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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
16/201

16 共鳴

目を覚ました月火が肩を掴まれ、振り返ると額に深い傷を負った火音が立っていた。

 目が据わっている。


「合わせろ。殺す気でやるぞ」

「はい」


 二人がいることに気付いた狐の餓鬼は不思議そうに首を傾げるとまた白黒魅刀はっこくみとうに似た刀を二本出した。


「よかったよかった。共鳴きょうめいしてくれた。これで存分に戦える」

「時間かけるなよ。致命傷の奴が多い」

「言われずとも。私も再起不能にはなりたくないので」


 生きて帰って皆に謝り、さらに強くならなければ。

 弱さを知らない、初代神々当主のように。


『妖心術 妖刀双孤ようとうそうこ


 まるで双子のようにそっくりな動きと前もって考えていたかのような攻撃の数々。

 一挙手一投足に殺意がこもり、その目に睨まれた皮膚は日に焼かれるような感覚で痛痒くなる。


 二人の容姿が重なり、身長も体付きも違うはずの二人なのにどちらがどちらか分からなくなる。


 この穴のない狐の面越しに相手を捉える方法は相手の全身をめぐる妖力を感じ取ることだけ。

 相手の髪の先から爪の先に流れる妖力を感じ取り、身長や体付きを感じ取る必要がある。


 しかし、同じ妖力の二人をどんな体勢か分からない状態で判別するのは至極困難。

 おまけに使う刀がそれぞれ刃がある方かない方か分からないので両方を防がないと下手をすれば両手足を切り落とされるかもしれない。


 妖刀に妖力があるとしても白黒魅刀がどちらの向きなのかは刃先を見て決めるしかない。

 それでも常に視界内にあるわけではないので打撲攻撃か斬撃か分からないのが厄介なのだ。


 共鳴がまだ未熟な二人だからと言って完全に意識の重なっている二人の攻撃を全て受け流すのはさすがに無理がある。


 こんなに押されたのも数年ぶりだし赤子の頃から何かを忘れたことはないがこの傷の痛みを感じるのも初めてだ。

 常に勝ってきた自分がここまで焦っていることに対する驚きと初めて共鳴した二人がここまで連携の取れた動きをするということに対する驚きで思わず力が緩みそうになる。


 思考に浸りすぎては駄目だ。

 男の方は生きてさえいればどうなってもいいと言われているが月火様には傷を付けるなと言われている。

 先ほど切り飛ばして壁に叩き付けられたことだけでも処分されるかもしれないのに男と間違えて傷を付けたらどれだけ共鳴を成功させた功績があったとしても確実に胴を一刀両断される。


 それだけは駄目だ。全身が揃っていないと稼げない。

 手がなくなっても足がなくなっても確実に稼ぎが落ちる。これ以上はもう無理だ。


 共鳴は一度繋がったらそのあとは繋がりやすいと言われている。壁に叩き付けられた時の傷は怪異のせいにしよう。

 監視役はいないはずなのでどうにかなるはずだ。



 狐は一度飛び上がると建物の屋根に避難した。

 瞬間、黒葉に蹴り落され、妖力を含まない地面の高さが分からずに積みあがった瓦礫の上に落下した。


 作り出された白黒魅刀が消え、少女は二つの妖力を感じながら気を失う。


「……痛い」

「だろうな……っと」


 気絶した月火を抱き止め、どこかに隠れていた綾奈あやなに預けた。

 晦や学生が他の怪我人のもとに走り、火音は自分の右腕を見下ろした。


 いつか知らないが肉がえぐれて骨が見えるほどの傷が出来ていた。通りで指の感覚がないわけだ。

 火音は白黒魅刀を拾い上げると妖楼紫刀ようろうのしとうとともにそれぞれの鞘に差した。

 あまりにも自然に黒葉が紅揚秘刀太こうようひとうたを持ってきてくれたので受け取ったが月火が気絶しているのに出ていて大丈夫なのだろうか。


「白葉は……いないか」

『白葉は帰ったわよ。私も帰るわ』


 聞いたことのない声でそう言われ、勢いよく黒葉を見上げたがすでにそこにはいなかった。


 たぶん熱があるので幻聴でも聞こえたのだろうか。

 おとなしく本家に戻って安静にしていよう。


「晦、包帯貸せ」

「どこですか? 手当てします」

「触んな」


 晦は感情の起伏が激しいので触ったり、敏感になっているときは近くにいるだけでも気持ち悪くなる。


 晦に限ったことではなく玄智や炎夏、水月や水虎もそうだが感情が大きいと感じやすくなるものだ。


 何故か知らないが月火は大丈夫だし火光に関しては全て受け入れる気でいるのであの二人は大丈夫だ。

 今日のことは月火と話し合わなければならない。


 火音は腕に包帯を巻いてから瓦礫の上で気絶している餓鬼を拾う。


 補佐の溜まり場に引きずりながら行くと引き取ると言われたが目を覚ましたら確実に皆殺しにされるので封印部屋の確保だけ頼んで医療班のところに行った。


 月火は気絶しているだろうから綾奈に頼もうと思ったら起きて刀を紐で縛っていた。


 目が死んでいる。


「月火、こいつ縛れ」

「黒葉、頼みます」

『分かりました』


 何故だろうか。何故か九尾の言葉が聞こえる。

 

