表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
153/201

52.兄さんや、昼食を忘れてるね。

『妖心術 狐光棘栄(ここうほこさか)

『妖心術 龍冷刃楽(りゅうれいはがく)


 月火と水明、二人の妖心術がぶつかり合う。



 無数の棘が地から生えれば龍がなぎ倒していき、龍が炎を吹けば九尾が滝を落とす。


 それがどれほどの間繰り広げられたか。



 芸術とも言えるその美しくも残酷な戦いに皆の目が釘付けになり、のめり込むように見ていると突然アラームとともに西日が目を刺した。



 目眩がするほど強く眩い夕日で校庭が彩られ、見学用の学園長室に水月のスマホのアラームが鳴り響く。


 西日と同時に鳴るよう逆算してアラームをかけた甲斐があった。




 ブザーを鳴らし、最終結果を知らせる。


『そこまで! 水神チーム、残り一人。谷影チーム、残り四人。参加者は全員校庭に集合。双方のリーダーは朝礼台に上がるように』


 水月は様になっているその声でそう知らせるとマイクを切った。


 周りには余韻に浸っている双葉姉妹が全員いるが放置だ。


 階段をほとんど使わず、手すりや壁を乗り越えて最速で校庭に降りた。



 ちょうど皆も集まり始めた頃で、お互いに慰め合っている。


「お疲れ様でした。最終結果を発表しましょう」


 疲れた様子の水明と居心地悪そうな顔の瑛斗は軽く溜め息を吐くと水月にポイントとなる紐を全て渡した。


 重みと見た目で決まりだ。



「勝者、谷影チーム!」

「ですよね」


 澪菜が無双しすぎた。



 谷影の小さな呟きも聞こえるほどに辺りは静まり返り、水月は軽く首を傾げる。


「盛り上がらないねー。月火の予想通りだよ」

「当たり前でしょう。最少チームが勝ったんですから」

「最後の戦いの方が盛り上がってたよ」



 火光と月火は朝礼台に飛び乗ると、月火をセンターに、水月と火光は後ろに控え、水明は端に寄り、嫌がる瑛斗を中心に立たせた。



 火光がどこからか出した表彰状を月火に渡す。


「表彰状」



 表彰状の文を読み上げ、瑛斗に渡すと両手を胸の前で合掌した。


 妖力で作り上げられたトロフィーが徐々に姿を現した。


 ブルーとホワイトのゴブレットに、白のひし形のプレートが浮かんでふわふわと回っている。

 プレートにはチームリーダー谷影瑛斗、チームメイト四人のフルネームが掘られ、薄く透けていたものから不透明の実体化になった。




「おめでとうございます」

「凄い……! ありがとうございます」


 瑛斗は目を輝かせ、それを受け取ると月火に一礼をした。



 火光に促されて水明の隣に並ぶ。


 月火が皆に終わりの挨拶をしている間、水明が小声で話し掛けてきた。


「それ凄いね。どうなってるの?」

「たぶん妖力の……実体化……? みたいなのだと思います」

「へぇ……なんでも出来るんだね」


 二人で話していると火光に睨まれたので口を塞ぐ。

 生徒に負けてご機嫌ナナメだ。




「これにて! 第一回妖神学園全校対抗強化訓練試合を終わります!……お疲れ様でした!」


 疲れた。本当に疲れた。


 春頃の準備に始め、大まかなルール作りや経費計算も全て月火がやったので疲れた。

 当日より準備が疲れるのは毎度おなじみのことか。



 月火の声でも一切盛り上がらないので、夜に報告する予定だったことを先に言っておく。



「明日は部活も学校も任務も休み! 課題もありません!」


 生徒達が顔を見合わせ、一息溜めた後に鼓膜が破れそうなほど大きな歓声があがった。

 こうでもしないと、微妙な雰囲気のままでは終われない。



 月火は溜め息を吐きながら朝礼台を降りる。



「水月兄さん、会議の資料まとまってます? 火光兄さんも調査結果は?」


 三人はすぐに仕事の顔になると月火は水月から資料を受け取り、火光はパソコンを見せながら仕事の話を始めた。



 水明も呼ばれたのでついていく。








「お腹空いた……!」

「お疲れ様」


 寮のリビングで机に突っ伏した月火は火音の手を握ると体中の息を吐く。


「……夕食作ります」

「ゆっくりしてたらいいのに」

「火音さんも空いているでしょう」

「うん」


 水月からは寮を移動すると言われたし火光はしばらく来ないらしいので久しぶりの二人きりだ。



