53.「世界は狭いんですよ」
「水二本と……酒三瓶」
「重い……」
澪菜が寝た直後、水月が水を飲み終わったので今は玄智とともに取りに来ている。
水二本は玄智、酒三瓶は月火だ。
ついでにおつまみの追加とノンアルも持っていく。
瑛斗の部屋に戻ると炎夏と瑛斗が手伝ってくれた。
桃倉と洋樹は盛り上がっており、澪菜は水月から借りた遮音イヤホンで音楽を聞きながら眠っている。
「えぇと……とりあえず水は二人に。度数六十五と五十二です。これは八十三」
月火が火音の前に並べると八十三から飲み始めた。
隣の海麗は半分引いている。
生徒は生徒で盛り上がり、教師は教師で盛り上がっている。
水月が火光と半分の差をつけて飲み終わり、ノンアルを飲み始めた。
火光はもう少しという所でギブアップし倒れた。
「うぅ……」
「やっぱりノンアルだね!」
「ダサいですよ」
「いいよ別に。ダサいもん」
すっかり酔いの冷めた水月がノンアル片手に火光の背をさすっていると、炎夏と玄智が近付いてきた。
二人が水月に耳打ちをした後、合掌して頭を下げると水月はヘラりと笑って頷いた。
「いいよ〜。そのぐらいならね」
「兄さん軽はずみに約束しないで下さい。二人も酔ってるから簡単と思わない方がいいですよ」
水月は酔った状態で約束し、酔いがなくなると全て忘れるのでいい迷惑だ。
全て覚える月火の身にもなってほしい。
「どうしたんですか」
「……いや、なんでも」
「やっぱりいいや」
二人は静かに元の席に戻り、一年の洋樹と桃倉にいじられる。
いつの間にか澪菜の膝枕は瑛斗になっていた。
慣れた手つきで頭を撫でている。
月火が火光を膝に寝転ばせ、水月が火光の上に頭を重ねていると火光の手刀が思わぬ方向から飛んできた。
「痛い!? 火光!」
「痛いのはこっち。頭重ねてくんな」
「火光が占領するから」
「五月蝿い」
火光が月火の膝で眠ろうとしていると頬をつねられた。
水月かと思い、目を開けてそちらを見ると火音が酒を飲みながら火光の頬をつまんでいる。
「何」
徐々に強くなり、最後の最後には引きちぎれるかと思うほど強く引っ張られる。
「いらい、いらいいらい! はなひへ!?」
「火音さん」
月火が制止すると火音は手を離し、火光は赤くなった頬をさする。
「ヤンデレめ」
「黙れメンヘラ」
「束縛馬鹿」
「シスコン」
二人の悪口大会が始まり、二人に月火の拳骨が落ちた。
二人とも頭を抱えて絶句する。
「次迷惑かけたらしばらく口を聞きませんからね」
お口チャック。
二人は口を閉じるとおとなしく飲み始めた。
月火が火光にコールをしては頬をつねられを繰り返していると炎夏と玄智まで悪ノリし始めた。
火光は躊躇い、おとなしくそれを飲み終わった。
「……しばらく水はいいや」
「また飲もうとする!」
月火が酒に手を伸ばした火光に手刀を落とし、おとなしくノンアルを飲ませる。
他人の寮で飲むには最低限、火音のような静かさと常識は守ってもらわないと。
火光がノンアルを飲みながら賑やかな生徒を眺めていると晦から連絡が来た。
打ち上げを抜けてどこに行っているのか、と。
「打ち上げあったんですか」
「抜けてきたの? 暇だって言ってたじゃん」
水月と月火が後ろから覗き込んでいると火光は堂々と既読無視する。
「だってつまんないんだもん。ねぇ海麗」
「俺はお呼ばれじゃなかったからね」
火音は呼ばれたが飲めないと言って断った。
どうやら優勝チームは徹底的に無視を決め込むらしい。
やられたらやり返される事を知らない馬鹿のやることだ。
「負け犬の遠吠えか」
「素直じゃないね」
「あんな負け方したら素直になれないでしょ」
そんなことはないだろう。
瑛斗の立派な作戦勝ちだ。月火も海麗も何も言わず、おとなしく従っただけ。
月火がにこりと笑うと海麗が苦笑し、瑛斗は仕方なさそうな顔をした。
確かに作戦に直接的なことは言っていないが問で穴を塞いでいた。
月火の問いに瑛斗の機転が効いてこの作戦になったのだ。
「よくやるよ」
水月と火光が月火の頬をつついていると、炎夏と話していた玄智が大きく合掌した。
