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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
156/201

55.月火にとって、それが何よりの幸せだ。

「これ分かる?」

「剥離……です……」

「何が捻挫かな?」


 海麗が眠った日の昼食後。



 月火は火音に連れられて知衣の病院を訪れた。

 原因は決まっている。


 階段から突き落とされ、左足の甲が折れている事が今、たった今判明した。



 大丈夫だと思って放置しているとだんだん腫れてきて、昼食に帰ってきた火音に強制で病院に連れてこられた。


 痛みは少ないのだが知識的に、これから痛みが来るのだろう。


 病は気からと同じかと思って大丈夫と思い続けていると火音にバレ、レントゲンを撮られ、剥離骨折と判明した。


 健が切れると同時に骨が剥がれるように折れる一種の骨折だ。


 受け身を取ったのだが、階段に足をぶつけた。



 肩に置かれる火音の手に力が入り、冷えた手でさすってやる。


「月火が何もない時に怪我なんて有り得ない。なにがあった」

「色々とありました」

「また火音から聞いとくか。隣の部屋で包帯とサポーターと松葉杖な。太ももが痛むなら車椅子でもいい」


 月火は片足で飛び跳ねながら隣の部屋に移動し、サポーターを付けてもらってから松葉杖を受け取った。



 受付で松葉杖貸出証明書として学生証のQRコードをスキャンしてもらい、火音とともに病院を出る。




「犯人見た?」

「見てないです。どうせ監視カメラに映ってますよ」

「見た?」


 珍しく酷くご立腹の火音に覗き込まれ、月火は息を詰まらせた。



 見ていないと言えば嘘になる。

 が、顔は見ていないのだ。走り去っていく髪がミディアムぐらいの水色だった気がする、と言うだけ。



「見たんだ?」

「……とりあえず寮に戻りましょう」


 月火は火音を落ち着かせるとエレベーターを使って寮に帰った。




 松葉杖が疲れた月火が玄関に立て掛けて息を吐くと、火音に抱き上げられて何も言わないままソファに連れて行かれる。


 最近はずっとこの調子だ。

 火光と水月の通いがなくなり、二人になることが多くなったせいか、暇な時は四六時中抱き締められる。仕事中でもされるが。



 いつもは頭を撫でると上機嫌になるのだが、さすがに今日は駄目か。

 相当怒っている。


「……イライラする」

「知ってます」

「監視カメラ見よう。見付けて吊し上げて退学させる」

「落ち着いて……」


 月火が強めに抱き締めると火音が深い溜め息を吐いた。

 火音も苦悩が多い。



 自分が月火に無理をさせていることも、どうしたら火光と水月と月火の兄妹の時間を作ってあげられるのかも、同じ事の繰り返しで生きてきた火音には分からない。


 その矢先に海麗の治療と月火の怪我。






 自分への苛立ちと、海麗と月火への心配と、月火を突き飛ばした奴への殺意。


 一生外に出なければ怪我もしない、自分と離れなければ嫌なことも無くなると考える自分ですら気持ち悪くなってくる。



「……どうしよ……」

「火音さんは優しいですからねぇ。人の事を気遣いすぎるんですよ」



 火音は優しい。

 優しすぎて、相手に非があっても自分を責めてしまう。

 火音の悪い癖だ。


 それを自覚し、外では善悪を正常に判断して悪を蹴散らす。

 それが当たり前で、火音は正常と思われているからこそ理解されず辛くなるのだ。



 月火自身、火音の甘えや束縛なり掛けに苦労する事はある。

 だがそれは火音が月火を大事に思ってくれているからであって、月火を一番に考えた結果の行動だろう。


 月火だって仕事を辞めて休みたいし遊びたいし学業に集中して青春を謳歌してみたい。


 神々当主を継ぐ時に、それは無理な話だと受け入れていた。

 そもそも神々の長女として生まれたのだから当たり前だ。



 友達も恋愛も遊びも無縁だと思っていた。


 それを火音が叶えてくれたのだ。


 社長として、神々当主としてではなく月火自身を必要としてくれた。

 月火にとって、それが何よりの幸せだ。



