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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
163/201

62.そろそろ厨二病を疑った方がいいかもしれない。

 息が止まったかと思い、ハッと目を覚ますと咳き込んだ。

 全身に激痛が走る。




 声にならない悲鳴を上げると炎夏が月火を覗き込んだ。





 三年生と一年も全員覗き込み、月火は眉を寄せる。


 火音が居ない。



「………………」


 声がかすれ、喋るだけで針に刺されたような激痛が走る。


 皆が何かを言うが聞こえず、月火が眉を寄せると知紗が一年の間から覗き込んできた。




 何かと思えば手話で容態を伝える。


 今、鼓膜が破れてほとんど聞こえていない状態らしい。

 他にも左半身は全身骨折、右の肋も何本か折れており、右の鎖骨にもヒビ。


 内臓が傷付いているのでしばらくは離乳食並のまずい食事と二から四週間は入院との事。






 月火の目から光が消え、皆が不安なまま晦を見る。



「月火どうしたの……?」

「二から四週間は入院なので絶望してるんだと思います。大丈夫かな……」


 皆が不安になっていると火光と水月がやって来た。




「月火起きたの!?」

「誰か連絡した?」

「俺」


 炎夏の連絡により駆け付けた二人はベッドを覗き込むと盛大な溜め息を吐いた。


 月火は怪訝そうな顔をしている。



「大丈夫なの?」

「耳が聞こえてないので手話じゃないと無理です」

「あんだけの音聞いたらね……」


 近くにいた水月も軽い難聴になったほどだ。

 傍にいた月火の鼓膜が破れても不思議ではない。



 二人が慣れた手つきで手話をしていると、少しして月火は飽きたのか天井を見始めた。







 目が痛い。

 手話をやるなら顔の真上でやってくれないだろうか。


 首をやっているのか体に力が入らないし妖力がないせいで気分も悪い。

 頬骨もヒビが入っているのだろう。目を動かしたり表情筋に力を入れるだけで痛い。




 妖力がないせいで火音との繋がりが薄れていく。

 思考がほとんど読めない。


 夢の中ではハッキリ分かったのに現実になった瞬間分からなくなった。


 それともあれは月火の妄想だろうか。

 男も川も霧も声も。

 そろそろ厨二病を疑った方がいいかもしれない。




 そんな事を考えていると黒葉が出てきた。


 小さな小さな狐だ。

 手のひらよりも小さい。




『主さまぁ……!』


 狐の妖心が泣くな。

 妖力が回復しない。当たり前か。


 しばらくは中にいてもらわなければならない。


 そう言えば白葉はどうなったのか。月火の中にはいない。



『火音が……連れて……本家に……』


 火音は月火の妖心が操れるらしい。

 要は月火の妖力量の問題か。


 染められた側は染めた側と同期できる、と。




 月火が考えたとして火音に伝わっているのか分からない。

 火音と白葉が共にいるなら黒葉が連絡手段だ。


『……火音が……焦ってるわ……。考えが分からないって……』


 思考が通ずるわけではないらしい。



 大丈夫だ。

 火音を染められるほどの妖力は絞り出せるし、最悪の場合は黒葉か白葉が入り込めば染められる。



 喋れないのに思考が通じないのは手間が増えるが九尾がいる限り問題はない。


 白葉の妖力を除外して底上げしたので白葉を取り込めば少し回復出来るだろうか。



 川の向こうにいたあの藁人形が頭に浮かぶ。



 睡魔に襲われた月火は目を閉じるとまた眠り始めた。








 次に目を開けると布団が重く、月火が声を絞り出すと火音が覗き込んできた。


 目の下は黒くなり、少し痩せた気がする。

 元々必要最低限の肉もついていなかったのでそう変わっていないが、たぶん普通の場合は五、六キロ落ちているだろう。


「おはよう」


 月火が少し眉を寄せると額を撫でられた。



 にこにこと笑い、いつもと変わらない表情だ。




 月火の顔を覗き込んだままいつもよりハッキリと口を動かして話し掛ける。

 月火が読唇術を使えると知っているからこそだろう。


 黒葉が現れ、二人に意思の通訳をする。





 月火は黒葉に声をかける。



 月火は現在極限状態が続いている。

 また眠らなければならない。


 たぶん極限状態が解けたら黒葉一体を出すことも難しく、しばらくの体調不良が続くだろう。


 極限状態が解け切った後、妖力の回復が始まるのは目覚めて意思がある間。

 たぶん一週間は体調不良になる気がする。


 その間、誰かが来ても何も答えられないし気が立っている可能性もあるのでなるべく人を入れないようにしてほしい。




「極限状態って何……?」

『うーん……と……。……妖力を練り上げて……神に力を借りた……? 何言ってるの?』


 火音に聞かれても。



 火音が月火を見下ろすと月火は分かりやすく口角を下げた。




『……起きたら説明してくれるって。面倒臭いならほっといてもいいから……って……』

「伝えとく。他は?」

『……何日経過したかって』

「月火の怪我から二週間後に起きた。その後寝てから五日目の今は朝四時」


 ずいぶん寝てしまった。

 これは植物状態と同等だ。


 お腹空いた。




 頬に滑る火音の手に寄り付くように微かに首を動かし、目を伏せて静かに息を吐いた。


『妖神術 神託・(ひつ)





