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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
166/201

65.面白い体験をしたものだ。

 そろそろ病院食にも飽きてきた。





 普通病棟に移って数日、最近は首の痛みも治まってきたし右肩の痛みもなくなってきた。


 相変わらず左半身はほぼ動かないがそれでも右手で動かせば痛いが何とか動く。


 左腕ギプスに左足ギプスはそろそろ疲れた。

 早く寮に帰りたい。




 月火が味のしない食事を、作ってくれた人に悪いからと無理やり食べ終わった夜中の深夜二時。海麗がやってきた。


 こちらに来るついでにカーテンを閉めてもらう。




「やほー」

「こんばんは。何時だと」


 海麗は小さく笑いながら椅子に座ると紙袋の中からバナナといちごを取り出した。



 胃は治っているので月火の食事制限は解除されたばかりだ。が、解除されているなら気にする事はない。




 月火が顔を輝かせると海麗はバナナといちごを切って紙皿の上に乗せてくれる。


「はい」

「ありがとうございます……!」

「病院食ってまずいよねぇ。世界共通知識だよ」


 十三年間病院食生活を送ってきた海麗は退院後初め、慣れすぎて味の濃いものが食べられなかった。


 結果、自炊をすることになったのだが、なんせ慣れるまでは苦行でしかない。




 食事制限のない月火はまだ味変の余地があるのでいい方。

 海麗は高血糖や不整脈防止のために食事制限ありだったので本当に地獄だった。



「入院に関しては誰よりも詳しくなれたよ。フランス語もね」

「妖輩は長期入院する事がほとんどありませんからねぇ」



 長期入院を要するほど大きな怪我の可能性がある任務には向かわせないし、特級も大抵の怪異は瞬殺だ。


 そのため長期入院する事が滅多にない。




 まぁ月火は二回目だが。


「心臓止まった時は驚きますよねぇ」

「ちなみに今回も死にかけてたよ」

「え?」



 海麗によると、月火が怪我をして二週間の間に一度だけ心臓が止まった瞬間があったらしい。


 AEDや心肺蘇生法で何とか回復したが、一時は大慌てだった、と。





 その話を聞いていちごを頬張った月火は遠い目をする。



「私……その時たぶん川にいたんです」

「川? 三途の?」

「たぶん……。向こう岸に黒縄の藁人形が落ちてて」


 藁人形が落ちており、拾いに行きかけて片足を川に突っ込んだ。


 すぐに止めたがもしかしたらその時かもしれない。



 祓われた藁人形が向こうにいたならこちらは此岸、向こうは彼岸だったのかもしれない。


 面白い体験をしたものだ。





「……海麗さんならあの特級を祓えましたか」

「どうだろうね。まぁ……全盛期ならいけたんじゃない?」

「やっぱり弱いんですかね」




 いやそんなことはない。


 もし藁人形が全く同じ動きで月火と海麗が入れ替わった場合、海麗は初めの時点で複雑骨折をしていたと思う。


 最後の攻撃で全身粉砕骨折の即死は確実だ。




「その節はお世話になりました」

「いやいや。色々と助けてもらったからね」

「お互い様ですよ」




 月火は皿を渡すと更に追加させる。

 いったいどれだけ食べる気か。



「でも月火が僕より強いのは確実だよ」

「それはブランクがあるからですか」

「ううん。なかったとしても敵わなかった気がする」



 と言うが、月火は普通の状態では海麗に負けると思う。

 たまたま神託を使えたから良かったものの、もし失敗していたら妖刀もない中でただ逃げるしか出来なかった。

 いや、あの早さなら逃げる事すら出来なかっただろう。





「そう。聞こうと思ってたんだよ」

「何をですか?」



 バナナを頬張った月火が首を傾げると海麗は丸ごとかじりながら四週間前、黒縄が現れた日のことを思い出す。




 あの日、月火の鎖が壊れた後、月火の妖力が正しくバケモノのように跳ね上がった。


 昔の、(あやかし)の血が濃い妖輩者ならまだしも現代人であれほどまでに倍増させるのは妖心術でもない限り無理だ。


