54.ウィン・ウィンの関係の予定だ。
「神々先輩!」
強化練習試合の翌日、今日は皆休みなので廊下は賑わっている。
夜明けと同時に海麗は眠り、月火は妖力の使いすぎで少々気分が悪いが問題ない。
火光は自室で水月と遊び、三年生はどこかに行き、一年生は寮で寝、火音は海麗の病室にいる。
寮で寝ていたはずの桃倉に呼ばれた月火が振り返ると、一緒にいた瑛斗と洋樹も桃倉とともに破顔した。
「先輩大丈夫……?」
「何がですか?」
「顔酷いですよ……」
洋樹が心配そうに頬を触ったので月火も自分の頬を押さえた。
少し考えてから納得する。
「すぐ良くなりますよ。それよりどうかしましたか?」
「あぁ……えっと、海麗先生探してて」
なんというタイミングだ。
月火は一瞬固まったが火音に落ち着けと諭され、誤魔化すように笑って見せる。
「今日は見かけてませんね。どうかしたんですか?」
「訓練付けてもらおうと思ったんですけど……」
桃倉が拳を突き出しながら得意そうに笑うと洋樹が馬鹿にするように笑った。
「水月さんに負けてばっかで悔しいのよね〜!」
「お前だって勝ててねぇじゃん! 向上心はある方がいいだろ!」
「向上心より屈辱感の方が強いんじゃないの〜?」
「んなもんねぇよ!」
廊下を通り過ぎていく皆が微笑ましそうに見ていくので瑛斗は気恥しさからか月火の方に寄った。
「ちょっと谷影! 何一人だけくっ付いてんのよ!」
「ずりーぞ!」
「お前らといると恥ずかしいんだよ……!」
「何照れてんの!?」
「照れと恥は違う! 恥晒しって言ってんだよ!」
一年生の賑やかな口喧嘩が始まったので、月火は静かに一歩引いた。
本当に今年の一年は賑やかだ。
しばらく喧嘩が終わるまで待っていた月火だが、十分しても終わることはなかったので静かに退散した。
晦に呼ばれているのだ。
火光が職員室の見張り番と言っていたので職員室にいるのだろう。
火光が言うならいるはずだ。
月火が職員室まで降りると晦が出てきた。
「おはよう月火さん。休みの日にまでごめんなさいね」
「いえ、二人の面倒を見てもらっているので大丈夫ですよ」
火光も火音も、何かと晦に迷惑を掛けている。
二人が晦を頼り、晦が月火を頼る。ウィン・ウィンの関係の予定だ。
苦笑した晦は早速本題を話し始めた。
悩み事は生徒の事。
彼らが中三の夏休み明け、一人の少女が来なくなってしまった。
理由は気の強い氷麗と性格が合わず、いじめのようになり精神的に参ってしまったから。
中等部の教師からそれを聞いた晦は無理に引っ張り出さずに寮に通って勉強を見たり学生らしい恋愛の話等、色々と話すことは増えていた。
そしてつい先日、やらかしてしまったのだ。
文化体育祭は毎年寮の窓から見ていたそうで、それは別にいいと思っていた。
が、今年は強化練習試合もあるので、氷麗と別のチームに入ってみないかと誘ったのだ。
今は氷麗も変わり、もし会っても問題ないはず。
晦もリーダーになったし、そこに入れば一緒に見ておくことも出来たのだが誘った以来音沙汰がなくなってしまった。
心配になり、寮に行っても応答無し。
ご家族に確認を取ると家族とのやり取りはしているそうなのでそこのところは安心だが、別のところではますます心配になってきた。
「それで、月火さんに行ってほしいわけじゃないんだけど何か手はあるかな……と……」
「なるほど……」
確かに二年生の一人が不登校なのは初めから知っていた。
今の二年の年では唯一初等部からいた最古参なのだが、なんせ気が弱く頑固な性格をしている。
怯えて泣くのに自分の意見を曲げようとせず、良くも悪くも芯がある子だ。
確かスカウトだった気がする。
「……過去の資料を探してみます。今、色々と立て込んでいるので少し時間はかかると思いますけど優先的にやりますね」
「助かります」
二人はお互い様に、と言ってお辞儀をするとそれぞれ別れて仕事を始めた。
月火は寮に帰って学園長室の鍵を持つと園長室に向かう。
園長室もカードタイプに変わり、カードを保有しているのは月火のみ。
丸秘ファイルや最重要資料、個人情報等が詰まりに詰まっているため水月も火光も立ち入らせていない。
たとえ月火と一緒でも立ち入り禁止だ。
隣の園長寮には双葉五つ子姉妹がいるが、寮と繋がるその扉も南京錠で鍵をかけた。
「えぇと……二年……」
月火は棚を順に見て高等部二年に貼り変えられた個人ファイルを見付けると手を伸ばした。
案の定届かないので脚立を置き、その上に座って資料を取る。
一学年上がる毎に毎回シールを貼り重ねており、そのファイルの中でも一人一人を仕切っている。
全て月火が行ったのである程度は把握出来た。
「……水月……」
守興柊璃、現十七歳。
極度の人見知り、引っ込み思案、臆病で前に出ようとはしない、出来ない女の子。
その反面、ネット上では非常に饒舌でオタク気質、特にアニメやゲーム関連に食いつきやすい。
顔を合わせず、声を出さないチャットタイプのネトゲでは中心に立つ人物で指揮に関しては的確かつ詳細。
幼い頃から両親は妹を優先し、この性格になったと思われる。
八歳で通りすがりの神々水月によりスカウトされ、妖輩と聞いて猫可愛がりし始めた両親を拒否。