「月火! 水月さんに勝てたら奢りのやつどうなったの?」
「あぁあれ……誰が勝ったか聞いてませんでしたね」
「僕勝ったよ! 結月も勝って、凪担は引き分けだった!」
玄智の報告を聞いた月火と火光は鋭い目で水月を睨んだ。
「やったら殺すから」
「一生軽蔑します」
「ねぇやめて……?」
確かに、結月に対しては少し手加減したがその気は全くない。
未成年で弟の生徒、妹の同級生など気まずい事盛り沢山すぎてその気も湧かない。
湧いたとして、理性はある。湧かないが。
「なんでそんなこと考えるのさ」
「そういう人だから」
二人が声を揃えると水月は項垂れた。
桃倉と洋樹は首を傾げているが知らなくてもいいことだ。
逆に、思考の伝わる火音は別として、何故皆が知っているのかが気になる。
大々的に言っていることでもないし隠しているのに、何故だろうか。
「世界は狭いんですよ」
「本当にねー。あ、そう言えば……」
水月が何かを言おうとした時、スマホに電話がかかってきた。
仕事の電話だ。
「神々です」
『あ、水月さーん? スマホ変えたんで……』
その声が聞こえると、水月は静かに電話を切った。
先日のホテルで一緒にいた人だ。
商談予定が一切進まず、話の内容も生々しくて不快感が半端なかった。
話の内容よりも商談を遮り、予定を狂わしたことにより月火が激怒、会社を大赤字にさせた張本人。
「気持ち悪っ……!」
「誰ですか」
「ほら、真舐社の」
「あぁ……あいつ……」
月火が眉を寄せるとスマホをいじっていた瑛斗が顔を上げた。
「倒産寸前らしいですね」
「月火がターゲット層の人たち分捕ったんでしょ?」
「客が移動しただけですよ」
興味を示した海麗も月火達の方に寄ってきたので三人で話す。
三人とも社長子息令嬢、社長本人だったりするので色々と共有出来る情報も多い。
真舐社は八条製菓に多額の借金をして立ち上げた清涼飲料社だ。
菓子とジュースでタッグを組む予定だったが、残念ながら商才がなかった。
社員の質も悪く、月火グループの反感を勝ったことで八条製菓の社長も激怒、縁を切られたらしい。
「ブチ切れてたよ。金を貸した過去の自分が恨めしいって」
「八条製菓も月火グループと仲良いですもんね。俺の方も怯えに怯えてましたよ」
「現代日本を仕切る重役だもんね〜」
海麗はそんなことを言いながら棚を開けてトランプを出した。
昔に姉が持ってきて忘れていったものだ。
知らぬ間に集合場所にされていることが多いので置いてある。
「大富豪やろう」
「やるやる」
火光と水月は机の周りに集まり、いつの間にか全ての瓶を空けた火音は端へ移動した。
他人の妖力が充満している空間にいて気持ちいいものではないが、最近は少し抵抗感が減ってきている。
また知衣に報告しなければならないのだがなんせ面倒臭いのだ。
今度月火に頼もう。
それから何ターン後かに月火が一抜けした。
「あがり」
「え〜! 早すぎ」
「大富豪よりババ抜きとか神経衰弱とかの方が大人数には向いてますよ」
「神経衰弱は駄目だよ。水月がズルするから」
幼い頃、全然勝てずに苦戦していたら月火が水月のズルを見破った。
自分でカードを用意し、並べている途中に何がどこにあるのかを上手く見ていたのだ。
皆に呆れた目で見られた水月がおとなしく最後の手札を出して二位を取ると連続で海麗も上がった。
「水月ってマジック出来たりする?」
「出来るけど下手だよ。マジックは火光の分野」
「先生出来るの!? 見たい!」
玄智が興奮して思わず膝立ちになり身を乗り出すと、火光は少し呆れながら頷いた。
すると澪菜が目を覚まし、イヤホンを取って起き上がった。
「兄様五月蝿い……」
「あ、ごめん。おはよう」
「おはよう……」
澪菜が起き上がってあくびをしながら髪を整えていると、ふと違和感に気付いた。
自分が寝ていた人を見上げると静かにスマホを眺めていた。
「あ、ご、ごめんなさい!」
「あ、いや大丈夫です……」
澪菜が慌てて月火の方に寄ると月火は澪菜の髪を結い始めた。
