表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
148/201

47.「……絶対殺す」

「今年の体育祭は静かですね〜」

「五月蝿い原因がいなくなったからな。……増えたけど」


 体育祭の昼休憩時間。



 月火と火音は体育館裏の階段で昼食のおにぎらずを食べる。


 テントは一年生と三年生と教師一名部外者一名が馬鹿騒ぎしているので静かに食べたい二人はこちらだ。



 二年生の氷麗(つらら)は晦と食べている姿を見たが残りの三人は見ていない。

 たぶん見ていたとしても面識のないものと判断している気がする。


 顔も名前も覚えていない。



「今日ぐらい騒ぎましょう」

「あいつらに至っては毎日だろ」

「よく担任が務まりますね」


 さっさと食べ終わった二人が他愛もない話をし、いつも通り意味のない法律の穴の話をしていると上から神崎が降ってきた。



 いつも以上に私服に気合いが入り、メイクも完璧だ。

 これが初対面なら美人だと思うが、素というか裏を知っているのでなんとも思わない。


「火音様、この服どうですか?」

「化けたな」

「可愛いでしょ?」

「月火の方が好み」


 いちいち爆弾発言をしないで頂きたい。


 月火が呆れて火音を見ると追い払うためだと伝わってきた。ついでに本気で月火を愛でたいという欲も。



「わ、私とはタイプが違うよ?」

「タイプが違っても月火がタイプだから。そろそろくどいぞ」

「くどっ……!」


 神崎は息を詰まらせると、我関せずでスマホをいじっている月火を睨んだ。



 この女だ。

 この女のせいで神崎は火音にアプローチ出来なくなった。


 この女さえいなければ今頃火音と隣でご飯を食べていたのは神崎だったはずだ。



「……絶対殺す」

「怖いこと言いますね……」

「ふん!」


 神崎は踵を返すと表の方へ出て行った。



 呆然とした月火が火音を見上げると頭を抱き寄せられる。


「……かわい」

「なんですかそれ」

「お世辞抜きの褒め言葉」

「もう……」


 呆れながらも少し嬉しそうな月火が離れるた瞬間、月火の真後ろに時空(ときあ)が現れた。



「楽しそうなところしっつれーい! お迎えに上がりました〜」


 その言葉の直後、月火に触れると同時に姿を消した。



 火音は立ち上がるとテントに戻る。


「水月火光! 月火が……」


 火音の説明を遮るかのように校庭に轟音が鳴り響き、地面が大きく揺れた。



 水月と火光は立ち上がると三年に一年を守らせ、水月は刀を持ちながら三人は外に出て校庭を見る。




 校庭にはあの特級怪異が佇んでおり、その上には暒夏(せいか)珀藍(はくあ)と稜稀、それに暒夏に抱えられた月火も。



 観客から悲鳴や泣き声が上がり教師が混乱する中、補佐コース生が必死に観客を体育館やプール、校内の中庭へと避難誘導を始める。

 教師よりもよっぽど優秀だ。



「楽しそうだね〜? 相変わらず仲はいいのかな?」

「月火返せ」


 火音が睨むと暒夏は笑みを深めた。



「口の利き方には気を付けろ。こっちには人質がいるんだから」


 暒夏がそう言うと、稜稀がどこからか出した短刀で月火の太ももを刺した。


「月火!」


 水月の叫び声に稜稀はもう片方も刺した。



 まずい。太ももには数本の太い血管が通っている。

 稜稀なら確実にそこを狙うだろう。失血死してしまう。


「くそっ……!」



 火音が歯を食いしばると、刀を持った海麗と晦がやってきた。



