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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
146/201

45.火光の甥と言われればよく分かった。

『妖刀術 流虎風楼(りゅうこふうろう)


 その一撃で一級の怪異は祓われた。






 体育祭前日、久しぶりの任務で後輩も見学に来ていると言うのに呆気なく終わりすぎた。



 暒夏の事件以来、相手の手玉を増やさないよう情報が入ったら嘘でも本当でもまずは一級妖輩を向かわせるようにしている。


 本当にこれで対策出来ているかは知らないが、相手の手の内が分からないうちは闇雲にやるしかないのだ。


 仕方がない。




「お疲れ様です神々先輩! 刀姿めっちゃかっこいいです!」

「先輩おつかれ! 俺にも刀教えて!」


 洋樹と桃倉の勢いと声で声が届かないと判断した瑛斗(あきと)は軽く会釈だけした。



 今日は月火が一年生に任務を見学させている。

 朝の六時から、今は十八時。


 丸十二時間、東京を転々として情報の入ったものから月火が叩いている。


 怪異を六体、悪党二人、ヤンキー三人、ヤクザを一人。



 月火は無傷のまま、学園に戻る途中も怪異を倒している。


 ちなみにネットのトレンドは月火、黒髪少女、月火社長と言ったワードがトップを占めている。



「今日は終わりです。明日は忙しいので帰りましょう」

「ねぇ先輩! 今日の夜食べに行っていい!?」

「ちょ……」

「駄目です。火音さんの機嫌がすこぶる悪いので」




 瑛斗は桃倉を止め、桃倉は口を尖らせた。



「あんた遠慮の欠片もないのね!? 自分から食べに行くって信じらんない! 先輩に奢れって言ってるようなもんよ!?」

「お前だって食いたいって言ってたじゃん!」



 いつも通り二人の喧嘩が始まり、瑛斗は少し離れたところで月火と話す。




「火音先生、何かあったんですか」

「色々ですよ。ざっと言うと火光先生と喧嘩してました」


 先日、水月が月火の顔色が悪いことを見抜き、火光と二人で心配して休めと言ってきた。



 それを見ていた火音が苛立ち、二人が入り浸るからだと吐き捨て火音と火光で兄弟喧嘩と言っていいのか同僚喧嘩と言った方が正しいのか、そんな喧嘩が始まった。



 ちなみに顔色が悪かったのは疲労とちょっと貧血だ。




 水月は完全に我を忘れて火音に罵詈雑言を言っている火光を止め、火音は冷静なまま煽り罵倒すると月火を休ませることを優先した。




 火光の言い分としては、確かに入り浸っているがちゃんと休ませているし自分は迷惑をかけていない。火音の方が入り浸って依存している。



 火音の言い分は、火光も水月も入り浸って月火のストレスの原因になっている。高校生の妹に頼る兄など迷惑でしかない。いい加減自立しろ。




 二人とも意地でも意見を変える気はないようで、水月は火光を、月火は火音を抑えている。


 月火側は抑えると言うか、火音が裏で手を回して火光が孤立するよう仕向けないよう牽制する方が正しい。




「たい……へん……ですね……」



 明日から三日間は大切な予定が詰まっているというのに教師間で喧嘩を起こしていて大丈夫なのだろうか。




 瑛斗が心配すると月火は薄く笑った。


「私が上手く隠せていたら良かったんですけどね……。瑛斗が心配することはありませんよ。それより作戦は大丈夫そうですか」


 明明後日(しあさって)の試合、谷影チームは谷影生徒兄弟、月火、澪菜、海麗となった。

 澪菜が入ったのは意外で、玄智が絶句していたが、本人は兄から初の勝利を勝ち取ると躍起になっている。


 海麗や谷影兄の透冶(とおや)とも上手くいっているので心配はない。



「はちじょ……海麗先生の妖心術が思ったよりも強いのでもう少し精度を上げても大丈夫そうです。澪菜さんも意欲的ですぐにやってくれますし」