 悪いが今日は切って炒めるだけの回鍋肉(ホイコーロー)に朝大量に炊いておいた冷ご飯を温めるという簡易ご飯にさせてもらう。



 昼食休憩がなく、まだかまだかと待っているうちに悟った。

 兄さんや、昼休憩忘れてるね。



 仕事の最後に確認すると二人とも破顔し、この世の終わりとでも言うような表情で震えていたので放置してきた。




 手元が狂っているので手を切らないようにいつもより慎重になる。


「……月火」

「なんですか?」

「明日、料理教えて」

「いいですけど……」


 食べれないのに何故だろうか。



 月火が首を傾げると火音は苦笑いを零した。



「家事の一つぐらい出来た方がいいだろ」


 火音が無理でも月火は食べられる。

 月火が食べられるなら火音が作るだけで、その間に休めたり仕事や課題も出来るだろう。


 一人でも食べられる人がいるなら火音はやる気だ。


「将来いい旦那さんになると思います」

「なれるといいけど」

「なれますよ。やらなくても最低限気遣ってくれるだけで気は楽になります。気は」


 体が楽になるとは言っていない。

 一度言ったからにはやれ。



 月火がにこりと笑うと火音は小さく何度も頷いた。




 二人分の皿に注ぎわけ、二人が哲学的な話をしながら食べていると電話がかかってきた。


「いいですか」

「うん」


 相手を見せ、許可を取ってから応答する。


 食べたいのでスピーカーでスマホは机に置いておく。


「月火です」

『もしもし先輩! 優勝おめでとー!』

「ありがとうございます。貴方の同級生ですよ」

『あのトロフィーすっげぇね。どうなってんの?』


 月火も詳しく分かっているわけではない。


 何となくやってみたら出来た程度だ。

 本当は回す気はなかったが、何故か勝手に回った。



『あはは! おもろ〜』


 聞こえてくる声的に、皆集まっているのだろう。

 どこにいるか知らないが火光と水月の声も炎夏と玄智の声も澪菜の声も聞こえる。

 たぶん洋樹と瑛斗もいるだろう。


「どうしましたか」

『あ、そう。今、谷影の寮でタコパしてるんだけど来るかなと思って!』

「残念ながら食事中です」

『マジ? あちゃー!』



 桃倉が皆に伝える声を聞きながらキャベツを食べていると声の主が変わった。


『もしもし? どうせ火音も食べれないし僕も食べてないから食べ終わったらおいでよ。誰一人として趣味が合わないからつまんないの』


 海麗の声の後、皆の不服そうな声や笑い声が聞こえてきた。



 月火は火音を見る。仕方なさそうに頷かれたので無言で通話を切ると、行けたら行くとだけ連絡しておく。

 いきなり切らないでと返信が来たので安定の既読無視だ。



「話の続きですけど。あぁいうアニメの透明化は物体がないので影は出来ないでしょう」

「でもそれがある状態で物体だけ消したら影は残るだろ」


 三十分ほどわけの分からない会話を続けていると海麗から早く来てときた。

 火光が暴走し始め、水月が潰れたらしい。



 人生を教職に捧げている火光はどこに行ったのか。


「……持っていきましょうか」

「やった」


 どうせ明日は休みだし休みでなくとも火音なら心配ない。



 月火は紙袋に肴と酒二種類と割り箸とコップを入れると急ぎ足で瑛斗の寮に向かった。


 と言っても五つ隣に移動するだけだ。



 インターホンを鳴らそうとしたが面倒臭くなったのでやめ、そのまま中に入る。


 靴を脱いで中に揃えると、水月と火光が向かい合って机に突っ伏し潰れていた。

 皆が月火に注目する。



「酒は人を駄目にするんですよ」

「駄目にしすぎでは……」

「生徒の前で飲むなんて……。頭のネジ飛びましたかね」


 昨日の断捨離と言い今日の飲みと言い、火光らしくないものばかりだ。

 ストレスで精神がやられたのだろうか。



 月火はごった返した机を見下ろし、静かに息を吐く。


「瑛斗、キッチン借りますよ」

「洗い物ならやりますよ。火光先生が落ち着くの待ってたんです」

「……飲ませたの誰ですか?」


 よく考えれば水月がついていながら生徒の前で飲ますはずがない。



 月火が食器を持ったまま見下ろすと皆が気まずそうに視線を通わせる。


「……さっきまで……水明さんがい、て……」


 瑛斗がおずおずと言うと月火は小さく舌打ちをした。


「あの飲んだくれが」