「火音先生!」

「八条さん刀を。月火が死なないうちに片付けます」

「大丈夫なの?」


 晦を無視した火音が刀を受け取った瞬間に抵抗感を感じたが、海麗が離すとすぐに違和感はなくなった。

 やはりこの妖力は海麗だけだ。



「まぁ……稜稀には敵わないでしょうね」


 稜稀に敵うのは好調の月火と現役時代の水明、あの幼さで無双していた海麗だけだ。


 火音では到底敵わない。が、避けながら月火を取り返すなら何とかなるかもしれない。



 火音が刀を抜くと、何故か紅揚秘刀太を持った海麗が前に出た。


「この刀、初代のお気に入りなんでしょ? ちょっと拝借するよ」

「また倒れるんじゃ……」

「火音が月火に頼んでくれたんでしょ? 倒れたら倒れたで治してもらえるし大丈夫だって」


 海麗も真剣の扱いぐらいは学んでいる。

 海麗の師匠は稜稀などよりも数倍強い方だ。

 師を超えた海麗になら止められる。



「殺していい感じ?」

「月火の救出が優先です。四肢を切り落とす程度ならまぁ……」

「頭は?」

「ですから……!」


 罪人を殺せるのは秘密裏に合法化されている神々当主だけだ。


 海麗が殺すと確実に殺人罪でお縄になる。



「まぁいいや」


 海麗は刀を抜き、軽く回すと刀がフィットするところで持った。



 二人は背中合わせに立つと、息を合わせて強く地面を蹴った。




 丹田とみぞおちに力を入れ、なるべく呼吸を乱さないよう意識しながら素手の稜稀と戦う。

 火音は迷いなく月火の方に行ってしまったので稜稀を抑えるのは海麗一人だ。


 変に気遣う必要がないので一人の方がいいのかもしれない。


 稜稀は昔から人間離れした身体能力があったそうで、月火と水月が継いでいるのはその能力のお零れだ。




 海麗は昔からギフテッドではないかと言われてきた。


 サヴァン症候群のように精神障害はないが、運動能力の面ではいつどこにいても群を抜いてきたから。


 だが、昔からそんなことはないと否定し続けてきた。

 火音に出会い、水月を知り、余計にそう思った。


 これはギフテッド(神の贈り物)などではない。

 これは血筋による才能で、幼い頃からの努力の結晶なのだと。



 海麗にしか出来ないことなど微塵もないし、ギフテッドと言うなら火音や月火の方が相応しい言葉だ。

 二人は全ての面で秀でているのでギフテッドと言うよりはただの超人なのだが。




 そんな二人でも敵わない稜稀に勝てるのか。


 今更ながら不安になってきたが、勝てるかではない。勝たなければならない。

 もしここで負けてみろ。一生火音と顔合わせ出来ない。


 たった二歳差だが海麗にとっては弟ほど可愛く大切な弟子なのだ。

 短かった学園生活の半分を火音に捧げてきた。


 病院にいても妖輩のニュースは伝わってくる。


 それを見てどれだけ嬉しかったか。

 自分の弟子がここまで成長した。自分を超えてくれた。自分を超えさせた。


 火音の技を育てたのは自分だと言う馬鹿っぽい優越感に浸りながら十三年の軟禁生活を乗り切った。



 そんな弟子にかっこ悪いところを見せるわけにはいかない。




 海麗は稜稀の攻撃を刀でかわしながら少し下がり、刀の鞘を拾った。


 抜刀術で刀の扱いを教えてもらったのだから得意な技は抜刀術だ。

 この戦いである程度体がなまり、剣術が落ちているという事は分かった。


 タイムリミットもあるのでさっさと片付けよう。



『妖刀術 海時抜刀(かいとばっとう)

『妖心術 煙幻風秘(えんげんふひ)


