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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
147/201

46.「俺が月火を離すとは思わないで下さいね、義兄さん」

 文化体育祭一日目、体育祭。



 月火は控え室で火音にメイクを施す。

 嫌がっていた火音だが、諦めて無心で受けている。



 今回は二人とも口元に狐の面なのでアイメイクだけだが、それが特に重要になってくる。


 玄智がやりたがったが火音が断固拒否したため月火が担当になった。当然の流れだ。



 今回は赤系のメイクで、アイラインでガッツリつり目にして目尻に赤いアイシャドウをこれでもかというほど入れる。


 火音は元々くっきり二重に若干切れ長気味なので余計に似合うのだろう。

 こう言ってはなんだが惚れ直しそうなほど美形に仕上がった。




「……取られたら嫌です」

「取られないから大丈夫」

「美人が来てもなびかないで下さいね」


 こうでも言っておかないとどこぞの大物女優に言い寄られてもおかしくないほど美しく仕上がった。




 火音は小さく頷くと鏡を見た。



「変わるなぁ……」

「次は髪ですよ」




 朝の七時。始まるのが十時。


 今、外では色々なテントが張られたり体育館にはブルーシートが敷かれたりと準備の真っ只中だ。




 この高等部妖輩テントは昨日の晩のうちに立ててもらったので朝イチに入り、準備をしている。


 月火もノーメイクだが元々薄めなのでそう気にしない。

 やるにしてもハイライトやマスカラだけだ。



「編みますか?」

「任せる」

「じゃあ編みましょう。お揃いです」



 火音のヘアーセットをしていると玄智と結月もやってきた。




 二人とも髪だけセットされているが、ヘアーセット後のメイクはやりにくくないだろうか。


 前髪を上げなければならないので、目にかかり気味の玄智に関しては完全に崩れると思う。




「おっはー! 日本晴れだね!」

「快晴ですね。降水確率零ですよ」

「やったー!」


 念願の共演を果たしたのだ。

 それはそれは嬉しいだろう。



 結月も気合が入っている。



 火音のセットが出来たので離れると二人が覗き込んだ。


「うっわ……きれー……」

「イケメン…………人間……?」

「人間以外ないだろ」


 実質半身怪異だが、妖力が多い程度なのであまり関係はない。




 月火が準備している間、二人がずっと見惚れていると後ろからどつかれた。


「二人とも準備は? 九時半ですが」

「……えっあっ……す、すぐやる!」

「急がないと!」


 結月は毎日フルメイクなので慣れた手つきだ。



 月火が事前に撮っていた写真を参考に四人で同じメイクをする。


 二人が準備している間に二人は一番近いプールの更衣室で着替えた。



 今年も玄智デザイン月火グループ制作だ。


 ハイネックのインナーに、着物のような胸元は大きく開いて、月火はフィッシュテール型のスカートにお馴染みタイツ。

 火音は、胸元は似ているが下半身はシルク生地の袴に酷似したワイドパンツ。


 二人ともインナーは黒、着物は濃いめの紅を基調に、白と黄色もアクセントで使われている。



