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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
165/201

64.むぅ。

「やっぱり目立ちますよね」

「いつも目立ってるからな」

「そうですけど……」



 車椅子に乗った月火は火音の隣に並び、体育館を眺める。


 現在、暇な妖輩者を歳関係なく全員集めて体育館に入るだけ詰め込んだ。



 等間隔を開けてあぐらをかいて精神統一させ、妖力の動きを感じさせる訓練中だ。


 月火も神託を使ってから、妖力のキャパが倍ほどに増えた。

 たぶん妖力の箱が伸びて大きくなったのだろう。



 皆にそれが出来るとは思わないが、目を瞑ったまま妖力だけで相手を察知出来るほどには鍛えたい。



 月火と火音は幼少期に習得済み。

 水月、火光、海麗、水明、水虎、瑛斗の習得組は道場で体術の訓練中だ。


 海麗の顔が火音に海麗師匠と呼ばれた時並に輝いていたのが忘れられない。




「昔から頭のネジ外れてる人だったからなぁ……」

「だから……」


 火音のネジも外れているのか。




 月火が一人で納得すると頬をつねられた。

 むぅ。




 それから三十分ほどした頃だろうか。

 開始四十分で集中力のないものは切れ始めた。



 特にまだ任務にも出ていないような最年少の初等部一年はすぐに立ち上がる。


「飽きたぁ!」

「帰っていいですよ」


 月火が手を振ると男の子は目を輝かせて体育館を飛び出して行った。


 脳内死亡者リストに書き込む。




「不謹慎だなぁ……。……飽きた奴と集中力が切れた奴は帰ってよし!」


 月火に伝えられた通りそう言った火音は不安で月火を見下ろした。



 頬杖を突き、冷たい目で残っているものを眺めている。


 選別する、人を選ぶ時の目だ。





 どれだけ経っただろうか。


 たぶん二時間ほどだ。

 皆の集中力が切れてきて、中には何も言わずに勝手に帰る人まで出てきた頃。


 習得組チームが戻ってきた。




 海麗と水月は息が荒く、先ほどまで戦っていたことがよく分かる。


 瑛斗も疲れが見え、火光はケロッとしており、水明は瀕死だ。




「おかえりなさい」

「ただいま。……減ったね」

「集中力が切れた人達は帰らせてますから」

「え……いいの……?」


 集中して感じ取る訓練なのにいいのだろうか。




 火光が驚いたように見下ろすと、月火は軽く頷いた。




 集中力が切れた状態では訓練の意味がない。


 必死に妖力の気配を探っていれば今頃炎夏と結月のように冷や汗をかきながら顔面蒼白で、それでも時の流れを忘れたように気配を探り続けるだろう。



 別に強制というわけではない。

 ただ、出来たら生き残る確率が上がるよと言うだけ。





「だけじゃないだろ。それが全てだ」

「勝てなきゃ意味ないですから」

「生きてなきゃ勝てないし」


 二人の突然の会話に皆首を傾げたが、月火は笑って誤魔化すと時間を見た。




 五時十九分三十秒。


「瑛斗、二十分までに竹刀を一本」

「あ、はい」


 瑛斗は体育館を飛び出すと屋根を使って最短で倉庫まで行き、最短で戻ってきた。


 二十二分十七秒。



「体育館二十七週」

「はい」


 月火は竹刀を受け取ると火光に竹刀を渡す。




 指文字で指示をしてから戸惑う火光に早く行けと指さす。

 目指すは瑛斗のような何を言われても反射的に動く精神だ。



「あの子は月火の弟子?」

「後輩です」

「師弟関係に近いだろ」



 頼まれ、了承し、師弟関係完成。


「そんなものですか」

「案外簡単だったりする」



 月火の師は誰だろうか。


 やはり火音か。

 直接の指導はなかったが火音の動きを見て学んだので火音なのかもしれない。


 よく分からない。