 水明は火音ほどではないがなかなかの酒豪で、一人で飲むのならいいが一度飲み始めると収拾が付かなくなる。火音と火光を足して割った感じ。割ってないか。

 牽制出来るのは両親、弟、甥、以上。



 水虎は静かに飲むのに、兄だけこんなことになってしまったのだ。



 水明は自主的に飲むし、火光は飲むと水月を酔わせるし、水月が潰れたら牽制出来る人はいなくなる。


 魔の酒連鎖が始まる合図だ。



 月火はさっさと洗い物を片付けると火音に酒を渡し、火光の前には二リットルの水を二本置いた。


「兄さん、水ですよ」

「……あいつ絶対殺す……」

「はいはい」


 月火は火光に水を渡すと疲弊しきっている生徒諸君に満面の笑みを向けた。


「酒の怖さを身をもって体験出来ましたね。瑛斗、明日一日はこの二人は動けませんよ」

「大丈夫です。予定もないですし」

「助かります」


 火音は海麗の隣の床に座るとソファに持たれて絵を描き始め、片手で少しずつ酒を飲む。

 皆の視線が気になっていたが、月火が盛り上げてくれた。本当に、中が通ずると言うだけで利便性が一気に跳ね上がる。




 月火がたこ焼きの残りを焼き、炎夏と桃倉が大食い勝負をしていると火光が顔を上げた。

 月火は火光の頭を叩く。


「いたっ……!」

「大の大人が飲まされてどうするんですか? 貴方、酔ったら水明さんと同類になるって知ってます? 未成年にも飲ませようとするんですよ? 自分の生徒にも!」


 火光は目を丸くすると潰れている水月を見下ろし、たこ焼きを頬張っている炎夏と静かになった皆を見た。


「……どうしよ。餓鬼のふりしてた意味ないじゃん。なんで飲んだんだっけ……」

「水明様が水に酒混ぜた」


 炎夏の説明を聞いた火光はスマホをいじると水明に呼び出しの連絡だけ入れて水を飲み始めた。


 しかし半分も飲む前にギブアップする。



「無理……」

「はい、グイーとグイグイ、飲んで吐け吐けイッキ、イッキ」

「こら」


 火光がふざける月火の頬をつまむと目を覚ました水月が顔を上げた。


 火光を睨み、まだ空いていない方の水を持つと一気に飲み始めた。


「兄さん中毒になりますよ!?」


 月火が慌てて止めると水月は水を眺めている火光の首を絞めて強く振る。


「ちょ……はっ……まっ……!」

「吐け。全部吐け」

「やめろ飲んだくれ。ここ瑛斗の部屋なんですけど」

「ヘルプ……」


 火光は顔をしかめ、水月は明らかに怒っており、月火は面倒臭そうに二人を牽制している。



 皆が傍観する中、慣れた火音は一人晩酌中だ。月火の作るおつまみにハズレはない。



 月火は水月を引き剥がすと後ろで腕を拘束し、火光には水を渡す。


「はい、グイーとグイグイ、飲んで吐け吐けイッキ、イッキ」

「一、二、三で飲んだら、いんじゃないの、飲め飲めイッキ! 飲め飲めイッキ! 手元に持ってるのはなんですか?」

「二人してコールしないで!」


 水月は水を真っ逆さまにして飲んでは月火に止められている。


 初めに二本出てきたという事はこれと後もう一本も飲まなければならない。

 こんなに水を飲んだのは人生で初めてな気がする。


「イッキ! イッキ!」


 月火と水月が煽ってくるので覚悟を決めて無心のまま飲み始めた。



 半分ほど飲むと月火に止められ、静かに蓋を閉める。


「反省します」

「そんなことどうでもいいです。それより飲んで胃の中のアルコールを薄めて下さい。二日酔いでまで迷惑を掛けたくはないでしょう」


 月火が蓋を開けると火光はおとなしく飲み始めた。


 水月は相変わらず一気飲みしようとするので定期的に止めなければならない。



「……あ、酔い冷めた気がする」

「効果覿面だな」

「すご」


 火音は瓶一本を開けると火光用の七十も飲み始めた。


 海麗は空き瓶に手を伸ばし、度数を見る。


「四十八……」

「あ、思ったより低いですね。何本か持ってきましょうか」

「これ飲んでからでいい」


 月火は軽く頷くとあくびをしている澪菜を手招きし、洋樹の膝に寝転がらせた。

 今日は大活躍だったので疲れてもおかしくない。


 ゆっくり休み、明日は元気に走り回ってもらわなければ。

酒の強要はやめましよう。

水を一気飲みすると中毒になります。

飲めない人へのコールはパワハラです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