 しかし月火が使用する神々に代々伝わる九尾の妖心術にそんな技は存在しないし、たとえ九尾の神通力だとしても神通力を使うほどの妖力は残っていなかったはず。



 いったい月火が使ったあの技はなんなのか。





「……火音さんにも言ってないんですよ。兄さん達にも稜稀にも水哉様にも」

「誰も知らないってこと?」

「……紫水(しすい)様から教えてもらったんです」


 紫水、水哉の義母であり月火の曾祖母、月火に妖刀三本を託した人物に当たる。





 紫水の子は祖母である花蓮(かれん)一人だけ。

 紫水は生まれつき体が弱く、花蓮を産んだ際に子宮を摘出、二度と子の望めない体になってしまった。



 家族三人で忙しなく暮らしていたある日、花蓮は近所に引越してきた少年と出会う。後の夫である。





 幼馴染として小、中、高、大とともに妖神学園に通ってきた二人は導かれるまま結婚。

 長男の蓮、長女の稜稀が生まれ、四人仲良く暮らしていた。



 稜稀が結婚した直後、花蓮が急死。不吉なまま招かれるように花蓮の父、紫水の夫も亡くなった。

 そしてその厄災を打ち砕くように生まれたのが長男の水月。


 花蓮と祖父の穴を埋めるように稜稀の元には水月と火光がやって来て、待望の女児、月火が生まれた。




 稜稀が仕事に追われる中で、水月と火光は水哉が面倒を見て、おとなしく話しかけなかったらうんともすんとも言わなかった月火の面倒を紫水が見ていた。




 その時、紫水が教えてくれた。


 御三家の神という字にはとても不思議な力が宿っており、決してこの字を絶やしてはいけない。

 この字は神様に見守られている証拠であり、この字を持つ限りは神様が助けてくれる。




 妖心術

 太古の昔、人々が妖から授かった()で織り成す人々を守るための術





 御三家が作られるずっと前、神々の祖先は神社を営んでいた。

 神社は深い山奥にあり、奇妙な力を持つ呪われた血の祖先が早死しないために神に仕えるため建てた神社だ。



 たとえ参拝客が来なくとも、我々は神に仕えるために神社を守り続けた。


 月火が生まれるずっと前の地震で山が崩れ、今はもう開拓も進んでその神社は残っていないらしい。

 しかし紫水は代々受け継いできたその写真を持っており、暇な時はいつも見せてくれた。


 今でもよく覚えている。



 木々に囲まれた森には大きな鳥居が立っており、その後ろには滝のような何かがあったモノクロ写真。



 白黒だったが、現代では表せない神秘さが印象的で不機嫌な時はいつもその写真が見たいと強請(ねだ)っていた事もある。






 妖神術は神の力を借りて自身を強化する。


 よくタイムリープで逆行した人が未来のものを見せたら人々は神と崇めた、などの逸話があるだろう。

 要はあれと同じだ。





 (未来)から力を借り、今の自身を強化して神になるため生き残る。


 その代償として神託を(ひつ)すると神からの加護が消え、その瞬間から過去の自分へ貸さなければならない。




 ただ、妖神術にも大きな欠点はある。

 太古に作られた術が、改良も何もされずそのまま伝わっているのだ。

 逆に緻密すぎて改良しようにも入る隙間がないのが事実なのだが、今はそんなことはどうでもいい。


 太古の昔に作られたが故、妖力量の基準がまず違う。




 妖神術を使うためには、月火の完全回復して今にも気絶しそうなほど詰め込まれた妖力の約二倍必要で、一度の貸出分には約丸二日かかる。


 が、意識がある間に意識して貸し出さなければならない。

 そのため寝ている間や放心状態の間はほとんど貸していないため、計算的には二日で済むものも三日四日と長引く場合がある。




 月火が八日間寝込んでいたのはそのためで、完全に貸し終わってから初めて()の自分の妖力回復が始まる。





 神託はその場の強化であり、未来の自分との契りでもある。




 ちなみに記録に残っている歴史上、月火が初の使用者となった。


 先代以前の神々当主は狂ったような強さを持ち合わせており、そもそも神託に頼るほど危機的状況に陥ることがない。




 妖輩の血が薄れる一方で、このストレス社会で怪異は強化され続けている。

 強すぎるが故に人間と怪異のハーフが出来たりするが、それも昔なら普通にあったこと。



