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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
15/201

15 狐の子供

 狐の面をつけた十歳ほどの子供はどこからか出した刀で月火の首を目掛けて刃を振りかざした。


 反射神経で鞘に入った刀を立てて防いだ月火は子供を見上げた。


 白い小振袖に黒い袴の少女だ。


「見付けた見付けた。それも一緒にいるなんて」


 少女はそう呟くと一度その場を離れた。


 子供の泣き声が次第に増えて大きくなる。

 怒鳴りたいほど五月蝿い。


 白葉に呼ばれた黒葉が出ると二体とも本来の姿になり、少女を警戒する。


「九尾……。二体……?」

「……人間ですか。妖心はないみたいです」

「お前の狐便利だなぁ」


 と言ってもその妖力の質や量で判断しているだけだ。

 獣の感覚をなめると痛い目を見る。


 月火は泣き続ける子供を睨み下ろすと舌打ちをした。

 子供の声はどうにも慣れない。


 どの知り合いといても自分が最年少で皆も転んで泣くことはなかったのでこの声を聞くのは任務に出るようになってからだ。


 月火も赤子の頃の記憶は多少なりともあるがどれも黙って当主の仕事を聞いている時か水月と火光に溺愛されている記憶なので泣いていた記憶はない。


 水月と火光が子供を嫌う理由も似たような原因だ。


 玄智は妹がいるし炎夏の場合は上がよく泣いていたのでもう慣れた。


 火音に関しては大人も子供もまとめて赤の他人という認識で、その感情や声がどうであろうと脳に届くまでにシャットアウトしているので関心を示していない。


 月火が舌打ちをして刀を肩に乗せると親が何人か迎えに来た。


「態度悪いな」

「月火って子供嫌いなの?」

「五月蝿いですし。慣れないものは全部嫌いです」

「へ、へぇ……」


 月火は慣れて極めて初めて普通になる。

 好きになるのはそこに面白味や意味、自分にどれだけ関係しているか、だ。


 慣れないものは子供でなくとも嫌うことが多い。


 ちなみに料理と化粧、仕事、勉学に関しては物心つく前から手伝いや行事の準備、生まれたからには、という感じで物心つく頃には当たり前になっていたのでなんとも思っていない。


