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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
150/201

49.「今の兄さんが使わなくても!」

 午後は学園内でメイド喫茶を開く。



 昨日の静けさが信じられないほどに学園は和気藹々(わきあいあい)とし、月火の眺めるその教室も活気に溢れている。


 月火は制服のまま窓辺に座り、客の出入りを眺める。

 月火に最も近い席は常に満席で、時々相席でもいいから座りたいという人同士が座っている。



 火音は外で看板役、月火は中で貢がせる役。


 本当は火音の役目は水月に頼む予定だったのが、水月がいなくなったので火音が代用された。



 本人自身吹っ切れ、全てを諦めて外に長蛇の列を作っている。


 一時から始まり、月火達が駆り出されるのは三時まで。

 昼食にもスイーツの時間にもならないが、スイーツの時間にはスイーツ目当てで色々来るのでその間に繋ぐための二人だろう。


 ナンパはされるが左手で手を振るとおとなしく去って行くのがほとんどなので苦労はしない。

 去って行かなければ脅すだけだ。


 そう難しい仕事ではない。



「先輩〜、差し入れっす」

「あ、ラッキー。ありがとうございます」


 月火は桃倉からショートケーキと蓋付きのプラコップに入った紅茶を受け取ると紅茶を傍に置き、ケーキを食べ始めた。


 市販のスポンジケーキに市販の生クリームとクレープ屋のあまりのフルーツを挟み、飾り付けして等分にカットしただけだが、だけだからこそ味に間違いはない。


 一応アレルギー関係はチラシにも看板にも載っているので問題はないだろう。




 月火がケーキを食べ終わり、紅茶を飲みながら手を振ってくる小さな女の子に手を振り返していると火音がやってきた。


「月火、終わっていいって」

「……あらら、分かりました」


 どうやら火光が一言呟いたせいで予想以上に人が来て在庫がなくなりかけているらしい。


 さすが日本で四番目にフォロワーの多い男。ちなみに上から順に月火、水月、俳優、火光、月火グループ公式となっている。

 途中の俳優は誰か知らない。俳優より顔がいい人はそこら辺にいるしドラマにも興味がないので知らない。


 名前を言われたら誕生日と代表作が分かるぐらいだ。

 それも付け焼き刃。




 月火達が裏の準備室に入ると火光は優雅に椅子を並べて寝転がっており、瑛斗と桃倉は死ぬ気でケーキやドリンクを用意し、メイドたちは必死に動き回っている。



 二人が邪魔にならないよう、火光のいる奥の椅子に座ると火光が目を開けた。



「あれ、もうそんな時間?」

「まだ二時にもなってません」

「……何となく分かった」


 学生の様子と残りケーキを見て察した火光は深く息を吐きながらまた目を閉じた。



 腕で顔を覆い、半分眠りに落ちかけていると誰かが入ってくる気配がした。


 水月か海麗かなと思いながらそのまま意識を手放しかけた時、覚えのあるシャンプーの匂いがした。


 目を開けて腕を退かすと晦が覗き込んでいる。

 今日も私服だ。



「何……」

「なんでここで寝てるんですか?」

「……まぁ色々と」



 寮には帰りたくないし月火の寮には入れないし本家も無理、職員室は閉まっているし他に知り合いが出している店はない。



 最近は職員室に泊まるような形で仕事を続けていたのでまともに眠れていない。

 今朝は悪夢で何度も起きては何度も寝て悪夢を見た。


 ストレスなのだろうが、月火に近寄ると火音とぶつかるし水月では癒されないし生徒に迷惑も掛けられないし他に癒してもらえるものもないので仕方がない。


 ここで寝ているのはそんな理由だ。



「晦には関係ないでしょ。何?」

夢和(ゆめな)さんが来てるらしいんですけど」

「ん〜……」


 連絡も来ていないしただ遊びに来ただけだろう。

 日本最高峰の学園の文化祭なのだから来ていてもおかしくない。



「興味無い」

「元婚約者じゃないんですか? 会いたがってましたけど……」

「今は違うし眠いんだよ。会っても話すことない」


 火光は寝返りを打つと皆に背を向け、壁の方に体を向けて眠り始めた。



 晦は眉尻を下げたまま月火を見る。


 月火も火音も興味無さそうだ。



 と言うか火光も何故こんなになるまで無理をするのだろうか。


 最後までいることはよくあるが、最近は一番最初に来ている。