 さすがに月火グループの制作の指揮を担っているアパレル部長でも作り方が難しく、コスプレ衣装を制作している会社にも協力を煽った。


 月火グループとのコラボで取引し、月火グループはこの体育祭でガッツリ宣伝させてもらうことになっている。


 今年から作ったパンフレットやプログラムにも衣装作成、月火グループと載っているのだ。




 ちなみに今年も扇を使う。


 去年の扇子とは違い、手のひらの倍はある大きな赤い扇だ。

 黒い両親骨の先端には金色の細く長いタッセルが付いている。



 月火は右耳に多くのイヤリングを付け、火音は左耳に赤と黒のタッセルの付いたピアスを付けている。


 火音のは作成し、月火は私物から漁った。

 ヤンキー友人とつるむ時には必須なのだ。





 二人がテントに戻ると準備を終えた玄智と結月、ジャージ姿の火光と私服姿の晦がいた。


 火音は眉を寄せ、火光は気まずそうに顔を逸らす。






 昨日の夜、火音と月火も話した。


 火音もやりすぎたとは反省していたようだが、月火が心配なのは事実だし追い出すと言うのもはったりではない。


 しかし月火が聞きたいのはそういうことではなくて、火音にとって火光はどういう存在かというものだ。



 たった一人の弟ではないのか。大切な同僚ではないのか。頼り甲斐のない未来の義兄ではないのか。


 そんな火光と仲の悪いままでいいのか。


 月火が真剣に聞くと火音はたじろぎながらも駄目だと答えた。



 それなら、忙しくなるこの三日間で、関係を取り戻せばいい。

 一日目で仲直りし、その日は気まずいままでも翌日には忘れている。


 長い絆が切れるのは刹那の瞬間。だが、忘れて思い出、笑い話になるのは絆を作り直すよりも短い時間だ。






 月火が火音の背を軽く叩くと火音は少し後ずさった。

 下がった足を蹴れば不安そうに見下ろしてくる。



 いい大人が喧嘩した挙句そんな目をするな。





 薄い笑みで圧をかけると割と本気で背中を押す。


 とりあえず中に入ってくれないだろうか。

 体の背面だけ外に出ている状況が気持ち悪くて仕方ない。



「さぁ火光先生」

「火音さんも」

「……もう良くない?」

「別にいいだろ……」


 いきなり甘えを出した二人を女が叱咤し、二人が戻ってくるまでに話を付けておけと伝えて結月と玄智を連れて外に出た。



 玄智と結月は着替えに行き、月火は最近物騒になってきているので晦と水月と海麗に一本ずつ妖刀を預ける。

 火音ご愛用の妖楼紫刀は、離すと妖力が消える海麗に持たせた。



 九尾たちは休憩期間だと言って中に集めたあと、結局出るのを嫌がって今も月火の中で遊び回っている。

 呑気な狐だ。



「あ、神々先輩。おはようございます」

「月火ちゃんおはよう! 可愛いね!」


 瑛斗(あきと)と澪菜の声に振り返り、何言か交わしてからすぐに解散した。


 もうお客さんも入っているし生徒も全員揃っている。



 開幕は定番の演舞なので月火達もすぐに用意しなければならない。




 少し慌ただしい中、月火と晦がテント前で落ち合って中に入ると未だ重い沈黙が続いていた。



 ついに痺れを切らした晦が怒鳴る。


「このっ……意気地無し! 教師が謝れなくてどうするんですか!? ただごめんと一言言えば済みますよね!? なんなら今すぐ組み伏せて頭を地面に付けてもいいんですよ?」