 モヤのような煙の中が辺りを包み、暴風が吹き荒れ始めた。


 海麗には関係ないが。


 海麗は生まれつき重度の視覚過敏で外ではまともに目も開けられなかった。

 そのため身に付いたのが反響定位に似た何か。


 盲目の人が手を鳴らして物の高さや場所を把握するアレだ。


 海麗は暇だった幼稚部の頃に本で読んで身に付けた。



 目を閉じ、風の音をよく聞いてから地面を蹴ると同時に刀を抜いた。




 海麗の刀が鞘に収められると同時に風が止み煙が晴れる。


「うん、上出来」


 刀を見ても血は付いていないし刃こぼれもない。



 浅い袈裟斬りを食らった稜稀は倒れ、それと同時に月火を抱き上げた火音が降りてきた。

 月火は目を覚ましている。



「八条さん、大丈夫ですか」

「大丈夫じゃない」

「大丈夫そうですね」


 月火の判断に頷いた火音はハッと稜稀の方を見た。


 時空が稜稀に触れ、小さく手を振っている。



 瞬間、火音の腕が軽くなって月火がいなくなった。

 混乱したまま、また時空の方を見れば月火が時空の肩に妖楼紫刀を突き刺していた。


 手に持っていた鞘を見れば刀が抜かれている。



「いつの間に……」

「本当に怪我人?」

「絶好調なんでしょうね」


 月火が刀を抜くと同時に時空は姿を消した。




 肩に刀を乗せて歩き帰ってくる。


「痛い」

「当たり前だろ。何やってんだ」


 火音は呆れながら月火を抱き上げる。


「えちょっ……!」 

「せっかく止血したんだから動くな」


 横抱きにされた月火は火音の背に腕を回すと座るような形になった。

 一人寝転がっているよりかは気持ち的に楽だ。



 火光と水月が駆け寄ってきて後ろから海麗もやってくる。



「月火、大丈夫?」

「おい教師」

「婚約者です」


 水月が月火を心配し、義弟と担任が睨み合う。



 その間に月火は水月に飛び移って医療テントで手当を受ける。



「よく歩けたな」

「気合いです」


 正直、座っているのも痛い。

 足を抱えて倒れていたいが、周りに心配がかかってしまう。また月火が原因の喧嘩が起こるのは嫌だ。



 テントの中は細いパーテーションで区切られており、月火と綾奈二人の個室のような感じになっている。


 パーテーションを挟んだ真横には知衣もいて、現在は刀に付いた血をスポイトで集めている。



 月火が時空を刺したのは血を採取するためだ。

 あわよくば腕の感覚がなくなればいいなと思い、神経を狙いには狙ったがなんせ妖刀は細いのでヒットしたかは不明だ。


 袈裟斬りにしても良かったのだが、今日も明日も明後日も使う校庭を血で濡らしたくなかったのでやめておいた。


 晦は稜稀の血が付いた土を集め、観客が戻ると同時進行で校庭整備を行っている。




「神通力が無理ならしばらくは車椅子な」

「えぇ……。何とかならないんですか」

「なるわけない」


 綾奈にガーゼを貼られ、軽く叩かれかけたので反射的に足を退かした。


「うん、車椅子決定」

「……明後日は!?」

「無理に決まってるだろ。無茶すんな」


 そんな。作戦のキーパーソンは五人しかいないチームの中でも女子ペアになっているのだ。


 なんせこの人数なので全員が最重要ポジションとなっている。



 が、神通力は海麗のために取っておきたいし妖力もあまり使いたくはない。


 だから明後日も体術メインにしていると言うのに、最悪だ。




 月火は綾奈の出ていった個室でジャージを履きながら悩む。

 海麗に無理はさせたくないし澪菜は場所が離れすぎている。


 何より水明チームの数に押されると余計不利になってくる。



 ポイントを稼ぐのは月火と瑛斗と澪菜の役目なのに、一体どうしたものか。


 月火が座ったまま瑛斗に連絡すると考えるので無理するなと言う旨の返事が返ってきた。

 無理するなと言うが無理しなければ負けてしまう。


 月火が悩んでいると綾奈が車椅子を持ってきた。



「乗れ」

「……松葉杖じゃ駄目ですか」

「両足浮かせたまま歩けるならそっちでもいい」


 無理に決まっている。


 月火が渋っていると綾奈に睨まれた。


「火音が抱っこでもいいぞ。車椅子か松葉杖か抱っこ、どれがいい?」

「……歩けるのでもういいですよ」


 月火が内心叫びながら立ち上がると知衣が前腕固定杖を二本持ってきた。


 松葉杖の同類で前腕に輪を付けて棒を握るタイプだ。



「歩けるならこれを使ったら? 目立ちにくいし。抱っこでも車椅子でも……」

「お借りします」


 諦めた月火は真顔で手を伸ばすと二人に杖を付けてもらい、激痛を我慢しながら歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