 火音によると月火の寮にも滅多に行っていないらしいし顔色は悪くなる一方だ。



 テスト前後になると真っ黒なくまを作ることはよくあるが、今はそんな時期ではない。

 仕事が忙しいというわけでもないし無理をしている気がする。


 晦は眉尻を下げると月火に小声で話し掛けた。


「月火さん、火光先生の事なんだけど……」


 月火は杖を使って立ち上がると少し冷や汗を流しながら窓辺に移動する。

 火音に聞かれたら何を言われるか分からない。


「最近まともに休んでない気がするんだけど……。月火さんの寮には行ってないんでしょ? 自分の寮もあるはずなのに……」

「あぁ……それ……」


 月火が、火光は片付けが大の苦手で寮には帰れないと教えると額に手を当て盛大な溜め息を吐いた。



 月火が掃除する約束だったのだがこんな足になってしまってはしばらくは無理だ。

 火音と衝突して月火の寮にも居ずらく、生徒や海麗の部屋に転がり込むわけにもいかないのだろう。



「……え、じゃあ職員室で過ごしてるってことですか?」

「立場上、生きている間は仕事は舞い込んできますからね。仕事をしながら一夜を明かしていてもおかしくはないと思います……」


 晦が唖然とし、月火は苦笑いを零す。



 これは火光に限ったことではない。


 生きている間、永遠に仕事が入ってくるのは月火も水月も同じだ。

 ただ、火光は休息の地がないと言うだけ。



「片付けたらいいのに……」

「そのスペースもないんでしょうね」

「阿呆……」


 何故スペースがないのに買い込むのか。

 趣味は映画と時計だと言っていたが二つとも棚に片付けられるだろう。

 それともそれすら圧迫されているほど持っているのか。



 晦が呆然と呟いた時、火光が目を開けた。

 飛び起きて誰かに電話をかけ始める。


「……あ、もしもし玄智?」


 玄智にかけると映画DVDを一式あげると言った。


 電話の向こうから玄智の叫び声が聞こえ、火光はスマホを耳から離す。


 スピーカーでないのに月火達にまで丸聞こえだ。


『いいの先生!? 死んでも離さないって言ってたじゃん!?』

「本家に行けたらいいんだけどね。無理だから断捨離しようと思って」


 もう手に入らない白黒映画や世界に五十本だけの特典映像付、今は亡き大物ハリウッドの無名時代などかなりのレア物が山のようにあるのだ。


 どこかの誰かに売って売り飛ばされるより玄智にあげた方がまだいい。



「……ん、今日の夜に取りにおいで。好きなのあげるから。じゃあね」


 火光は玄智との電話を切ると今度は別の人にかけ始める。


「もしもし?……うん、本当に。……いいよ、全部送ってあげる。……いやいらない。意味ないし。……まぁ人は変わるって言うじゃん? 言うんだよ、異論は認めない」


 それから三、四人に電話をかけた後、スマホをポケットに突っ込んで固まっている晦を見上げた。


「まだいたの」

「断捨離……するんですか……?」

「兄さん……寝不足でおかしくなったんじゃ……」


 本気で心配してくる月火の言葉にケラケラと笑う。



 そもそも暇でやってみたら面白く、集めていただけだ。

 パズルは何十回とやったし時計も全て写真は撮った。映画も頭の中にセリフから隠しネタまで全て入っている。


 時間も場所もない今、趣味がある意味がない。

 自分の欲で他人に迷惑がかかるなら全て捨ててなくした方がいい。



「一応家具は揃ってんの。後足りないものは買い足して〜……」


 火光は椅子を降りて靴を履くと鼻歌を歌いながら準備室を出て行った。



 火音は無表情のまま眉を上げ、晦は心配を表情に滲ませる。


 が、月火のものはそんなものではない。



 唖然とし、杖を離して壁に立て掛けるとすぐに水月に電話をかけた。


『もしもー……』

「兄さん!? 兄さんが壊れた!」

『今準備室でしょ? すぐ行くよ』


 月火が片手で頭を押えながらその場をぐるぐると歩き、水月にメールで事の詳細を話していると水月が飛んできた。


「月火!」

「今寮に……!」

「行こう」


 火光は水月とは違う種類の欲の塊だ。

 その火光が断捨離など有り得ない。


 有り得ないからこそ足の踏み場もないほど散らかったのに、いったいぜんたい火光に何が起きたというのか。




 月火が足の痛みも忘れて二人で階段を駆け上がり、七階の火光の部屋に行く。



 水月がインターホンを鳴らしてから扉を開けると火光が立っていた。


「どうしたの」

「火光寝て!? 寝て考え直そう!? 場所なら僕が用意するから!」

