよ」

「ごめんごめん」

「失礼」


 玄智は膨れっ面のまま月火のベッドに座った。


「骨折はどう? 間に合いそう?」

「さぁ? 間に合うといいですねぇ」


 そんな他人事のように言っていると炎夏と玄智、二人ともに頬をつねられた。



「自分の事でしょ」

「把握しとけ」

「いひゃひ……」


 これだけ引っ張られても骨も筋肉も痛くないのだからずいぶん回復したものだ。

 左半身は微妙だがたぶんよくなる。



「聞いてますか月火さーん」

「聞いてないです」

「聞けよ」


 玄智と炎夏は散々文句を言った後、時間になったからと出て行った。






 午後、検診を終えた月火は綾奈に車椅子を押されて病室に帰された。


 どうやら月火の一時間の検診の間に新しい人が入っていたらしい。

 四人だった患者が五人に増えている。


 月火と一番離れた斜め向かいのその隣だ。


「火音ぐらいには言っといた方がいいぞ」

「時間があれば。ありがとうございました」


 月火はベッドに座ると呆れた目で見下ろしてくる綾奈に手を振ると、新しくベッドに置いてあった紙袋の中を覗いた。

 底が広い大きめの紙袋だ。




「お嬢ちゃん、神々の会社の人?」


 隣のベッドに座っていた中年男性に話し掛けられ、月火は小さく頷いた。




 ここ入院し始めて約一ヶ月、ほとんどを集中治療室で過ごしていたとはいえ、初めて患者と話した。


「お嬢ちゃんが出てからすぐにね、強面の……黒いスーツの男の人と小さな背の私服の女の人がそれを持ってきたんだよ。名札に神々社……今はグループだっけか。の取締なんやらの……社長さんかな?」

「あの二人……ありがとうございます。誰か分かりました」


 社長は月火だ。

 そして取締役と付いているのは五人。

 代表取締役社長、取締役社長秘書、取締役副社長、取締役副社長補佐、副代表取締役専務。


 社長は月火、専務は水月。

 月火グループともなると副社長も二人必要なので神々社の副社長と月火社の副社長を二人副社長に上げた。


 強面の男が元月火社副社長、現月火グループ取締副社長である喝牛(かつぎ)