 月火が眠りに落ち、黒葉も消えた。


 火音は椅子に座ると黙って月火の頬を撫で続ける。



「仲良しだね」

「ずっと起きてたんですか」

「うん」


 海麗は体を起こすと痛くなった背中を反らして腕を伸ばした。


 よく寝た。




「……ふぅ」


 一気に脱力すると少し寂しそうな横顔をする火音を眺める。


「どうしたの」

「……思考が通じなくて」

「へぇ?」


 誰かの妖力に染まったわけではないだろう。



 海麗が少し驚いたような、怪訝な顔をすると火音は月火から手を離す。


「月火の妖力がなくなったからだと思います。妖力で繋がってるだけですから……」

「じゃあすぐに治るんだね」

「……しばらくかかりそうです」

「三年かかっても治るんでしょ。火音は気が短いからなぁ」


 横腹を蹴られた海麗は患部を抑えながら小さく笑った。




 火音は信頼する相手のためなら何年でも待てる。それで海麗を待っていてくれたのだ。

 婚約者ともなれば死ぬまで待ち続けると思う。



 海麗は震えた声で溜め息を吐く火音の背をさする。





 一番辛いのは火音だ。


 逃げる事も許されず、頼る事も出来ず、吐き出す事も濾過することも出来ない。

 たった一人で月火という星をめざしながら歩き続ける。



 一体どれだけの苦労があったのか。

 周りは天才だから、神童だからと囃し立てるが火音は普通の一般人だ。

 普通の一般人に変わった性格と劣悪な環境が加わった結果、この完璧超人に成り上がった。




 きっと崩壊寸前だったと思う。


 溺愛していた弟は他人に取られ、唯一頼れていた師はどこかに消え、最後にすがりついたのが月火という聖女的存在。

 前世で繋がっていたとしても今世で会えるかは分からなかった。

 こんな話、双方が同時に聞けたからこそ判明して信じられた。

 もし片方が聞き、片方に訴えても頭が沸いた馬鹿と一蹴されるだけだろう。



 月火が火音を支え、火音が月火を信頼したからこそ今がある。


 いついなくなるか分からない師や火音より兄妹を守る弟なんかよりは、自分を最優先に考えてくれて愛されていると実感させてくれる月火の方がよっぽど大切だと思う。




 その唯一大切なものを失い、目の前にいるのに何も出来ないという不甲斐なさや絶望感。

 ましてやその場にいたにもかかわらず気絶し、守れなかったという自責の念。


 それらに苛まれ嫌という程責められた挙句、周囲からは弱った婚約者に無関心な冷たい人というレッテルを貼られている。




 守れなかった婚約者の傷だらけの姿を目に焼き付けるような行為を一体誰がやると言うのか。

 そんな自虐が出来るほど火音のメンタルは強くない。




「よしよし」

「……寝ます」

「おやすみ」


 火音は名残惜しそうに月火から手を離すと膝を抱えて眠り始めた。


 海麗は少し呆れ混じりに安心したまま火音にブランケットを掛け、自分も椅子に座る。




 ここの集中治療室は全部屋個室で、廊下に面する壁は全面窓にカーテンが付いている。


 中に人がいる場合は外に看護師が二十四時間体制でついており、中の様子は四つ角の監視カメラで一部屋一人が担当して見張っている。


 何かあればすぐに対応できる状態だ。




 この病院の設備を整えたのも元月火社の多額の投資のおかげで、妖輩の治療を継続的に行うことを条件に返済を取り消した。


 世界に称賛された行動の一つだ。





 今、月火が満身創痍で眠っていると発表すると世界各国から心配の声や回復を願う声が届いている。


 月火は会社を使い多くの国々に多大なる寄付をしてきた。



 難民の子供達に安全な水を、田舎の子供達に綺麗で大きな学校を、飢えている子供達にたくさんの食事とお菓子を。


 病気で苦しんでいる人々に無料病院を、災害で家のなくなった人に温かい布団や食事を、テロに遭った人達に安心出来る住居を。





 人の鏡と称され、正しく聖女だと、これが日本人の優しさかと日本を代表して日本の民度を上げている。



 日本の経済を回している月火グループは個人的にも会社的にも支援し、中でも悲惨なものには月火一個人から一億、月火グループから数億円の寄付をすることも。


 社長になった頃から売上を爆発的に伸ばしたため、そう言った慈善活動は今年で五年目になる。




 その活動を続けた結果、月火を治療するために多額の寄付が集まり、上層部や校舎の修復にも多くの募金が集まった。



 特に海外の有名ブランドの社長や、月火が声を掛けて立ち上がった社長達による寄付がとんでもないことになっているらしい。



 中には外聞のためにと動いた会社もあるだろう。


 それでも募金の半数は月火に対して少なからず恩を感じているからだと思う。





 日本が誇れる有名人は、女優でも舞台役者でもない、紛れもない月火だ。


 小さな命はやがて大きく開花し、国境という壁を越えて愛された。





 命は等しく尊く、優しさは平等に温かい。

Happy birthday 双葉麗凪

Happy birthday 双葉麗莉

Happy birthday 双葉麗蘭

Happy birthday 双葉麗咲

Happy birthday 双葉麗湖

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