「寮なら三つでも四つでも使って下さい! 私の寮にいてもいいんですよ!? 早まらないで!」


 水月が火光の肩を揺さぶり、月火が火光の腕を振っていると火光が二人の肩を叩いた。


「ちょまっ……死ぬっ……!」


 脳震盪を起こして酔いそうだ。



 火光が離れると月火は眉を寄せた。

 普段は絶対に見せない表情だ。


「あのねぇ……別にいいじゃん? 月火も断捨離が必要だって言ってたし。全部ゴミだよ? 使う事ないもん」

「今の兄さんが使わなくても!」


 今の火光が使わないとしても、過去の火光は使っていた。

 多くは火光の幼少期の、青春時代の思い出の一部なのだろう。


 それを、ただ場所がないからと言って捨てるのは勿体なすぎる。

 何より同じ趣味を持つ人々への冒涜になるかもしれない。



 火光が何千万とかけて集めた代物だ。

 月火の部屋に置いてでもいいから置いといてほしい。



「……でも場所がないんだよ」

「私が片付けます。全部この部屋に納めます」

「でも傷が……」

「座ってるだけなら問題ありません」


 月火は水月と顔を見合わせると同時に深く頷いた。



 不安そうにする火光には全員に取り消しの連絡をするよう兄妹の絆を使い、水月と月火は自室にダンボールを取りに行く。




「月火、大丈夫?」

「傷はある程度塞がってるんです。問題ありませんよ」

「ならいいけど……痛かったら言ってね?」

「はい」


 二人は月火の寮から大量のダンボールを持つと火光の寮に戻った。

 全て家具の入っていたダンボールなので異常に大きい。




 またインターホンを鳴らして扉を開けると火光が玄関でスマホをいじっていた。


「おまたせ。始めるよ」

「見られたくないなぁ……」


 そう言いながらも開けてくれる。



 そこはまさに地獄絵図で、見るに堪えない惨状だった。



 棚にはDVDが詰め込まれ、上にも下にもDVD、どこを見てもDVD。


 壁沿いの山は月火の身長を超えるほど積んであり、棚以外にはDVDしかなかった。当然全て映画だ。


 アニメから洋画から年代物から実写まで、選り取りみどりなのにどれ一つとして被っていない。



「凄い……」

「一体いくら掛けたんですか」

「さぁ? 本家の方にももうちょいあるからなぁ……。この部屋だけなら二千万もないんじゃない?」


 二人にジト目で見られた火光は少し焦って説明を付足す。


「ほら、年代物とかレア度の高いものもあるし? 同業者の中じゃ億を超えてでも買いたいってのもあるんだよ?」

「……よく分かった。丁寧に扱うよ」

「やりましょうか」


 二人はまだ綺麗な廊下でダンボールを広げると協力してDVDをダンボールに詰め始めた。




 百四十サイズのダンボール、引越しで衣類等を入れることが多いあのサイズのダンボールだ。


 あの大きさのダンボール三つ分のDVDになった。

 蓋ギリギリまで詰めたので何とか納まったが、あと一つでも多かったら足りないところだった。



「よし、次」

「わぁ広い……」

「兄さん、掃除は出来ますよね?」

「掃除は出来るよ」


 物は片付けられないが埃を取ったり窓を拭いたりは出来る。


 火光がDVD部屋を掃除している間、月火と水月はリビングの中で立ち尽す。



 教師寮は2LDKで、当然火光の部屋も二室だ。


 廊下に一室、奥に進んでリビングの中にもう一室に続く扉があるのだが、開けて瞬間びっくり。


 部屋の全面ジグソーパズルで覆われ、棚もパズルだらけ。壁にも数え切れないほど立て掛けられており、それが二列ほど。


 まだ綺麗な方だが、ベッドの上には解かれた知恵の輪が大量に入ったダンボールが二つ。


 その周辺には異形のルービックキューブの山。

 引き出しの中にはクロスワードパズルや名前も知らない、色々動かして正しい並べにしていくパズルが十種類ほど。



「……やろうか」

「はい……」


 二人が床に置いてあるジグソーパズルから片付けていると予想通りダンボールが足りなくなった。



 月火が最後のダンボールにパズルを入れていると掃除が終わった火光が戻ってくる。


「ダンボール足りなさそうだね〜。軽食買ってくるついでに貰ってくるよ」

「お願い」

「なるべく大きめで!」


 月火の身長よりも大きいパズルもあるので小さいと入り切らない。



 火光は軽く返事をすると寮を出て行った。

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