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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
162/201

61.皆。

 寒い。



 ここはどこだろうか。


 精神世界のように真っ白だが目の前には川が流れ、見上げれば濃い青の霧が掛かっている。



 川の傍にしゃがみこみ、水を救うと濃い青の砂になり川が流れる方へ飛ばされていく。

 手には粒子の一粒も残らず、今度は指を水に付けてみる。


 特に変化はないが離れると水滴がやはり砂へと変わった。




 制服で、髪もいつも通り下ろしてある。



 ふと顔を上げると奥にはあの特級藁人形が落ちていた。

 手のひらほどに小さくなり、もう微動だにしない。


 祓えたのだろうか。その残骸か。




 月火が拾いに行こうと川に片足を突っ込んだ時、後ろから声が聞こえてきた。



「もう行くの?」


 聞いた事のない声に振り返ると、ごく稀に寝ている月火の元に訪れていた人と同じ服装の人が立っており、片手には身長より遥かに長い杖を突いていた。


 先に青い球体が浮かび、その周りを白と黒のリングが交差して囲っている。

 現実的には有り得ない構造の杖だ。




「二度と戻って来れないよぅ? 無理やり連れ戻すけどぉ……」

「誰?」

「そのうち会えるよ。今はこっちにおいで」


 杖のない手が差し出されると無意識に川から足を上げ、その人の方に向かった。



 声的に男性だろうが、身長は月火とそう変わらない。


「ほんとにそっくり……。いや、劣るね」

「何が?」

「なんでもないよぅ。僕は君が死にかけてるから助けに来たの」



 男は月火の首筋に手を当てた。



 内臓機能が低下し、脈が弱い。

 外から無理やり動かしている感覚に近いか。



「君、大切な人居ないの?」

「……います……」

「誰?」


 皆。

 火音も水月も火光もクラスメイトも後輩も仕事仲間も大切だ。


「僕もねぇ、いるよぅ。死んでも守りたい子」

「誰……?」

「妹。血は繋がってないし生まれた国も種族も違うけどねぇ」


 種族とはなんだろうか。




 男は杖を緩く振ると鼻歌を歌い始める。

 子守唄のような、ゆっくりとした静かな曲だ。


「今はねぇ、ずっと眠ってるんだよぅ。メイドちゃん助けるためにねぇ」




 馬鹿な事をした。


 メイド一人の命が危ないからと言って自らを犠牲にして深く長い眠りに落ちてしまった。

 冷酷で優しさの欠片もない、それでも人を想い一番に動ける勇気ある子だ。



「……あぁ、呼んでるよ。君の……遥昔の(つがい)だね」

「……行きたくない」




 怖い。

 もし今起きたら、いつか母を殺さなければならない。

 何故産みの母を、何故育ててもらった恩師を殺さなければならないのか。



 いかなる理由であれど家族として培ってきた絆と思い出が頭に残り、強く、深く刻み込まれている。

 そんな母を殺せる自信はない。


 きっと殺せたとして、壊れてしまうだろう。





 月火はしゃがみこむと腕に顔を埋める。

 皆心配しているだろう。



 兄さん達にはいつも心配をかけてばかりだ。本当に優しい人たち。


 火音にも迷惑が掛かっているかも。

 月火が倒れた時、代用されるのは婚約者の火音か長兄の水月だ。水月は上層部の仕事で手が回らないので使われるのは火音だろう。




 気分が重く動こうという気力が湧かない。




「……それじゃあお喋りでもしてようかぁ。好きな時に行ったらいいからねぇ」


 男は大木の傍に座ると月火に色々なことを話し始めた。




 妹の事、友人の事、メイドの事、仕事の事、上司らしき何かの事。


 この世とは思えない話ばかりで、やはり夢の中なのだと実感する。




 男の話を聞いているうちに火音の声が強くなってきて頭に響くようになってきた。


「……どうしたのぅ?」

「呼ばれてるんです」

「寂しいんじゃない?」

「たぶん……」



 とても寂しがりで一人を嫌うのが火音だ。

 きっとご飯も食べれていないのだろう。


 頭の中に早く目を覚ましてと、寮に帰ろうと流れてくる。





「……行ってきたら?」

「……名前……」

「そのうち分かるよぅ。今は番の元に行ってらっしゃい」

「え、まっ……!」


 立ち上がった男に腕を掴まれ、その瞬間体が浮いた。




 まだ名前も歳も何も聞いていない。


 ここはどこなのだ。何故月火と話せるのか。話されるばかりで何も聞けなかった。




 月火が男に手を伸ばすと男は緩く手を振り返し、同時に杖を大きく振った。

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