 火音がハーフでかなり力を受け継いでいるのでこれで神々の力も回復すればいいのだが。






「やる気満々だねぇ」



 ニヤリと口を歪める海麗にハッとした月火は枕を投げ付けた。


「変態」

「そっちが言ったんでしょ」



 いや言ったのは海麗だ。

 月火は何も言っていない。



 海麗は月火の寝台を整えるとフルーツのゴミが入ったパックを紙袋に戻した。


「なんでこんな時間に来たんですか?」

「昼間だったら人がいるじゃん。人気者だし」

「最初から聞く気満々だったわけですか」

「うん」




 海麗は軽く頷くとまた椅子に座り、月火とお喋りを楽しむ。



「火音さんには秘密ですよ」

「分かってるけど。……言わないの?」

「言いません」


 言ってしまったら禁止されてしまう。

 火音に禁止されたら破った場合、月火の意識的な面で色々と問題が出てくるので言えない。



「いつの間に束縛男になったのかな」

「生まれつきでしょうね」

「火光の時は普通だった気がするよ?」

「じゃあ……婚約してからか……」



 月火が感覚のない左手薬指にハマる指輪をくるくると回していると海麗が回って覗き込んできた。


「婚約指輪? 火音と同じだね。ペアとかじゃないんだ」

「お揃いの方がいいんですって」



 月火の左手薬指には婚約指輪が、右手中指には誕生日プレゼントの指輪がはまっている。



「たまに右手人差し指にもはまってない?」

「あれは……」


 あれは月火が婚約指輪を失くしたとき、と言うか盗まれた時に火音が代わりにと言ってくれた指輪だ。



 月火は小指以外ほとんど同じ太さなので、だいたいどの指でもはまる。

 小指は細すぎてすぐにズレ落ちてしまうことが多い。




「ロマンチックだねぇ。二人の思い出話聞かせてよ」

「色々ありますよ?」

「じゃあ……一番大変だったことは?」




 一番大変だったことか。


 なんだろうか。

 やはり二人が離れ離れになった時か。




 月火が凪担を捕まえるため各国を転々とする間、四ヶ月間会えなかった。

 その間に当時はまだ火音に執着していた氷麗に染められ、火音は四ヶ月のほぼ断食をしざるを得ない状況になっていた。



「月火特製栄養バーってのは?」


 栄養バーは、月火が離れるとなった際に火音の栄養失調と空腹を懸念した月火が無心で大量に作ったバーだ。



 最初は良かったものの、僅か一ヶ月で氷麗に染められたせいで予定が狂ってしまった。


 本当はバーの妖力が消えるのと氷麗に染められるのがちょうど入れ替わりで起きるはずだったのに、氷麗が自ら近寄ったせいで比較的染められやすい火音はすぐに染められてしまった。


 その結果、結局バーを食べることが出来ずに綾奈に栄養点滴を貰うことになってその後、火音はあからさまに氷麗を嫌っている。





 今はまだマシだが当時は近寄ってきても突き飛ばす並に嫌っていた。



「凪担さんを追いかけてる途中でフランスにも言ったんですよ。リールとマルセイユに」

「リールって俺がいた病院があるとこだよ」

「そうなんですか? 二月か三月でしたけど」

「じゃあもういないや」



 その頃には日本の大学院に移され、その後主治医が知衣に変わっている。

 二月か三月なら既に帰国している時期だ。



「追いかけてるって事は他のところも行ったの?」

「行きましたよ。韓国、中国、日本、ロシア、スロバキア、ノルウェー、ドイツ、フランス、ギリシャ。四ヶ月と一週間で」

「ひぇ……よくやるねぇ……」



 やらないと火音の元へ帰れなかったのだ。

 やるしかなかった。やりたくなかったが。




 月火が頬を膨らませると海麗は小さく笑った。



「そんな顔見せたら火音が怒るよ」

「独占欲が強まってきましたしね」



 たぶん前はもう少しマシだった気がする。

 マシなのを隠さずにいたが、今は重症化を隠している。


 今の状態で変化なし程度の束縛。



「それじゃあ聞きたいことも聞けたし僕はこれで。邪魔してごめんね」

「またフルーツ持ってきて下さい」

「いいよ」




 海麗は月火に小さく手を振ると病室を後にした。

Happy birthday 晦知衣

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