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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
159/201

58.今、火音は病室で静かに眠り、月火は緊急手術中だ。

 問題が起こったのはほんの数時間前。





 火音の熱が下がらないまま、月火はいつも通り海麗のお見舞いに行く。


 起きて三日目の海麗はすっかり元気になり、今は集中治療室を出て普通の病室で普通に過ごしている。

 どう見ても楽しそうとは言えないが。



「こんにちは」

「月火、毎日ありがとうね」


 食事制限はないのでお見舞いの菓子折を渡す。

 晦にも渡しておいた。

 日々のお礼だ。



「火音は?」

「実は……」


 数日前から体調を崩していた火音は海麗のお見舞いに行く前に解熱剤を服用して熱を下げていた。

 しかしそのせいで一向に治らないことと喘息の多発に本気で焦り始めた月火は解熱剤を没収。


 ベッドにクッションや娯楽品を置いて縛り付けてきた。



「体調崩してたの……?」

「海麗さんには心配かけたくなかったそうで」


 いや、海麗が心配だったので行きたがっていたのだが火音のツンデレと言うかツンツンと言うか、素直にならない性格を考慮してこう言っておく。


「昔から虚弱体質だったからねぇ。まだ治ってなかったんだ。……いただきまーす」


 海麗はまんじゅうを開けるとそれを頬張った。


 向かいの子供の視線が気になるのでカーテンを閉めてもらう。

 可愛いが入院中の子に渡していいか分からないので無視が最善だ。



「心身ともに弱かったからね。性格でカバーしてたって感じ」


 双極性障害もそうだが、不眠症や共鳴とは関係ない潔癖。

 偏頭痛に喘息、花粉症や埃のアレルギーも出ていた気がする。

 ちょっと雨に当たればすぐに熱を出し、髪が濡れたまま寝れば風邪を引き、喘息が始まれば緊急搬送はほぼ毎回。


 それを嫌がって周りに隠し、そのストレスで不眠症と偏頭痛を持ち、挙句共鳴の影響で食事が取れないため栄養失調になり強制入院。


 色々と繋がれた姿を見るのは心が痛んだが、まさか数年後に立場が逆転すとは。

 いや、正しくは見られていないのだが、火音が安心出来る場所を見付けて海麗が管に繋がれたのは変わりない。



「人生何があるか分からないね!」

「いきなりなんですか」


 海麗は二個目のまんじゅうの最後を食べるとケラケラと笑った。






 このまま一生穏やかに笑っていたかった。



 今、火音は病室で静かに眠り、月火は緊急手術中だ。










「……なんの騒ぎだろ」


 まんじゅうを食べ終わった海麗が月火と話していると廊下が騒がしくなってきた。


 月火も首を傾げる。



「緊急外来じゃないですか? ほら、事故とか通り魔とか」

「事件じゃなくて通り魔なんだ」


 そんなことを話していると突然病室の扉が大きく開いた。




「当主! 六番封の部屋が破られました!」



 月火の顔付きが厳しいものに変わり、髪をまとめながら立ち上がる。


「緊急事態はこちらのようですね。今日はこれで失礼します」

「待って、俺も行く」


 封の部屋は日本の法律では死刑に出来なかったり、その罪を償う必要がある者が置かれている部屋だ。


 死罪に出来ないがそれと同等の罪を犯したものが寿命を待つ部屋でもあり、多くの罪人が寿命を終える部屋でもある。



 月火は松葉杖を置くと立ち上がった海麗とともに歩き出した。



「状況は」

「何者かが上層部内に侵入。門番及び周辺にいた上層部員と遭遇した一般人二名が怪我を負いましたが軽傷で綾奈さんの治療を受けています。門番は二名が重症、うち一人が意識不明の重体です」