 小さな背のオドオドした女性が元神々社副社長、現月火グループ取締副社長補佐の栗沢(くりさわ)だ。





 紙袋の中には高級和菓子と花束。

 それに何か、カラフルな単語帳のようなものも三つ入れられている。



 月火が首を傾げながらそれを一つ持ち上げ中を見ると社員一人一人からのメッセージカードだった。


 回復を祈る声や仕事を讃える声、会社は任せろという頼もしい言葉や戦闘や勉学を労う声も。



 本当に優しく頼もしい社員達だ。

 中には前科ありだったり執行猶予付きの人も数人いるが、その人達は皆感謝しているから、早くよくなってくれ。

 皆が待っているから、と。




 我ながらいい人々を選んだものだ。

 一番はあの強面のガタイのいい喝牛が絵文字を多用していることか。


 今度、各課宛にプレゼントでも送っておこう。

 何が言いだろうか。


 だが、その前にこのメッセージを全て読みたい。






 月火が社員の面白話やギャグセンス高めの話を読んでいるとどこから舌打ちが聞こえてきた。

 無視してそのまま読み続ける。



 たぶん会社一面白くギャグセンスの高い社員の話に笑いを堪えているとどこからか菓子の袋にティッシュが詰められたゴミが飛んできた。


 頭に当たったので、目に入らなくて良かったと思いながら黙ってそれを捨てカードに視線を落とす。



 それが何度か繰り返された後、ついにはボールペンが飛んできたので寸止めで掴み止めた。


「捨てていいんですか?」

「返しなさい泥棒!」


 新しく入ってきたたぶん六十路程のおばさんの怒鳴り声を聞きながらそれを投げ返す。



「お嬢ちゃん、今の凄いなぁ」

「ギリギリで止めてたね。見えてたん?」

「一応妖輩者やってますから。このくらいは音で分かりますから……」


 隣のおじさんと向かいのおばあさんに話し掛けられ、月火が苦笑していると斜め向かいの女の子が話しかけて来た。



「お姉さん、月火グループの社長さんですか? お母さんが言ってたんです」


 たぶん澪菜と同い歳か、それより一つ下か。


「そうですよ〜」



 テレビ取材も雑誌等にも一度も顔出しはしていないが、ネットやスクープで勝手に撮られてアップされたせいでいつの間にか顔が晒されていた。


 特に問題はないが日常生活で話し掛けられると少々面倒臭いと思う事がある。

 特に同い歳の敬語とタメ口の分別もついていない人達は。



「ほぉ! じゃあさっきの人たちの上司さんか!」

「若いのに凄いんやねぇ! 月火グループ言うたら電化製品とか家具とか出してるところやろ?」

「靴とか服もなぁ!」


 あっという間に病室が盛り上がり、何故それを知っていると言う情報がシェアされていく。




 婚約者の話が出た時、よく見舞いに来る人の中の誰かと聞かれた時は少し戸惑ったが斜めの女の子が上手く逸らしてくれた。

 たぶん月火が隠しているのと火音が何度もはやし立てられている事を知っていたのだろう。




 二つ隣の人も会話に参加し、四人で盛り上がって月火が聞き手に回っていると突然、おばさんが隣の女の子にペンを投げ付けた。


 女の子は頭を抱え、月火は静かに手を差し出す。



 いきなり呼び出された白葉は反射的にペンを跳ね返すと驚きいて逃げるように消え、今度は狐のまま寝起きの黒葉に隠れながら出てきた。


 まだ月火が本調子ではないためいつもよりは少し小さく、しっぽも二本だけだ。



「怪我はありませんか」

「あ、は、はい……!」

「ちょっとあんた! さっきからペンとかゴミとかなんなんだよ!」

「非常識にも程があるわ! お嬢さんも神々さんもなんもしてあらへんで!」


 おじさんとおばあさんが怒鳴るとおばさんはその二人にも箱ティッシュと空のタッパーを投げ付けた。




 月火が黒葉と白葉を使って守らせると今度は本当に無関係の向かいの男の子にそれを投げつけた。




 果物ナイフ、それも刃が出た状態の。


 この人、精神患者ではないのだろうか。

 ただのサイコパスだとしてもこれは強制入院で監視した方がいいと思う。



 たぶん高校生、月火より歳下ほどの気の弱そうな、凪担を彷彿とさせる男の子は頭を抱えた。




『妖心術 戒呪守操(かいじゅしゅそう)



 急落下したナイフの刃は普通では有り得ない程にねじれ曲がっており、男の子は大粒の涙を流す。


「な……何しとん!? 有り得んわ!」

「お嬢ちゃんいなかったら死んどったぞ!?」


 女の子は男子に駆け寄り落ち着かせ、月火は綾奈に連絡しながら黒葉に相手のカーテンを閉めさせ、白葉からナイフを受け取った。


 反射的に使ってしまったのでこの形ならもう片付けられない。



 黒葉と白葉を消してから綾奈にナイフの写真を送るとすぐにやって来てくれた。


 どうやら道中で監視カメラの看護師からも連絡があったようだ。

 休憩中の知衣もやって来た。



「初日から問題起こりましたけど」

「空き室あるっけ……」

「ありませんよ。だから月火のベッド空けるのに必死だったんでしょう」

「うーん」


 仕事顔の綾奈と知衣の会話中、月火がメッセージカードの続きを読んでいると綾奈に話し掛けられた。




「なぁ月火?」

「なんにも聞いてませんでしたけどはい」


 月火が適当に頷くと四方八方から微妙な視線が集まってきた。

 どうやらこれだけ話しても月火の完璧超人と言う偏見は抜けていなかったらしい。



「患者とベッドの数が合わないからどうするかって話」

「学生か教師は?」


 いたら保健室に詰め込めるのだが。



 しかし既に保健室も満室らしく、病院も妙に賑わっている。


「何かあったんですか」

「二百人規模の食中毒患者が入院中。学校の給食にボツリヌス菌が大量に……」

「なんでですか」

「棚にネズミの死骸があったらしい」



 衛生管理者は誰だ。

 気持ち悪すぎる。





 聞いたことを早々に後悔した月火は顔をしかめるとカーテンの中で大音量、たぶん隣室に聞こえるほど大きな音でテレビを見始めたおばさんに視線を移した。


「精神病棟に空きはないんですか」

「精神病棟患者じゃない。もっと騒がしくなるだろ」



 月火は看護師からファイルを受け取った綾奈にそれを回される。


 中を開いて病室状態を確認していると火音がやって来た。




 今日は一人のようだ。



「綾奈、いい加減寮に帰らせろ」

「自立出来たらな」

「世界にはサプリと飲み物だけで一年以上生きた記録がある」

「らしいな」


 火音は月火の傍に座ると後ろからファイルを覗き込んだ。



 ある程度の思考は伝わってきており、月火も火音の来室に驚いた様子はない。


「……火音さん、一人で生活出来ますか」

「四ヶ月間の繰り返しなら」

「……体調崩したらどうしよう」


 一人にさせたくない。



 絶対体調を崩しても隠して無理をしてしまう。


 かと言って火光や水月は嫌がるし海麗は頼りにならないし他に頼める人はいない。

 月火が退院したら早いのだが最速でも一週間はかかってしまう。


 やはり病室は移動させない方が無難だ。



 移るにも移る場所がないしチェンジするにも他室の人に迷惑をかけるわけにはいかない。

 ただでさえストレスの多い病院生活でさらにストレスがかかるのは投資者、スポンサー的にも望ましくない。


 名誉が落ちると契約に反するからだ。



 まぁこの病院は他社とのトラブルを防ぐため月火グループとしか契約していないのだが。

 そしてその社員と院長同士が知り合いてどうにでもなるのだが。



 月火が悩んでいると、水月までやってきた。

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