家が近かったため自宅登校の予定が入寮。
追記、晦綾奈が担当医として十歳時点で起立性調節障害を発症。
十二歳時点で回復の予兆なし。
十三歳時点で服薬により回復傾向。
十四歳の九月から氷麗静香によるいじめで登校拒否。
十四歳の十月から起立性調節障害の検診を放棄。
十五歳時点で登校予定なし。
追記、十四歳九月から十五歳卒業までの出席日数、零日。
「水月……」
通りすがりにスカウトとはどういうことだ。
目立たぬよう、相手の詳細を探ってから相手に合ったスカウト方法でストレスのないように毎回配慮していると言うのに、全く。
だが不登校の理由とは関係なさそうだ。
一番の理由はいじめ、加えて調節障害のせいで無理になった、というところか。
起立性調節障害は、座った状態や寝転がった状態から突然立つと頭痛、吐き気、めまい、失神を引き起こす障害だ。
朝がどうしても起きられなかったり夜になると活発になったり、十分以上立っていたり嫌なことを聞いたりすると吐き気、めまいを引き起こす。
多くは思春期の小学校四年生、早ければ二年生や三年生からの子もいるが、その頃から発症して高校生になると治る場合が多い。
自律神経の乱れで引き起こされ、治療には薬と環境の配慮、周囲の理解が必要になってくる。
不登校の三、四割がこの障害を抱えていると言われているので、ただのサボりや甘えと思っていたらこの障害だったと言うのも結構ある。
月火はスマホに詳細を打ち込むと晦に送った。
ファイルを閉じて園長室から出るとばったり玄智と出会した。
「あ、月火」
「こんにちは。偶然ですね」
「本当に。仕事?」
「色々ですよ」
月火が中を覗き込まれないうちに扉を閉めて鍵を掛けると玄智は不思議そうに首を傾げた。
「ねぇ海麗先生知らない?」
「今日はやたらと人気ですね。……いつもの事か」
「え、何?」
「なんでもありません」
月火は笑って誤魔化すと玄智とともに歩き出す。
「昨日、澪菜に負けたから海麗先生に訓練してもらおうと思って……」
「あぁ……」
そういう理由か。
確かに火音も負けたとなれば注目は月火と海麗に向くだろう。
何となく納得出来た。
「……火音先生でもいいんだけど火音先生なんか……不真面目っぽいじゃん?」
「分かりますよ」
「ほんと?」
本当は真面目に教えてくれるのだが、差が大きすぎて掴めるものがない。
火音に教えてもらって上達したのは実力が近かった月火と見て学ぶ凪担だけだ。
「二人ともいないし……。どこにいるか知ってる?」
「火音さんは寮に引きこもってます。海麗さんは見てません」
嘘だ。
海麗は個人病室で寝ているし火音もその傍を離れたがらなかったので置いてきた。
よって二人とも同じ場所にいるが、海麗の心臓を治すことは海麗と知衣の判断で水月と火音以外には言っていない。
知衣と綾奈には伝えたが知紗には言うなと釘を刺した。
隠し事をしたら今度こそ縁を切られると慌てていたが、知紗にまで伝わると火光に伝わる可能性があるので縁を切られたとしても黙っておけと言った。
悪魔と言われたがいつもの事なので気にしない。
「どこ行っちゃったんだろ……。任務じゃないんでしょ?」
「違いますよ。どっか出掛けてるんじゃないですか」
「寮にもいなかったもんね……」
確認済みか。
寮にいると下手に嘘をつかなくてよかった。
「……昨日、話が脱線してたけどさ。結局水月さんに勝ったらのやつどうなったの?」
そう、忘れていた。
月火はポンッと合点すると昨日の水月とのやり取りを見ながら勝った人の名前を上げていく。
炎夏、玄智、結月、凪担、瑛斗。
今回は引き分けも入れた。月火の甘さだ。
桃倉と洋樹と二年生は勝てず、瞬殺されていたので完全無しだ。
どうせ三年と瑛斗が勝てたのも水月の優しさというか贔屓というか。
あの短期間で炎夏や玄智はともかく、結月も凪担もましてや瑛斗など勝てるはずがない。
弟妹が気に入っている生徒には優しくして勝たせておこうという魂胆が丸見えだ。
月火も人の実力を測れる程度の目は持っている。
皆がどれだけ急成長しようと、本気の水月に勝つにはそれなりの年月がいる。
実力トップの炎夏で三年、筋がいい瑛斗が一日十二時間、死ぬ気で頑張って五から七年と言ったところか。
「月火、どうしたの黙り込んで」
「どこに連れていこうかなと。皆さんの好みが分からないので聞いといてくれます?」
「いいの!?」
「大人数でも行けるところですよ」
玄智は目を輝かせると大喜びしながら階段を飛び降りて行った。
月火は園長室のカードをポケットの中で握りながら晦からの返信を確認する。
どうやら柊璃側も水月と話したいとは思っているらしい。
「もしもし兄さん」
『どしたのー?』
「兄さんが九年前にスカウトした守興柊璃って子、覚えてますか」
『覚えてない。何歳?』
覚えてないなら用はない。
月火はもういいと言って電話を切ると階段を降りながら晦に、水月は覚えていなかったと伝える。
片方が知らない状態で会わせるわけにもいかず、二人で悩んでいた矢先。
月火は階段から突き落とされた。
Happy birthday 瑛斗