「いいですねぇ。その経験は必ず役に立ちますよ」



 瑛斗の実力なら将来、現場で指揮を任されてもおかしくはない。

 もし妖輩を辞めるとしてもその統率力は社会では重要になってくる。


 将来のために無理のない程度でプレッシャーをかけるのはいいエンジンになる。




「瑛斗がリーダーになって私が指揮を取るつもりでしたが……これなら問題なさそうです」

「そんなこと考えてたんですか……」

「瑛斗が未熟だったらの話ですよ」


 嘘だ。

 本当は問答無用で立場を奪うつもりだったが、海麗が入ってきてしまったので中の輪を壊さないようおとなしく身を引いた。


 ただでさえ人数が少ないのに仲間内で喧嘩など最悪でしかない。

 月火はそれを懸念しただけだ。




 火光は水明のチームへ、火音は玄智のチームへ行った。

 知紗と七虹(ななこう)は負け確定として、澪菜が勝ちたいチームに火音が行ったのは少々まずい方に進んでしまった。


 澪菜が勝てるよう上手く立ち回らなければならない。

 火音相手には少し難しいがなんとかなるだろう。






 学園に着いた月火達は、一年生を見送ると月火は任務の終わりを告げるため職員室に向かった。



「失礼します」


 月火が職員室に声を掛けると晦が顔を上げた。



 火光も火音も席にいない。


 火音は部活で分かるが、火光がいないのは珍しい。



「晦先生、任務が終わりました。一年生は寮にいます」

「了解。知らせておくわね」


 晦に報告を任せた月火が去ろうとすると、何故か晦が出てきた。


 廊下の端に寄り、声を潜める。




「月火さん、火光先生と火音先生の雰囲気が悪い理由知ってる? たぶん喧嘩だと思うんだけど……」

「あー……喧嘩です……」



 月火が先日起こった諸々を説明すると、晦は額に手を当てて深く溜め息を吐いた。


 呆れと少し面白がっているのが分かるような表情だ。




「火光先生も強がらなければいいのに……」

「強がる?」

「知らないの?……本人には言ってないのかしら」



 晦の説明によると、火光本人も月火の寮に入り浸っていることは反省しているようだ。


 だが、本家に帰りたがらない水月は月火の寮に住み着き、当然月火とともに過ごしている。


 ただでさえ血の繋がりがないというもので疎外感があるのに、共に過ごす時間さえもなければ戸籍上だけの関係になってしまうのではないかと怯えているそうだ。



 実の兄は赤の他人と判明し、それでも幼い頃から慕ってきた記憶とその容姿が血の繋がりを感じさせた。


 しかし月火と水月は似ているが自分は全く違う容姿をしている。

 血の繋がりも感じられない、共に過ごす時間も短い、戸籍上も訳あって実子になった。ではあまりにも惨めだ。




「それで月火さん……水月さんにもなんだけど、二人にくっ付いてたみたいで……」

「晦先生はなんでそんなこと知ってるんですか」

「メールで聞いたの。たぶん酔った勢いじゃない?」


 普段は怯えているくせに酔った勢いで連絡するなど失礼にも程がある。




 火光も火光だが、酔っているとほぼ確定した上でその話を引き出す晦もなかなかだ。



「……頼れるのが晦先生しかいないというのもあるかもしれませんね」

「私? 火光先生は人脈広いでしょ?」

「でも……」



 人脈は広いが、火光が自ら話しかけに行って友人になった人は少ない。

 だいたいは神々と言う立場や月火の兄と言う地位を狙って漬け込んできた者達だけだ。


 だからこそ媚びへつらい、真の友人と言える人は少ないと思う。




 よく見なくとも火光の周りは兄弟か生徒か仕事仲間しかいない。

 唯一気兼ねなく話せているのか海麗ぐらいだ。


 海麗に話すと火音まで回るので話せないことも多いと思う。



 そんな中で、唯一飲んで叱って語り合える晦が火光の中では火音よりも、月火よりも重要な人物なのだと思う。