 そろそろ飽きてきた月火が躊躇っている火光を睨むと火光は覚悟を決めて歩く振りをしながら炎夏の頭目掛けて竹刀を突いた。




 すると炎夏は目を瞑ったまま体を後ろに仰け反りそれをかわす。



「危ねぇなぁ?」

「月火に命令されて」

「凄いですね。さすが水虎さんの一番弟子!」


 月火の代わりに火音が拍手を送ると炎夏は怪訝そうな顔をした。




 月火は結月もやれと顔を動かす。


 火光が小さく頷きながら何度か周りを練り歩き、結月の後ろに来た瞬間に竹刀を突いた。




 結月は頭を抱えてそれから逃げる。



「ななな何!? 邪魔しないで!?」

「ねぇ僕これ嫌なんだけど!」

「五月蝿いですね」



 月火は炎夏と結月を呼ぶと二人に今まで感じていた感覚を聞く。





 人は感じて話して初めて覚える。



 二人の記憶に染み付くよう、質問を食い下がると頷いて海麗に任せた。


「第一ラウンドクリアです」





 二人の質問の声が聞こえたのか、凪担と桃倉と久しぶりに見た羽賀(はが)(こう)も集中力を高めた。




 火光は嫌がったので水月にバトンタッチし、月火は二十七週走り終わった瑛斗を見下ろす。


「お疲れ様です。懸垂でもして休んどいて下さい」

「はい」


 やる気に満ちた目で頷いた瑛斗は息を整えると肋木の最上段の出っ張りに掴まり、一人で懸垂を始めた。




 両腕三百、片腕五十ずつ。



 月火に、腕なら大丈夫と思って筋肉を付けると高身長で腕が短くなるとネットで拾った画像を見せられ、回数を減らしたのだ。


 少し筋力が落ちた気がすると言えば、筋肉が落ちたのだから当たり前、片手でフライパンが振れなくなったら教えろと言われた。




 瑛斗は武器中心の戦闘スタイルになったのでフライパンさえ振れたら武器に影響はないらしい。

 ただ、刃物の切れ味は常に触れただけでも切れるほどに研いでおけ、と。



 色々なものを見て調べたし月火にも資料を貰ったので今は勉強中だ。

 月火が自由に動けるようになったら凪担と火音と同時に教えてくれるらしい。




「……ふぅ」

「お疲れ様です。休んでいいですよ」

「いいんですか」

「そこを疑うんですか」


 今まで従順だったのに急に疑われた。




 月火が破顔すると瑛斗は首を横に振って水分補給を始めた。



 やはり回数を減らすと物足りなく感じる。

 月火は回数を減らして内容を増やすわけでもなく、そのままの通りで回数だけ減らしたのだ。



 瑛斗が角に体を向けながら手を見つめていると後ろで炎夏が竹刀を振った。


 右足つま先を軸に左回転をする。




「なんだ避けられたし」

「あ、すみません。どうぞ」

「いや……」



 瑛斗が手を差し出すと炎夏は顔を引きつらせて後ずさった。



 近付いてきた火音は炎夏の手の上から竹刀を掴むと瑛斗の頭に振り下ろす。



「炎夏、気は張っとけ」

「はい……。……ごめんな」

「大丈夫……です……!」


 頭を抱えた瑛斗は水筒を置くと月火の傍に戻る。




 二人とも頭の中で会話しているのか楽しそうだ。

 人生、生きている中では不思議なことに出会うものだ。




「……やったんですか」

「やってない」

「帰ったらやりましょう」

「うーん……」



 最近、人に触れたり人が触れたものに触れる事に抵抗が少なくなってきた。


 分単位では無理だが、海麗で試したら最長三十秒はいけた。

 それ以上は鳥肌と吐き気を催したので無理と判断。



 知衣に報告しなければと思いに思い続け結局出来ていない。


 帰って月火と一緒に書こう。





「……七時ですよ。帰らなくて大丈夫なんですか?」


 瑛斗が声を掛けると月火は向かいの時計を見た後、火音に頼んで大きく合掌させた。


 体育館中の微かな浮遊感が消え、消えてからようよく月火の妖力に包まれていたことに気が付いた。




 皆の集中が切れ、何人かはバタリと倒れていく。



「はぁ……疲れる」