 見上げると不思議そうに首を傾げられた。


「なんでこいつの言葉が聞こえる?」

『こいつっていうな! 名付け親でしょ』

「後で説明します」


 いつもの姿の黒葉が餓鬼の手足を噛むと歯型とともに手足に札が巻き付いた。

 今の月火よりも強い妖力の札だ。


『これでよし』

「私はこれに同伴します。火音さんは帰ってください」

「火光は?」

「帰らせます」





 月火が帰ってきたのは翌日の明け方で、皆の朝食と昼食を作ると四時に起こせと言って部屋に帰って行った。


 皆、異常に心配していたが稜稀いづきが見ていてくれるようなので少し安心した。



 水月と玄智は要安静になったようだ。



 水月は気絶してもすぐに目覚める方法を知っており、玄智は気絶まではしない攻撃が多かったようで気合と感情だけで最後まで戦っていた。


 水月に関しては左腕を二ヵ所、複雑に近い形で骨折し、右足はほとんど動かせない。


 玄智に至っては未だ目を覚ましていない。

 右の脇腹がえぐれ、あばらの背中側にひびが入り、右肩も脱臼して骨が折れているので緊急手術を要したらしい。


 火音は月火には会いに行ったが月火は別車にいたので皆がどんな状態で治療を受けたのかは知らない。

 人の血は嫌いではないが怪我人を見て湧く自分に対する感情の渦が大嫌いなのなので行かなかった。




「神々の様子は? 妹の方だ」


 この学園の園長である麗蘭りらは資料を見ながら全身包帯の火音を見上げた。


 鬼だと思われるので来るなと言ったらお前の評判はどうでもいいと言われた。


「えぇと……右腕骨折、後頭部と右足に骨が見えるほどの切り傷。あとあばらが折れて一部が内蔵に刺さって今は要安静になってるが晦姉妹は過去の傷がどうなるか分からないと」

「もう治っているだろう」

「表面はな」


 皮膚は繋がっても内臓は分からない。

 五ヵ月安静のところを二ヵ月も経たないうちに復帰したので傷の経過が分からないらしい。


「しかしよく二人で倒せたものだ。出来るなら初めからやってほしかったが」

「相変わらず上から目線なのは変わらねぇな。その態度をどうにかしろ」

「私は学園長でお前は職員だ」

「俺は火神でお前は双葉ふたばだ。立場をわきまえろ」


 双葉は今はもう廃れた妖輩者の下っ端の苗字だ。

 これは少学生の見た目をして千年は生きているので最後の生き残りとなっている。

 最後の一人と言うわけではないがこれらが死ねば確実に双葉はいなくなる。


「……まぁいい。神々は動けるようになり次第報告に来させろ。妹の方な」

「名前で呼べばいいものを……。兄たちもしばらくは動けないので何ヵ月先になるかは分からん。お前が行った方が早い」

「この私に行けと?」

「この私に来いと言うのにご自分では動かないんですか」


 いきなり聞こえてきた声に驚いて火音が振り返り、麗蘭が思わず立ち上がってそちらを見るとそこには火音と同様包帯だらけの月火が立っていた。寝たのではなかったのか。


「火音さんって敬語使えないんですか?」

「使えますけど?」


 先ほどから聞いていて敬語とタメ口が混じったような言葉遣いだったので無理なのかと思ったら出来るらしい。


 敬語を使わなければと言う意識と使う意味が分からない本能が混ざった結果だろうか。

 素直に本能に従っておけばいいものを。


「ていうかお前の側にいたら絶対に使えるようにはなるだろ」

「それもそうですね」

「神々、傷はどうした? 動いて……」

「神通力で治しました。病院に行って致命傷は全て治しました。昨日言ったでしょう。何度も同じことを言わせないでください」


 治した理由は自分の力に怯えた白葉を安心させるためだがここでいう必要はない。


 神通力は嫌と言うほど妖力を使うのであまり乱用はしたくないがこういう時は仕方がないので使っている。

 今の妖力的には妖心一体すら出せない程度だ。


 月火の言葉で黙った。


「お前寝たんじゃなかったのか」

「生活リズムが崩れるなと思いまして。あと仕事が流れ込んでくるので」


 月火は手に持った仕事の束を机に置くと机に手を突いて麗蘭に顔を近付けた。


「適当なことを上層部に報告しないでもらえますか? まだ死者も出ていないのに怪異の心配すんな。不謹慎にも程がある」


 そんなことをしていたのか。


 火音が半目で睨むと麗蘭は月火と火音を交互に見ながら何度も頷いた。

 それから、と月火は続ける。


「いい加減な資料よこすなよ。神々には全部の資料の複製がある。費用の桁増やして神々を破産させても無駄だからな。神々が地に落ちることはないしもしそうなればお前の立場もなくなる。頭に刻み込んどけ。この妖神学園と上層部は御三家のおかげで成り立ってんだよ。忘れんな、お前はいつだって御三家の下っ端の雑用係ってこと」


 月火が笑みを深めて確認すると麗蘭は涙目で何度も頷いた。

 火音は月火を引きはがす。


「本性出てんぞ」

「あぁ失礼。資料は確認次第上層部の各部に回してくださいね。では」

「は、はい……」


 火音は月火を見送ると麗蘭を鼻で笑い、自分も報告途中だった記録を全て押し付けた。


「目、通してから火神に回せ」

「あぁ……」

「生徒に負けんなよ」


 そしてこの事件に死者はいなかったことと狐の餓鬼が逃げたのはそれから一ヵ月も経たない頃だった。

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