その間に火光がマジックを見せる。
右手に一枚を持ち、左手で一瞬隠すと二枚に増え、また隠すと四枚になり、小さく振るとトランプが消える。
澪菜も興味があるのかそちらを見ようと視線を飛ばしていたので向きを変え、皆で鑑賞会だ。
「先生って本当になんでも出来るんだね」
「まーね。飽きっぽいからさ」
好奇心旺盛のくせに飽きっぽいので次々に手を出しては極めてから飽き、それの繰り返しのせいでなんでも出来るようになった。
月火ほど正確ではないし水月ほど器用でもないが、二人より器量はいいと言われてきたので練習したら出来るようになったのだ。
こういうものは練習あるのみ。
「超人と言ったらやっぱり月火でしょ」
「火音先生もかなりだろ」
玄智と炎夏が話していると我関せずだった火音が近寄ってきた。
火光を後ろから覗き込む。
「何」
「種が分かるかなと思って」
「月火に聞け!」
「いや興味無い」
興味無いならやろうとするな。
火光が不服そうなままトランプを軽く弾いて三枚に増やすと、数を隠したまま桃倉に渡した。
先程、カードを三枚選んでもらい、火光以外の全員に確認させた。
火光はカードを組み、ペアになるように並べてそれを置く。
「出来たかな。引いてみて」
「うん……」
桃倉が少し躊躇ったようにあらかじめ引いておいたカードをめくる。
皆に確認し、違いがないことを確かめると火光も自分側のカードをめくった。
全て同じ色の同じ数だ。
「揃った!」
「二組あったら全く同じに出来るんだけどね」
興奮した火光が皆に色々なマジックを見せている間、トランプを取られた海麗はチェスを借りて火音を付き合わせる。
瑛斗は将棋よりチェス派、囲碁よりオセロ派らしくチェスとオセロだけ持っていた。
病院にいた頃、向かいのベッドの子に朝から晩まで付き合わされたのでそれなりに鍛えられたと思う。思っていた。
「……チェックメイト」
「うぇっ……!?」
海麗は項垂れたが、それでも楽しかったのでもう何回かさしていく。
次第に皆が集まってきて火音と海麗の接戦が繰り広げられた。
月火は火音の隣で海麗の様子を眺める。
「海麗さんってお人好しで損するタイプですね」
「決定事項か。……あながち間違ってはないけど」
「社長には向いてませんよ」
「なる気ないけどね」
月火は海麗のターンになると勝手にポーンを動かしてキングの前に置いた。
「チェックメイト」
「バレないと思ったのに」
海麗の隙を突いて楽しんでいたのに、月火が参加するとなれば話が違う。
火音は海麗に解説している月火を見下ろすと集まっている皆を見回す。
「何やってんだ」
「チェスのルール教えて」
火音は月火にバトンタッチをすると机を囲ってチェスのルール説明を始めた。
将棋とは似て非なるものなので覚えるのは大変そうだ。
その間、月火と海麗は瑛斗に眺められながら三人で会社関係の話をする。
あの社長が不祥事を、あっちの部長の手腕が、あそこの会社の不当解雇が、こっちの社長が秘書と。
宜しくない噂を三人で共有していると水月が海麗にのしかかった。
「わっ……!」
「谷影、桃倉が理解してないから教えてあげて」
「はい」
瑛斗と水月が交代し、三人は少し近くに寄った。
「明日からやるんでしょ。大丈夫そう?」
「俺は準備も何もないからね」
「私も大丈夫ですよ。妖力は余り腐ってます」
明日から海麗が眠る。
眠り、神通力で心臓を治す。
今の調子でいけば、年末頃には一般人並みになれるらしいが海麗は人並み以上になってもらわなければならない。
そのためにはやはり心臓の回復が最優先事項で、最速で治す方法はこれになる。
フランスにいた頃も寝たきりというわけではなかった。
軽く走ったり飛んだり最低限出来る筋トレは行っていたので筋力は落ちたものの、それこそこれから付けていけばいい。
体力は作らなければならないが筋トレと同時並行で出来る。
この学園にいれば体力は嫌でもつくというものだ。
心臓も筋力も柔軟性も体力も取り返しはつく。
後は本人達のやる気と覚悟次第だ。
「頑張ってね」