「無理しないで下さいよ」

「皆同じこと言いますねぇ」

「当たり前ですよ」


 月火としてはお疲れ様と言われたいが黙っておく。





 月火が病室に戻ると綾奈が窓辺に座り、バインダーと睨めっこしていた。



「見てるのは紙だろ」

「見た目ですよ見た目」



 月火と火音はいつも通り他人には伝わらない会話をしながら、月火は片足でベッドに飛び移った。





 臨機応変に対応してくれた海麗と仕事を空けて助けてくれた晦姉妹、後の処理をしてくれた御三家の皆には近いうちに届く菓子折を配る予定だ。

 配る、と言うより火音に頼んだ。




 月火が火音によって編まれた髪を解き、起き上がったベッドに持たれると綾奈が顔を上げる。



「月火、明後日に移動になった」

「明日じゃないんですか……」

「一人緊急入院が入ってな。明日の夜に退院する事になったから」


 予定では明日だったはずだ。




 早くこの機械倉庫から抜け出したいのだが。


「緊急入院って」

「どっかの科学者が全身大火傷してな」

「……はい」


 科学者に事故は付き物だが全身大火傷とは何があったのか。




 粉塵爆発でもしたか、白衣でも燃えたか、髪に燃え移ったか。

 何にせよ不運な人だ。





 月火が真顔で頷くと綾奈は頷き返してから今度は火音の方を見た。


「体調は?」

「普通」

「問題児の言葉は信じられない」


 じゃあ聞くな。



 そう言いかけたが月火の視線で黙り、肩をすくめる。


「本当になんもない」

「じゃあいい」



 綾奈が出て行くと入れ替わりで水月と火光もやってくる。



「月火、仕事の調子はどう?」

「しばらくは問題なさそうですよ」


 ここ一週間ほどで、重役六人と総動員数約百万人が回しきれなかった仕事を月火が動かし始めた。




 水月と火光もそれを見させてもらったが、まず頭の回転が尋常ではなかった。

 それを資料を見ながらタイピング、電話をしながらメールを送り、会議をしながら資金計算。



 一度にひとつのことをやるなど当たり前で、最低二つ、最高五つ。


 片手でタイピングしながら片手でタブレットで仕事確認、机に置いた資料を眺めながら電話で会議に参加し、ミュートを上手く使いながら水月と相談。

 頭の中で火音とも会話していると言っていた。



 とりあえず、月火が異常ということを再確認しただけで他に得ることはないまま終わった。





「月火がそう言うなら安心だね」

「言わなくても安心だよ」



 水月と火光は胸を撫で下ろすと首の後ろを押えている月火を心配そうに見下ろす。





 まだ頚椎損傷の怪我が治りきっておらず、首を振ったり振動は痛いらしい。

 今日はそれを覚悟の上で出掛けていたのだが、ほとんど動かしていなかった。


 鎖骨や肩に負担が掛かるのでギプスは出来ないらしい。



「大丈夫?」

「大丈夫ですよ。……そうだ兄さん、火神の屋敷の子供達に折り紙を頼んでくれませんか」

「折り紙? いいけど……」



 デイヴィスとレヴィにお礼を送るのに、メッセージカードと折り紙を付けたいのだ。

 外国人は折り紙と着物に弱いらしい。




 月火もやりたいのだが、なんせ左腕が動かないので上手く折れる気がしない。

 子供達なら一人ぐらい好きな子はいると思う。



 たぶん月火の部屋に置いてあるので、また火音から受け取って届けてほしい。


「えぇと……明明後日までに折れる分だけでいいです」

「了解。火音、行くよ」


 水月は嫌がる火音を引きずると火光も引きずって出て行った。








 一人になった月火は静かに息を吐く。



 やはり半身の感覚がないままの生活と言うのは疲れる。


 いつ言うべきか、言わずに治すべきか、主治医に頼んで二十五日まで伸ばすか。




 道はいくつかある。

 今度、知衣にでも相談してみよう。

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