 火光と火音が首をすくめ、月火はその勢いに苦笑いを零す。

 晦もずいぶん溜まっていたようだ。


 ここまで迷惑をかけてしまったのだから今度お礼とお詫びを火光に持たせよう。



「それとも一生仲の悪いまま月火さんの苦労とストレスを増やしますか?」

「……ごめん……なさい……」

「……ごめん」



 火光と火音の小さな呟きで晦は頷き、月火が大きく合掌した。



「じゃあ誠心誠意の謝罪と反省は終わった後で。行きますよ火音さん」

「うん」



 月火は火音の手を掴むと慌ただしくテントを出て行った。




 二人を見送った火光と晦の間に沈黙が流れる。


 火光は耳どころか首まで赤くして俯き、晦は満足そうに後ろの簡易窓から外を覗いている。




 やがて琴と拍子木の音がなり始め、演技が始まった。



「…………」

「え?」


 火光は何かを呟くとさっさとテントを出ていった。



 何も聞き取れなかった晦も慌ててテントを出たが既にその姿はなく、首を傾げながらもおとなしくそれを撮り始めた。











「暑い……!」


 演技の終わった四人は声を揃えてそう言った。

 月火と火音は口元の面を取り、玄智と結月は額の面を取る。


 夏バテどころではない。熱中症になってしまう。



 九月も半ばで熱中症は嫌だ。



「……着替えないと……」

「私も……」


 火音はこの後、陸上部のリレーを仕切り、月火はその直後のバトン部に助っ人として参加するので今年は大忙しだ。




「頑張って〜」


 多忙すぎて頑張りどころがない。


 二人はジャージに着替えると大急ぎでメイクを落とし、月火はいつもの超簡易化粧をするとそれぞれの準備に入った。




 玄智と結月が伸び伸びとすごしていると炎夏と水月が顔を出し、二人は顔を明るくする。


「炎夏ー! 治ったんだね!」

「玄智もな。お互い災難だったってことで 」

「ほんとに。月火の医者姿見た? かっこよくない?」



 玄智と炎夏が月火の医療について話し合い、炎夏がゼリーの話をすると聞いていた水月と結月も笑い出した。




「あはは! 綾奈には子供ってことじゃない!? まだ未成年だしね!」

「水月ってことごとく人を馬鹿にするよな」

「そんなつもりないんだけど」

「今のはあるだろ!」


 二人が騒いでいるうちに玄智と結月は着替えのために出ていき、交代で瑛斗と凪担がやってきた。



「お疲れ様です。……何やってるんですか」

「いじってる」

「いじめられてる」

「意見の対立ですね」


 凪担は文化体育祭が初めてだったので大興奮、瑛斗が色々と教えていたらしい。


 同じく初めての桃倉と洋樹は教えずとも自ら学びに行った。




「月火さんと火音先生凄かったねー! 玄智君と結月ちゃんも凄かったけど二人の雰囲気! あれ毎年やってるんでしょ? 探したらアップされてるかなぁ!?」


 未だ興奮が収まらない凪担が椅子に座ってスマホを取り出すと瑛斗が自分のスマホを差し出した。


「俺、去年と一昨年の撮ってますよ。毎年最前列で見てました」

「すごーい……」

「あれって元は神々家に伝わる演舞なんですけど……」



 御三家の演舞は全て怪異相手にも通じるよう戦闘を元にして作られた舞だ。


 あれを見ていると、この着地の体勢からはあの避け方が出来る、あの避け方の後はこう攻撃出来る等色々学べる。


 それを友人から聞き、月火達が演舞をやると聞いた時にチャンスだと最前列を確保したのだ。




 元々月火のファンということもあり、毎年最前列で見るのが恒例化した。



「すごっ……かっこいい……!」

「振り付け月火、衣装は玄智、演出火音先生、曲選考と編曲と音合わせと効果音入れも月火」

「曲は火音が機械で作ったのね」


 いやそれだけでもすごい。

 天才の域を超えそうだ。超えているか。




 瑛斗が唖然としていると火光が顔を出した。



「水月、身長が足りないらしいから手伝ってあげて。炎夏、初等部の補佐行ってきて」

「はーい」


 二人は立ち上がるとさっさとテントを出て行った。



 凪担と瑛斗が二人でスマホを眺めていると火光が覗き込む。



「去年のやつ?」

「はい! 瑛斗君が見せてくれて」

「綺麗に撮れてるね」


 凪担が瑛斗の受け売り説明をそのまま伝え、最前列は恒例だと言うと火光は口元に手を当て、少し尖った八重歯が見える口を愉快そうに歪めた。




「婚約者持ちだよ? 寝取る? 後輩の強み使う? 手伝ってあげるよ?」

「いやそう言う気は微塵もないんで。ただの憧れですから」

「ほんとに〜? 実は裏で……とかない?」

「ないです」


 この教師、妹と兄だろうに何故瑛斗を割り込もうとするのか。


 月火から喧嘩中と聞いたがそれの腹いせか。




 瑛斗が鋭い目で見つめてくる火光から身を引いていると火音が戻ってきた。


「火光、月火の演技始まるぞ」

「行く〜」


 火光が顔を上げてテントを出ると、火音が火光の首に腕を掛けて最低でも息が詰まるほどには力を込めた。



「俺が月火を離すとは思わないで下さいね、義兄(おにい)さん」

「俺は離してくれるかな?」

「次余計な事したら月火にあることないこと吹き込むからな」



 火音の低いその声に身を震わせ、火光は腕を外すと逃げるように去っていった。


 火音も月火の演技を見逃すわけにはいかないので空いている医療テント付近でそれを鑑賞兼録画をし始めた。

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