「まぁ色々と助けてあげて下さい。上が愚図なので下はしっかりしざるを得なかったんです」



 水月をカバーし、月火に頼られるため自立しているように見せている。

 だが、その内側は弱虫そのものだ。


 その証明とでもいうか、火光は極度の愛されたい体質、かまってちゃんになっている。




「いくら幼い頃とはいえ水月兄さんと出会う前までは一人で火音先生も滅多に会えていなかったんです。あの頃の孤独感と言うか、寂しさと寂しさに対する恐怖心も根強く残っているでしょう」



 兄妹にも火音にも生徒にも頼れず行き着いたのが晦だ。


 これは妹としての我儘だが、晦が疲れるか、飽きるまででもいいから傍にいてあげてほしい。



 自身が最も望むものと衝突した火光の傍にいてあげられるのは晦だけだ。


 晦さえ良ければ、猫を被ったかまってちゃんを癒してあげてほしい。




「全く……。妹にこれだけ心配させる火光先生も未熟ですね。兄失格です!」

「私の兄は両方未熟者ですよ」

「月火さんにはいつもお世話になっていますし……。火光先生の面倒も見慣れたものです。私でよければ協力しますよ」


 晦が意気込んでいると後ろからニヤついた綾奈といつも通り無表情の知衣が顔を出した。



「生徒と恋話か?」

「楽しそうね」

「姉さんからかわないで!」



 晦姉妹が仲良く話し始めたので月火はさっさと退散し、自分は寮に戻ってから玄智の寮に行った。


 昨日まで咳が出ており、澪菜が看病していたはずだ。

 炎夏はすっかり元気になって、先程中等部の子と遊んでいるところを見かけた。




「お邪魔します〜」

「月火、いらっしゃい」


 出迎えてくれた玄智はかなり顔色も良くなり、いつも通りだ。


 中に入ると椅子に座っていた澪菜が振り返った。


「月火ちゃん! こんにちは! もうこんばんはかな……?」

「こんにちは。メイク中ですか」

「兄様にやってもらってたの」


 月火は机に散乱しているメイク用品を見下ろすと呆れたまま玄智を見た。


「汚い」


 確かにメイクはたくさんのものを使うし、机のものが多くなるのは仕方がない。


 だが明らかに汚すぎる。



 アイシャドウだけで四種類、アイブロウ関係は三種類、ハイライトとチークは二種類、リップやグロスはまとめて七種類。


 もっと言えば下地やファンデーション、コンシーラーもパウダーも、女子にしか分からないようなメイク用品が山積みになっている。


 趣味で集めて使うのはいいが、使っている最中が汚すぎる。


 使い終わったものから片付ければいいのに何故そこら辺に置くのか。

 火光の甥と言われればよく分かった。




「ちゃ、ちゃんと片付けてるんだよ……?」

「……汚いという自覚はあるんですね」

「うっ……」


 玄智は首をすくめると呆れたような、懐疑的な目を向けてくる澪菜を見てハッとした。



「そ、そう! 月火、澪菜にメイクやってあげて! 僕は女子メイクの技術が底辺だからさ!?」

「いいですけど。妹で遊ぶのもいい加減にして下さい」



 月火は澪菜の頭を撫でると向かいに座り、椅子の上に足を組んで近付いた。



 まだアイメイクの途中だったのでその続きから行う。





 澪菜のメイクが完成したが、月火の熱が収まらずに三人でお揃いのメイクをして玄智と澪菜、澪菜と月火で写真を撮った。

 玄智と月火が撮るとまた浮気だの不純だの言われるのでやめておく。


 澪菜は鏡を見てずっと満面の笑みだ。

 美容好きは兄妹揃って同じか。




「それじゃあそろそろお暇します。片付け頑張って下さいね」

「うん! また明日!」

「月火ちゃんありがとう〜! 明日頑張ろうね!」



 月火は二人に手を振り返すとその寮を後にした。

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