「治療を最優先にさせなさい」


 六番封の部屋は菊地(きくづち)のいる部屋だ。


 向こうが動き出したか。




 月火は補佐官に手短にかつ詳細な指示を出すと窓から外に出て上層部に向かった。



「神々当主!」

「五月蝿いです」


 焦った表情で駆け寄ってきた上層部部長たちを一蹴した月火は中に入ると九尾三体を出した。


「白葉、紫月が貴方に乗り移ったようなことは出来ますか」


 人の姿に変わった白葉は静かに頷いた。


「妖心がこの世にいる限り魂は残り続けるわ。紫月の場合は私がいたからよ」

「……五体に別れて双葉の元へ行きなさい。最悪、麗凪(りな)と出来れば麗蘭(りら)さえいれば問題はありません」


 あの二人までいなくなると月火が瀕死の時に仕事が溜まって妖輩界に混乱が巻き起こってしまう。



 月火グループは休めるとしても上層部が休むわけにはいかない。



 月火は付いてきていた補佐官の一人に白葉を任せると金色の九尾に何かを伝え、見送った。


 黒葉も人の形になり、早歩きで月火の一歩後ろを歩く。



「誰の妖力ですか」

「……たぶん時空(ときあ)よ。でも……凄く気持ち悪いわ」

「怪異の血でしょうね。中にいてもいいですけどすぐに出てきてもらいますよ」


 月火がそう言うと黒葉は逃げるように月火の中に入って行った。



 海麗は興味深そうに月火を見下ろす。


 妖心が三体など聞いたことがない。

 どれだけの妖力を持っているのか。




 月火と海麗が立ち入り禁止の古びた螺旋階段を上がって一番早い道で封の部屋に行くと既に水月と火光、玄智と水明もやって来ていた。


 月火は狐に戻った黒葉を出すと階段の扉で付近に立っていた補佐官を一人縛り上げる。



「堂々と盗み聞きしないで貰えますか」


 混乱したまま集まってきた妖輩に封を頼むと海麗を皆と同じ場所に待たせたまま黒葉とともに部屋の中に入る。


「主様、さっきの奴はなんなの?」

「向こう側ですよ。あんな顔の人、上層部にも学園にもいませんから」


 月火は部屋全体を見回すと血塗れた扉付近にしゃがむ。



 綺麗な赤い血だ。


 手で触るとすぐに垂れた。

 健康な証拠か。



 ジャージの袖で血を拭いながら等間隔で血の種類を見ていくが、どれも人間と変わらない健康な血だった。


 ここの門番、特に内側の門番は侵入と脱走の両方を防ぐために一級妖輩の中でも優れた者を置いていた。



 いくら遊びの水月や火光を気絶させたからと言って時空が無傷なわけがない。



「黒葉、本当に時空なんですね?」

「うん……躑躅(つつじ)の可能性もあるけど質が違いすぎるもの。それに……空狐の妖力もあるわ……」


 自らの妖心を取り込んで強化したか。

 おぞましい。




 月火は血を観察した後、壁や床に付いた傷跡を確認する。


 今日の門番は鎌鼬(かまいたち)使いと不知火使いだった。

 薄い刃物のような無数の切れ味と黒く焦げた部分。



 罪人は部屋の中心で地べたに座らせ、八方の黒い縄で縛り続ける。

 この縄は神々当主である月火が妖心術で編んだものであり、月火が当主になった時に五百年間使われてきた縄を取り替えたのだ。


 前の縄は五百年前の神々当主が妖心の天狐の妖心術で編み続け、伴侶と実子達によって実体化されたとされている。

 月火の場合は一人だが。




 黒縄の端は引きちぎられるように切られており、人間がやったことでないことは明らかだ。


「黒葉、時空の神通力は?」

「転移よ。でも……何度も暴走しかけて治してるなら他のもあるかも」


 空狐は過去に何度か神通力を暴走させて月火達の怪我を治したりしている。


 となれば天狐から空狐に進化したのも血を取り込んで妖力が爆増したから、と。

 また推理タイムの始まりか。





 黒縄を引きちぎったとなれば相当の妖力と力が必要だ。

 と言うか人の力では引きちぎれない太さのはずだ。


 妖心の空狐を喰ったのなら妖心はいない。

 稜稀の煙々羅も、暒夏の猫又も無理だ。

 珀藍は妖心を現せる程の妖力はない。



 先ほどの内通者もそうだが、いったいどれだけの人間が向こう側についたのだろうか。

 場合によっては全員死罪になってもおかしくないような事件だ。


 これも神々当主の運命か。





 月火は黒縄に触れるとそれを直した。

 神通力以上に妖力を使うので一瞬吐き気がしたが大丈夫だ。


 この感覚には慣れている。



「当主、水虎が到着しました」

「そうですか」


 水虎が役立つのは戦闘時か書類仕事の時だ。

 推理や調査にはあまり役に立たない。


 火音が体調不良なのが惜しいが海麗で代用出来るだろうか。



 月火が黒縄を確認しながらそんなことを考えていると火音から、火音以上に役に立つのは確実だと伝わってきた。


 こういう時の自己肯定感の低さが傷だ。



 少し呆れていると今から行くと伝わってきた。

 思わず顔を跳ね上げ、寝ていろと伝えたがもう遅い、と。


「主様、火音が来たわ」


 月火に伝えた時には既にすぐそこまで来ていたのか。

 ずっと血に集中していたので気付かなかった。



「火音さん、海麗さん、ちょっと」

「入っていいの?」

「早く」


 躊躇う海麗を火音が引っ張り、三人は血濡れた床を囲う。


 本当は誰もいれずに、混じる妖力を最低限に抑えたいが火音は月火とほぼ同じだし海麗一人の妖力ぐらいなら問題ない。



「これ、時空の血が混じってないんです。あの二人相手に無傷で出来ると思いますか?」

「あの二人って誰」

「一級三位と四位です」

「……まぁ出来ないことはないんじゃない?」



 月火と海麗が話している間、火音は血溜まりを眺める。



 背を向けていたはずの壁に飛び散らず、内側に向かって飛沫が飛んでいる。

 後ろを突かれないよう壁に背を沿わせて立つのが鉄則なので背と壁の間に立つことは出来ない。



 いくら時空でも月火と火光が作り上げた結界を跨いで転移する事は出来ないだろうし出来たとしても壁との間に入ることは出来ない。


 この形の血痕を作る方法として、向かいから確実な血管を突き刺さすか背からかなりの勢いで貫通させるか。

 または横から勢いよく武器を振る事でも可能かもしれない。


 なんにせよ非力な時空には出来ない所業だ。



 出来ない尽くしの環境下で、この形の血痕を残すのは相当至難の業だと思う。



 向かいから突き刺すにしても犯人が正面にいるのだから血痕に形が残っていなければならない。


 後ろから突き刺した場合は後ろ側にも数滴、滴るなりなんなりして落ちるはずだ。


 横から切ろうとそちらを向けば後ろからもう一方に捕えられるし、両方に敵を置いた状態で両手同時に切れるほど時空に力はない。

 それが前にしか血が飛ばないほど迅速なら余計に、だ。



「……俺が分かるのはここまで」

「十分です」

「何が?」


 火音が簡略化して海麗に伝えると海麗は不思議そうに首を傾げた。


「そんなん稜稀の妖心使えば解決じゃないの?」

「時空の妖力しかありませんよ」

「妖力が染まるほど血を取り込んだとしたら? それか、ほら」


 海麗が月火と火音を見ると二人は眉を寄せて訝しんだ。



 分からないなら言うことは無い。



「何はともあれ稜稀が来たのは決定ですね。あの人に不可能はありませんから」

「じゃあこれは解決。次!」

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