 玄智が化粧に興味を持ったのも月火の行事の時の姿を見てからだ。


「月火って嫌いなものないのかと思ってた……」

「ありますよ。餓鬼と大人」


 子供は言わずもがな。


 大人は理不尽を押し付けてくるので嫌いだ。

 まともな人は普通だがまともで平々凡々な人など滅多にいないので大人は嫌いという分類になっている。


 水月と火光も構いすぎて嫌われた事があるので程々に、月火に気付かれないように囲っているのだ。


 もちろん、全子供と大人が嫌いというわけではない。


 一部のおとなしくて可愛い子供や一部の正義感のある、自制心の強い大人なら普通に接することが出来るがそれ以外は極力避けている。


「子供と大人の区切りは?」


 火音にそんなことを聞かれたのでいつも答える答えを言った。


「小三以下と三十路以上」

「ひねくれてんなぁ」

「性格という名の個性ですよ」


 物は言いようとはまさにこの事。


 火音が呆れた目で見下ろせば月火は真剣な目で狐面を見ていた。

 これの情緒はどうなっているのだろうか。


 補佐が警官にさらに下がらせるよう伝え、医療関係者は怪我人がいないか確認するとすぐにこの場を離れていった。


 入れ替わりで晦と綾奈が到着したのでたぶん問題はない。


 妖神学園に通うものならこの空気の雰囲気はすぐに察知するだろう。

 常にどこかでは冷戦状態の学園では空気が読めない人は生きては行けない。


 火音は空気を読まずとも適当に処理出来るが普通の人には無理だ。

 そんな中でほぼ一年間過ごすので自然と雰囲気を鋭く察知する能力が身についたのだろう。


 これが狙って育てられたものなら初めて園長を凄いと思うかもしれない。


「相手の様子を見ます。なるべく殺さないように」

「どうやっても殺しはしないだろ」

「持っているのが妖刀だということをお忘れなく」


 黙り込んだ火音を鼻で笑うと紅揚秘刀太を白黒魅刀に交換してから相手に近付いた。


 黒葉と白葉は未だ怒りを堪え続ける。


「先程は失礼しました。つい興奮してしまって」

「はぁ」


 いきなり謝られた月火は少し戸惑いながら刀を握る。

 少女が刀を肩に乗せるとそれは白黒魅刀とそっくりな刀に変わった。


 刀の刃も青い鍔も黄色と黒の柄もそっくりだ。


 すると少女は全く同じ刀をもう一本の手にも作り出す。

 刀身が妖力を纏い、白い霧がその場を囲った。霧の広場コロシアムが出来上がる。


 観衆がざわめき、無数のシャッター音や子供の大きな泣き声、人々の悲鳴が聞こえてきた。


 少女は肩に乗せている刀とは違う左の刀で月火と火音を順に差した。


「二人で来てください。あとの奴らは周りで遊んでなさい」


 霧で見えない周囲から怪異の気配とともに一級相当の妖力が感じられる。

 月火は皆に声をかける。


「動けるものは一般人を守りなさい。相手の指示通りに」


 相手の手の打ちで転がされていることは分かるのだがどう考えても相手の言う通りにするのが最善の案になるのだ。相手もそれを分かって言っているのだろう。


 何が目的か知らないがとりあえず一般人の避難を最優先にしなければ社会的に首が飛ぶ。




 今動ける全員が一般人の守りに入ったところで火音は月火の隣に並んだ。


「俺は火光を優先するからな。お前が死んでも興味ねぇし」

「是非そうしてください。私は九尾もいますし」

「楽しみましょうねぇ!」


 少女は体を捻らせながら笑うと二人に襲い掛かった。



 夜闇の中、幾度となく金属音が響き渡る。

 現代では聞きなれない、刀特有の金属音だ。



『妖刀術 流虎風楼りゅうこふうろう

『妖刀術 紅凪之舞妖あかなぎのぶよう


 武道に流派があるように御三家にも代々伝わる妖心術や妖刀術、受け身や体術がある。

 今は触れる機会が滅多になく、特に妖刀術は日本刀がある場面の方が少ないがそれでも現神々当主の月火と次期火神家当主として育てられてきた火音は伝書や伝記などには一通り目を通しているのだ。



 その上、言われるがまま動いていた火音とこの刀を使うのが夢で必死に練習してきた月火だ。頭で考える前に体が動く。




『刀に想いを込めて』




 曾祖母が来る度に言っていた言葉だ。


 刀に想いが届けば必ず力になってくれるから、と。



『妖刀術 日音月光ひおんげっこう

「駄目ですねぇ」

『妖刀術 日音月光』


 まったく同じ技で跳ね返された火音は衝撃に耐えきれず、壁に叩きつけられた。


『妖刀術 流虎風楼』

『妖刀術 流虎風楼』


 また弾き返された月火も壁に背中を強打し、確実に骨が折れた感覚を感じながら気を失った。





 どれだけ寝ていたのだろうか。

 今、ここが現実なのか夢の中なのか分からない。


 耳には膜が張られたように聞こえてくる悲鳴や泣き声がくぐもり、自分の心音が頭に響く。そのたびに絞めつけられるような頭痛が強くなり、全身の体温が高熱の時のように熱くなる。

 耳は次第に研ぎ澄まされ、周囲の心音や血液が流れるような音が聞こえるのに雑音は一切聞こえない。


 鼓動が高鳴り、体が熱くなる中、頭だけが冷え切って今までに感じたことのない感情が湧いてきた。


 今までとは違う確かな重心と鮮明な五感。

 手足や五感からこの世に存在しているという実感が伝わり、それに対してどうしようもない怒りが湧いてくる。


 体を起こせば周囲は半壊した水族館の瓦礫で荒れ果て、妖輩者、補佐、警官、一般人関係なく、瓦礫や怪異で怪我をしている者がそこら中にいる。



 いったい、どれほどの死者や被害者、行方不明者が出るのだろうか。


 見知らぬ者たちだけではない。

 水月や火光は瓦礫の側や壁に埋もれるように倒れて気絶し、玄智や炎夏は救援に来たのであろう年下の学生を庇うように気を失っている。


 いつの間にか来ていた水虎すいこや御三家の当主夫妻、学園の教師までもが大怪我をして戦闘不能状態だ。


 霧の晴れた広間で意気揚々と動いているのはあの狐の餓鬼だけ。



 皆が戦っている間、自分はずっと寝ていたというのだろうか。

 あばらと右腕は折れているだろう。こめかみや後頭部も切れて血で濡れている。


 もう痛みもまともに感じない。


 左手側にある白黒魅刀を掴み、立ち上がると、瓦礫の下敷きになっていた白葉と地面に叩き付けられていた黒葉を呼び起こす。


 二体とも前足が深く切れて体にも交差に傷があり、まだ流血している。


「助かりました。守ってくれたのですね」


 気絶していた月火が瓦礫の下敷きになっていないのは二体のおかげだろう。

 戦いながら守ってくれたようだ。


 月火は九尾の傷を撫でると妖力で治してやる。

 月火の妖力で出来た妖心なので体の形も月火の思うがままだ。


 月火が白黒魅刀を強く握り、餓鬼を見ると同時に肩を掴まれた。

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