 火音が自分を責めることではないし責めたとて何も変わらない。

 自分を責める時間があるならいつものように他愛もない雑談をして息抜きをしていたい。



「大丈夫ですよ。誰も迷惑だなんて思ってませんし助けられている事ばかりですから」

「……うん……」


 火音が月火の肩に額を当て、月火が抱き留めているとインターホンが鳴った。



 火音から手を離した月火が見に行こうとすると火音の腕が腰に回され、身動きが取れなくなる。


「火音さん……?」

「無視」

「仕事だったらどうするんですか!」


 月火が眉を寄せると火音は顔を上げ、潤んだ目で月火を見上げた。

 その目は反則だ。卑怯すぎる。



「じゃあ俺が出る」

「えぇ……?」


 月火が戸惑いながらも頷いていると二度目のインターホンが鳴った。


 火音は舌打ちしながら応答する。


「はい」

『声低っ……! 月火いる?』

「いない」

『嘘つけ』


 火光の声が聞こえ、火音は静かにインターホンを切った。



 またインターホンが鳴り、また応答する。


『ちょっと! 月火に用があるんだよ〜!』

「五月蝿い。寮前で騒ぐな」

『じゃあ月火!』

「それは無理」



 火音と火光はインターホンを介したまま押し問答を繰り広げ、火音が苛立って手を突いている壁を等間隔で叩き始めた時、ずっと後ろで電話していた水月が火光と代わった。


『火音、ついて来ていいから月火貸して』

「断る」

『それが義兄に対する態度か』

「まだ義兄じゃない。歳上を敬え」


 こちらもこちらで言い合いを繰り広げ始めたので月火は火音の横から覗き込んだ。


 一年生と三年生が見える。



「兄さん、私怪我してるので運動系には参加出来ませんよ。紙の仕事ならポストに入れてください。それが無理なら前に置いといて下さい。それでも無理ならまた後日」

『怪我した……』


 月火は水月と火光の言葉の途中でインターホンを切ると火音とともにソファに戻った。


 火音は少し機嫌が良くなったのか、前に座らせた月火の腰に手を回して指をいじっている。


 驚いたことは先ほどのインターホンで応答途中に鍵とチェーンが掛けられていると伝わってきたことか。

 いつの間に。



「月火ってネイルしないの?」

「水仕事しますからねぇ……。訓練中に割れたら嫌ですし。ネイルある方が好みですか」


 月火が振り返ると火音は緩く首を振って否定した。



 火音に女性の好みなどない。月火が全てだ。

 月火がネイルをしないならネイルなしの方が好みだし、月火がピアスをあけるというならありの方が好きだ。


 どれも本体が月火と仮定しての話だが。


「ストライクゾーンが広いんですね」

「狭く深くな」

「深くも浅くもないと思います……」


 月火が火音の手を眺めていると火音が覗き込んできた。


「月火?」

「なんですか?」

「思考が停止したから」

「火音さんの手が綺麗だと思って」


 確かに人よりは傷が多くて小さいが、肌自体はとても綺麗だ。



 毛穴もないし乾燥もしていない。

 かと言って汗張っているというわけでもない。


 無駄な肉は付かず、筋肉も控えめで細い指がよく目立つ、綺麗な尖頭型だ。

 爪も二、三ミリ残して丁寧に切り揃えてある。


「色白ですよねぇ……」

「生まれつきと引きこもりだからな。日に当たることが少ない」



 そんなことはどうでもいい。


 火音は月火と指を絡めると優しく撫でる。


「いいなぁ……」

「ん?」


 キメ細やかな肌質に乾燥は愚か、本当に水仕事をしているのかと疑うほど手入れがされている。


 赤切れや逆剥けは当然、皮めくれの一つもない。



「綺麗」

「ありがとうございます」








 そんな会話をした日の夜。

 月火も火音も部屋で就寝した夜中の二時半、月火が自室で寝ているとふと目を覚ました。


 火音の部屋から咳き込む声が聞こえる。



 月火は髪を軽くまとめるとノックをしてから火音の部屋に入った。



「火音さん……!」


 咳き込んで上手く呼吸が出来ていない。


 一年生終わりかけの時、昔は喘息も持っていると言っていた。

 喘息が完治することはないのでいつ再発してもおかしくない。


 最近咳が多いと思っていたら再発の前兆だったのか、既に再発して隠していたのか。



 酷い熱だ。


 月火は白葉を部屋に残すとリビングから緊急時用の喘息吸入薬を開封した。

 β2刺激薬で、即効性があり急な再発時に役立つ。


 火音が思った以上の病弱だと分かった時から喘息薬、解熱剤、痛み止めや蕁麻疹用の薬等、出来る限りは揃えている。

 念の為と思って揃えていたことが吉と出た。



 月火は開封すると火音の自室に戻って症状が酷くなっている火音に、カウントしながら薬を吸わせた。


 少し咳が続いたものの、すぐに落ち着き始めた。



 背をさすって呼吸を整えさせる。


「大丈夫ですか」

「……死ぬかと思った」

「やめてください」


 物騒な事を言わないでほしい。


 過呼吸で死ぬことはないが喘息で死ぬことはある。

 死ななくとも酸素低下で意識不明の重体になったり嘔気を感じることもあるのだ。


 その場合は緊急搬送になるが、火音は絶対に抵抗するので月火では手に負えなくなる。



 月火が火音の背をさすっているとうずくまっていた火音が体を起こして、額に滲んだ汗を拭ってやると火音は小さく息を吐いた。


「……気持ち悪い……」

「熱を測りましょう」


 高熱だと言うことは分かるのだが、それ以外は分からない。



 月火は白葉を戻すと体温計を取りに行こうとした。

 しかし火音に腕を掴まれて止まる。


「火音さん」

「向こうで寝る」

「火音さん……」


 熱だと言っているのに何故気温が不安定な方に行こうとするのか。




 月火は呆れながらも火音とともにリビングに移動した。



 火音をソファに寝転がらせてブランケットを掛けると蹴り飛ばされる。


「火音さん」

「熱い」

「我儘言わないでください」



 月火は問答無用でブランケットを掛けると洗濯したばかりのブランケットを予備軍としてソファの背もたれにかけた。


 クッションを頭に敷き、体温計を渡す。



 三十八点四度。


「はい明日は休みです」

「授業……」

「聞こえませんでしたか。休みです」

「だ……」

「休みです」


 月火は見下ろすと火音の額を押えて黙らせた。


 我儘を言えばなんでも許して貰えるとは思うな。

 月火は火音の外聞や他人のための偽りよりも火音の本心と身体の方が大切なのだ。


 いじわるで言っていないということは分かってほしい。





「……ありがとう」


 火音は薄く微笑むとブランケットに潜り込んだ。



 月火は心配なので向かいのソファで仕事をする。


「……寝ないの」

「また発作が出てもおかしくありませんから」


 使ったのは緊急時用の薬だ。

 即効性はあれど持続性はない。


 本当は持続性のものも買っておきたかったのだが、火音の喘息がどんなものかも分からなかったので今度聞いておこうと思いながら忘れていた。


 最悪だ。




 月火は仕事の合間に喘息の事について調べる。

 と言っても医療コースで学んでいるので、喘息の事よりかは吸入薬の事を調べると言った方が正しい。



 会社によって持続性に重きを置いているか、即効性か、効能性か違うので色々と情報を見る必要があるのだ。

 一番は処方されたものなのだが、火音は絶対に嫌がるので説得するまでの気休めだ。


 医療コースも学んでおいてよかった。





 月火がパソコンを叩きながら時々スマホに視線を落としていると、火音が寝ていないことに気付いた。


 横向きに寝転がったまま足を抱え、月火の方を見つめている。



「どうしましたか」

「……忙しそう」

「生きている間は仕事が舞い込んできますからね」


 いつもは昼に詰め込んでいるのでパソコンとタブレットで同時進行しながらスマホで電話等もあるが夜にも出来るなら同時進行の必要はない。


 こちらの方が何かと楽ではあるが睡眠を必要とするのが人の体。

 甘ったれた事は言っていられない。



 火音の迷惑を掛けているという思考が伝わってきた月火は目を丸くした後、薄く微笑んだ。



「忙しいんです。心配させないで下さいね」

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